学園生活初日2
──『決闘』
この言葉は遥か昔から使われていて、互いが互いの主張を押し通すために力で持って解決する手段として用いられてきた行為のことを指す。
当然、今もその意味を持つ場合が多いものの、探索者育成学園ではそれだけではなく、かなり重いものをかけることにもなる。
探索者育成学園の決闘のルールはこうだ。
一、互いが同意した場合に決闘が行われる。
二、対戦相手を場外、戦闘不能にした場合、もしくは対戦相手が降参した場合に勝利となる
三、勝者は相手の所持ポイントの3割を奪うことが出来る。
特にこの学園では3つ目のポイントの奪取が鍵だ。
この学園では序列が将来に大きく作用する。
序列が高いほど国や探索者育成機関での戦闘関連の職に就く時に優遇されるようになるし、前線を退いた後でも事務職や教職などで大きなお金を得ることが出来るのだ。
それだけではない。
ここ最近では全部で12ある学園の競争関係が出てきており、そんな中で上位に入るだけで多大な名声が手に入る。
貴族などはこの名声が非常に大事であるから、この序列というものは非常に重要なものなのだ。
そんな中でのポイントの奪い合いは自分の将来に多大な影響をもたらすことから、戦うタイミングや戦う相手、戦う場所など全てに気を配る必要があり、それがまた、冷静な判断力を身につけさせることに実は貢献していたりする。
ただ、所詮はその制度を受けているのは学生であり、思春期真っ只中な彼らの場合はむしろちょっとしたいざこざから決闘になる場合も多く。
今回ユミに突っかかってきたお嬢様も今回の場合はそこまで考えずに決闘を申し込んでいたのだった。
場所は演習場のステージの1つ。
全身黒を基調とした出で立ちに、両手両足にある3つのリングが重なってできたブレスレットとアンクレット、そして本人がこの決闘前までやっていた『ルービックキューブ』と名の付くパズルと同様の小さな正十二面体がついたペンダントが目立つ、白髪紅眼の少年の名はユミ。
対するは、桃色に金糸の刺繍が施されたドレスに黄金色い輝く髪とピンクサファイアのようなキラキラしたつり目の少女。
「名を名乗りなさい!」
ユミがずっと心の中でお嬢様と呼んでいる少女がキッとつり目で睨みつけながら命令してくる。
その手にあるのは騎士の就任式に使うような宝剣で、しかしただゴテゴテと飾られたものではなく濃密な聖力が込められていることがわかる。
対してユミはやれやれと肩をすくめてこう答える。
「そう言うのは自分から名乗るものなんじゃないの? 貴族っていうのはそんな礼儀も知らないのかな?」
この言葉に一部の人間からものすごいブーイングが飛んでくる。
このステージの周りには多くの同学年のメンバーがいて、ライバルの情報を多く得ようとしてるのだ。
今はただの外野のようになっているが、ちゃんと情報収集をしているのである。
さて、ユミに常識を諭されたお嬢様はと言うと、
「何を言ってるんですの!? 賎民であるあなたのような人間が先に名乗る権利を与えているというのに!」
「あれ? あんた言ってなかったか? 『この学園は実力主義』ってそれが貴族とどう関係があるんだ?」
ユミの発言で最初は貴族のことについて反論していたので、ある意味では逆の発言をしているのだが、それでもユミはこれが有効であるだろうと意図的に相手の揚げ足を取るような発言を重ねる。
(こういう直情タイプは煽れば煽るほど冷静さを欠くからな……)
戦闘において冷静さは必須事項であり、それが無ければ早死にする。
だから対人戦ではうまく相手の性格を把握して煽り、相手の冷静さを奪うのは必要なことだ。
しかし問題が1つ。
(この煽り方、なんかあのジジイににてる気がする。ヤバイ……ちょっと俺も影響を受けてしまっているのか?)
