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流砂の行方  作者: 飛唯恭
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一章①

「短い間ですが、

……宜しくお願いします。」



私は、長老達に引き続き、挨拶を交わしながら、彼に手を差し出した。



握手を交わす為に、手が触れるその一瞬………


ピリッと私の気が反応する。

髪に隠れた項にも、じわりと熱を感じた。


私は、瞬時に自らの気を押さえ込み、表情を変えぬまま彼の手を軽く握った。



「こちらこそ宜しく。

何せ非常時の合同戦線なもんでかなり慌ただしいと思います。

長引く戦にはさせないつもりですけどね。」



彼は、一瞬不可解な顔をしたけれども、直ぐに表情を取り戻した。


そして、ほんの少し笑みを浮かべる。


【白金の豹】


国を越え評判が高い、名だたる魔騎士。

父親の死後、名付けられたその呼び名は、父親譲りの白銀の髪と通り名に因んだものだった。



亡き【白銀】の子は、若豹の如くしなやかに戦場を駆け回り、敵陣を混乱させた。


夕【ユウ】の国の一番の戦士。その名は、【煌】キラ



……決して、水の女神の御加護を利用されぬ様、気を引き締めよう。


…もう、二度とあんな事が起こらぬ様に。




それが、私の第一印象だった。





◆◆◆◆◆◆◆

同盟国の夕【ユウ】国、月【ツキ】国は、離反した果【カ】国との戦に総力を上げていた。



両国の、魔騎士と呼ばれる様々な術を扱う騎士は、果国に近い砂漠に拠点を決めた。



月国で、最強と呼ばれる部族が住む土地だ。

岩肌をくり抜いた住居と、緑に囲まれた泉を持つオアシス。



普段ならば、商人が行き来する砂漠の街道も、今は物々しい雰囲気となっている。


魔騎士とは、王に従属する騎士とは違い、裏部隊の役目も持つ。



裏部隊と言えど、王宮騎士団と変わらぬ、いや実際には名だたる腕の者達は魔騎士に多い。


独自の力を持つ部族、一族が国から仕事を請け負い、独立した村を持ったのが始まりだからなのだろう。


華々しい王宮仕えの騎士では無く、己の特徴を生かし鍛練し、民間人からの小さな仕事も熟しながら成長するのだ。



紗耶【サヤ】は、その里の薬師としてその場に呼ばれていた。


身体を巡る気を読み、自然の気を取り入れ、治癒を高める能力に長けているからだ。



普段は、薬の材料を集める名目で、気ままに国を渡り歩き、この里から少し離れた岩場に家を構えている。


近親の者も少なかった上、両親も、幼い頃亡くなったが、信頼高い薬師の家系の者を、周囲の者は雑な扱いなどする訳も無い。



定期的に里の医局に顔出しをする事、大掛かりな仕事の呼び掛けを守る事を前提に、自由な行動を許されているのだ。




薬師と言えど、並の男には負けはしない。


薬学に通じると言うからには、治癒だけではなく、逆の意味…則ち、死にも通じる。


裏部隊の更に裏。


影と呼ばれる者としての役割も紗耶の両親は務めていたらしい

古くから伝わるあらゆる知識と技を叩き込み、鍛え上げられた娘が彼女だった。


そして、彼女は部族の巫女としての顔をも持つ。


火風水土雷。


一通りの術以外は、己の気と相性の良い属性を見つけ、特性を伸ばすのだが、稀に複数の属性に秀でる者もいる。


更に、不定期にだが、全ての属性に秀でる者が出現すれば、その者は神に通じる者としての教育を施されるのだ。


強大な力を私欲に使わぬよう、無駄な争いを起こし、部族を滅びに導かぬようにと。


部族の者も、暗黙の了解だが、特別視し崇めたりはしない。


砂漠の住人の気質も大きく影響するのだろう。


自然を侮れば、自ら滅ぶ。


そういう意味では、夕国も気質が似ていると言える。


白金の豹、煌【キラ】の部族は森を中心とした土地に代々住まう者達だった。


山の恵に恩恵を受け、感謝を抱く者。


反対に、果国は砂漠と海に面する国。


貿易により繁栄した国なのだが海の恩恵に溺れ、国内は腐敗し始めていた。


新興の国で、魔騎士の一族が王族でも有り、民の格差が激しく富と権力への執着が同盟国離反を招いた。


国の対立に加え、魔騎士としてのプライドを掛けた戦にもなる

