12 『それぞれの思惑』
ハーフ。
その言葉を聞いて嫌な予感はしていた。なにせこの手のファンタジーものにおいて、他種族とのハーフというのは、古今東西迫害され続けている人たちだからだ。
しかもニーフの場合、よくある人とのハーフではなく、ウルフ族――敵との間にできた子供。たぶん、俺が想像して同情するのもおこがましいくらいの思いをしてきたんじゃないか。そんな風に思った。でも、それにしてもだ。
「悪魔ってのはまた、穏やかじゃないですね」
「そこを話すと少し長くなるんだけどねぇ」
「いいですよ、どうせしばらくは動けそうにないですし」
「そうかい、だったらまず……君について話しておかないといけないことがあるね」
いきなり妙な切り口に話が飛んで眉をひそめる。聞きたい内容の一つだったから別にかまわないのだけど、だからってなんでいまそれが関係してくるのだろう。そんな俺の疑問に気づいたのか、アイエスさんは後ろに手を回し何かを手に掴んできた。
「彼に聞いたよ。君が『人類』なる種族だってね」
「やーやー兄ちゃん。よー無事に帰って来たな」
「スカーッ!!」
え? ええ!? なんでスカーがここにいるの!?
たしかにおまえってナイフで刺されて光の粒子になったんじゃ。
思わず両手でつかみ刺された腹を手でまさぐる。その指先がこそぐったいのか「ちょっと、やめーや。あひゃひゃひゃ」と笑い転げるスカー。
「傷は……ないな。え? どういうこと?」
「精霊は生き物いってもマナの集合体やからね。肉体に依存する人とは違って精神に依存してる分、外傷で死ぬことはまずありえんのや。まぁマナを霧散させてまうから、再構築に時間がかかるのが難点やけどな」
「な、なるほど?」
わかったようなわからない様な。つまりHPを削って作ったみがわりを攻撃されても、本体は別だから死なない的な、ポケットのモンスター的解釈でいいのだろうか?
「ま、あっしらを殺したいなら精神が崩壊するくらいのショッキングな出来事を見せるべきやね。人なら廃人でも、うちら精霊は精神が上位の生き物やから間違いなく死んでまうやろし」
「……なんか、無敵ってわけでもないんだな」
「ったり前や、生き物である以上、生き死にからは逃れられ」
あっけらかんと答えるスカーは間違いなく俺の知ってるスカーで、死んだと思っていたこともあって不覚にもグッときた。死線を潜り抜けた仲間だ。腐った俺でも感傷の一つくらい浮かぶというもの。ただ今の本題はそこじゃない。俺は首を振って余計な感情を追い払うと、
「で、『人類』がどうしたって?」
「回りくどいのは嫌いやからはっきりゆーけどな。んな種族この世界におらんのや」
「……………………は?」
どういうことだ?
「正確には君の容姿に近い外見をもつ種族はいるよ? アース族やライス族がそれだ。でもね、あくまで近いだけでアース族はもっと小柄だし、ライス族は米の粒のようにずんぐりしているはずなんだ。君みたいな種族はこの世に存在しない」
言いながら、アイエスさんは治療のため上半身の服を脱がされていた俺の胸が二の腕をペタペタとふれる。……どうでもいいけど、見た目美幼女なアイエスさんに興味津々な視線を向けられながら体を触られる背徳感たるや……。
いや、なにもしないけどね! うん、YESなんちゃらNOなんちゃらら。
「それ聞いてあっしは思ったんよ。ちみが『孤種』やないかなぁって」
「コシュ?」
「せや、親のいない、先祖のいない、突然あらわれた最新の種族。あっしらの間じゃそれを『孤独な種族』、孤種ゆーとるんや」
「孤独って……この世界認定ボッチみたいで勘弁してくれもらいたいんだけど」
なぜか泣けてくる。引きこもりってわけでもなかったし、さすがにそのレベルでエリートボッチじゃなかったと思うんだけどなぁ。
「なにを哀しんどるんか知らんけど、孤種ゆーたら尊敬と畏怖の対象やで? あっしも生を受けて長いけど、本物の孤種と会ったんははじめてやねんで? もっと胸はり」
「って言われてもなぁ。自覚とかないし」
いまいちイメージできない俺に、アイエスさんは神妙な表情で瞳を閉じると、
「この世界には多くの種族が生きている。その原因がこの孤種だって言う人もいるね。何百……下手をしたら何千年に一度送られてくる彼らと交わることで、ときに戦乱の種に、ときに革命の母に、ときに大きな事件を起こすことなく土地に定着した。そうして多種多様な種族が生まれていった。ってね」
歴史書の一説でも読むように言いながら宙で人差し指を振るアイエスさん。冗談や酔狂ではなさそうな雰囲気に、思わず頭を掻きむしる。
