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第6話:彼女との休日

 日和も良い日曜日の朝。

 部活も無く、普段なら9時くらいまで寝ているわけだが今日はそうはいかなかった。


「榊、明日2人でどこかに出かけないか?」

 昨日の晩、早速彼女に電話してみたのだ。

「どこか……とは、具体的には決めていないのですか?」

 受話器越しに彼女は不思議そうに尋ねてきた。

「え、あーうん。今日中に適当に練っとくから。予定、大丈夫?」

「はい。これという用事は特にありませんし……冬馬様が出かけられるというならお供しましょう」

 とまあ、返答の言い回しが気になるところだったがとりあえずは彼女を連れ出すことに成功したわけである。


 今日の彼女も勿論私服だ。昨日とジャケットが違うが落ち着いた色の組み合わせは変わらない。似合っていることも変わらない。隙のない見事な着こなしだ。

 けれどやはり制服姿のときの隙のなさとはまた別なのだ。

 見ていると癒されるというか……昨日高橋さんが『目の保養』と言っていたが、実に穿った言葉だと思う。


 ……なんて色々のんきに考えていたらいつの間にか駅前に辿り着いていた。

「冬馬様、今からどちらへ行かれるおつもりですか?」

 榊が尋ねてくる。

 その真摯な目に俺は思わずうっと来た。

「そうだな、店とか見てまわる? それともどこか遊びに行くか? 映画でもいいぞ」

「? どうして私に尋ねるのですか?」

 彼女は不思議そうに首をかしげた。

「え、あーいや、ほら、そのー……」

 実のところ昨日の晩どこに行こうかと延々と悩んでいたのだがどこに行ってもあからさまに『デート』らしさが出てしまうような気がして恥ずかしくなって結局決められなかったのだ。

 それに情けない話だが彼女が喜びそうな場所というのが俺にはさっぱり分からなくて……

「冬馬様?」

 っていうか早く何か言わないと榊も困ってるじゃないか!

「いや、だから! 昨日榊、楽しそうじゃなかったから、その代わりというかなんというか……そもそも俺が昨日の会に行かなかったら榊も行ってなかったわけで、あいつと3時間も向かい合わせに座ることにはならなかっただろ?」

