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彩星の魔術師【旧題:最速の魔術師】  作者: 上和 逢
『魔術師』と『無能』
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始まりの日1

 ユミという少年は落ちこぼれだった。


 この世界の人間は5歳になると『聖具』の扱いを勉強するようになる。


 これは、この世界に存在するいくつもの変わった『瘴魔領域』と呼ばれる不可思議なエリアを攻略するための人たち──通称『探索者』の候補生を育てるための一環である。これには『瘴魔領域』と呼ばれる場所についての詳しい説明が必要だが、今はそれがメインではない。


 ユミは生まれながらに規格外の魔力を持っていたため、近所では神童などと呼ばれていた。


 しかし、『聖具』を扱う練習は全くと言っていいほどセンスがなかったのだ。


 それゆえ、最初の期待と現実との差による反動もあってか、ユミに対する目が一気に侮蔑の含まれたものになった。


 さらに悪いのは、ユミが実力主義の貴族の家系であったことにもあるだろう。

 親たちは『聖具』の扱いが全く上手くならないことに対して、ユミにきつく当たった。


 小さな少年にとって、それは恐怖でしかなかった。


 だから少年は逃げ出した。


 遠くへ、遠くへ。


 そして気がつけば当時のユミは知らなかったが、『瘴魔領域』と呼ばれる魔境のような場所の1つに足を踏み入れてしまっていた。


 そこから先もユミにとっては地獄だった。

 『瘴魔領域』は人間にとって住みやすい場所ではなく、まして子供であったユミにそんな場所で生きていけるわけもない。


 そんな地獄で、しかし、ユミは一人の老人に助けられた。


 ある研究をしているという老人に連れられてやってきたのは小さなログハウス。


 そこからユミの人生は大きく変わった。


 小さいながらも生きる術を命がけで学び取り、少年は心身ともに強くなっていったのだ。


 そんな人生を変えてくれた思い出の地を今日、ユミは離れることになる。







「……これで良し!」


 ユミはログハウス全ての場所をキッチリと掃除し、その後におそらくこの世界でこのログハウスだけであろう機能を起動して、再度の確認作業を終えたところだった。


 確認を終えると両腕に白く輝く金属で出来た3つのリングが組み合わさって出来たリングを装着して、ユミは自分の首から下げている正十二面体のペンダントを撫でると、ログハウスを出てる。


 そして、庭の隅にある、盛り土の上になんの変哲も無いそれなりの大きさの石が積まれた簡易的なお墓の前まで行ってしゃがみこんだ。


「行ってくるよ」


 ユミが思いを馳せるのはもちろん自分を育ててくれた老人だ。

 老人は死ぬときに自分の体を燃やすことを頼んだため、ユミは燃やして地面に埋めたのだ。石はなんとなく盛り土だけでは寂しかったので、老人の名前を刻んで置いておいただけである。


 思いをはせるとは言ったものの、老人とユミとの思い出というのははっきり言って研究していた記憶しかないので、そこまでこの墓の前で時間を取ることはない。


 ユミは立ち上がると颯爽と森の中へ入っていった。







 すでにその場に残るのは1つのログハウスと小さなお墓のみ。


 もしもこの墓石に書かれている名前を他人が見れば、世の人間が非常に驚くであろう。


 書かれている名前は『アイン・メイジァル』。


 この名前の主は『魔術』の生みの親にして、唯一『聖具』に匹敵する力を持つ人間とされた男だったのだから。


 しかし、ユミがそのことを知るのはもう少し後のことである。


 ***


 颯爽と森を走るのは黒い影。

 その速度は普通の人間はおろか、この森の中にいる最速の生き物(・・・)でさえ追いかけるので精一杯といったものである。


 しかしそんな速さの走行も黒い影──ユミにしてみればジョギング程度であり、しばらく代わり映えのない景色に飽きてきたところであった。


「はぁ……しばらくは暇だなぁ」


 ユミは基本的にネガティブな発言はしないのだが、今日はかなり憂鬱な顔をしていた。


 なぜならユミは一度は逃げた人間達との繋がりをもう一度作ろうとしているのだ。


 一度投逃げて、それが長い時間が経てば経つほど気持ち的に逃げ腰になっていくのが人間の脆弱な部分であることはこれまで知らず識らずのうちに人外の領域で成長してきたユミとて同じだった。


