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中編:少女の意思

二月一日。挑戦初日。

時刻は正午を回った所。


「はい!お約束の品です。」

そう言って、トウカは小さな鉢に植えられたパンジーを差し出した。

鮮やかで大きな花弁がまるでトウカの瞳の様に、こちらを見つめてくる。

「はいはい、どーもね。」

「あ!ちゃんと枯れないように世話してあげて下さいね。」

「へぇへぇ」

鉢植えを受取り、窓際の棚に置く。ここなら日当たりも申し分ないだろう。

「……」

「なんだ?」

その様子を、何故かトウカは黙って見つめていた。

まるで、何かを確かめるように。

「いえ、別に。」


【2日目/11:00】


「こんにちは~。あなたの恋のキューピッド☆桃色特急便でっす。」

「相変わらず酷いセンスだな。」

「相変わらず愛想が無いですね、店主さん。」



【3日目/13:00】


「今日は一足遅れたクリスマスプレゼントです。」

「ポインセチアか。」

「はい!っと言っても、葉っぱは殆ど落ちちゃっていますが…」

「しょうがねぇな。ギリギリセーフにしといてやるよ。」

「よかった!! 有難うございます!」


(よしよし、この分だったら早々に見つからなくなってリタイアするだろう。)



【4日目/10:00】

「良い香りです~。」

「鉄砲百合か。」

「テッポウ? ラッパみたいなのにですか??」

「昔、そういう銃があったんだと。」

「ほへ~」


【7日目/16:00】

「はい!今日は「花韮(はなにら)」ちゃんでーす。はぁ~なんだかレバニラ炒めが食べたい気分です。」

「食い意地だけは一人前だな。」


【8日目/15:00】

「店主さん!ホトケノザが咲いてましたよ。蜜が甘くておいしいです~♪」

「どんだけ腹空かせてるんだ。お前。」


【11日目/11:00】

「店主さーん。今日は「水仙」です。」

「黄色か。俺は白の方が好きなんだがな。」

「我がまま言わないでください。この子も私も泣いちゃいますよ!シクシクシクシク…」


【14日目/14:00】

「ふふふ。今日が一体何の日かご存知ですか?店主さん。」

「知らんな。」

「そんな寂しい店主さんの為にジャジャン!セクシーピンクな薔薇の花を捧げちゃいます。お返し、期待してますね☆」

「勝手に言ってろ。」


【18日目/13:00】

「質問です。このコバルトブルーの小さいお花は何ていうでしょうか。」

「…オオイヌノフグリ。」

「へぇ!じゃぁ、名前の由来は??」

「お前、セクハラで訴えるぞ。」

「やっだー店主さんってば純情なんだから。」




【20日目/15:00】


おかしい。

俺の予想だと10日程度で持って来ようにも花が見つからなくなって、根を上げると踏んでいたんだが…。

「やれやれ、意外と見つかるもんだな。」


カランコロン---


「いらっしゃいましたー。」

妙な柄のシャツの上に何年も愛用しているであろうジャージを羽織った男が店のドアを開ける。

だぼっとしたジーンズの下は冬本番だというのに裸足で、足元はくたびれたスニーカー。癖なのだろうか、(かかと)部分は踏まれてぺたんこである。


青年は、午後も回っているというのにまだ眠気が抜けきっていないのか、寝癖頭を掻きながら慣れた足取りで自分の特等席へと足を進める。

テーブル席から見える窓辺には、ここの店主に似つかわしくない可愛らしい花々が咲き誇っていた。

「良い香りがすると思ったら。マスター、花屋と業務締結でもしたの?」

わざとらしく問いかけると、店主の顔に苦々しい表情が浮かんだ。相変わらず感情が露骨に解りやすい。

水を運んできた店主の顔を覗きこむと。「にやにやするな。」と、パシッと叩かれた。

「ところでお前、これ以上あいつに妙なもの渡すなよ。」

「妙なもの…?あぁ!マル秘道具のこと。よく出来てるだろ。俺の自信作。」

にっこりブイサインで答えると、もう一発叩かれた。

「そんな事ばっかりしてるんなら、今年も浪人決定だぞ!!」

「大丈夫!今年は寝坊もしてないし、居眠りもしてないし、受験会場で迷子にもならなかった!!完璧完璧ィ。」

「まったく、俺がお前の親だったら勘当ものだな。」

「またまた~。そう言って、マスター何だかんだで世話してくれるじゃ~ん。」

「やめろ。気色の悪い。」

そう言いながら、青年のボサボサ頭を更に手でぐりぐりと押さえつける。

店主のその悪態が照れ隠しだという事を、青年は誰よりもよく知っていた。半分は本気という所も。

無愛想だが一旦懐に入れば情にもろい。自分より5歳も年上の幼馴染にちょっかいを出すのは、もはや彼の生き甲斐となっている。

店主からすれば、迷惑この上ない事ではあるが…。


「おい。アメリカンでいいんだろ。」

「うん、ありがと。そういえばあの子、まだ頑張ってるんだね。」

「あぁ。」

「ふ~ん。もしかして、マスターに気があるんじゃない?」

手持ち無沙汰(ぶさた)からか、立ちあがった青年が窓辺の花を撫でながら言う。

初日に受取ったパンジーは、まだ鮮やかに咲き誇っていた。

「ははっ、まさか。大方、友達と変な遊びでもやってるんだろう。」

そう、子供の考える事だ。どうせゲーム感覚に違いない。

「そっかなぁ。俺は遊びには見えないけど。」



カランコロン


「こにゃにゃちはー!!…あれ?浪人お兄さん。」

「浪人…そういう認識なのね。」

がっくりと肩を落とした青年の姿を目の前にしたトウカが、頭に大きな(はてな)マークを浮かべて「え?え??」っと青年と店主を交互に見る。

「そう思われたくなければ、きちんと自己紹介しろ。」

「はいはい。解りましたぁ~。面と向かって挨拶するのは初めてだね。僕は、鹿取(かとり) 陽介(ようすけ)。雑貨屋の2階に住んでるのは知ってるよね。ここのマスターとは幼馴染なんだ。」

