3・ブリーフィング
一人で企画を実行する【セルフプランニング】シリーズ。
【SF一人祭2013】第二弾『惑星フェミニン』の第三部です。
照度を落とされた小さな部屋に、大きくゆったりとして身体を包むようなシートが四つ。ラリーとユジン、ノーマンとピールがそれぞれ対面するように座り、中央に表示されている三次元ホロスクリーンを眺めていた。
GSFのノーマンはホロスクリーンに多角統計による三次元のデータを表示した。
「まずは統計データから解説します。ご覧のように、特に女性の死亡統計、その中でも二十歳までのこの惑星フェミニンでのデータは歪な形になっています」
横軸が二十のところで頂点となり、その後はゼロを推移、ところどころにポツポツとグラフがデコボコになっていた。
「その奇病っていう現象によって二十歳がピークだというのは解るのだけれど、その後のグラフの揺れは何ですか?」
ユジンは素朴な疑問を口に出した。質問に答えたのはピールだった。
「それは、この星で生まれた女性がこの星に戻ってきた事例のものです」
ピールは、三次元ホロスクリーンの表示を惑星フェミニンのライフスケールに切り替えた。
「まず、この星で産まる子どもの性別はなぜか全て女性です。そして、この惑星でも女性に対する老化現象は顕著でして、十歳にして成人となり十九歳では既に更年期を迎えるという状況なのです。なので、女性強制出星令によって、彼女達は十九歳六ヶ月までに全員が出星することを義務付けています」
そして、ピールは別なライフスケールのグラフをそのホロスクリーン表示の脇に表示した。
「出星した女性達は他の惑星で生活をしている訳ですが、その時の老化現象の速度は鈍化します。つまり普通に一年に一つ歳を取り、その他の惑星の女性と何ら変わりはないのです」
「へぇ、そうなの。やっぱり惑星フェミニンの『風土病』ってことなのかしら?」
ユジンの問いに答えることなく、ピールの解説は続いた。
「ですが残念なことに、女性入星禁止令があるにも係らず、故郷を恋しがって戻ってくる女性が後を絶ちません。厳しい規制をすり抜けて惑星フェミニンに降り立つのですが、ここには『二十歳のルール』がありますので、結局は……。それが先程のグラフのテール部分に表れているのです」
悲しい顔で答弁したピールにユジンは同情した。
「やっぱり、ダメなのね。女性にとっては不思議で悲しい病気ってことなんだ」
「ユジン、その見解は間違っている。これは『病気』ではないよ」
ラリーが諭すようにユジンに言った。ラリーの言葉に驚くユジン。
「えぇ、そうです。これは『殺人』と言い換えてもおかしくない事例なのです」
GSFのノーマンが声を荒げて語り始めた。ノーマンの言葉に愕然とするユジン。
「確かに病気によって亡くなっている確率は圧倒的なのですが、いくつかの事例においては外的要因、つまりは事故による死亡も少なからず確認されています」
更にピールが付け加えた。ピールの言葉に唖然とするユジン。
「実際の事例から『奇病』でも『風土病』でもないことは、既に確かめられています。しかし、余計な憶測で風評被害を生じさせないためにも、今まで通りに病気の類であるという噂を流布させています」
それらの言葉に、ユジンは恐怖を感じ始めていた。
「二十歳で死亡することと同様に、今だに女性のみの老化促進の原因も明らかでなく、納得出来る妥当な回答は一切導き出せていません。男性ついては他の星系と変わらない、年齢経過を辿っているのですが。とにかく、この星での生殖及び生存のバランスが完全に狂っています。もはや崩壊寸前とも言えるのです」
「圧倒的に少ない女性の生存率と人口か。逆に言えば男の天国だな」
ラリーは相変わらず軽口を叩いたが、ピールは笑っていなかった。
「おっしゃる通りです。我が惑星は『惑星フェミニン』という名前を戴いていますが、実際のところは逆で圧倒的な男性社会なのです。それも男性の出生は全て、惑星フェミニン以外ですしね」
ユジンは当然だが、ラリーもピールの言葉に唖然としたのだった。
「今までの我々の調査で収拾し、分類及び分析した奇病現象の典型的事例とその詳細をご覧いただきます」
GSFのノーマンの言葉に、ラリーは実務的にうなずく。
「典型例は風邪の発症から始まって入院する事例です。入院時から容態はどんどん悪化して、遂には肺炎を併発し呼吸器不全による死亡という事例が全体の四十二パーセント、心臓発作による死亡事例が四十一パーセントと、合計で八十三パーセントに達しています。また、七パーセントは外的要因、つまり何らかの事件や事故に巻き込まれたことになります」
「計算が合わないわよ。残りの十パーセントは?」
鋭く突っ込むユジンに、ノーマンは会釈をして謝罪の意を表し、その後で淀み無い説明を付け加えた。
「申し訳ありません、説明が抜けていました。その十パーセントは幼児期、つまり十歳未満での死亡です。その死亡原因はホルモン失調症であり、それに伴う癌の併発によって死に至るケースが殆どです」
「ふーん。子どもの時期の死亡率も高いって訳なのね」
