『無能』の力
ミヤビが帰って来るとそこにはかつて戦った『七頭の腐狼』のような、『七頭の腐狼』を遥かに超える存在がいた。
はっきりいえば『七頭の腐狼』など比較にもならないだろう。
大きさなど、低く見積もっても軽く3メートル以上はあるだろう。
もはや次元が違うとかそういう言葉が出て来るレベルだ。
ふと、周りを見てみると、それ以外に変化があるようでもなく、ただちょっと魔獣の種類と量が増えているくらいで、あとは犬型魔獣がいなくなっているということ。
これから類推できることは──
(あの真っ黒な犬型魔獣があの狼たちと同等の能力を持っていたということ。あるいはあの狼の上位種という可能性……)
そしてそれは、『絶望的』という言葉を端的に表す。
「狼狽えるなぁ!」
目の前で起きた現象に真っ先に声を上げたのはここまで戦闘中に幾度となく指揮を取っていた、ユミを勧誘したダイダンだった。
ダイダンはユミを勧誘するときに語らなかったが、序列は58位でダイダンのレイドには序列100位以内のメンバーが多数存在するトップチームだ。
序列30位以上になって来ると全員がソロででたがるようになって来るためほとんどの人間はパーティーを組まないことからほぼ最強の軍団と言っていい。
そんな軍団の中でリーダーを任されているダイダンは自身のレイドの中では序列的に見て五番目とそれほど高く無いものの、非常に優れた眼と圧倒的なまでの胆力を持っており、そのことが多くの人の信頼感を与えている。
そんな彼が声を上げると、続いてさらに指示を出した。
「序列が俺と同程度の奴らはこっちに来てくれ!
他のメンバーももうだいぶ相手と戦い慣れてきただろうから無理しすぎない程度に戦線を維持!
あとは上位のやつらでこいつを倒す!」
「「「「「オオッ!!」」」」」
ダイダンの圧倒的な指揮力によって元々臨機応変な対応ができる探索者候補の序列上位者たちは即座に行動。
ここまで最善の指揮をしてきた男に素直に従い行動を再開した。
これはまさにこの学園が行なった教育の賜物であり、これで対応できることは何度もあるだろう素晴らしいものだ。
──相手が埒外でなければ。
「みなさんあいつは──」
それがわかっている人物の一人であるユリアが声を上げようとするも、遅かった。
──暴風。
その言葉そのままの現象が起こり、気がつけば注意を促そうとしていたユリアも戦おうとしていたダイダンたちも、味方であるはずの魔獣たちも、全てが吹き飛ばされていた。
その結果、近くにいた序列上位者たちはおろか、ほぼ全員が身体に大怪我を負ってすでに戦闘不能状態にあった。
まるで自然災害とでも呼ぶべき現象に一瞬にしてその場から音が消え去ってしまった。
誰かが、いや、この場で生きている誰もが思った。
──勝てない。
あれはそう、手を出していいものでは無い。
それこそ、神が引き起こしたかのような超自然災害のようなものだ。
そんなものに手を出せば、その先は言うまでも無い。
神の力に歯向った天罰を受けて、塵ほども残さず消しとばされる。
そんな、まさしく格の違いを見せつけたバケモノは、
ブシャァァア!
次の瞬間に、前足の一つが斬り裂かれたかのように血しぶきを上げていた。
***
「「「「「────!???!???!?」」」」」
その場の全員が声にならない驚きを上げる中、唯一傷をつけられた張本人だけはその二百ある目をただ一点に向けていた。
そこにいたのは、そのバケモノからしてみれば路傍の石どころか宙を舞う埃程度の矮小な存在。
ただ、その矮小なる黒髪の少女が傷をつけたという事実が、
『グワワァァアア!!?!』
バケモノを怒りと混乱に陥れた。
そしてそれをなした張本人である『無能』のミヤビはそれに満足することなくすでに動き出していた。
彼女の頭の中には今、ユミが二泊三日の探索に出かけた時に聞いた情報があった。
まずなぜあの狼は頭の数だけ一度に攻撃できるのか。
それはその1つ1つが一つの動きをしながらも独立した思考をしていて、その場その場で一つ一つが行動を選択したいるから。
例えば『三頭の腐狼』ならば本体が噛みつき、二体目が尻尾によるなぎ払い、三体目が引っ掻き攻撃をするような感じのものを同時に行なっている。
とはいえそれでも動かす体は一つであり、だからそれぞれに少しずつだけごく僅かほどのタイムラグが生まれている。
しかしそのタイムラグは人間に認知できるようなものでは無い、だからこそ頭の数だけ同時攻撃にしか見えないような攻撃を繰り出しているのだ。
だが、そのような原理であるのならば、逆に対策はある。
(……まず攻撃をさせなければいい)
