5 『生きていくために』
この世界に来てなんやかんやとあったものの、衣食住の『住』を確保し、約二時間。
「お前の護衛が俺の仕事?」
「うん、認めたくないけどね」
俺が案内された住居は、赤い大木に建てられた四つのツリーハウスの一つだった。一番下のニーフの家と蔓を編んだ螺旋階段を上がって天辺。つまり最上階がそれだ。
自分の家から一番離したあたりに、彼女との物理的以外の精神的な距離感を覚えないでもないが、眺めは最高だし、何より広いのがいい。初期の拠点としては悪くない。どうやら彼女の護衛として傍に控える、というのがアイエスさんの描いた体裁らしい。
なるほどなるほど、長老の娘ならそれくらいの優遇はされて当然だよね!
「君が僕を倒したことをお婆ちゃんは評価してるみたいなんだよ」
「過剰評価してくれてるとこ悪いけど、それ見当違いもいいとこだからな?」
「それは僕が君の判断基準にならないくらい弱いとバカにしているかい? それともお婆ちゃんの目が節穴だと侮辱しているのかい?」
「……あげ足とっているとこ悪いけど、見当違いって言ったのは俺のことだからな?」
…………………………んなわけないだろ。俺みたいなよそ者を受け入れる建て前としちゃやっつけすぎる。
「あんなに軽々投げ飛ばしておいて見当違いなはずがないだろ。なんだいあの奇妙な技は、おかげで背中がまだジンジンしているんだよ。責任くらい取ったらどうだい」
「……女のコに責任って言われると、ドキッとするより焦りが先立つあたり、見た目若返っても中身はもう歳だなぁって再確認したよ」
「? 歳って何を言ってるんだい。どう見たって僕とさほど変わらないと思うんだけど」
「こっちの話しだよ」
護衛が欲しいなら同じエルフの連中に任せた方がいいに決まっているし、そもそも話から想像するに、そばにいるスカーは相当大きな力を持っているはずだ。わざわざ護衛をつける必要性すら見えてこない。
十中八九、裏があるのだろう。
「あれは俺のいた国……と言うか世界? まぁ似たようなもんだけど、そこで生まれた護身術だよ。名前もあるけど通じないと思うから詳しくは省略するけど」
「ふーん、護身術ってことは武術だよね。ってことは君って戦士か何かだったのかな?」
「まぁ元バイト戦士で、その後はハロワの派遣傭兵みたいなものだったけどな」
「……君の言うことは、時々よくわからなくなるね。何にせよ、お婆ちゃんか武術に優れたラビット族なら話が通じるかもしれないけど、僕は詳しくないからなぁ」
「大丈夫、異世界でこっちの技術が都合よく通じないのはもうお約束みたいなものだし」
「だから何を言ってるんだい?」
けど、今考えたところで答えは出ないのも事実。
だったら今は流されておくのが一番のはずだ。
無茶・無理・無謀が無敵なのは学生のうちのみ、それを大人がやると無職になる。
大きな流れには飲まれろ逆らうな。ビバ凡人、ウェルカム平凡。それが俺の処世術である。
笑いたきゃ笑えばいい。最後に笑う者の笑いが最上である。
「ま、あっし的には同じ木の下で若い二人がってのやり過ぎやと思うけどね」
「なんか、それだと雨宿りしてるみたいだな」
ニーフの首に巻きついたスカーが他人事のように笑うので、とりあえずツッコミを入れておく。
……この辺の感覚がわかりにくいんだけど、どうやらエルフ族にとって木こそ家で、ツリーハウスは部屋のような感覚らしい。つまり、俺にとっちゃ別の家に住んでいても、ニーフにとっては自分の家に見知らぬ男がやってきたのと同意ということになるらしい。
正直、同じ屋根の下でニーフと住むことになるのかと焦っていた俺としちゃ、ホッとするやらガッカリするやら。いや、深い意味はないよ? アマカワクンハウソツカナイ。
「そこは僕も同意見だね。まったく、お婆ちゃんも滅茶苦茶だよ。オオカミを追い出すのにオオカミを迎え入れたら本末転倒じゃないか」
