第8話:2つの対峙
「さて、何から乗りますかね」
橋爪さんがパンフレットを持って先導する。すると
「最初から飛ばしたほうがテンション上がるんじゃないかな」
なんて國生が言い出した。
「じゃあジェットコースターね」
橋爪さんはちょうど目の前にあったそれに並びだす。
日曜日といってもここは超ローカルな遊園地。
絶叫マシンといえば遊園地の目玉だが、ここでは15分待ち程度で乗れてしまう。乗れてしまうのだ。
「…………」
実は、俺は絶叫系が苦手だったりする。
中学のとき修学旅行先で乗った凄まじいジェットコースターがトラウマなのだ。
「上代君、どうかしましたか?」
皆の手前、呼び方は変えてもちゃんと榊は俺の微妙な表情の変化に気付いてくれた。
それにしみじみと感激しつつ、だが俺は首を振り答える。
「ううん、なんでもない」
……だってこういうの苦手とか女の子の前で言えないもんな!?
が。
「上代君、もしかしてこういうの苦手だったりする?」
國生のやつがにっこりと訊いてきやがった。
奴の目は相変わらず全てを見透かすようなそれで、やっぱりどこか癇に障る。
「そんなことない、ぞ!」
そして思わず意地を張る俺。
「ふうん?」
余計に愉しげに笑う奴と、どこか心配げに俺を見つめる榊。
俺は色んな意味で気合を入れた。
そんなこんなで数分後、無事地上に降り立ったわけだが。
「…………ぅ」
誰にも聞こえない程度に、呻き声を漏らす。
気持ち悪い。
まだ足が浮いてるような感じ。
こんなことなら下で大人しく待っときゃよかった。
……なんてことは意地で一言も口に出さなかったのだが、やっぱり顔が青くなってでもいるんだろうか、
「大丈夫ですか?」
榊に本気で心配される始末だ。
「やっぱり苦手だったんだ」
國生は笑っている。これだけはどうも我慢できなくて
「いや! 全然!?」
ついむきになってそう叫んだのだが、逆にそれが皆の笑いの種となってしまった。
「上代君、かっわいー」
とかなんとか橋爪さんは素で笑っているし、田畑さんも安曇野さんもなんとか笑いをこらえている様子。
いっちゃんですらけらけら笑う始末。榊はどうしたものかと困惑している。
……今の俺、すっげえ格好悪い……。
その後は皆、俺に気を遣ったのか(むしろ遣わないでほしかった)、比較的動きの少ないアトラクションを巡った。
3Dの短編映画とか、ゲームコーナーとか云々。
そうこうしていたらあっという間にお昼時がやってきていた。
折りよくフードコートに辿り着いたので
「ここで各々好きなものでも頼みますかね」
橋爪さんがそう言うと、皆も頷いた。
「じゃあ場所取っておくから橋爪さん達は先に買っておいでよ」
國生が手近な大テーブルに座りながら女子陣に言う。
「じゃあお言葉に甘えて。行こっか」
橋爪さんが女子を先導して店のほうへと歩き出す。榊が若干不安そうな目で俺のほうに振り返ったが
「日出さん?」
先行く安曇野さんに声をかけられて、慌てて後を追っていった。
ただでさえ男3人という微妙なメンツなのに
「あ、わり、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
いっちゃんまで席を外した。
(えー)
ということで何の因果か國生と2人きりになってしまった。
しかも
「今日はいい天気でよかったね」
なんて、気さくに奴は話しかけてくる。
「そう、だね」
そう答えるしかない。
「ねえ、上代君」
「なに?」
「しーちゃんのこと、どう思ってる?」
……やっぱり来た。
「……どうって……」
俺は……
「ここは皇子様としてじゃなく、普通に答えてね」
國生は笑みを崩さず念を押してきた。
けど、空気でなんとなく分かる。
こいつも今は真剣だ。
「……俺は、榊のことが好きだ」
率直に答える。
すると國生は少しばかり驚いたのか、目を丸くした。
俺がここまでストレートに言うとは思っていなかったんだろう。
「ふふ、そっか。なら俺たちは競争相手だね。手加減はしないよ」
「当然だ」
それっきり、俺達は黙りこくった。
そうこうしているといっちゃんが戻ってきて、橋爪さん達もトレーを持ってやって来た。
入れ替わって俺達も昼飯を買いに行く。
「なんかあったのか? お前ら」
微妙な空気の変化を感じてかいっちゃんがこっそり尋ねてきたが
「別に」
言ってしまうのは無粋だろうと、あえて俺はそう答えた。
* * *
女子と交代で男子が昼食を買いに行っている間
「……水を取ってきましょうか?」
榊はそう言いながら席を立った。
水はセルフなのである。
「あ、じゃあ私も手伝うよ」
と志穂も立ち上がる。
「ごめんね、ありがとー」
そう言いつつ香織と幸子は不安げに2人の背中を見送った。
