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14 『死神再び』

 目に飛び込んできた光景を、俺はすぐに理解できなかった。

 だってここはエルフの集落だ。理屈や原理は知らないけど、聞いてきた話しからここはウルフ族には見つかっていない。いわばお城の本丸みたいなものはず。なら、そんな場所に敵の侵入を許すなんてバカバカしいことがおきるわけがない。


 だとしたら、入り口に立つ女は誰なんだ?

 ……いや、わかる。わからないはずがない。


 だって奴は、俺がこの世界に来てはじめてリアルな死を覚悟させた、まさに死神なのだから。黒ビキニにパレオを合わせたような服装も、闇に溶けるような褐色の肌も、その闇に浮かぶ赤い双月のような瞳も。何より、そのすべてが夜を思わせる彼女の中で、唯一輝く白髪も。


 見間違えるはずが、ない。ああ、身間違えるわけがないっ!


「『皮剥ぎリエリー』!」


「あ~ら、嬉しい、嬉しいわ。ボーヤに名前を覚えて、嗚呼、ナイフで傷を刻むだけでなく、記憶にも名前を刻めたのね、い~わ」


 裂けるように口元を笑みの形にし、彼女の夜に三日月が浮かぶ。理屈じゃない、生理的な嫌悪に似た戦慄が駆け抜ける。ここにいちゃいけない、この女と目をあわせていてはいけない。


「――ちみ、汚れた格好で人の家に入るとかマナーがなってないなぁ」


 ふいに、室内にもかかわらず風が吹き荒れ、小さな影が足下に現れる。

 いつもと調子の変わらない口調の主はスカーだ。その小さな体とは比較にならない大きな存在感を誇示し、俺とニーフをかばうように前に立つ。


「へ~え、精霊、あなたが精霊のスカーね? はじめまして、はじめましてでいいのよね? 前は一刺しで終わっちゃったし」


「そのせつは不覚をとった思ったよ。なにせ兄ちゃん庇うので精いっぱいやったからな。……風の上級精霊のあっしから姿かくして接近するのはこれで二度目。ずいぶんこそこそするのが得意みたいやな」


 やり取りを交えながらリエリーは叩きつけられる突風に長い髪を軽く押さえながら余裕を見せる。その姿に、普段どおりの態度を崩さないまま一層警戒心を強めたスカーは、纏う風の圧を増やした。そして攻撃の態勢が整った直後、


「む?」


 急激に風の勢いが弱まっていった。それどこか風向きが少しずつ変わり、俺たちから見て追い風は向かい風へと変化していく。


「不満、誰の契約者になにをぶつけている」


 声はリエリーの肩から聞こえた。そこにいたのは一匹のアゲハ蝶だった。ちょうど掌ほどの大きさで、大きな紫の羽根を持つ立派な姿だ。だからこそ、六本の足のうち四本でつかんでいる空色の宝石が特に目を引いた。


「へぇ、風の中級精霊とは。ウルフ族のわりに優秀やないか」


「ふふ、ありがとう、ありがとうと言っておくわ。自慢、そう、彼はあたしの自慢なの」


「でも所詮は中級や、あっしに力勝負で勝てるわけがない――はずなんやけど」


「不思議? 不思議かしら? でも必然、これは必然なのよ?」


 謎かけのような言葉でアゲハ蝶を伸ばした指先にとめると、その掴んだ宝石を撫でる。その仕草にスカーの表情が初めて強張るのがわかった。


「風マナの原石……なるほど、木や草のマナが豊富なエルフの森でどうやってそれだけの出力を維持してるのかと思った。そーいうことかい」


「え~ぇ、火力、火力が足りない。だから油を、大量の油を注いで勢いをつける。簡単な理屈でしょ~?」


「はは! こちゃあっしも本気出さなまずいかな?」


「謙遜、こちらは準備をした。だがほぼ互角。さすがは上級精霊だ」


「そりゃどーもっ!」


 互いに難敵であることを認め合うように、二体の精霊を中心に風の繭が膨張する。

 ほとんど爆発に近い突風は、いえのあらゆるものをまきこみ、出口を求めて窓や入口に向かって殺到。濁流みたいにはじき出されていき、


「ちょ! ま、うぉおおおおおお!?!?」


 そこに『物』も『者』も例外はないわけで。抗うこともできない風にあおられ体が浮いたと思うと、そのまま家の外へと吹き飛ばされてしまう。


「ちょっと待て! ここって木の上だよな!! 紐なしバンジーとか絶対死ぬから!」


「なに言ってるかわからないけど、死にたくなかったら僕に捕まって!」


 予想外に近い距離からかけられた声に振りかえると、同じように風に巻かれたニーフがいた。思わずなにを呑気な!? といいたくなったが、ふと気づく。スカーの風は契約者のニーフには効果がない。なのにその影響を受けて外へ運ばれたということは、


「もしかしてこの風、スカーが俺たちを逃がすために?」


「それ以外ないだろう!? それより着地するから捕まって!」


 返答を待たずに俺の襟を掴み、強引に引き寄せる力強さに、首が閉まって「ぐぇ……」と情けない声が出た。咄嗟に空気を求めて口を開けると、今度はそれすらふさぐ人肌マシュマロの感触。どうやら俺はニーフの胸に顔を埋める形でいるらしい。


「む? む――ッ!? む――――ッ!!」


「ちょっと、やんっ……こら暴れるな!」


 いや、助けてくれようとしてるのはわかるけど、このままだと幸せ死にするから! 