「おい」
「まーまーニーフ。あっしの目が黒いうちは兄ちゃんの不届きなんて許さないから安心し」
「葬る時は影も形も残さないでくれよ? 遺体をお墓に入れるの面倒だし」
「……をい」
「はっはっは! 嫌ってんのに墓は作ってあげるとか、ニーフは甘ちゃんやな」
「それ優しさの基準低すぎませんかね!?」
なんにせよそんな理由から、二ーナの態度は友好的とはお世辞にも言えないのも当然なわけで。
それでも何だかんだで鬼になりきれない彼女が、さすがにやり過ぎたと思ってバツの悪い顔を浮かべ渡してきた布で『衣』を整え、約一時間。
残るは『食』を整えれば生活基盤が整うと言うところで問題を自覚した。コンビニやらスーパーのない異世界で『食』を得る方法なんて、市場なりでお金を払うか物々交換をして手に入れる、もしくは自給自足。そのくらいしか思いつかない。
まぁ、この世界で元の世界のお金が使えるかはわからないけど、もとより所持金九十六円では何も買えないのは目に見えている。ならば、選択肢は後者に限定されるのは当然なわけで。
幸いにもここは森の中だ。探せば山菜やらキノコの類いは手に入るだろう。ただ、現代社会に生きてきた俺にその手の知識があるわけもない。となってくると当然、
「なに言ってんねん。こうして付き合ってる時点でニーフの優しさが滲み出とるやろ」
「別に、この人に付き合ってるわけじゃないから。僕がついてきたのは今晩の献立に野菜類が少なかったからだよ。変な勘繰りはやめてほしいね」
「――けど、そう言うことらしいから気づかないフリで正解かな」
「お前ら、ほんと面倒な性格してるな……っと、なあ、この草って食べれるやつだっけ?」
「それはゲンワクミ草だね。食べると多幸感を覚える代わりに、非常に強い習慣性を持つ薬草だよ。場合によっては廃人になるからって固く禁止されている禁制植物だけど、使ってみる?」
「まんま危ない薬じゃねぇーか!! すすめてんじゃねぇ!!」
そんなわけで現在。俺たち二人と一匹は食い扶持が一人分増えた穴を少しでも埋めるため、夜の深い森の中食糧探しをしていた。鬱蒼とした森は相変わらず薄暗く、光るコケだけが夜空の星みたいに輝いている。足下すら見えない闇の中、俺は手に持つ光源を掲げて、すいすいと食べられる物と食べられない物を判断しカゴに入れていくニーフの背中へ視線を向けた。
「しっかしエルフの目ってのはほんとすごいな。牢から村まで案内してくれた奴もそうだったけど、これだけ暗くてもちゃんと見えてるなんて」
「そう言う君は光精霊を貸してあげてもまだおぼつかないんだね。こんなに暗闇に弱いなんて、君の一族はよくいままで生き残ってきたものだよ」
「夜目なんてきく必要なかったからなぁ」
そう言いながら手に持つ光源、鳥籠状のケースに入った光精霊を見下ろす。
いやほんと、なくなって初めて有難味に気づいた。太陽ってマジ偉大。
本物の暗闇がここまで原始的な恐怖を煽ってくるものだとは思ってもみなかった。
ぶっちゃけ超怖い。ニーフやスカーがいなきゃ全力で逃げていたまである。
『真っ暗な部屋の方が落ち着くとか俺マジ夜行性ww』とか言ってる引きこもりくんや、『闇だけが俺を癒してくれる……』とか言っちゃう厨二くんには、ぜひここに来て本物の夜ってものを体感していただきたいものだね。
「ふーん、もしかして兄ちゃんって光の種族だったりする?」
難しい顔をしたスカーがそんなことを言い出した。
え? なにそのかっこよさげなの。銀河とかまたにかけてコスモとか感じてそう。
「いやね、あっしも長く生きてるけど、こんだけ夜を苦手とする人種って見たことないんよ。だからもしかして日の下でしか生きれない光の種族なのかなぁって」
「えっと、ごめん。意味わかんないんだけど」