果国は、最新の兵器を取り入れ魔騎士の力を増幅していた。


中には人体そのものを犠牲にし気を取り入れる兵器まで、新たに開発された。


禁じられた領域に踏み込んだ権力者の暴走により、予想外に拮抗した争いとなった。


精鋭の魔騎士達が、一気に片を付ける為、続々と集められる。

中でも、煌が到着した事で夕国のみならず月国の魔騎士の士気も向上した。


生きる伝説の魔騎士を間近で見共に戦えるのだ。


作戦本部となった天幕に、一陣の風が舞い煌が姿を現した。


しなやかな筋肉を細身の黒い上下と足首までのブーツに包み、武器を収納した同色のベストを羽織るのが普段の戦闘服だ。


片目を黒い眼帯で押さえ、頭から砂漠の民が好んで羽織る、足元までの長さのマントを被っていた。


黒の中、藍色の瞳と、白銀の髪が僅かに覗くのが強烈に印象を残す。


「おぉ、煌!

お前の言う通り、あの間者は泳がしたままにしたが、成果はどうだ?


皆は、戦線でのお前の姿を期待して落ち着かないんだがな。」


夕国の右腕と言われる史也がにやりと笑い、煌の肩を叩く。



三十代半ばだが、戦線で鍛えた身体と頭脳は、まだまだ若い者には引けは取らない。


寧ろ、年と共に政治的手腕を重ね、王宮仕えを望まれる程になっていた。


「あぁ、予想通りかな。

奴ら、相当洗脳されてるみたいだね~。


下手したら、果国の王宮乗っ取られてるかもな。

早速、【黒闇】の屍人にご挨拶されちゃったよ。」


まるで、街中で友人にでも会ったかのように、のほほんと答える煌。


「屍人……ですか?

あの禁術を操る者で【黒闇】、所謂、魔騎士を抜けた者となれば、限られています。


その上…あの男は完全に死んだ筈。

その骸を確認したのは…当時の長達三人ですが。」



月国の参謀の紫亜が静かに答えた。


彼は、砂色のマントに身を包み褐色の肌に映える、栗色の髪をぴったりと後ろで纏めている。


「ん~、確かに死んだ筈なんだけどねぇ。


黒闇の探究心旺盛な奴らが、結局行き着くのは闇の魔導師。


気のみならず、生命を操る事。

あれで終わりじゃなかったって事じゃない?」



その場に居た者が、仲間同士互いに眼を合わせ、次第に顔を曇らせた。



禁忌を求め魔騎士を抜けた者を《黒闇》と総称し、術を極めた者の尊称が魔導師だ。


更に《闇の》と付くとなると、その人物は絞られる。


「屍人と言っても、只の操り人形にしか思えない稚拙な奴だったからな。


その程度だか、裏が有るかまでは、まだ判らないって感じ。」


煌は、砂埃の着いたマントを脱ぎ、天幕奥に用意された椅子に座り足を伸ばした。



「紗耶ですが、失礼してよろしいでしょうか?」


天幕外から声が掛かった。


「何か有ったのか?」

紫亜の声に、

「夕の方が、屍人の骸を持ち帰られたのですが…腑に落ちない事がありまして。」

と、応えが返る。


「入って貰って構わないんじゃないですか?

俺は、ぜひ聞きたいね。」


「ですが、薬師の娘に何が…」

比較的年若い夕国の者が訝し気に言うのを、紫亜が遮った。


「彼女は、只の薬師ではありません。

寧ろ、我々よりは遥かに優れております。

紗耶、中へ。」


扉布を分け、紗耶が天幕へ入って来る。


象牙色の滑らかな肌を、黒いマントに身を包み、漆黒の髪と、黒耀石の瞳を持つ娘。


物怖じする気配などまるで無く軽く頭を下げ、皆に挨拶をする


「会議の最中、申し訳ありません。



手短に言わせて頂きます。


二体の骸は、似て異なる物。

あの屍人は、死人に気を注ぎ込み操られた物と……新たに造られた物とがありました。」



「新たに…とは?」


煌が、すかさず問い掛ける。


「生成、人工的に造られたと…見掛けと違い、内臓などは綺麗なものです。

どう考えても、生きて活動していた痕跡が無い。


生まれたてと言ってもおかしくはありませんでした。」


「あ~、悪い予感してきたな。下手したら、果国で実験室が仕上がってるって事?」


「兵器に使用する気を抜いた死人を、兵力には活用している可能性は充分あります。


生成は、未知数としか…」



他の者は、二人の会話に聴き入り、しばらく沈黙していた。


そんな中、史也が沈黙を破り

「その屍人の、一番の弱点は掴めてるのか?

