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4・スプライト

 一人で企画を実行する【セルフプランニング】シリーズ。

 【SF一人祭2013】第二弾『惑星フェミニン』の第四部です。


 ノーマンとピールに見送られて、ラリーとユジンはブリーフィングルームを出た。それと同時に、ラリーはTSS・クラリスにハイパー通信で連絡した。

〈クラリス、提供された資料は受け取ったか?〉

〔CDF・グレッ……あ、失礼。今はCDF・ラリーでしたね。はい、五分前に受け取りました。ラリーから提示されたアルゴリズムに従って、只今分析中。あと十四分四十七秒の時間をください〕

 ラリーは上機嫌でこう言った。

〈上出来だ、クラリス〉

 その後、クラリスは申し訳無さそうに付け加えた。

〔あのぅ……〕

 クラリスの戸惑いに、今度はユジンがハイパー通信で呼び掛けた。

〈どうかしたの、クラリス? 何かあったの?〉

〔はい、SMAR・ヨ……あ、失礼。今はSMAR・ユジンでしたね。実は、ビンセント市政官が表敬訪問をしたいとエアロックでお待ちなのですが〕

 ラリーとユジンは驚いた。

〈何てことだ! やばいぞ、こりゃ! TSS・クラリスとユジンが壊される!〉とラリー。

〈ひぇー! そんな偉い方をお待たせして! 粗相が有ってはいけないわ、ぽっ!〉とユジン。

 それぞれのハイパー通信を聴き取ったラリーとユジンは顔を見合わせた。

「それ、どーゆー意味だい?」とラリー。

「それ、どういう意味なのっ!」とユジン。

 二人はいつの間にか、ポート・セブンに向かって時速八十キロメートルの全速力で走り出していた。

〈クラリス、緊急モード発令だ。DSチャンバーを起動してエネルギーウェーブをDSエンジンに注入するんだ。そして、いつでもDSフィールドエミッションができるように励起しておいてくれ〉

 ラリーはクラリスに立て続けに指示をした。

〈それからコントロールにも連絡してくれ。「惑星からの強力なスプライト現象が発生するかもしれないから耐電シールドをするようにと〉

〔了解、CDF・ラリー。緊急モードで命令を優先します。現在、コントロールに伝達中〕

 クラリスの回答にラリーはニヤリとする。

〈さすがはクラリス、いい子だ〉

 ラリーの指示に納得のいかないユジン。疾走しながらラリーにハイパー通信で質問する。

〈それってどういうこと? ヤバイこと? 何かが起きるって訳?〉

 ユジンの方を見ないでひたすらに疾走するラリー。

〈俺の取り越し苦労ならいいのだけどな〉

 その言葉に、ユジンはそれ以上のことを訊かずにラリーの後ろを疾走した。


 TSS・クラリスが停泊しているポート・セブンのボーディングホールに辿り着いた二人は、物々しい警戒の中、高級役人の取り巻きに囲まれて、ビンセント市政官の存在が浮き立っていた。目ざとくラリーとユジンを見付けたビンセントは取り巻きの間をくぐり抜け、二人に駆け寄った。

「ラリーさんとユジンさん!」

 それでも一応彼自身の中は丁寧そうな言葉で、ラリーはビンセントに尋ねた。

「どうしたのですか、こんなところまでお越しになって?」

 ビンセントは二人を前にして、再び最上級の笑みを静かに湛えて言った。

「たいしたことではありません。CDFっていう存在にはなかなかお目に掛かれませんからね。どんな船に乗っておられるのか、興味が湧きまして。ご迷惑かとは思いましたが押し掛けてしまったという次第。お許しください」