 最後のへんはごにょごにょしだした俺だったが、なんとか意図は伝わったらしく、榊は目を丸くしていた。

 本当に俺は、彼女によくこんな顔をさせてしまう。

「それは……その、お気遣いは嬉しいのですが……私も特に行きたい場所というのはありませんし、冬馬様のそのお気持ちだけで十分です、よ……?」

 榊は半分照れているのかよく分からない表情でそう言った。

「え、いやでもそれだと、なあ……?」


 今からどこに行くんだ俺達。

 まさかここまで来て帰るわけにもいくまいよ。


 困って視線を泳がせていると、ふと駅前の柱の広告に目が留まった。

『夢と希望のアクアリウム。期間限定でデパート内にオープン』

 ……なんで水族館で夢と希望なんだ、と突っ込みたくなったが、ちょうど昨日から始まった催し物らしい。

 しかもそのデパートというと目の前にある建物だ。

「榊、デパートに入ろう」

「デパートですか? 何か買い物でも?」

「いいからいいから」

 俺は榊をひっぱっていた。



 特設会場は建物の6階。

 昨日からの催しということだがまだデパート自体が開店したてで、さらにバーゲンの時期というわけでもないので人の出入りはまばらだ。


 白いついたてを抜けると、目の前に青い世界が広がった。

 そこまで大きくはないが小さくもない水槽がいくつも並べられている。

「へー……。アクアリウムっいうだけあってやっぱり結構豪勢だな」

 俺は感嘆の声を漏らした。すると

「……そう、ですね」

 榊の返答がどこかぎこちない。

「?」

 不思議に思ってよくよく見てみると。

「あ、ご、ごめん!」

 ここまで来るのに彼女の手を握ったままだったのだ。

 ぱっと離して、気恥ずかしさを隠すように俺はそっぽを向く。対する榊も慌てた様子で

「熱帯魚ですね、こちらの水槽は」

 あからさまに話題を転換した。

「熱帯魚かー。名前全然分からないな……はは」

 確かいっちゃんは魚に詳しかったような……とかなんとか考えていると

「名前を覚えられていない、ということを『悲しい』と思うのでしょうか。この魚達は」

 ふと、榊がそう言った。

 振り向くと、なぜか妙に神妙な彼女の横顔があった。

「?」

 彼女にしては妙な問いをする、と俺は思った。

 そういえばついこの間も、妙なことを言い出したっけ。


『私が今後貴方の傍にいて、邪魔になるときが来たら、はっきりとそう、仰ってくださいね』と。


「それって、魚に感情があるのかってこと?」

 俺がそう尋ねると

「……あ、いえ。先ほどの言葉は忘れてください」

 榊は我に返ったように慌ててから、次の水槽に目をやっていた。

 その横顔を眺めつつ、俺の頭の中にはあの日の記憶が巡っていた。

 あの日も彼女は難しい顔をして座っていたから。


 彼女を邪魔だなんて思う日は、俺には絶対来ない。

 だってせっかく気付けたのに。

 あの日、あの朝、あの教室で。


「……『寂しい』と思うよ」

 自然と、唇が動いていた。

「……え?」

 不意を突かれたように榊が振り返る。

「いや、まあ、名前覚えるの苦手な俺が言うのもなんなんだけど、やっぱ魚も名前くらいは覚えてほしいんじゃないかなーって」

 喉から出そうだった何かを、俺は無意識に誤魔化した。


 その何かっていうのは、何かの衝動。

 もしかすると、さっきの問いは、魚に感情があるなしの問題ではなく……


「……そうですか。ではお土産にあの本でも買って帰ることにしましょう」

 そう微笑みつつ彼女が移した視線の先には、ここに展示されている生物の生態を記したガイドブック等々のグッズ販売コーナーがあった。そしてそこにいる店員と目がバッチリ合ってしまう。

 これは、何か買って帰らないと駄目っぽい……。

「……そうだな」

 俺は苦笑した。



 その後は、デパート内を適当にぐるぐると散策した。服や小物も色々見たけど、なぜか1番会話がはずんだのは地下の食品売り場で。

「私もお菓子作りはしたことがないので」

 菓子の類は専ら購入するのだと榊は苦笑していた。

「ふうん……魔界にはバレンタインみたいな行事ってないの?」

 俺はふと思いついたことを尋ねた。

 いやだって、そういうのがあったら榊のことだから絶対魔王に作って渡すと思うんだけど。

「名称は違いますが似たような風習はあります。ですが向こうでは男性から女性に贈り物をする、というもので」

 てことは榊は誰か男から貰ったりしたのかな……なんてぶしつけなことは訊けないわけで。

「へー、そうなんだ。まあそれが本来あるべき姿なんだろうなあ……日本のバレンタインの起源ってそもそもチョコレート会社の戦略らしいし」

「そうなのですか?」

 そんな細かい日本史までは知らなかったのか、榊は興味津々の様子だった。

 で、チョコレートに関する薀蓄を話しているとチョコレートそのものが無性に食べたくなって、普段は滅多に買わないブランドものの菓子を買ってしまったりした。




 結果的に言うならば、デパート散策は成功だった。その後がガタガタだったのだ。

 昼飯をどこかで食べようとするとちょうど日曜の昼時だからどこもいっぱいで待ち時間だらけ。

 結局

「他に目的がないなら帰宅して何か食べたほうが……」

 という榊の提案で家に帰ったのだ。

 結局、帰宅してから榊に少し遅い昼飯を作ってもらって、いつもの日曜に戻りつつあった。


 さきほど買ったデパ地下のお菓子をデザートに茶をすする。

「……なあ榊」

「はい?」

 喋るときは必ず彼女は手を止めてこっちを見るから、どうもこっぱずかしいのだが。

「今日、どうだった?」

「……どう、というのは?」

 あう。

「えーとほら、昨日の分くらいは何か取り返せた?」

 ……自分で言っててもなんか遠まわしな言い方だな。

「? ……冬馬様、取り返すも何も昨日私は何も失ってはいませんから……」

 と言いつつ、何かに気付いたようにはっとなる榊。

「あの、もしかしてまだ昨日のことを気になさっているのですか?」

「え、いや気にするっていうか……」

「私のことはどうか気にしないでください。國生永輝のことも、貴方には恐らく危害は加えません。もし何かあったとしてもそれは私の問題ですから、貴方が気にすることはないのです」

 いや、その言い方は……

「き、気になるもんはしょうがないんだ。その……」

 ……てあれ? 俺、何が言いたかったんだっけ?


 いつの間にか頭の中はあのすかした転校生の顔が浮かんでいた。昨日の榊は確かにずっと不機嫌そうにしていたけど、彼女があそこまであからさまに他人に不服な態度を示すのは珍しいのだ。それだけ彼女は奴に対して心を開いてるって意味にも取れて……。


 ってあれ? これじゃあ逆だ。

 俺が昨日、榊といられなかった時間を取り戻したかっただけなのか?


「……冬馬様?」

 榊の声で我に返る。

「あ……いや、その……」

「冬馬様、今日は朝から少し様子がおかしい気がするのですが、どこか具合でも悪いのですか?」

 ってなんか真剣に心配されてるし!