ユミが一緒に過ごしたあの老人は確かに尊敬に値する部分も多かったが、基本的には研究バカの性格悪いダメ人間だったのだ。
それに似てるかもしれないというのがユミにとっては森を出てここまでで一番のダメージだった。
その後の問答もユミは煽るだけ煽ったあと、ようやっと審判になってくれる先生がやってきた。
ここは学園だ。
私闘などもあるにはあるが、基本的に先生が決闘の審判に着くことを推奨している。
そしてやってきた先生は──
「全く、せっかく止めてあげたのに~」
プクゥと頬を膨らませてやってきたのはオレンジの髪と瞳をした小さな女性ムミミミ・マミミムミマ。
つい先ほどユミとお嬢様の二人が衝突した時にうまく止めてくれた人物が今回の審判となった。
正直頰を膨らませる姿はちんまい女の子にしか見えない彼女が、ステージの中央に触れると、何やら呪文を唱えて魔力を送り込んだ。
次の瞬間「ブオォン」と音がなりステージを透明な何かが覆ったような感覚を覚える。
(これが『幻界』か……)
ステージを半球状に覆った何かは『幻界』と呼ばれる特殊な結界だ。
その効果は1つ、この『幻界』の内部で起こったことは全て、『幻界』から出ると無かったことになるのだ。
例えば内部で骨が折れても外に出れば治るし、極端な話首がとんでも大丈夫なのである。
この技術を使った人間はすでにいないとシャリスが言っていたが、ユミからして見ればこれほどの技術を使った人物には是非とも会いたいと思っていたところだったので、なんとも残念であった。
(まあでも、後で解析するけどね)
この場所は本当に素晴らしいところではないかと思い始めたユミは目の前にいる正直にいえばウザったい相手をどうやって今後関わらせないようにするのか考えながら、戦闘モードに意識を集中させていく。
***
『幻界』が起動されたことによって、一時的にざわざわと煩かった観客たちが静まりかえっていた。
それはこれがただの遊びではないことの証左。
そんな中で、
「それでは決闘を始めるよ? 両者準備はいいかな?」
「勿論ですわ!」
派手なドレスに派手な宝剣を持った、ユリア・アンメニアが堂々と大声で答え、
「……(コクリ)」
黒い服を身に纏った美しい顔立ちの少年であるユミが無言で頷く。
それを確認したオレンジ髪の幼女もとい審判であるムミミミ・マミミムミマが右手を上げて……
「──試合開始ッ!」
大きな声で始まりの言葉を告げた。
次の瞬間に動き出したのはユリアだ。
「ハァッ!」
ユリアはドレス姿とは思えないほどのスピードでユミの眼前まで来て──一閃。
的確に相手の首を取りに行った。
彼女は学内序列983位。
一見大したことがないように思えるが、この学園にはゆうに10万人もの多種多様な探索者候補たちがいる中で序列が三桁に入るのはとてもすごいことなのだ。
そんな彼女の戦い方はシンプル。
美しい装飾が施された剣を見惚れるほどの鮮やかな動きで操り相手を斬りつけるのだ。
その剣の速さは洗練されているだけに凄まじいものがあり、最初のダッシュのぶんも合わさって十分な威力となる。
シンプルなゆえの強さがユリアにはあった。
対するユミは特に焦ることもなくバックステップで剣の間合いから外へと回避して、さらに距離を取る。
「……一応特待生ですからね。これくらいは出来て貰わないと困りますわ!」
「……」
先ほどの攻撃はユリアにとっては格下相手であれば十分な決まる素晴らしい攻撃だっただけに、回避されたことについては相応の賞賛をするものの、戦闘に入ってからのユミは一言も言葉を話さない。
そのことに先程から苛立っていたユリアはさらに怒りを溜め込むと、追撃を仕掛けようとしたタイミングでユミが動いた。
ヒュッ
「なっ!?」
驚くことにユミの腕にはいつの間にかクロスボウが装備されており、そこから光の矢が飛んできたのだ。
やや距離が離れているとはいえそれなりの近距離で放たれた光の矢は容易くユリアを──