そう、一度にたくさんの攻撃の選択肢が存在して対処できないならそもそも攻撃をさせなければいいのだ。
ユミが言った情報の中には、この状態は命を削っているぶん思考のほぼ百パーセントが攻撃だけに向いているということから、その攻撃をさせない手段があるならばそこにいるのは防ぐことを知らないただの木偶の坊。倒すことなど非常に容易い。
しかしそれは言うが易しというものだ。
相手を完封するなどというのはそれこそ相手をずっと守勢に追い込むということであり、それはつまり自分の攻撃を当て続けるということ、そんなもの簡単にできわけがない。
それも思考がいくつも存在する相手なら尚更だ。
下手をすれば防ぎながら攻撃することだって可能かもしれない相手の攻撃を受けないなんて並大抵のことでは出来ないし、常人には到底無理だろう。
だが、常に不利な戦いを強いられてきたミヤビにはどうすればいいか、その道筋が見えていた。
それは──
(四足歩行型なぶん、足元の視界は非常に悪いものになっているはず。なら、そこには必ず死角がある)
そうであるならば自分はその死角に入り続けて行けばいい。
相手の隙をついて攻撃する術をずっと自分はやり続けてきたのだから。
ミヤビはその思いを胸に行動を開始した。
常に動き回りながら、二百の眼の中に時々生まれるほんのわずかな意識の死角へとすべりこみ足を切り裂いてすぐに別の場所へ。
さらにはほんの少しだけ逆に移ることによってそこへ意識を誘導してその間に全く別のところを攻撃したり。
他にも元が狼であることから由来する高い嗅覚で追おうとするのすらも意識してその嗅覚に頼って動くのに合わせた行動で常に絶対見えない位置へと移動し隙あらば足を断つ。
何度も何度も、狙うのはただひたすらに足。
それしか狙えないというのもあるが、それさえ奪って仕舞えばもはやほとんど攻撃手段はない。
足さえ奪えばあとは噛みつきのある頭部と合体によって異様に太くなった尾による広範囲のなぎ払いを警戒していればいいし、そこまで完了すればおそらくはあの遠距離のスペシャリストがやってきて安全に勝負を決めてくれるだろう。
そんな勝利への道筋を立てて動き続けるミヤビはもはや音も色も知覚することなくその集中力を全て自分に突き刺さる危険の匂いを感知することに当て、神業とも取れる行動をそこから怒涛の勢いで続けた。
それは『無能』であるゆえに身につけた相手の隙をつくというただそれだけを突き詰めてきたからこそできていることであり、 ミヤビのこの能力はまさしく一つの技術を極めたからこそできる芸当だった。
それどころか今も彼女は進化している。
(次、右、三十度、10歩進む)
その相手の動きのほんの些細な部分すら見抜いて次にどこに行けばいいのか瞬時に理解する。
そしてそれを即座に身体に命令。
今相対さているようなバケモノほどの速さは無いけれど、その動きの滑らかさは明らかにバケモノ以上。
そしてこれまでバケモノが行ってきた動作から何をするのか予測が入り、それからすぐ先に起こるごく僅かな相手の機微を認識しほぼ相手の動きと同時に次の瞬間生まれる死角へまるで予知していたかのごとく入り込み、その機動力をわずかに奪う。
ひたすらひたすらにそれが繰り返され、
そして気がつけば、たったの一撃でその場にいる全てを圧倒した埒外の存在が、ほんのちっぽけな存在の中でさえ『無能』と呼ばれる相手に翻弄されていた。
そのあまりにも予想の外にある現象に、周りで呻き声を上げたただ恐怖するしかなかった生徒たちは感じた。
あんなことが出来る相手を自分たちは『無能』と呼んでいたのか?
何をバカなことをしていたのだ、あそこにいるのは紛れもなく、自分よりも強者ではないか。
あの『魔術師』がいたパーティーは警戒はしていた。
しかしそれは世にも珍しい技を連発し、自分たちがほとんど会ったことのない遠距離攻撃の使い手たる『魔術師』がいたからだ。
だが、むしろ、もっと警戒すべきだったのは。
今この場でたった一人であの怪物を翻弄する。
──あの刀を持った少女なのでは無いのだろうか?
そしてそんな圧倒的な存在を今もなお翻弄する彼女ならば、あの埒外を倒すことだってもしかしたら倒すことが出来るかもしれない。
そう、誰もが『無能』と蔑んできた相手に尊敬と賞賛と、そして希望を込めた目線を送った時、
ドガァァアンッ!
全てを吹き飛ばすような豪風が巻き起こって、その『無能』でありながら埒外を追い込んでいたはずの聖者は宙を舞っていた。
そろそろ主人公が到着予定。
第一章が最後までもう少し。
そしてここからは二時間おきに一つ一つをちょっと短くいきたいかなと。(まあ最初に比べてだいぶ文字数減ってますけど……)