 そうこうしてると、前にニーフを追いかけている時、風の繭から地面に下ろされたときと似た風のクッションが体を浮かせる感触。そのまま転がるように地面へ着地した俺たちは、


「この痴漢厭らしい! 隙見つけたらエッチなことするのやめてくれるかい!?」


「誤解だ!? 俺はただ必死に――」


 すぐさまお互いを見て文句と言い訳の押収をはじめたところで、頭上の我が家が爆発した。俺が顔をあげると、そのすぐ傍らを木片が飛んでいく。爆心地では火のない爆発だったからだろう、煙はたっていない。

 だからこそ、そのに立つ人影がよく目に移った。


「リエリーッ!」


「あ~ら、嬉しい、とても嬉しいわ。名前、名前をまた呼んでくれるなんて、それに――」


 ドンと踏み込む音が聞こえ、辛うじて残った家の床が崩れる。

 音は一度ではない。右に、左に。左に、右に。弾ける音は乱舞する。そしてついにその音が直上の枝弾いた瞬間、


「探す手間をはぶいてくれるなんて」


「伏せて!」


 先に相手の攻撃に気づいたニーフに押し倒される。

 これは再びおっぱいエアバックか!? ……なんて楽しむ余裕はない。落下してきたリナリーはその全重を乗せたナイフ一拍前まで俺のいた地面へ振り下ろす。


 しなやかな彼女の筋肉が伸縮し解き放たれた凶刃は、深々と地面を割る。真一門に斬られた後を延長し、小さな断層を作るほどのデタラメっぷりだ。不幸にもその断層に巻き込まれた木々は、斧で縦に叩き斬られたがごとく真っ二つになり十メートルほど奔った斬線は岩に当たって半分ほど切ったところで止まった。


 その断層が、俺の足元すぐそこに伸びている。

 冷や汗とともにそれを指差し、顔の横にあるニーフへ問いかけた。


「……嘘だろ?」


「嘘だったらよかったけどね! 次が来るよ!」


 まだ呆然とする俺の手を引き立ち上がると森の中へと走り出す。あてなんて、たぶんニーフにもなかったと思う。でも少なくとも、遮蔽物のない場所よりは逃げ切れる可能性がある。そう思ったのだろう。


「あ~ら、酷い、それは酷いわあなた。ボーヤはあたしの、あたしの獲物なの。――横取りは許さない」


「っ!」


 再び、あたりから弾ける音が縦横無尽に鳴り響く。

 ここでようやく思考が現実に追いついた。どうやらこれはリエリーが木々を足場に俺たちへ接近している足音のようだ。身体能力が規格外すぎて、あまりにも元の世界ではバカバカしすぎて、いまのいままで考えも及ばなかった戦い方。


 でも、だとしたら――


「ニーフ! 森の中はまずい!」


 急に立ち止り握る手を引く俺に、ニーフが慌てといら立ち交じりに振りかえる。


「どうして! 森は僕たちの庭だよ!? そっちの方が戦いやすいに――」


「向こうも森での戦い方に馴れてやがんだよ!? おまえら、長い間戦ってて、いまの主戦場は森での籠城戦なんだろ!? だったら向こうも慣れはじめててもおかしくねぇだろ!?」


 兆候はあった。はじめてウルフ族と出会った時も、奴らは木の上を移動していた。草原の民と呼ばれているらしいことを考えるともとは平地を駆けまわることに特化した種族なのだろう。だとすると、あの動きは字面にあわなさ過ぎる。


 たぶん、奴らは適応している。


 戦略を練って確実に勝つための準備をしてきている。エルフ族が自分のフィールドに引き籠っている間も、いかにその牙城を崩すかを虎視眈々と考えてやがる。

 仲間の命を鉄砲玉にしてでも勝とうとした奴らだ、それくらいのことは間違いなくやってのけるはずだ。そして、何らかのきっかけがあってリエリーはその牙城を突き崩しここにいるのだろう。


 ――厄介この上ない相手だ。


「ッ!」


 ハッと目を見開くニーフの後ろでなにかが光った。


「クソったれ!?」


 咄嗟にニーフの頭を押さえる。直後、彼女の背後を狙って飛来したナイフが一直線に顔の横を飛んでいく。鋭い痛みが頬を襲い、小さく血の花が視界の端に咲いた。鋭い痛みに喰いしばった歯の隙間から苦悶の吐息が漏れた。