給水ポットの前でコップに水を注いでいく榊。それをトレーで受け取る志穂。2人の間に会話はない。
――始終無言なのも居心地が悪い、と榊が思い始めた頃
「ね、ねえ日出さん」
志穂が切り出した。
「なんですか?」
「へ、変なこと訊くけど……ごめんね! 日出さんって、上代君とお付き合いしてるの?」
「え?」
榊は思わず志穂のほうに向き直ってしまったため、目を離したコップから水が途端に溢れ出す。
「あ! 日出さん、水! 水!」
予想だにしない榊の慌てように志穂は何かを感じ取った。
「あ、すみません……」
榊は慌てて手近にあった布巾でコップの底を拭く。
「あの……私と上代君はそういう関係ではありません。確かに何かと縁がありますが、貴女が思っているような関係ではないので……」
『安心してください』と。
榊はそう言おうとしたのだが、なぜかまた、言うことが出来なかった。
「そ、そっか……ごめんねほんと……」
とりあえず、本人に確認するという目的は果たした志穂だったが、それでも不安は拭い去れなかった。
尋ねるべき項目を誤ったのだと、彼女は後悔する。
『付き合っているのか』ではなく、『どう思っているのか』と訊くべきだったのだ。
しかし既にコップには人数分注がれており、
「では戻りましょう」
榊のその一言で、志穂はしぶしぶ撤退を余儀なくされた。
* * *
なんとか昼食も終えた頃、
「ふっふっふ。午後はお楽しみタイムよ」
橋爪さんと田畑さんがおもむろに紙とペンを取り出して、線を引き始めた。
「あみだくじか?」
ジュースに入っていた氷を噛み砕きながらいっちゃんが尋ねる。
「そうそう。今からお化け屋敷、コーヒーカップ、ボート、観覧車と回るからね、そのメンバーをこれで決めるのよ。勿論男女の組み合わせになるようにくじは別々。4回選んでね」
橋爪さんは意気揚々と横線を引っ張っていく。
「なかなか小粋なことをするね」
國生はにっこりとその様子を見ていた。
「あれ、でもさ、2人1組にすると1人余る……?」
俺が気付いたことを口に出すと橋爪さんは苦笑した。
「そうなんだけどね。そこはまあ3人のグループが1つできるってことで堪忍堪忍」
「だったら最初からもう1人男連れて来ときゃよかったのに」
そう突っ込むいっちゃんに橋爪さんはむっとして
「それだと確率がへむぐっ!?」
何か反論しようとしたがその口を田畑さんが手で塞いだ。
「確率?」
榊が不思議そうに尋ねたが田畑さんはぱっとくじの紙を差し出して言う。
「あはは、気にしないでー。まずはお化け屋敷のくじねー」
そこでふと思ったのだが
「お化け屋敷って別に皆で入ってもいいんじゃ?」
「だめよー、団体で入ったら楽しいけどその分怖さが半減するからね」
ということで線を選び始める。
全員選び終えてから、折られていた下の紙をめくって、各々自分の線を目でたどっていく。
同じ番号の男女がペアになるわけだが……。
「えーと……俺2番か」
俺がそう呟くと
「あ! 私も2番です!」
勢いよく安曇野さんが手を上げた。
「はは、よろしく」
「はい!」
と、そこに。
「……すみません、私も2番です」
そう、本当にすまなさそうに声を発したのは、榊だった。
いっちゃんがなぜかここで吹き出して、橋爪さんに蹴飛ばされていた。
結局お化け屋敷は國生と田畑さん、いっちゃんと橋爪さんという組み合わせになった。
その後のくじの結果はというと、俺は1番重要ポイントかと思われる観覧車を、國生に取られる形となってしまった。
どかんと佇んでいるお化け屋敷。看板にはおどろおどろしい文字で『怨霊の館』と書かれてある。
建物自体には安っぽい雰囲気が漂っているが、いかにもな音楽が始終流れていて、それだけで威圧感がある。
「じゃあ先入るね」
橋爪さんといっちゃんが建物の暗闇の中へと消えていった。
「ここのお化け屋敷、入ったことないんだよなー。安曇野さんは?」
係員の合図を待っている間、傍らの少女に尋ねてみる。
「え!? あ、私もないんだ! 実はあんまりこういうの得意じゃなくて……」
そう言う彼女は確かに入る前から既に怯えているようだった。
「日出さんは……こういうの大丈夫?」
安曇野さんが榊に尋ねる。
「こういったアトラクションは初めてですが、おそらくは大丈夫かと」
と、榊のほうはいつも通りだった。
どうぞ、入り口の担当者が合図したので、意を決して足を踏み入れる。
「うわー……」
思ったより中は暗い。
お化け屋敷ってこんなに暗いもんだっけ、と思っていたら足元が急にふかふかしだして
「きゃ!」
安曇野さんが声を上げると同時に俺の腕にしがみついた。
「!」
少しばかり心臓が跳ねる。
いやだって、女の子が腕にしがみついてくることなんて今までなかったし!