「そうだったんですか。」

「年は結構離れてるけどね。そういう君のお名前は?」


陽介が人懐っこい顔で尋ねると、トウカも気を取り直して元気に答える。


「私は、春風トウカと言います!鹿取さん、いつも色々と有難うございます。」

「いいっていいって。ふーん゛トウカ゛ちゃんか。かわいい名前だね。」

ペコっと丁寧に頭を下げるトウカに、こちらもにこやかな様子の陽介だが、その笑顔の奥には何か別の目的があるように見えた。

「はい!私もすっごく気に入ってるんです。」

「そっか。」

そういうと、陽介はチラッと店主の方へ目を向ける。

「…なんだよ。」

まるで何かを探るような幼馴染の表情を見逃さず、じとりと見返す。店主の眉間には更に深い皺が刻み込まれていた。

「んーん、別にぃ。さぁて、俺はそろそろお(いとま)しましょうかね。またねトウカちゃん。またマル秘グッズができたら教えてあげる。」

「ホントですか!宜しくお願いします。」

「オイこら陽介!!」

「ははは。じゃ~ね~。」



手を振りながら悠々と自宅へと戻っていく陽介の背中を見つめながら、ため息をつく。

「全く、俺の周りはどうしてこう変な奴ばっかりなんだ。」

「そういう店主さんも、十分「変」ですよ。」

「フォローのつもりか。」

「?」

「はぁー。まぁいい、どうせ今日も持ってきてるんだろ。」

「はい!!今日は、「スノードロップ」です。ここ、置いておきますね」

「あぁ。」

スノードロップの小さな鉢植えを、空いているスペースに置く。

そしてそのまま他の鉢に水をやったり、花瓶の水を替えたりと世話を始めたトウカを尻目に、陽介が飲み干したカップを片づけていく。


「それにしても、安心しました。」

「何がだ。」

「無愛想な店主さんにも、素敵なお友達がいらっしゃったんですね。」

「お前、友達とかから「一言多い」って言われないか。」

「えっ。あ、そう…ですね。はい、そうかもしれません。」

少し歯切れが悪そうに、トウカが答える。

しかしそれは一瞬の事で、すぐに明るい表情を取り戻した。


「それにしても、今日のお花はなんだか今日の店主さんにぴったりですね!スノードロップの花言葉は確か…」

「「初恋の溜息」「希望」「慰め」とかだな。」

「もう!なんで私の台詞とっちゃうんですかー!!」

「これのどこがピッタリなんだよ。」

「うっ……「溜息」…とか。」

「間違ってんじゃねーか。」

「間違ってません!足りなかっただけです。」

「一緒だ馬鹿タレ。」

「店主さんズルイです。なんでそんなに花の種類とか花言葉とか知ってるんですか!珈琲屋さんなのにっ」

「母親の影響だよ。」

やたらと写真やら実物やらを抱え込んで、昼夜問わず嬉々として話しかけてくる母親の姿を思い返し、うんざりとした顔で答える。



「あー、あとついでに良い事教えてやる。スノードロップの花言葉の補足。スノードロップを贈り物にするとな…」


---花言葉は「あなたの死を望みます」という意味に変わる。


「だからお前も、今度誰かに花をやる機会がある時……は…。」

食器棚からトウカの方へ目を向けると、ただでさえ白いトウカの肌から、一気に血の気が引いていた。

真ん丸な目を見開いて俯いたかと思うと、急にくるっと窓辺の花へと向き返る。

「この子は、無しです。」

「は?無しってお前…」

「無しったら無しなんです!」

いつもの大声とは違う、何か脅えているような声に気押されたじろいでいると、その隙にトウカがサッとスノードロップを抱えてパタパタと出口へ向かって行く。

どうも様子がおかしい少女を追いかけようとカウンターを出るが一足遅く、トウカは扉を開けて外に出てしまった。

「すぐに代わりのお花、探してきますね!大丈夫。この子は私のお家で育てますから。」


「では、店主さん後ほど!」そう言って、いつもの様に元気よく飛び出して行った。

その笑顔にやはり何か引っかかるものを感じ、取り残された店主は世話役の居なくなった窓辺をジッと見つめる。先程まで鮮やかに見えたパンジーが、どこか寂しげに見えた。