 確かに今日は俺、よくどもってるけど……。

「なんでも、ない。……なんでも」

 結局はまたあの困った独占欲か。

 ああもう……。



 榊が自室に戻ってから、俺は1人で考えていた。

 榊は一体どんなことをすれば喜んでくれるのか。

 それで、ふと思い出す。さっき、最初に彼女に尋ねたかったのは

『榊は今日、楽しかったか?』

 ということだったのだと。


 ……どうだったんだろ。分からないな……。




 * * *

 ――簡素な部屋。

 日出榊の部屋をひと言で表すとこういうことになる。

 彼女の部屋は年頃の女子のものとは思えないほど殺伐としていて、余計なものはほとんどない。目に付くところにあるのは最低限の家具と教科書だけだ。

 そんな数少ない家具の1つである椅子に座り、彼女にしては珍しく、ただ何をするでもなく窓の外を眺めていた。


 今日は彼女にとっていつもと少し違う休日だった。

 違うといえば昨日もそんな休日だったが、それでも今日のほうがずっと『楽しかった』。

(……楽しい……?)

 そこでふと気付く。

『楽しい』という感情はほとほと彼女には縁遠いものだった。特に魔界にいた頃、城内でならともかく学校での生活に『楽しさ』など存在しなかった。いや、自らそれを手放したと言ってもいい。

 初等部での扱いから既に諦めがついていたのか、実のところ中等部からは魔王や王妃には隠して『人目を忍ぶ』能力を行使していたのだ。

 その能力を行使しようがしまいが無視されるのは同じことだが、認識されないほうがずっとましだった。相手にとっても、そのほうが気が楽だろうと思ったのも事実だ。


 そもそも、古の死神一族は独自の文化を持ち自らの土地で暮らす武の民族だった。それは他の民族にしても違いはない。

 やがて魔界が1つに統一され、今の王制が出来上がったとき、大多数の民族がひとつの社会として融合したのだ。

 しかし誇り高き死神一族は社会との交わりに距離を置いた。初代魔王の人柄に感銘を受けた当時の死神一族の長は魔王にこそ忠誠を立てたが、自らの土地を守り続け閉鎖された場所でその血を営んできた。


 ただそれだけで、悪い噂が立つには十分すぎたのだ。

『死神一族は社会との交わりを絶ち、魔王のためならなんでもする、冷酷で非情な連中』だと。


 それに、死神が忌み嫌われるのはもう1つ理由がある。

 その一族の者だけが持つ特殊な能力がその原因だ。


 榊はそっとその唇に手を触れる。

 その気になれば、その唇で他のものに死を与え、魂を刈ることが出来るのは紛れもない事実だった。


 それはある意味1つの奇跡であり、同時に死を恐れるものにとってはとてつもない恐怖の種でもある。


 彼女は1度だけその能力を使ったことがある。

 天敵に襲われたのか、虫の息だった血まみれの小鳥をその苦しみから解き放とうとしたのだ。

 だが今でも覚えている。

 その接吻のあとの、亡骸の冷たさを。


 ……こんなの、奇跡でもなんでもない。


 そう悟った彼女は以来、その能力は使わないことにした。


 自らの存在を消し、忍び生活した中学時代。

 だがその間、1人だけ彼女の術を看破した男がいた。

 それが國生永輝である。最初こそ戸惑ったが、なぜ術が見破られたのかはすぐに分かった。

 彼は魔王直轄軍1番隊隊長・國生栄達の息子だ。

 國生隊長の第1能力は『把握すること』。それから派生するのは実に様々な能力で、そのうちの1つにどんな術でも見破る眼力、というものがあった。彼には惑いの術の類は効かないのである。

 親の能力が子に遺伝することは珍しいことではない。

 特に國生といった古くからの名門貴族にはよくあることだ。つまり彼の息子である永輝にもその能力が備わっていたため、榊の術が効かなかったのだ。

 ……そのせいで執拗に付きまとわれることになったのだが。


 そのときは鬱陶しい限りで、出来ることなら彼の前からも自らの存在を消したいと彼女は本気で思っていた。


 そんな感情を思い出し、思わず榊は自嘲する。

 そこまで自分は『学校生活』というものが嫌いだったのかと。


 そういえばこの世界に来たときも、心の底では高校に入ることに抵抗を覚えていたのかもしれない。

 世界が変わっても、あまり好きになれない場所には変わりなかったのだ。

 だから彼女は迷うことなく『人目を忍ぶ術』を行使した。あるいは、こちらの世界では必要なかったかもしれないその術を。


(……けれどあの時)

 彼女は自然と笑みを湛えつつ、思い返す。


 6月のあの朝。それまでずっと無音だったと言っていいモノクロの世界の中で、あの瞬間から、声が、色が周りに付き始めた。

 護衛対象である張本人の少年に突然声を掛けられたときは本当に、驚いたものだ。


 だが今ではそんなことは当たり前になっている。

 ……『当たり前』だから口に出して言わないが、彼女にとってそんな日常があること自体、嬉しいものとなっていた。


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