「大丈夫……?」
「う、うん! ご、ごめんね!」
そう言う彼女の顔もまだ目が闇に慣れていなくてよく見えないのだが、慌てている様子は声色から容易に想像できる。
そして
「あ、あの上代君……腕、持ってていい?」
そんな、怖がりの女の子らしいことを彼女は言ってきた。
「え、あ、うん……いいけど……」
正直、この事態は予想外だった。
榊が側にいるんだよなーと気にしつつ、でも怖がってる女の子の申し出を無碍には断れないし……、などと思っている間に右横の扉が急に開いた。
「ぃっ!?」
これには俺も驚いて叫びそうになったのだが、安曇野さんの叫び声でなんとか掻き消された……が
「?」
俺は妙な感覚を覚えていた。
安曇野さんがしがみついているのは左側の腕のはず。
けれど今、両腕がこう、締め付けられているような…………
「……あ、の?」
もしやと思ったが、右傍らを見ると明らかに榊がすぐ近くにいるのが分かった。
「す、すみません! 少々驚いてしま……」
と、俺の腕からその手が離れようとした瞬間に、先ほど開いた扉の奥からスタッフらしきお化けが飛び出してきた。
「「「!!!」」」
結局榊の手はまた俺の腕をがしっと掴み直すし安曇野さんは叫びに叫んでより一層強くしがみついてくるしで訳もわからぬまま2人に引っ張られて俺は走り出す。
――なんだこの状況はーーーー!
数分後、やっと外に出ることが出来た。
先に出ていたいっちゃんと橋爪さんが俺たちを見てけらけらと笑い出す。
「ちょ、お前、両手に花かよ、はははは!」
「志穂ってば叫びすぎ! 外まで聞こえてたよ?」
両手に花って……そう言われればそうだけど、ぶっちゃけそんな余裕なんてなかったんだ。上着なんてひっぱられすぎて伸びてる気がする。
笑われてようやく我に返ったのか、2人がぱっと俺から離れた。
「あ、あの! ごめんね、上代君……引っ張りすぎちゃって……」
「私も、申し訳ありませんでした……」
けどこんな風にしおらしく謝られると俺だって困る。
「い、いや、いいよ別に! はは……」
……それにしても榊がここまで怖がりだったとは思わなかった。
「ったくお前もあれくらい怖がりゃいいのによ、面白くねえな」
「悪かったわね、私はお化け屋敷大好きなの! それとも何? 私にしがみついてほしかったわけ?」
「な! んなわけあるかよ!!」
いっちゃんと橋爪さんは相変わらずだ。
とかなんとかしていると國生と田畑さんのペアが出てきた。2人は普通に談笑している。どちらも平気だったのだろう。
その後のコーヒーカップは橋爪さんと乗ったのだが、くるくる回されすぎて目が回った。榊は田畑さんと一緒にいっちゃんと乗っているようで、まだ少し安心できた。
國生と安曇野さんは、なにやらゆったりと話しこんでいるみたいだった。
* * *
向かい合わせに座るコーヒーカップで、永輝と志穂は特段ハンドルに手をつけることもなくただ座っていた。
「安曇野さん、調子どう?」
「え、調子って……」
「ほら、前言ってたじゃん。今回のこの企画もその一環なんでしょ?」
そう言われて志穂は顔を赤らめる。
「一応頑張ってみるつもり……だよ? 観覧車、上代君と一緒だし」
「そっか。俺も観覧車、しーちゃんと2人っきりだからね、頑張るよ。今日くらいものにしちゃおうかな」
永輝は笑う。その大胆な発言にさらに顔を赤らめる志穂だったが
「ねえ、國生君はどうしてそんなに自信があるの?」
以前から思っていたことを尋ねていた。永輝は少し首をかしげる。
「自信? 自信ってほどじゃないけど……だって自分からあきらめたらそれで終わっちゃうでしょ」
「あ……そう、だよね。うん……」
そう答えつつも、志穂はただただ感心していた。
(やっぱりすごいなあ、國生君は……)
いつもあきらめが早いのが志穂である。
それが長所といえば長所だが、短所といえば短所だった。
(でも今回は……)
彼女とて、簡単には引き下がれないのだ。