直ぐに、魔騎士の対立じゃなく国を上げての戦となる。


出来れば、国の駆け引きで、面倒になる前に決着を着けたいのが本音だからな。」



「……最強の方々が集っているのは、とても心強い事です。


あれは、血液代わりの体液に、気を練り込み注入しています。その気を分解、破壊すれば活動は止まります。

屍人の兵と傀儡となっている果国の主要人物を叩けば、影の者は引くのではないでしょうか。

国を乗っ取るのが目的ならば、違う手段で、内密に事を運ぶのではないかと。」



「只の暗闇の術師の力ならば、我々が勝ると言う訳です。


だが紗耶…影とは術師では無く魔導師が関わっているのか?」

紫亜の言葉に紗耶が頷く。


「魔導師と呼ばれる者でなければ、人体の培養は無理です。

私が知る限り、せいぜい口寄せの生物の培養、生成に稀に成功する位ですから。」



煌は、手近に有った水差しからグラスに水を注ぎ、くすくすと小さく笑いながら紗耶に問い掛けた。


「ねぇ、彼女はどれだけ世間を知ってるのかな?

まさか、このオアシスで出会った術師とかの話だけで憶測してたりしないよねぇ?


後、長老達に聞いたとかさ。」


彼の言葉に、夕国の面子も僅かに苦笑いを浮かべていた。


確かに仕方ない事だろう。


女性の魔騎士もいない訳では無いが、彼女からはそんな匂いは感じられない。


仮に魔騎士だとしても、最前線ではなく医療班だろうと夕国の誰もが思った。


今まで表情を崩さぬまま応対していた彼女だが、小さく笑い、ふぅとため息を着き、煌に答える。


「信用して頂けない様で残念。構いませんよ。


放浪先では、散々夕姫様から

『見た目で舐める男は、器の小さい奴だから構うな』と、言い聞かされましたし。」


月国の面々は、慣れた事の様に素知らぬ顔をしたままだった。

先程までの張り詰めた空気も少し解れ、立ったまま話を聞いていた若い者達も、それぞれに空いた椅子や、柔らかなクッションが敷き詰められた場所に腰を下ろし始めた。

一方、落ち着かないのは夕国側だ。


現在の女長【夕姫】

森の巫女の孫である女傑の長の名が、何故彼女の口から出るのか?


煌以前に、伝説と誉れ高い夕姫は、確かに長になるまで放浪していた期間が有る。


秀でた魔騎士の女長が、

『構うな、ほっとけ、器の小さい奴はな』

と、女性に言うとしたら、相当腕を見込まれている事に他ならない。


艶やかな肢体と溢れる色香。

明朗快活の姐御肌だが、気の短い夕姫は、宿場町で違う意味での伝説を残す強者。遭遇した、任務中の裏部隊が、色香を凌ぐ余りの豪快さに、陰から涙したと言ったのは一人どころではない。


「………あぁ……、うちの長とも面識が有る訳なんだねぇ。

……結構、腕も起つ訳…か?」


煌が片手で頭を掻き、訝し気に紗耶を見た。


「程々には。」

そう言うと紗耶は、傍らの紫亜に視線を移した。


「私が言ったのは真実です。

砂漠の巫女は柔ではない。

裏の薬師直伝の、元裏部隊の精鋭でしたから。

この意味お解りですね。」



『『巫女だと………?』』


煌を始め、夕国の面々が声を上げ、改めて彼女を見た。


煌は、巫女という言葉に反応し納得したという感じで軽く頷いた。


「ならば心配無用って事だ。

しかしねぇ…夕姫様といい、巫女の血を持つ二人が放浪好きって、他国が聞いたら驚きだよね

まぁ、奥深く守護された巫女よりも、我々には誉れだ。

……失礼しました。」



「夕と月の巫女は、神の恩恵に溺れぬ様にと教えられ、鍛練されますからね。

他国の巫女とは、かなり違いますよ。


夕の方だからこそ、すぐに納得して頂きやすいかと。

ですが、いらぬお気遣いは無用です。」



紗耶は、何食わぬ顔で微笑み、一同に頭を下げた。


月の長老の一人が、

「紗耶が前線に出ぬようになったのは、我々の願いもあったからなのです。

巫女の治癒が失われぬように。

戦場では、部族の存続に繋がりますからな。」

と、しみじみと語る。



「さてと……。

本題に戻り、作戦を詰めましょう。

国境の前線から、王宮まではそう遠くはありません。


果の王宮内部を早く把握しなければ、無駄に屍人を増やすだけになります。」


その、紫亜の声に紗耶が続いた

「……死んだ者も、安らかな眠りに着いたほうが幸せですよ。………きっとね。」


慈悲とも、苦笑とも取れるその笑みは、その場にいる誰よりも老成して見えた。

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