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前編:少女の挑戦

大勢の人々が行き交う大通りを抜け、裏路地に入っていく。

自転車と歩行者がゆったりと通れる程度の細道を、軽やかな足取りで進む少女が一人。


少女が挨拶すると、角のパン屋のおじさんが焼きたてのパンを袋いっぱいに渡してくれた。

お向かい雑貨屋のお姉さんが「頑張んなさいね。」と笑顔で手を振ってくれ、

2階の窓からは「転ぶなよー。あ、これやるよ!」っと窓辺に頬杖をついて一服している浪人生が、小さな紙袋を投げてよこした。


「はい!ありがとうございます。行ってきます!!」


満面の笑みで皆に手を振り、少女「春風 トウカ(はるかぜ とうか)」はしっかりとした足取りで、今日も彼が待つ店へと急ぐ。花屋の角を曲がれば、目的地はすぐそこだ。

『珈琲喫茶 Roman』と書かれた小さな看板が目に入る。


ガチャッ

カランコロンカラーン


「おっはようございま~す!店主さん、今日も…」

「帰れ」

トウカが古びた木製のドアを開けたと同時に、店主がきっぱりと言い捨てる。

不機嫌そうな顔でカウンターに立つ「店主」と呼ばれた男は、トウカの事など目もくれず、慣れた手つきで珈琲カップを磨いていく。

「何でですかぁ!!」

「何でも何もここは俺の店だ。客でもない奴は帰れ」

「ひどい!!店主さんの冷血漢!鬼!悪魔!!」

小娘のありきたりな罵倒など屁でもない、と涼しい顔のまま店主は熱心にカップを磨き続ける。


「いいじゃないですか~。」

「ねぇねぇ。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいですから。」

「後生でございます。神様仏様店主様ぁあ」

「今なら、ななっなんと!「ぱぱぱぱ~ん」さん家のスペシャルアンパンがついてくる!更に特典としてトウカちゃんの食べかけもつけちゃいます!!」

「店主さんは、こし餡派ですか?粒あん派ですか?スペシャルアンパンはどっちも楽しめちゃう素晴らしい商品ですよね。更に焼き立て美味しいです~♪」

「店主さん店主さん!大変です!!喉が渇きました。」

「やっぱりアンパンには牛乳ですよね。そういえば、メニューに牛乳ってないんですか?牛乳。」


トウカは店主が作業しているカウンターにちょこんと腰かけて、返事もないのに表情豊かに喋り続ける。内容がどんどん本来の目的とはかけ離れていくが、それでいい。


店主の口元がピクリとひきつる。

眉間の皺がどんどん深くなっていく。

磨いていたカップを丁寧に棚に戻す。

そろそろ---


「うっせぇえええええええええええええええ!!!」


耳を(つんざ)く怒声が、狭い店内に響き渡った。

腹の底から湧き立つイライラを吐き出した店主が、ゼェゼェと肩で息をしながら目の前の少女を見やると、ケロッとした様子で息が上がっている店主をニコニコと楽しそうに見つめている。怒りに震えながら睨みつけると、怒声で乱れてしまった淡い栗毛色の髪をそそくさと直し、自身の耳へと手を伸ばした。


「ふふふ『マル秘!怒りんぼ店主さん対策グッズ其の一』がこんなにも早く役に立つなんて。ありがとう!ろう兄ちゃん。」

「……誰だよそれ、ったく余計なもん作りやがって。」

「雑貨屋の二階に住んでる浪人中のお兄さん。略して!」

「もういい、もう解った。」


あいつ、今度会ったら一発殴ってやる。

だが今はそれどころではない。この台風のような少女をどうにかしないと、おちおち仕事も出来やしない。


「おい、お前…」

「は・る・か・ぜ・と・う・か 。」

「…春風」

「トウカ、です!」

名字で呼ぼうとすると、即座に主張の声が飛び出てくる。

全くこいつと話すのは疲れる。体中から無駄な元気が溢れすぎていて、手に負えない。

「トウカ。いいかげん諦めろ」

「嫌です。」

「なんで、そこまであの珈琲カップに(こだわ)るんだ。」

「それは…その……」



トウカは、数日前にいきなり店に現れた。

その日は急に雨が降ってきて、ドアにつけられているベルが鳴った時は、雨宿り目的の通行人だろうと思ったのだが、その客はドアを開けて早々に「その…っその、珈琲カップを見せて下さい!!」と大声で叫んできた。


怪訝な顔をしてジッと見つめると、何に驚いたのか大きな目を更に大きく見開いて「すみません、失礼しました!また来ます!!」とまたもや大きな声で言い捨て、そのまま雨の街に消えていった。

変な奴だな。っと思ったが、この店の常連も大概変な奴ばかりなので、すぐその少女の事はに頭からすっぽり消えた。


だが、次の日もそのまた次の日もトウカはやってきた。

珈琲を飲むでもなく、ただただ「あの雨の日に磨いていたカップを見せてくれ」---と。



「理由はまだ言えないけど、どうしても見たいんです!お願いします!!」

「信用ならん」

「なら、どうしたら信用して貰えますか?」

何を言っても何度断ってもこの調子で、店主も埒が明かなくなってきた。思案に暮れる店主の頭に、ふとある考えが浮かび、いつもの様に作業をしながら淡々と語りかける。


「ならトウカ、明日からの一ヶ月、毎日欠かすことなくこの店に来い。ただし、来るだけじゃ難易度低すぎだから土産付きでな。」

「おっお土産!?まさか「信用」とか言いながら、いたいけな少女からお金を絞りとる気ですか。」

「誰がそんな事するか。金が掛からないモンだよ。…そうだな、花でいいや。」

「花?」

「そう。野花だろうが、手前の花屋の残り物だろうが何でもいい。ただし、毎日違う種類しか認めない。色違いとかも無しだからな。」

すすぎ終わった食器の水気を拭き、背後の棚に戻していく。

「どうした。やるのか?やらないのか?」

てっきり食い気味に返事が返ってくるかと思ったが、驚くほど反応がない。

(いつもは何もなくてもピーチクパーチク五月蠅いくせに…)

と、カウンターに目をやり俯いているトウカの顔を覗きこむと、口元で手をぎゅっと握り、興奮を抑えるかの様に目を閉じていた。嬉しさからなのか、顔がうっすらと赤みを帯びている。


「一か月…達成できたら、あの日の珈琲カップ見せてもらえるんですね!解りましたやります!私、絶対にやり遂げて見せます!!」


まだ挑戦が始まってもいないというのに、トウカの大きな瞳には早咲きの花が嬉しげに咲いていた。


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