 それからどれくらいの時間走っただろうか、前方から戦闘しているような音が聞こえてきた。


(……数は1対5で、5対の方はイヌ型か……もう片方は魔力を感知できないな。おそらく人間だろうけど……どういうことだ?)


 ユミは音と魔力での戦闘状況のズレに違和感を覚えて、ここまでの道中で特に何もなかったことからすぐさま音がする方へと走った。


 そして、視認できるくらいのところまで来ると、そこには『刀』と呼ばれる剣に似た、しかし扱い方が全く違う武器を持った人影と、ユミの予想通りのイヌ型の獣がいた。


 イヌ型と言っても通常の大型犬の二倍くらいの大きさの獣が、刀を持った人物の周りを囲んでいる。

よく見ると、すでに2体のイヌ型の獣が倒れていることから、最初は7体だったのが、仲間がやられたことで警戒した獣が周囲を取り囲んで膠着状態になったことが予想できる。


(──刀使いの方はちゃんと周囲に気を配っているようだからあまり(・・・)隙はない。でも、あのイヌ型のやつらは…………ん?)


 ユミはふと、自分が見られているような感覚を覚えて周囲を見渡す。


 普段のユミが視線を感じても基本的にはこのように気にすることはない。


 なぜならこの森(・・・)の中で、視線のない場所など存在しないのだが、明らかに1つだけ、長年この森で過ごしてきたユミが感じたことのない視線があったのだ。


(…………周囲にそれらしきものはない。……いや、待てよ?)


 周囲を確認するもそれらしきものを視認出来なかったためにユミは気のせいかとも思ったが、すぐに違う考えが浮かんだ。


(──視認(・・)出来なかったということは、物凄く小さな生き物の可能性があるな……)


 かくいうユミも『視認できない』ものの重要性が身に染みているゆえに、見えないものへの対処法はある程度存在している。


(……とはいえ、今回は特に敵対してくる意思は感じられないから、とりあえずは大丈夫だろう)


 それよりも、とユミは刀使いに意識を向けた。


 そこにはすでに4体のイヌ型の獣を斬り伏せた姿があったが、ユミはその状況を厳しそうに見つめていた。


 それはあの獣がただの獣でないことを表しており、そしてその普通ではない状況が次の瞬間には起こっていた。


「なっ!?」


 小さく刀使いから声が漏れたのをユミは感じた。同時に刀使いの体が硬直したことも理解する。


 戦闘中に身体が硬くなるなど御法度もいいところだ。

 やれやれとユミは思うものの、まあ仕方ないかなぁという気持ちもあった。


 何故ならば、7体全て獣を切り裂いたはずなのに、それらが全て合体してより大きな獣へと変身してしまったからだ。

 しかもそれは、7つの頭を持ち、ところどころ腐敗しているようにも見えるため、恐ろしさをさらに増加させている。


(──『七頭の腐狼(セブンスヘッド)』)


 ユミはそのケモノからバケモノへと変化したソレを見つめながら、老人が名付けたそれの知識を思い出す。


 あの7体のイヌ型の獣──狼は普段は群れで行動しており、この森では普通であれば非捕食者である。なぜならそこまで強くないからだ。


 しかしながら、この群を使った狼たちを多くの捕食者たちは襲わない。


 なぜならば、狼たちは死んでからこそその本領を発揮するからだ。


 ユミはその狼の肉体の構造などを詳しく知ろうと思わなかったため話を聞いていなかったのだが、老人は言っていた。


(──『アレは最後の馬鹿力のようなものであり、本来捕食者である狼としての意地から産まれた狂気なのだよ』ねぇ……確かに恐ろしいものだ)


 あの狼たちは最後の一体まで絶命する瞬間に全ての個体が混ざり合って、1つの強大な個体へと自らを一時的に進化させるのだ。


 実はあの狼たちが腐敗したバケモノに変化するのを阻止する手段がいくつもあるのだが、刀使いは知らなかったのだろう、既に狼2体斬られて死んでいた時点でもはやこの事態は止められない決定事項だった。


(──まあ、『七頭』程度(・・)であればそこまででもないし、あそこにいる刀使いの実力を確認させてもらうとしようかな?)