「……壮大な話をしてるところ悪いんだけど、その偉大なる孤種が――俺?」
「まぁその顔と付き合って生きてきたちみからしたら、釈然としないかもやけどね」
「おい~こら、どういう意味だこのオコジョもどき」
「カワウソからイタチときてオコジョとは、あっしも――って痛い痛い」
伸ばした手でスカーの髭をみょんみょん引っ張ってやる。じゃれ合う俺たちに、アイエスさんは口元を押さえて笑うと、「さて……」と前置きし、
「本当は君という存在は驚くべきことなんだろうけど、いまのあたしたちにとっては残念……というより、どうしていまなんだという気持ちが強いのだよ」
「それって、スカーが漏らしてた『当てが外れた』って言葉に関係してるんですか?」
「おや? おしゃべりなラッコもどきだね。そんなことまで話したのかい?」
「だからあっしは誇り高い上級精霊で小動物では――って二人で髭を引っ張らないで! ちぎれる! もげちゃうから!!」
ひとしきり揉みくちゃにされたスカーを布団の上に放り投げ、俺は改めてアイエスさんと向かい合い、
「間違ってたらツッコミ欲しいんだすけど、いいですかね?」
「ほう、聞くだけでなくまず推測を話すのかい? いいよ、どうぞ」
「アイエスさんが当てにしてたのって、俺自身じゃなくて俺が所属する種族――あ~ややこしいからここでは人類って言いますけど、その人類全体のことだったんじゃないですか?」
「――」
人差し指で眉間を叩き選びながら口にした言葉に、アイエスさんの視線が鋭くなるのを感じた。そんな彼女の反応に自分の認識は間違っていないと判断し先を続ける。
「仲の悪いウルフ族との関係、縄張りである森にまで侵入した敵と、奴らの言っていた『巻きこんだのか』って言葉。スカーの言ってた『他族捕虜』って字面から想像できる意味。まぁこれだけ証拠があればイメージはできる」
「……どんなことをだい?」
「ずばり、現在エルフ族はウルフ族相手に劣勢真っ只中! むしろこのガッチガチな結界籠城しないといけない状況から見て敗戦一歩手前って感じなんじゃないですか? ウルフ族って連中がそれだけチート――あ~バケモノじみて強いのか、エルフ族が弱いのかまではよくわからないですけどね」
「…………一応訂正しておこう。あたしたちは決して弱くはない。むしろ高次精霊と契約でき、森を拠点とした結界は堅牢で、最強の種の呼び声高い竜族でも完全破壊は困難といわれる、全種族有数の強者だからね」
「ってことは相手の方が一枚も二枚も上手だったってことですか?」
「……いやな言い方だけど、そうだね」
ふぅ、と大きなため息をつくと、朝日の差し込む窓へと視線を向けるアイエスさん。その目はここではないどこか、思い出の中の一ページを懐かしむようで、
「あたしたちエルフには強力な精霊術があった。それはいくら身体能力では三本の指に入ると言われるウルフ族相手でもその優位性は変わらない。不意さえ突かれなければエルフ一人に対して敵一〇人分くらいは倒せる自信ならあるさ。……でも、彼らはとにかく勇猛でね。そして繁殖力も高かった。エルフが数年に一回子どもを産むのに、あっちは半年で五人。へたをすると二桁以上産む。最初は余裕があったあたしたちも、長く戦ううちにゆっくり消耗され、気づいたらこの有様さ」
自嘲気味、というより自らの不甲斐なさに後悔しているような複雑な表情で振り返った。とはいえ質は違っても俺も同じようは表情をしていたと思う。まるで真綿で首を締めるみたいな戦い方にぞっとした。
「……戦いは数だよ兄貴ってのは聞いたことあるけど、実際仲間の命を鉄砲玉にするような手を使っていまの状況を考えていた奴がいたとしたら、ちょっと会いたくないな」
「あ~そりゃあっしも同感やわ。あの性悪ワンコって日常会話でも裏を探ろーしてくるから、話してて疲れるんよ」
復活したスカーがベッと舌を出しておどける。どうやら彼には面識があるらしい。怖いもの見たさから少しどんな人なのか興味はわいたが、いまは関係ないと思い直す。
「話を戻すけど切羽づまったエルフ族が考えた手が『他種族を巻き込んで状況を複雑にする』ってこと。正直、毒を持って毒を制すってレベルの話しじゃないけど、このままじゃ間違いなく負ける。そうわかっていたら切れないカードでもない。負け一択の戦いに引き分けと毒で自滅って選択肢が増えるだけですからね」
そこまで考え振りかえってみれば納得できることは多々ある。
