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彩星の魔術師【旧題:最速の魔術師】  作者: 上和 逢
『魔術師』と『無能』
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落ちこぼれの技術

 ──『魔術』


 これはある戦争時に生まれた、魔術陣に体内の魔力を供給することによって特殊な現象を意図的に起こすという、一時は超常の力と呼ばれた素晴らしいものだ。


 しかし、この魔術はある時をもって衰退の一途を辿っていく。


 魔術が衰退する原因となったのは1つには、ある時から誕生した特殊な武器にあった。


 その特殊な武器とは『聖具(せいぐ)』とよばれる物。例えば『聖剣』や『聖槍』などの、この大気中に存在する聖なる気、いわゆる『聖気(しょうき)』と呼ばれるものを取り込んで出来たもので、これらは魔術をはるかに凌駕するものだった。


 その例とすれば、魔術で出来た巨大な焔の球を聖剣がやすやすと斬り裂いたり、魔術の壁を聖槍が容易く貫いたりといったもので、魔術と『聖具』の格の違いがよくわかる。


 それどころか、魔術の扱いはさらに悪くなった。

 自らの体内にある魔力のことを聖なる力──『聖力(しょうりょく)』と呼び、魔術など外法の力であって扱うべきではないとまで言いはじめる国も現れたりしたのだ。


 そして衰退の最大の原因となったのが『魔法』の誕生だった。

 魔法は異世界からやってきた勇者が持っていた才能で、魔術のような魔法陣を必要としたりする限定的な部分の一切ない自由度の高い強力なものだった。


 これによって最近では灯りや台所の火、水道などのような日常生活的な部分でのみ魔術が使われるようになってしまったのだった。


 しかし、人々は知らない。


 技術というのはいつだって、極めたものに圧倒的な力をもたらすことを……




 ある日、とある森の中で、ポツンと立っているログハウスに住む1人の14歳くらいの少年が、自分の保護者である老人に質問していた。


「あの、どうして今更僕に森の外へ出ろなんて言ったのですか?」

「いいかいユミ? 君はもっと多くの人間と触れ合うべきなんだよ」


 ユミと呼ばれた少年は、その端正な顔立ちをしかめる。


「……必要ありますかね?」


 やや長い、サラサラとしたプラチナカラーの前髪に隠れている紅い瞳には戸惑いの色があった。

 なぜならこの場所にユミが迷い込んで以降、ずっと自分を育ててくれた老人と衣食住に関して苦労することなく生活してきたのだ。


 何より、ユミにとってはここは楽園のような場所であった。

 かつての自分と同じように落ちこぼれと言われた技術を遥かに高いところまで極めた老人と、人ではないがシンプルで純粋で、なおかつ賢い子たちのが周りにいるため普通に会話することも出来る。


 そう、ここだけ(・・・・)聞けば本当に十分過ぎるほどに十分な生活環境なのだ。


 もともと欲というものを死にかけた時にほとんど捨ててしまったユミからしてみれば、この環境に不平不満を言うような要素は1つもなく、彼にとってみれば老人の発言は必要のないことのように思えたのである。


 老人はこの反応を予想していたのか、しわしわの顔に苦笑を浮かべて、ユミに話す。


「はははっ……確かに必要のないことに見えるかもしれないけどね。ユミにはもっと色々な世界を見て欲しいんだ。ユミはこんな場所で終わっていいような人間じゃない」

「本人が望まないなら必要ないと思うのですが……」


 老人の話にユミはやはり乗り気ではない。

 というより、ユミは老人に決定的な何かを言って欲しいような雰囲気を醸し出していた。


 老人が何かユミに言うのは全てが自分のためになっているというのはユミ自身もわかっている。


 しかし、今日の老人はどことなく焦っているように見えたのだ。

 だから、老人に何故なのか聞きたかった。


 ユミの目を見て観念したのだろうか、老人はため息をついて話し始める。


「私はもうすぐ死んでしまう」

「……そう、ですか」


 ユミはまるでわかっていたかのように瞑目すると、老人は「目的を達成したからね。生きる気力みたいなものはもう無いんだ」と言って、ユミを見つめる。


「だからユミにはここを出ていろいろなものを見て欲しいかなと思ってね。ユミ以外の人間がここにはいなくなってしまうから」

「……本音は?」

「ユミがどんな彼女を作るか気になる」

「……はぁ」


 真面目な話だったのに実は建前だった。しかも本音がものすごく俗物っぽいかった。


「あ、あと研究成果を是非とも見せびらかして欲しいから、そっちもお願いしていいかい?」

「自慢したいだけかよおい! つかそっちが本命だな!?」


 思わずユミの口調から敬語がなくなる。


「え? 別に『ちょこ』はあげるつもりないけど?」

「その本命じゃねえよ! というか、それとか冬にやるお祭りとか僕聞いたことなかったんですけど、一体なんなんです?」

「さあ? この話を教えてくれた本人は商人たちがうまく商品を売るための戦略とかって実に忌々しいものについて語るような感じでで言ってたけど」

「いったいその友人(・・)さんは『ばれんたいん』と『くりすます』というものに対してどんな経験をしてきたんですか……」


 とここでふと、ユミが真顔になって老人に尋ねる。


「あれ? なんの話をしてたんでしたっけ?」

「うん? なんだったかな?」


 数分後、ユミがこの森を出る出ないの話をしていたことを思い出した二人はもう一度真面目な話に入った。


「つまり、僕に研究成果を見せびらかして欲しいから人と接してくれってことですか?」

「そういうこと」

「……はぁ、わかりましたよ」


 大抵この二人の会話はユミが先に折れるのだ。先ほど老人が本当のことを話したのが非常に珍しいことなのである。


「そう、じゃあこれを持ってってくれるかな?」

「これは……なぜ正十二面体?」

「これが一番いい構造だったんだ。まあ、しばらくはこいつの使い方を覚えるので苦労するだろうから、これを使いこなせるようになったら出てっくれ」

「わかりました」



 この会話の後、老人はすぐに息を引き取り、ユミが10年間すみ慣れた森を出るのは、ちょうどユミが15になった頃だった。

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