2 『はじめての精霊術』
目が覚めるとそこは牢の中だった。
いや、正確には牢なのだろうか? 周囲は一枚岩に囲まれているものの、閉じ込める鍵どころか柵すらない。降りというよりこれではただの横穴だ。とはいえ一応手足は縛られてるし、出入り口には見張りのエルフが立っている。
どうやら囚われの身であることは間違いないようだ。
「目が覚めたか」
俺が動いたことに気づいたのか、見張りのエルフのドスの利いた声が牢内を反響した。
「じきお前の処遇は決まる。それまで大人しくしていろ」
無愛想を絵に描いたような態度でひと言告げて、すぐ視線を外す。
こりゃ取り付く島もない。とりあえず今はこいつの言った単語の方が重要そうだ。
「処遇、ねぇ」
気にならないと言えばウソになる。
だが、果報だろうと悲報だろうと、寝て待っていると決定をくだしてくるのはいつでも一握りの人間だ。ここでわめいたところで結果は変わらない。
ならばと縛られた手足をもじもじ動かしてみる。縛っているのは蔓だ。若返ったこの体なら引き千切れるかも期待したが、想像以上に固いらしくビクともしない。
これは逃げるのも無理か。
こうなってくると万策尽きる。無駄な体力を消耗するのもバカバカしくなった俺は、冷たい床に寝そべって、入り口から覗く風景をボーっと見つめた。
牢の外はすっかり夜の闇に溶けている。現実世界じゃ見れないほど明るい星空と淡く輝く月が二つ煌々と夜空を照らして……月が二つ?
おいおい、ここに来て言い訳のしようのないファンタジー要素を追加ですか。今日一日で畳み掛けすぎだろ。もう下手なことじゃ驚かなくなってきたぞ。
改めてここが本当に異世界なんだと言う実感がわいてくる。
同時に思い浮かぶのが、どうして俺が、よりによってこの歳に若返ってここへ来たのかと言う疑問だ。神様のいたずら、と言ってしまえばそれまでだけど、それでは思考停止と同じだろう。まぁ物事に意味をもとめるのが現代人の悪い所とも言うし、二つは表裏一体なのかもだけど。
それに、まぁ、なんだ。
妹と――沙紀と瓜二つのあの少女はいったい何なのか、という疑問もある。
あの顔は見間違いようもなく沙紀だった。さすがに妹の顔を忘れるほど薄情ではないつもりだ。でも、部分部分で違和感もある。エルフ独特の耳とか金髪なんてさいたるものだ。
まるで、元の世界で死んだ俺を迎えに来たように。姿を変えてやってきてくれたように。そんな奇跡、毛ほども信じていないくせに、その可能性へしがみつきたくなってしまう。
……………………はぁ、それこそ今考えたところで出る答えじゃないだろ。どうも暗い横穴に閉じ込められているせいで、思考もネガティブな方向へ向いてしまっているらしい。
俺は元世界でも一人だった。人に頼らず生きてきた。ここがどこだろうと、どんなに若返ろうと、培ってきた経験は失われていない。だったらやることは変わらない。
とはいえ、
「腹、減ったなぁ……」
あとクッソ寒い。もともと日の入らない森の横穴だ。ブレザーだけでは防寒には心もとない。空腹に寒気……ヤベェな、コレ体壊すフラグ立ってんじゃん。こんなどこともわからない場所で体を壊すとか、死亡フラグも抱き合わせでついてきそうでゾッとする。
俺はなるべく体を丸め寒さをしのぐことにした。これ以上やることがないなら少しでも体力を温存しておくべきだろう。
それからどれくらいたったかわからない。たぶん二時間かそれくらい。
でも空腹と寒気に耐えていたせいで半日以上放置された気がした。
「起きろ、長老がお呼びだ」
ジッとする俺を起こしたのは、ドスの利いた無愛想なエルフの声だった。
※
足の蔓だけ説かれた俺は、後ろ手に縛られた蔓にさらに一本蔓を通し、犬の散歩をするように薄暗い森の中を歩かされていた。
「フラフラせずまっすぐ歩け」
「無茶言うなよ。こう暗いと足元も見えないんだよ」
夜の森は思いのほか明るい。光源の原因は大木を包むように生えるコケだ。蛍のような淡く点滅するコケが、森全体に広がっている。昼はただのコケだったからむしろ夜の方が明るいまである。
とはいえく闇を照らすには光量が足りておらず、ないよりはましってレベル。舗装されていない土が剥き出しの森の中を歩くには心もとない。
「なんだ、お前は夜目がきかないのか?」
「そういうあんたは見えてるのか?」
「ああ」
ふーん、エルフってそういう種族だっけ? ゲームもマンガもすっかり読まなくなって等しいからよくわからない。たしかに弓が得意で目がいいってイメージはあるけど。
「仕方がない」
ため息の後人差し指を空に向けるエルフ。するとその指先が眩しく輝きだした。
突然の光量に目元を覆う。おそるおそるまぶたを開けると、そこには夜の闇がわずかに払われた森が広がっていた。
「なんだよ、これ」