 あくまでビンセントは几帳面で丁寧だった。

「お世辞にも綺麗とは言えませんが、ご見学は歓迎ですわ」

 ユジンは頬を染めながらビンセントに進言した。

「男所帯のむさいところですけど、よろしければ」

 ラリーもビンセントを誘った。

「ラリーさん、こんなに美しいユジンさんをして『男所帯』とはまた!」

 ビンセントの笑顔はあくまで嫌味が無かった。いや嫌味を感じないと言った方が正確だろう。

「さぁ、どうぞ」

 ユジンはビンセントを先導して先にTSS・クラリスの中へ入って行った。

「さぁ、皆様方もどうぞ。警備の方も入ってください。さぁ、急いでください。早く!」

 ラリーはボーディングホールに居る全員をTSS・クラリスの中へと誘導した。全員が船内に入ったのを確認すると、ラリーは怒鳴った。

「クラリス、ゲートをクローズしろ!」

 ラリーのその声に全員が驚いたと同時に、エアロックがガコンと閉じたことに動揺していた。

「クラリス、コントロールにつなげ!」

〔了解、CDF・ラリー〕

 間髪を入れないラリーとクラリスの動作に周りの人々は静まり返る。

「コントロール、耐電シールドの準備は?」

 オペレータが答える。

『そ、それが……まだなのです』

 ラリーが即座にそれに応える。

「何やってんだ! このスペースポートが全て使えなくなるぞ。そうなってもいいのか!」

 ラリーの恫喝に、今度はチーフが答える。

『申し訳ありません。軍の許可コードがないとロックが解除出来ないのですが』

 ラリーは再び即答した。

「クラリスに回線を接続してください。早く!」

『り、りょ、了解』

 チーフが応えたと同時にクラリスが反応する。

〔回線接続。CDFコード入力……ロック解除。使用可能になりました。耐電シールド稼動〕

 船全体に軽い振動が加わった。それと同時にラリーはクラリスに命令した。

「DSエンジンはアイドリングしているか?」

〔はい〕

「DSフィールドエミッションを開始してくれ」

〔了解〕

 クラリスが答えたと同時に船に大きな緩い揺れと小刻みな振動が始まった。


 ラリーとクラリスの掛け合いが終わり、耳障りなブーンという動作音が唯一沈黙を破っていた。

「どうしたというのですか?」

 ビンセントは甘い微笑を絶やさないが、不快感を表明していた。

「大丈夫ですわ、ご心配なく」

 ユジンはビンセントに手を握られて赤くなりながら、にこやかにそう答えた。

「何かが起こると?」

 ビンセントはユジンの顔を見た。

 ユジンがうなずいた時、それは起きた。

【ドッシャーン!】 

 船体が大きく揺れた。乗っていた全員がよろめき、ある者は壁に手を付き、ある者はしゃがみこみ、ある者は転倒した。ビンセントはユジンをシッカリと抱きかかえていた。

 およそ一分ほどで揺れは治まった。

「クラリス、損害状況は?」

 ラリーは仁王立ちのままでクラリスに訊いた。

〔DSフィールドエミッションにより損害無し。帯電率ゼロ。むしろ、DSフィールドがスプライトのエネルギーを吸収しています。あぁ……ごくり。美味しゅうございました。満腹です〕

「それはよかったな、クラリス。次はコントロールにつないでくれ」

 ラリーは次々と状況を把握していく。

「コントロール、そちらの損害はどうだ?」

 ラリーの問い掛けにチーフが答えた。

『状況報告をします。こちらは、サウスウィングの一部が耐電シールドの不備で損傷、イーストウィングが雷サージのために一時的な停電していますが、ウエストウィングとノースウィング、それにセントラルタワーに損害はありません。耐電シールドのお陰で助かりました』