【同日/18:30】

トウカが飛び出して行ってからかれこれ3時間が過ぎようとしている。

店の営業時間は19時までなので、そろそろ閉店準備や明日の仕込みを始めなければならないのだが、未だに顔を見せないトウカの事が気にかかり、いつもテキパキと動く店主の手は、まるで糸が絡んだの糸人形の様であった。


カランコロンカラン


「! トウ…」

「残念!俺でした~。」

「冷やかしなら帰れよ。」

コンビニ袋を両手に、ダブルピースをしてくる年の離れた幼馴染に向けて、解り易くい悪態をつく。

一体、俺は何をこんなにイライラしている。

トウカが今日中にやって来なければ、この勝負は俺の勝ちだ。また以前のような静穏(せいおん)な日々が取り戻せる。

なのに何故、嬉しいという気持ちが浮かんでこない。待ち望んでいたはずなのに。


「買い物がてらにブラブラ散歩してたらさ、土手の辺りでトウカちゃんを見かけたよ。」

「!」

「一生懸命何かを探してるみたいだったから「手伝おうか?」って声かけたんだけど、「大丈夫です!これは、私がやり遂げなきゃいけないんです!」ってさ。」

「……」

「あんまり、いたいけな少女を苛めちゃ駄目だぜ。」

「解ってる。」


「陽介、店番頼んだ。」

「あいよ。」

「恩に着る。」


考えるよりも早く、エプロンを外しコートを片手に外へ飛び出す。

立春を過ぎ陽が高くなってきたと言っても、この時間外はもう真っ暗だ。

太陽が沈み、冬の寒さが厳しさを増している。


そんな中、どうして。そこまでする価値が、あの珈琲カップにあるというのだろうか?

そんな事あるわけがない。だって、あのカップは---


「!」

「あれ?店主さん。」

住宅街を抜けもうすぐ土手、っという所で前方からトウカが駆け寄ってきた。

草林にでも入ったのだろうか、街灯に照らされたトウカの髪にはいくつもの枯れ草や植物がくっついていた。

全速力で走っていたのを急に止まったので、なかなか身体が落ち着かない。

ゼェゼェと必死に酸素をとり込もうとするが、温まった体内に冷たい冷気が突き刺さって、なかなか声が出せないでいると、おずおずとトウカが口を開いた。

「も…もしかして、心配してくれたんですか?」

心配?

そうだ、こんな年端もいかない子供---しかも女の子が、こんな時間に出歩いていれば心配するのが当然だ。

そう納得して言葉を紡ぐ。

「…っはぁ、そうだ。心配した。無茶な事しやがって。」

それを聞くとトウカの顔に、嬉しいとも寂しいともとれる表情が浮かぶ。

「そう…ですか。」

ぎゅっと手を握り締めながら俯いている少女の頭に手を伸ばして、頭についた葉っぱなどを落としていく。

「見つかったのか?」

「はい…。」


手元に目をやると、一輪の白い花。

「ノースポールか。」

小さなマーガレットの様なそれは、確かに今日まで持ってきた中には無かった。

「店主さん、あの!」


しばらく何も言わずに俯いていたトウカが、必死な顔で訴えかける。

胸の前でギュッと握りしめられた小さな両手は、土ですっかり汚れてしまっていた。

「心配をかけてしまってすみません。明日からは、気をつけます。だから!だから---」


この勝負を続けさせてくれ。と、少女は言う。

残された9日間、欠かさず花を届ける。

もう心配をかける様な事はしない。

だから---


「二月二十九日、私にあの珈琲カップを見せて下さい!」


そう言う彼女の瞳には、強い意思がしっかりと宿っていた。

その意思が何なのか、どうしてそこまであのカップに(こだわ)るのか---

とうとう問えないまま、店主は一度だけ首を縦に振り、陽介が待つ店へとトウカを引き連れ帰って行った。

【修正】

2/5 ラストの台詞「三月一日」から「二月二十九日」に改編

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