人間、知識で予想外なことなら苦笑いや驚きですむことはあっても、目の前で現象として見せつけられるとそれを理解しようとして呆然としてしまうものらしい。
ふと、その光の発生源を見る。エルフの指先に奇妙なものが浮かんでいた。
「……わた飴?」
ふわふわ浮かぶ毛玉には真ん丸い目が二つと線みたいな手足モドキが四本。小学生が適当にデフォルメしたみたいなゆるキャラがすごい光を発して輝いていた。
「ワタアメ、とやらがなんであるかは知らんが、こいつは俺の契約精霊だ」
……エルフに二つの月の次は精霊かよ。
「契約精霊?」
「精霊術と言った方がいいか? どちらでも意味は一緒だがな。わかったら進め」
俺の疑問に二度は答える必要なしとばかりに背中を押す。
しっかし、ほんと無愛想だなこいつ。事務的なこと以外まったく話そうとしないあたり徹底してる。わざわざ明るくしてくれたあたり、悪い奴ではなさそうだけど。
なんて、他愛ないことを考えていると、明るくなった視界の端でガサリと何かが動いた。
「見ない方がいいぞ」
俺が音の方向を向こうとする気配を察したのか、先にエルフが口を挿む。
「えっと……あれなに?」
「ニーフ様の契約精霊だ」
「……ニーフ様?」
「貴様を監視しているのだろうな。……下手なことをしないくれよ、俺が持つ下級とは違う上級精霊様だ。二人まとめて消し炭にされるぞ?」
消し炭って、穏やかじゃないにもほどがあるだろ。
いや、もう何も言うまい。とりあえずそのニーフとかいう人物は俺のことを相当警戒していることだけはわかった。とりあえず心のメモ帳に要注意人物として記憶し、しばらく淡々と歩を進める。
変化は突然訪れた。二本並んだ太い木の間を通った瞬間、殺気と比べ物にならない光が俺を襲う。
たまらず目をすぼめ、光に馴れてきたころ飛び込んできたのは……ツリーハウス、と言うのだろうか? なんか木の上に建つログハウスがいくつも建ち並ぶ光景だった。
面白いのがこのツリーハウス、丸太を組み合わせて作ったものではなく、朽ちた木にできた空間をうまく組むことで作られており、まるでリスの巣みたいだ。一つとして同じ形のものがないのもおもしろい。
「お、おぉ!! こりゃまた壮観だな」
思わず歓声をあげた。
いいね、いいね! こういうのワクワクしてくるね!
こう、秘密基地感というかさ。こういうものに興奮してしまうのは男に生まれた性と言っていい気がする。
川辺で拾ったいけない絵本を空き地の土管へ隠したりするのは全男共通の経験だろう。ちなみに、その後偶然通りかかったクラスの女のコに見つかって白い目で見られた挙句、仲間のうち一人の好きなコでどん底に叩き落されるまでが思い出のセットである。
閑話休題。
ただ、わかっちゃいたが、歓迎されてないなぁ、俺。
どこからともなく突き刺さる視線、視線、視線。
おそらくここに住む人たちが俺に向けるものなのだろう。無遠慮に神経を逆なでる冷たい気配にむず痒さが止まらない。でも、なぜか不快感は覚えないんだよなぁ、不思議と。
だから、元の世界では見れない光景を楽しむ余裕があったとも言える。
と、そこで無愛想なエルフの指からわた飴精霊がいなくなっていることに気づきあたりを見回す。
「あれ? わた飴がいなくなってるのに、ここが明るいのってなんで?」
「夜目が効いてもヒカリゴケだけでは生活は苦しい。ヒカリガイを使うのは当然だ」
「うん、その説明だとその光なんちゃらってのが何なのかって質問に繋がっちゃうんだよなぁ」
こいつ、無愛想なだけじゃなくて説明も下手だなぁ。
それでも今の状況で数少ない情報源だ。なんとか会話はキャッチボールを続けようと試みる。
「んじゃさ、どうして森の方にここの光が漏れてないんだ? 今だけ明るいのに近くまで来ないと気づかないなんておかしいだろ?」
「結界だ。長老様の上位精霊のご加護と言ったらわかるな」
「いや、わからないんですけど」
「なら長老に直接聞け、もうすぐつく」
投げたボールのリリースを放棄され、話題のボールは地面をはねて明後日の方向へ飛びんでいく。草むらの中へ消えていたボールを見つめて得心いった。
ふむ、どうやらこの男、説明が下手でもあるけど、そもそも話すつもりがないらしい。一応俺は囚われの身らしいのでしつこく質問して嫌われるのはまずいだろう。もっと聞きたいことはあったが、このあたりで我慢するのが得策そうだ。
――しかし結界に契約精霊ねぇ。
そのうち魔法とかも平気と出てきそうで怖い。そうなってくると何でもありだ。
まぁファンタジー世界って時点で何でもありなのだろうと結論付け先を急ぐ。
相変わらず周囲の家々からは珍獣を見るような視線が突き刺さって居心地が悪い。気分が滅入ってきたころ、一軒の家の前で無愛想なエルフは足を止めた。
少し長くなってしまったので二つに分けましたb
次は少し長めになる予定です♪