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第7話:遊園地へ

 翌週は秋の合宿の班決めがあったせいか、さらにその話題が囁かれることが多くなっていた。

 ところでその班決めだが、俺にとっては最悪のものとなった。

 

 基本好きな者同士でいいらしく、榊はいつもお昼を一緒に食べている高橋さんたちと共に動き、例の仲良し3人娘達と合体したような班になったようだった。

 そんな様子を傍目で気にしつつ俺はいっちゃんと一緒に動いて他のサッカー部のメンツの班に吸収された形になったのだが。

「俺もいいかな?」

 と、あの國生永輝が入ってきたのである。

 今のところは男子にも受けがいいので誰もが笑顔で迎え入れた。俺だけは作り笑いだったと言わざるを得ないが。



 * * *

 そろそろ全ての班がまとまりつつあった頃、日出榊と安曇野志穂は初めて言葉を交わした。

「よ、よろしくね、日出さん」

「いえ、こちらこそ」

 普段は大人しい志穂が榊に的を置いてそう挨拶したこと自体が、ちょっとした空気の変化を招いた。

 高橋、野島サイドは首を傾げたいような顔をしている。

 橋爪、田畑サイドは苦笑するしかなかった。

 榊だけは先週からの志穂の行動を把握している。

 それでどうということはないのだが、

(……どうしたものか)

 ふとそう考えてしまった自分に榊は少し戸惑った。


 どうにも出来ることではない。

 結局、彼女は皇子の護衛であって、緊急事態でも起こらない限りはそれ以外のことに干渉すべきではない。

 そんなことは当然だ。それなのに

(どうして今、私はこんなに困っているのか)


 そんな彼女の当惑を、些細な表情から読み取り愉しそうに眺めていたのは、國生永輝くらいなものだった。




 班決めの翌日の昼食時、高橋里香の出す話題は既にほとんどが合宿に関することだった。

「お父さんから聞いたんだけど、あそこの山、熊が出るんだって! 出てきたらどうしよう! やっぱ死んだふりかな?」

「それほんとー? でも死んだふりはまずいんじゃない? ねえ日出さん」

 野島朝子が榊に振る。

「そうですね、死んだふりをするとさらに襲われる可能性が上がると聞きます。出逢わないことを祈りましょう」

「えー、でももしばったり出くわしちゃったら!?」

「そのときは私がなんとかします」

 と、あくまで本気で榊は言っているのだが、里香と朝子は榊のその予想外の発言を飲み込めなかったのか一瞬ぽかんとした後

「きゃー! 日出さんかっこいー! 惚れるーーーー!」

 里香は榊に抱きついた。

「た、高橋さん! お弁当落ちそうですよ!」


 そしてその熊の話がひと段落した後は

「でね、そこの合宿場、露天風呂があるらしくって! 入れるのかなあ〜。その後は部屋で枕投げしちゃうしちゃう!? 私枕投げ超得意なの!」

「里香、それすごい迷惑だから。いつも賑やかな分、せめて夜はひそひそ話くらいにしときなよ」

 といったふうに話題は尽きない。


 榊は自分でも意外だったのだが、この賑やか過ぎる雰囲気が嫌いではなく、むしろ気に入っていた。2人の楽しげなやりとりを見ていると、つい微笑んでしまうのだ。


「お! ひそひそ話ってことは勿論……」

「コイバナに決まってるっしょ」

 はて、と榊は首を傾げた。

「……コイバナ、とは?」

 彼女にとってそれは初めて聞く単語だったのだ。

「え!? 日出さんコイバナ知らないの!?」

 里香はまたわざと大きなリアクションを取るが、幸いこのときの声のボリュームはいつもより小さく、他のクラスメイトには聞こえていないようだった。

「いやー流石というかなんというか。やっぱり高嶺の花だねえ、日出さんは」

 しみじみと頷く野島朝子。

「?」

 さらに首をかしげる榊に

「あ、コイバナっていうのは恋の話って意味でー。こう、好きな人を教えあったりー相談しあったりーはたまた既に彼氏持ちの人からアドバイスやらを頂いたりー」

 と教えつつ、里香は榊にものを教えるという滅多にない機会を楽しんでいた。勉強に関しては、いつも教わってばかりなのだ。

「……な、なるほど」

 それを聞いて赤面する榊。

 恐らく魔界でもこの類の単語はあったのだろうが、彼女は同年代の女子とも関わろうとしなかったのでどうもそのあたりの話には疎いのだ。

「んーでもさ、うちの班に彼氏持ちの人なんかいたっけ?」

 ふと朝子が言う。『うちの班』といっても里香、朝子、榊の3人にはいないということが分かっているので要は橋爪、田畑、安曇野の3人はどうなのかという意味だろう。

「えーとね、いない……と思うよ?」

 里香はかなりの情報通で、他のクラスの誰が誰と付き合っている、などという細かな情報まで持っていたりする。そんな彼女が言うのだから間違いはないだろうと2人は思ったし、実際そうであった。