「ハァァア!」
貫くことはなくなんとか宝剣で受けて大きくバックステップで距離を取る。
そこは序列上位の生徒、不意打ちにもある程度高い適応力がなければこの順位はない。
(いつのまにあんな装備が? あの黒ずくめの格好から暗器を使うタイプなのだろうと思っていたのに一体何が起きて──)
冷静になるために一度距離を取る。
これはこの探索者育成学園の決闘であれば基本中の基本だ。
なぜなら相手は基本的に近接武器しか持っておらず、距離を取れば一応武器が届く範囲から逃れることが出来るからだ。
それゆえの反射的なバックステップ、そしてそこから冷静に状況を判断する流れはさすが六桁以上の生徒の中で三桁以内の序列に入る強者だが、
(──それは悪手だよ)
審判であるミミはユリアの対応に苦言を呈す。
そう、今相対しているのは中遠距離武器の使い手なのだ。
ユミが装着されクロスボウにこれまたいつの間にか登場したカードを貼り付けると、そこから今度は20本もの先ほどよりは小さな光の矢が飛び出してくる。
「くぅっ!」
ようやく自分の失態に気がついたユリアだったが、20もの光の矢が同時にやってくること対応など今更出来るはずもなく、いくつか弾くものの結果として上半身の方に5、6本矢が刺さってしまう。
さらに光の矢は役目を終えたとばかりに消滅してしまい、それによってできた穴から血が絶えず流れ出る。
痛みに苦しむユリアに対して、今度はユミが接近してくる。
その右手には先ほどあったクロスボウがなく、黒く輝くナイフがあった。さらに左にも同じものを持っている。
今このタイミングで接近されるのはまずいと思ったユリアが念の為にとっておいた切り札を使う。
「──ッ!?」
ユミがここにきて初めて驚きの表情を見せる。
しかしそれも無理からぬことだ。
なぜならユリアが自らドレスを破り捨てて投げつけてきたからだ。
ユミはそれを手ではたき落とそうとするも、ピタッと止まってそれを中断し、仕方なく距離を取る。
見物している男たちが「おおー」と女性が脱いだことに対して歓声を上げようとしたところで、「ドゴンッ」とステージのドレスが落ちた場所が砕けた。
『な、なんだあれ!?』
『あのドレスあんなに重かったのか!?』
『いったい何使ったらあんな重量感になるんだよ……』
ステージの周りにいる人間は優秀だからか、すぐさまステージが砕けた理由があのドレス自体の重量にあると判断していた。
そして、それは事実である。
「このドレスは糸や布地が全て重い魔獣製のものであると同時に、内部に『重鈍聖鉛』の板が付けられていたのですわ!」
ユリアの言葉に一同が騒然となる。
『重鈍聖鉛』とは、鉛に聖力が溜まることによってできる『聖鉛』の特に重いもののことであるり、この世の中でもかなり重い部類に入る鉱石である。
この鉱石で出来た金槌を用意して地面に叩きつければ、軽く半径三メートルくらいまで亀裂が走るくらいには思い。
そんなものを身につけて普段は生活していたり、戦闘中もそんな重石をつけて戦っていたのだから、周りの人間たちが驚くのも当然だ。
「まさか、私にこの格好をさせるなんて、本当に賞賛させていただきますわ」
ザワザワと外野がうるさくなっている中、凛とした声で話すユリアの格好はおそらくは特殊な糸で出来ているであろう桃色のチュニックに淡く金色に輝くブレストプレート、下半身は白いレザーパンツにドレスのスカートで見えなかった滑らかな鋲のついた淡い金色のスタデッドブーツだった。
ドレスを脱いでもその華やかさのある格好ゆえに、非常に持ち主に似合うその宝剣を突き主体なのか、切っ先をまっすぐユミに向けながらユリアは最後に少しだけと、真剣な表情で尋ねる。
「あなたは一体何者?」
これはもしかしたら相対する人物がはるかに特別な存在かもしれないということへの期待の表れだったのだが……
「俺はただの『魔術師』だよ」
帰ってきたのはそんなトンデモナイ言葉だった。