 ラリーはニヤリとして返信する。

「OK。それでは耐電シールドをオフにして装置をロックする。あとはそちらの復旧マニュアルに従ってくれ」

『了解しましたっ!』

 通信の向こうで敬礼をしているチーフを想像させるような声だった。

「よーし。クラリス、ゲートオープンだ。警備やSP、取り巻きの方々はクラリスからの退去をお願いします」

 プシューという音と共にTSS・クラリスのエアロックが開き、ぞろぞろと人々が出て行った。

「今のは何だったのですか?」

 ビンセントは今だにユジンの手を握っている。ユジンは顔を赤くすることも無く、少々呆れ顔だった。

「惑星フェミニンからの『スプライト』です、いわゆる宇宙空間に向けての雷サージ。それも巨大な電流と電圧の放電ですね」

 そう答えながら、ラリーはビンセントをTSS・クラリスのラウンジへと案内した。


 TSSクラリスのラウンジに案内されたビンセントが、その感想を呟く。

「これは意外です。木調のインテリアと言い、かなりの広さと言い、このラウンジなら充分にリラックスが出来ますね。それ程にCDFは激務だってことですか」

 ラリーはクスリと笑った。

「いや、そうでもありませんよ。この船は元々『探査船』だったのです。十名近くのクルーが乗り込んで、未知なる恒星や惑星に対する好奇心で興奮する気持ちとか、未知なる領域へ踏み込む不安な気持ちとか、そんなクルーの気持ちを和ますにはこんな空間が必要だったのでしょう」

 そう言ってラリーは、ビンセントに着座を勧めた。ビンセントはその辺にあったスツールに腰を下ろした。

「この船で宇宙の隅から隅までを飛び回っている訳ですか。素晴らしいです」

 いつまでも感想を吐露するビンセントに、ラリーは切り込んだ。

「それで? ここへ来た目的は表敬訪問だけではないのでしょう?」

 その時、ビンセントの表情が崩れた。しかし、頬を赤くしただけで上品な笑みはそのままだった。

「何でもお見通しなのですね、CDFっていうのは」

 そう言いながら、スーツの胸ポケットから二通の封筒を取り出した。

「実はですね、お二人を歓迎して惑星首都『ガーリー』でのレセプションを準備させていまして。是非、ご参加をお願い出来ないかなと」

 ビンセントはラリーとユジンに真っ赤な蝋で封印された招待状を手渡した。

「丁度、渡りに船だ。ありがとうございます」と、ニヤけるラリー。

「ありがとうございます。ですけれども、あたしは、あのー、そのー、……」と、戸惑いを隠せないユジン。

 ビンセントはユジンの表情で気が付いた。

「あ、そうでした! 『二十歳のルール』があったことをスッカリ失念していました。申し訳ありません。僕としては是非、ユジンさんに参加して欲しかったのですが……」

 実に悔しそうに残念そうに語るビンセント。そして、その表情にも分量にして六分の五ほどの笑みが消えていた。

「えぇ、無理っぽいみたいですぅ、るん!」

 ユジンは悪戯っぽくウインクをした。何処となく清々とした表情がユジンから読み取れた。それを姑息な態度で伺っていたラリーは満面の笑みでビンセントに告げた。

「大丈夫ですよ、ビンセント市政官。ユジンにも同行させますから! ……あ、いや、なに、ご心配なく。先程行われたブリーフィングで分かったことがありましてね。それは『二十歳のルール』が発病するまでには三日間の潜伏期間があるということです。だから、発病する前に惑星を離れてしまえば大丈夫のようですから」

 ラリーの言葉を聞いて、ビンセントは急に活気付いた。

「おぉ、さすがはCDFだ。盲点を突く作戦ですね!」

 だが、同じラリーの言葉を聞いていたユジンは、顔を真っ青にした上に引きつってもいた。

「あわわわ……な、な、な、なんてことを!」

 ラリーの言葉で元気になったビンセントは、立ち上がって暇乞いをした。

「それでは僕はこれにて失礼します。それじゃあ、ユジンさん。レセプションでの再会を楽しみにしております」

 そう言い終ると、ビンセントはラウンジからスタスタと去って行った。

「それじゃーねー、バイビー!」

 元気良く手を振るラリー。

「さ、さ、さ、さよならぁー」

 引きつった顔のまま、気の無い手振りのユジン。

 二人は無意味に手を振ったままの状態でキッチリ五分間、ラウンジに立ち尽くしていた。


 五分後、ラリーはクラリスに指示をした。

「ビンセントが船から退出したらエアロックを閉じて閉鎖しろ。そして、DSフィールドエミッションを出力五パーセントで維持するんだ」

〔了解、CDF・ラリー。既にビンセントが退出していますのでエアロックを閉鎖します。DSフィールドエミッションを五パーセントで続行中〕

「よし。それでいい」

 クラリスに命令している時のひどく神経質な面持ちのラリーに、なぜか安堵感を覚えたユジンだった。

 お読みいただき、誠にありがとうございます。

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