見るからに怪しい俺をアイエスさんがあっさり受け入れたのは、それが劇薬でも状況を変える必要に迫られていたから。空き家を貸し与えたるなど急に待遇が滅茶苦茶よかったのは、のちに俺への待遇が火種になることを恐れたから。トップの孫の護衛にしたのは、文字通り監視のためと、あの戦闘力を見たあとだと人質って意味もあったのかもしれない。
「つまり、『彼が困っていたから大変な時期だけど助けた優しいエルフ族。そんな彼がいるのに襲ってくるウルフ族は悪い奴! みんなで一緒に戦いましょう!』って感じで採点はいかに!?」
最後にそうおどけた調子で言った俺にアイエスさんは、
「優しいね、君は。それとも甘いと言ったほうがいいかな?」
「……へ?」
「正解、と言ってあげたいけど少し訂正させてもらうよ」
と、うっすら笑って首をかしげ言った。
「『彼が困っていたから大変な時期だけど助けた優しいエルフ族。そんな彼をウルフ族から頑張って守りましたがダメでした。仇をうつなら協力は惜しみませんよ?』――かな。主導権はこちらにないとね」
「……それだと僕死んでませんかね?」
「なにか問題でも?」
「……アイエスさん性格悪いよアイエスさん」
「あっはっは! ちみにはアイエスも言われたくないんちゃうかな!」
いらない茶々を入れるスカーにチョップを落とすと「甘い!」という掛け声とともに白羽取りの構え――が外して顔面でチョップを受け止める。その仕草には和むけどいまはそれどころじゃない。俺は一度こめかみを叩いて会話を整理し、まとめに入った。
「なんにせよそういう思惑があったのに俺は『孤種』――つまりどの種族にも所属していないボッチだったせいで計画の大前提が崩れた、ってことでいいですか?」
「概ねはね。でもそうでもないとあたしは考えているよ」
「その心は?」
「ウルフ族は君を『孤種』と知らない。向こうの長老は性悪だが頭が切れる。こっちの思惑を理解しているはずさ。となれば少なからず君にも利用価値が生まれる」
「うん、なんか物騒なことの矢面に立たされてる感が半端ないけどちょっと待った。前の襲撃で俺のことを知ってる敵は全員倒しちゃってるのに、どうやって知るんです? 流言でも流すとか?」
「『皮剥ぎリエリー』さ。首切りやら皮剥ぎ大好きな狂人だけど、そのくらいはちゃんとしているだろう」
「ちょっと待った!! リナリーってあのおっかない妖怪首おいてけ女だよな! あれは倒したはずだろ!」
聞き捨てならない名前が出てきて大慌てでツッコむ。
――『皮剥ぎリエリー』。
その名前は体中につけられた傷と一緒に、恐怖の刃となって記憶に刻み込まれている。同時に、その最後も黄金の輝きと一緒にしっかりこの目で見ているのだ。
「残念ながら今朝現場に言った連中からの報告で、遺体はウルフ族四人分とエルフ族二人分だけ、奴の倒れていた場所はもぬけの殻だったらしいよ」
「マジかよ……」
ってことは、ここにいる限りまたあれとぶつかる可能性があるってことか?
……それはぶっちゃけ勘弁願いたい。いや、まぁ、今後もニーフの傍にいれば、最悪あの黄金のスーパーモードで何とかできるのかもしれないけど……正直、もう見たいとは思えなかった。
理由はない。あえて言うなら……あの目だろうか。虚無というか人形みたいというか。ただ目の前の――いや、目に映るもの、自分に干渉するものは全部的だからb、わざわざ敵意を向ける必要もない。そう言いたげなあんな目をもう見たくない。
そう思っただけ。だから、深い意味はない。
「とにかく、そういうわけだから君にはまだ価値がある。その間は責任を持ってあたしたちが保護しよう」
「……価値がなくなったら切り捨てるって言われている気がするんですけど?」
「そうやって言葉の裏ばかり探っていたら疲れないかい?」
「そうやって否定してくれない人だから裏を探るんですよ」
げんなりとしながら体に力を込める。まだ痛みをともなう体にバカ正直に反応する神経がもう少し寝ていろと促すが、だいたい聞きたいことを聞き終えた以上ここにいる理由はなくなった。
もっと言えば、起きぬけに腹の探り合いをするには相手が少し手ごわい。ここは一度退散するのが吉だろうと思ったのだ。だから、
「なんだい、ニーフの家に戻るのかい?」
「別に心配だからとかじゃないですよ?」
「誰も言っていないことをわざわざ口にする。君にしてはわかりやすい反応だね。よっぽど心配だったのかな?」
…………最後の最後までひと言もふた言も多い合法ロリババだよ、ちくしょうめ。
ブクマなどよろしくお願いします!