「たとえば、エルフは森に生きる森の種族や。森の種族であるエルフは木や草といった植物の精霊と契約することができる代わりに、森以外では生きていけない。暗い森の中では物が見えても、明るすぎると見えなくなることがある、みたいな感じでな」
「ほーん、なるほど」
そう言う意味ではたしかに人間は光の種族かもしれない。
なにせ夜をライトで昼みたいに明るくするような生き物だし。
「って、あれ? じゃあ何で……えっと」
ふと浮かんだ疑問を咄嗟に言葉にできず顎に手をやり考え込む。その沈黙に小首をかしげるスカーに変わって、ニーフはため息交じりに助け舟を出した。
「いいよ、呼び捨てで」
「ああ、なるほど。そう言えばお互い名前を知っていても自己紹介をし合ったわけじゃなかったね。なんや、案外律儀者やん」
「お、おう」
……思わず返事がうわずる。そう言えば女のコを名前で呼ぶなんて久しぶりなことに気づいた。
いや、アイエスさんも女のコと言えば女のコだけど、あれを『コ』と評していいのか疑問なのでノーカンでいいだろう。表情筋を総動員して若干の緊張を押し黙らせ、それでも表に出る緊張を明後日を見てごまかしその名前を呼んだ。
「んじゃニーフ、単純な疑問なんだけどいいかな?」
「しょうもない疑問でなければ怒らないよ、なんだい?」
「エルフは木や草の精霊と契約するんだろ? じゃあ何でニーフは風の精霊と契約してるんだ?」
素朴な疑問だった。
俺が光の種族だか戦士だか知らないが、とりあえず脇に置いたとき思い浮かんだ。
その程度の何気ない質問のつもりだった。
だからいっこうに返事が返ってこないことに疑問を覚え、明後日を向いていた視線を彼女へ向け直し――息を飲んだ。
「――ッ」
目を見開き、桜色の唇を強く噛み締めるその姿から覚えたのは、静かな怒りの気配。
グッと握り締めた拳を震わせ何かに耐えるニーフはあきらかにおかしい。咄嗟に何か言わなければと思う。でも俺の口を開くよりわずかに先に、ニーフが口火を切った。
「そんなの今考えることじゃないだろう。……それよりも、君はここに無駄話をするため来たのかい? 違うのならきりきり働くんだね」
ぶっきらぼうで下手くそすぎる話題のすり替えにただただ戸惑う。
でも、そんなわかりやすい反応にスカーが茶々も入れず静観していることに察する。
あ~これは触れてほしくない話題だったんだなぁって。
人間触れられて欲しくない話題ってものが大なり小なりあるものだ。
俺にだってある。部活ばっかりで友達が少なく悩んでいた俺に、婆ちゃんが誕生日に買ってくれたニンテンドー64。当然コントローラー四つ付きで買ってくれたのだ。
嬉しかったね。これで明日からクラスの人気者決定じゃん! とまで思ったものさ。
……結局コントローラー、自分の分以外封すら開けなかったなぁ。
俺だってマリオカートやって「画面ちっせぇww」とか、007やって「ちょ! 扉にリモバク仕掛けたの誰ぞww」とか言い合いたかったよ。貧乏神だってなすりつけてみたかったし、コインの数は勝ってたのにスターの数で負けてて二位で悔しい! とかも体験してみたかった――って、これ触れられたくないっていうか思い出したくない類いの黒歴史だったわ。
てかネタ古すぎて伝わらねぇだろ。自重しろ三十五歳。あ、今俺十八歳なんだった。
ともかく、そういうわけなら触らぬ神に祟りなしだ。
俺は誤魔化すように足元の草を掴み引っこ抜くと、努めて明るい声で言った。
「なぁこれって――」
「あ、それはマヒジニシ草っていって、葉の汁一滴で大型動物を痺れさせられる毒草だね。毒って言っても絶対死にはしないんだけど、死ぬより辛い痺れが数日続く――」
「この森物騒な草生えすぎだろ!?」
掴んだ草を地面に叩きつけ、俺は静かに決意した。
当分は一人で食材探しはしないでおこう、と。