「あ、でもねーなんか最近安曇野さん、上代君にアタックしてるように見えるんだけど!」

 突然の里香の発言に、榊は飲みかけていたお茶で一瞬むせそうになった。

「だ、だいじょうぶ?」

「……はい……」

「え? で、なんでそう思うわけ?」

 そう促す朝子は聞く気満々だ。

「えー、だってほら、前の國生君の歓迎会の日、あの席狙ったように陣取ってたからねえ……」

 顎に手を当て、探偵気取りで里香は続ける。

「さらにあのお喋りしてる時の彼女の目の輝き! あれは恋する乙女の瞳だよ!」

「えーそれだけー? 里香の思い込みじゃないそれー」

 朝子はからかって里香の額をつんとつつく。

「そんなことないよー!」

「どうだか〜」

 朝子は信じていないようだったが、一方で榊は里香の洞察力に感心していた。が。

『思い込みではないと思いますよ』

 と、ここで里香をフォローすることが出来ただろうに、榊はなぜかそれが出来なかった。




 * * *

 いつもの帰り道。もう空は暗くて、うっすらと月が見えるほどだ。

「あー、なんか日が暮れるの、早くなったよな」

 この季節のお決まり文句を俺はこぼす。

 それでも彼女にこんな台詞を言ったのは、これが最初だということに何か嬉しさを感じていた。

「そうですね」

 榊はただ穏やかにそう返す。

「もう少ししたら部活の終了時間、早くなるからさ。榊の待ち時間も減るぞ」

「あの……、そこまで気を遣って頂かなくても……」

「そう? でも退屈じゃないか? ずっと図書館で勉強するの」

「そうでもないですよ」

 微笑む彼女。

「そっか。……榊も何か部活入ればいいのに。前、色々誘われてただろ?」

「いえ、私は今のままで十分です。それに部活に入ってしまったら、貴方の練習風景を見ていられなくなりますからね」

 そう言われて少しどきりとする。


 もしかして、毎日こっちを見てるのか?