ユジンがうなずきシートに身を沈めるのと入れ替わりに、ラリーが身を乗り出した。
「感電死とかが一番多いんでしょ?」
ラリーの質問に違和感を持ったユジンだったが、ノーマンの返答にはもっと違和感があった。
「えぇ、そうです。さすがはCDFだ、よくご存知ですね。二パーセントは交通事故や事件によるもので、残りの五パーセントが感電死です。その五パーセントのうちで、雷などによる自然現象が七割で、不思議なことに室内での感電死が三割なのです」
「感電死? しかも室内? その数字は多過ぎる。有り得ないと思うわ」
ユジンが疑問を呈したが、ピールが不自然でない答えを提示してきた。
「この星では、雷サージによる事故は結構多いのです。大気が厚いことと大気中の水蒸気量が少なく乾燥していることのために、大気圏外に逃げるはずの電気が地上に流れ込んでくることが頻繁にあるのです」
納得してしまう回答だったのけれども、やはり何処かに何かに疑問が残るユジンだった。
「それにしても室内なんて……」
そう言って難しい顔をするユジン。その横顔をジッと見つめていたラリーが相槌を打つ。
「確かに室内は変だよな」
「えぇ、そうなのです。ですから、この現象の原因は『自然現象』とばかりは言えないようでして……」
言葉を濁すピール。
「どうやら、我々の生活を支えている、惑星フェミニンのセントラルコンピュータも関与しているようなのです」
歯切れの悪いピールに代わって、GSFのノーマンが切り出す。
「セントラルコンピュータのデータバンクから情報が引き出された上に改竄されているという痕跡を発見したのです」
ラリーは身を乗り出した。
「それは、どういうことかな?」
おずおずとピールが口を開いた。
「実はターゲット、つまり二十歳の女性のことですが、それを正確に選別しているようなのです。普通、女性を見掛けだけで年齢の判断は出来ませんし、それに『年齢詐称』している場合も少なくありませんし」
ユジンはムスッとしたが、それに構わずピールは話を続けた。
「それが先日、一人の女性が、明らかにこの『奇病現象』の典型的な原因、風邪から入院してたった三日で心臓発作によって亡くなるという事例が発生しました。この女性をセントラルコンピュータで照合したところ、二十歳でした」
ラリーとユジンがフムフムとうなずく。
「ところが詳しくバックアップデータまで駆使して調査してみると、この女性の実年齢は十五歳で、セントラルコンピュータの登録年齢を五歳も鯖読んでいたのです。このような事例が他に数件あります。しかも、ここ三年くらいが特に顕著で『二十歳のルール』が崩れて来ているようなのです」
ユジンが口を開いた。
「出生管理はコンピュータでしょ? なぜ、そんな食い違いが?」
ピールは難しい顔をした。
「えぇ、そうなのです。自動登録なので改竄するのは不可能に近いはず。我々もその部分で行き詰ってしまったのです」
ラリーは瞳を閉じて考え込み、ユジンは怒りを通り越して呆れていた。
「全く、この星はどうなっているのかしら?」
ピールは三次元ホロスクリーンを消して、部屋の照度を上げた。
「とにかく、病気の類では無いことは確かなのです。しかもセントラルコンピュータまで操っている。これはどう推測しても人為的殺人行為としか考えられない。しかし、犯人に見当もつかないどころか、全く犯人像が見えてこない。それに犯罪行為には必ず動機があるものだが、その動機の予想すらも出来ていない。更に、それがこの惑星フェミニンの開拓当初から二百数十年も続いているのです!」
捲くし立てるように、GSFのノーマンは力説した。
「我々の部署で行った数年にわたる調査でもこの結果なのです! 事実は断片的で状況証拠のみ、あくまで推理の域を出ないというのが結論なのですよ、CDF!」
ノーマンは、更に口角沫を飛ばした。
「何らかの結論を見出したいというのは、こちらも同じです」
今度はピールだった。
「惑星フェミニン開拓以来の苦悩なのです。せめて原因だけでも追究してください!」
ノーマンとピールはうな垂れた。
しばらく下を向いて考え込んでいたラリーは、おもむろに顔を上げて二人に尋ねた。
「三年前からなんですよねぇ、事実上『二十歳のルール』が崩壊し始めたのは?」
二人は顔を見合わせてから、ピールが答えた。
「えぇ、そうですね」
更に質問をするラリー。
「三年前にこの惑星フェミニンで事件や事故など、いやそれに限らず何かの大きな出来事はありませんでしたか?」
「三年前ですか。うーん、そうですねぇ……」
答えに窮するピール。空かさず資料のファイルをパラパラと振り返っていたノーマンが、ファイルのあるページでふと手を止めた。
「三年前といえば、ビンセントが市政官に着任した年じゃないですか? ……そうだ、そうだ! そして、自治政府の役人が総入れ替えになったんだ」
それを聞いたラリーはニヤリとして言った。
「ありがとう。よく解ったよ」
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