 しかしユミにはこのことは特に関係ないため、一切緊張感はなくわざわざ木の上に登って観察することにしたのだった。


(うーんと……あれ? 刀使いの方は女の子?)


 狼を全て一刀両断にしていた魔力のない特殊な存在である刀使いの方を見てみると、肩をくすぐるくらいの黒髪と、くりっとした黒い瞳をしたユミと同い年くらいの少女であろうことがうかがえた。


 別に女の子がここにいることについてユミは不思議に思わないものの、正直「この森で七頭の腐狼(セブンスヘッド)程度を倒せないならそのまま死んでしまえ」くらいに思っていたユミも、流石に見捨てるという選択肢を選びづらくなってしまった。


(……困ったな)


 何より今は『視認できない相手』に見られている状況なのだ。

 過去の経験から人間は信用できないと思っているユミからしてみれば、ほんの少しでも自分の力を不用意に見せるのは控えたいと思っており、助けることに消極的な部分があったため、この状況はユミにとって非常によろしくない。


 というわけで現状で一番いいのは……


(……あの刀使いの少女があいつに勝つこと)


 これだけである。


 そして、ユミが考えをまとめた瞬間に事態が動き始めた。

 七頭の腐狼(セブンスヘッド)が少女に向かって突進して行く。


 群れを作った狼と違って、最後の馬鹿力の結晶のような七頭の腐狼(セブンスヘッド)は理性がなく本能で暴れまわる阿呆へと成り下がる。


 しかし、その動きは巨体でありながら元の狼たちよりも倍以上のスピードを誇っている。


「──っ!?」


 七頭の腐狼(セブンスヘッド)の動きが速くなったことに驚いたのだろう。

 刀使いの少女は目を見開いた後、すぐさまサイドステップで回避を試みる。


(──だけど、それだけじゃ足りないんだよなぁ)


 少女の対応にユミはがっくりと肩を落とした。


 刀使いの少女がサイドステップで突進を回避したのだが、すぐに七頭の腐狼(セブンスヘッド)は体を回転させて尻尾による攻撃を繰り出してきた。


 突進から尻尾による薙ぎ払い攻撃への変更にかかった時間はわずか0.01秒。

 これを反射速度の限界が0.2ほどでしかない人間が反応出来るわけがなく、あっさりと少女は吹っ飛ばされた。


(あれは軽く5、6本は逝ったかな?)


 実に冷たい表情で現状を把握していたユミだったが、仕方ないと諦めて、いつの間にか取り出したカードのようなものを口にくわえる。


 さらに、これまたいつの間にか右手に持っていた黒を基調とした弓にまたいつの間にか左手に持っていた螺旋状になっている鏃のついた矢を番える。


 ギリギリと限界まで弓を引き絞ったところで、口にくわえていたカードが淡く光の幾何学模様を描いて光った後、うっすらと矢を光がおおった所で、じっと七頭の腐狼(セブンスヘッド)のすべての頭が繋がっているポイントを狙って狙撃。


 ギュウンッ!


 と普通の弓であればあり得ないような音で放たれた、ツイスト回転する矢が見事に狙った場所に命中し、あっさりとバケモノは崩れ落ちてしまった。


「さて、あの子はどこまで行ったかな……」


 ユミは実に憂鬱そうにしながら少女が吹き飛ばされた方向へとトボトボと歩き出すのだった。その他にはすでに弓はなかった。

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