「――……ってぇなッ!!」


 切れた頬を押さえて、握ったままの手を引き来た道を戻る。

 その背後から感じる視線。背中に目がなくても、特殊な訓練なんてしてなくてもわかる。それだけの殺気を纏ったなにかがこっちに向かって接近してきている。


「ちくしょう! スカーはどうしたんだ!?」


「ダメ! たぶん精霊を抑え込むだけで手いっぱいなんだと思う! 話しかけても全然返事をくれない!」


「相手は中級っていてたぞ! すかーって上級精霊だろ!」


「いくらスカーでも風マナの少ない森で、風マナの原石を使ってる中級精霊を相手にしたら苦戦するに決まっているだろ!」


「風マナの原石?!」


「風マナが充実した場所で結晶化したマナの塊だよ」


 たしか、精霊はマナってのを消費して力を使うんだったよな。で、森ではスカーの力は十全に使えないのに対し、相手にはその制限がない、と。つまりMPを無視して大魔術を連発できるチートアイテムって感じか。


「いやちょっと待て! それ向こうもめっちゃピンチなんじゃねぇのか?!」


「上級と中級の差はそれくらいで埋まるほど小さくないはずだよ! とはいえ、こっちを気にする余裕まではないと思うけどね」


「だったら――」


 言葉を切るように寒気が足下を這っていく。

 考えるより先に横へダイブ。数瞬遅れてさっきまでいた地面に断層が刻まれた。


「なんで向こうは精霊術使ってんだよ!? あれって風の刃とかいうやつだろ!?」


「……ううん、精霊術を使ってる気配はない。たぶんあれ、ただの剣術だと思う」


「ってことは腕力だけでカマイタチを作ってるとかいう脳筋プレイか? どちらにしろデタラメすぎん――ふぉおおお!?」


 いま、いま頭の上を飛んで行った! 毛先切られた!

 それでも九死に一生の紙一重を繰り返してる俺ってすげぇなホント! なに? ドッチボールで避けるのばっかり得意な使えない系選手だっったけ俺!? 


 ……なんて言えば聞こえはいいけど、たぶん違う。

 そこまで自惚れるつもりもないし自分のことはわきまえてるつもりだ。

 

 俺たちが生きているのはリエリーの手心だ。もちろん甘い意味じゃない。必死に、無様に、生き汚くでも制にしがみつけば避けれないこともない攻撃を彼女が繰り返しているからだ。

 

 ――たぶん、あいつにとっての戦いはゲームなんだ。


 必死に生きようとしている獲物を嬲って、それでも諦めない姿にを楽しんで、希望にしがみつく獲物に絶望のエッセンスをふりかけ続けることに酔狂する。そして、最後は諦めてしまったつまらない抜け殻を殺す。まるで飽きたおもちゃを捨てるように。

 希望を与え、絶望を喰らう。こいつはそういう類いのバケモノだ。


「だったら足掻いてやるよ、ちくしょうめ!」


 誰か、なにかないのか。

 必死で考えを巡らせ、ハッと一つの光景を思いだし振りかえる。


「そうだ! ニーフ! 前みたいに――」


 言ってから己のバカさ加減に口を閉じる。

 あ~くそ! 俺まで焦ってどうする! たしかにあのときのニーフならリエリーを倒すことはできるだろう。だけど、無差別に目についた相手を敵とみなすバーサーカー状態だったことを忘れちゃいけない。偶然我に返ったからよかったものの、あのまま戻らなかったらアイエスさんをはじめどれだけの被害がでたか。


 この状況を打破できても、それ以上の脅威を残しては意味がない。

 ……あと、なにより。あんなニーフをまた見たいとは思わない。


「だったら!」


 すでに周囲に木はない。

 集落の中心までもうすぐそこだ。あんなものに頼る必要はない。相手が一人なら集落のみんなで叩けば、いくら奴でもただでは済まないはずだ。それは一度、戦闘不能にはできなかったものの重傷を負わせて証明されている。


 俺は希望を抱き駆け抜け、やっとの思いで集落の中心――長老の家の前にたどり着き。

 それを――見た。



「――……え?」


 

 木が燃えていた。

 そこに並んだ家々が燃えていた。

 すべてを飲み込み、炎がエルフの集落を燃やしていた。


「あ~ら、驚く、なにを驚いているの?」


 余りの光景に立ち尽くす俺とニーフの背後で、死神が足を止める。いままで死をばらまいていたその女に背中を向ける。その危機感すら忘れ、俺たちは燃える集落を見上げていた。


「あたしが集落の端っこにあるボーヤたちの家に現れた、ええ現れたの。だったら――こっちがどうなっているかなんて、わかるでしょ?」


 心を折られた二ーフ膝をつく。

 愕然と見開いた瞳には絶望が色濃く浮かんでいた。それを見て、俺ははじめて思い知った。

 

 チェックメイトはすでにかけられていたのだ。


 リエリーが現れた時点で、あらゆる可能性は摘み取られていた。そして、その上で奴は足掻く俺たちを嘲笑っていた。勝ちの確定したゲームで、相手がそれを知らない優越感に浸りながら。


 「そん、な」


 ――とぐろを巻く蛇に胸の奥のなにかが締め付けられた。そんな気がした。


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