 俺のフォーム、お世辞にもあんまり綺麗じゃないのに……。


「冬馬様?」

「ううん! なんでもない! ……あ、そういや月見し損ねたな。まだ間に合うかな」

「月見……ですか。確かに少し時期は外しましたが、季節柄としてはまだ大丈夫でしょう」

「そうだな! よし、今日は月見蕎麦にしよう。榊も来いよ」

 珍しく俺のほうから誘っている。

 昨日は班分けでかなり落ち込んだが、今日は過ごしやすい気候のせいか、気分がいい。

「ではお言葉に甘えます。用意を買って帰りましょう。ついでにおだんごも作ります」

「本格的だな」

「はい」

 榊のほうもなんだか楽しそうで何よりだった。

 こんな日々がいつまでも続いてくれたらと切に思う。


 その日は本当に穏やかだった。

 けれどこれが嵐の前の静けさだったということに気付いたのは、少し後のことになる。




 金曜日、その企画は提案された。

「ねえねえ市橋ー」

 橋爪さんが例のごとく田畑さんと安曇野さんを引き連れて、休み時間にこちらの席までやってきたのだ。

「なんだよ気色わりいな」

 いっちゃんは相変わらず橋爪さんに噛み付いた。

「なによー、せっかくあんたのつまらない週末をワンダフォーな計画で彩ってあげようと思ったのにー」

 そう言って橋爪さんが机の上に置いたのは、チケットだった。

「なんだ? ……遊園地か?」

 いっちゃんの言うとおり、それはまさしくこの街から最も近いアミューズメントパークの入場券だった。

「父さんが知り合いから大量に貰ったらしくって、良かったらどうかなーと思って。この日曜を予定してるんだけど。勿論私たちも一緒で、あと何人か誘おうと思ってるんだー」

「ほー」

「何よ、ほーって。せっかく幼馴染のよしみで誘ってあげてるんだから上代君と一緒に来なさいよー」

 そんな橋爪さんをいっちゃんは半目で見ている。

「な、なによ」

 たじろぐ橋爪さん。

「別にー」

 ふといっちゃんは意地悪げな笑みを浮かべて俺に向き直った。

「上代はどうすんだ? お前が行くなら俺も行こうかなーと思うが」

「ん? 俺?」

 次の瞬間

「ぅご!!」

 いっちゃんが奇声を上げて顔をゆがめた。

「ど、どうした、いっちゃん」

「い、いや……なんでもな……」

 そう言いつつもいっちゃんは涙目で橋爪さんを睨んでいる。一方の橋爪さんはものすごいスマイルを浮かべていた。

「? ?」

 戸惑う俺に、橋爪さんは『どうする?』と促してきた。


 うーん。遊園地に出掛けるとなるとまた榊に迷惑をかけることになるしなあ。

 俺1人だけ遊んでたら申し訳ないし……。


 すると橋爪さんが言った。

「ひ、日出さんにもチケット渡す予定なんだけどな〜」

「え、そうなの?」

 なら話は早い。

「うん、俺行く。いっちゃんも来るよな?」

 俺が尋ねるといっちゃんはなぜか呆れ気味の表情で

「あ、ああ」

 そう頷いた。

「よ、よし決まり! じゃあ日曜の9時に現地集合ね!」

 橋爪さん達はささっと自分の席のほうへと戻っていった。




 * * *

「……香織、あれはなんか自爆じゃない……?」

 幸子は傍らで完全にうなだれている志穂を眺めながら香織に言う。

「で、でも上代君を誘い出すには他に考えが浮かばなかったんだってば! ご、ごめんね志穂!」

「ううん……結果的には上代君来てくれるみたいだし、それにまかせっきりでごめんね、かおちゃん」

 そう言いつつやはりまだ志穂の表情は暗い。

 それも仕方はないだろう。

 日出榊の名を出した途端、想い人である上代冬馬が遊園地に行く気になったのだから。

 すると

「あ!」

 香織がわざと大きな声で言った。

「な、なに」

 幸子が怪訝な顔をする。

「いい手があるわ! 日出さんの対抗策!!」

 手を叩いた香織の視線の先には、國生永輝の姿があった。




 * * *

 そしてその当日の日曜日。

「魔界には遊園地とかあったのか?」

 電車に揺られながら俺は傍らに座る榊に尋ねた。

「ええ、あります。私は行ったことはないのですが」

「そっか」

 ……榊が楽しめればいいなと、その時はそう願っていたが、その期待は直後に砕け散ることになる。


 現地に到着してまず驚いたのは。

「やあ」

 と、爽やかに手を振る國生永輝がいたことだ。

「「!?」」

 2人して息を呑んだ。

「あ、あいつも誘われてたのか……」

 俺はひどい虚脱感に見舞われた。

 榊ですら思いきり溜め息をつく次第である。

「おっす上代」

 すると後ろからいっちゃんがやって来た。

「今日も日出さんとご一緒で、仲がよろしゅうございますね」

 いっちゃんは笑ってそうからかってくるが

「はは……」

 どうにも笑いが乾いたものになるのはやっぱりあいつのせいだ。

 奴に気付いたのか、いっちゃんも苦笑していた。


 しばらくして

「お、揃ってる揃ってる。時間前集合とは感心感心」

 ホストである橋爪さんたちがやって来た。

「これで全員か?」

 いっちゃんがその場のメンバーを目で数えているようだ。

 結局男が俺といっちゃんと國生、女子があの3人と榊。

「少なくね?」

 いっちゃんが率直な感想をもらす。実は俺もそう思った。

「声掛けたんだけど集まり悪くて。でもあんまり大人数だと動きにくいでしょ?」

 にこやかに笑う橋爪さん。


 まあ確かにそうだけど……でもなんでよりによってあいつを呼ぶかなあ……。


 俺がうなだれていると、いつの間にか奴は榊のすぐ側にいて。

「しーちゃん、今日もかわいいね」

 なんてセリフを普通に吐いてるし!

「……下手なお世辞は結構です」

 榊はいつにも増してつんけんと返している。


 ――そんなこんなで、長い1日は始まった。



あまりに話が進まないので連日更新しました(汗)。王道イベントが続きます。

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