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第4話:もし、邪魔になるときが来たら

「しーちゃんはさ、誰かを好きになるってこと、ないの?」

 それは1年前、彼から問われた問い。

「私が敬愛するのは魔王様と奥方様……それに貴方の父君も尊敬に値する方だと思っています」

 私がそう答えると、彼はふと苦笑した。

「分かってるくせにわざとはぐらかしてるね。そういう意味じゃないってこと」

 この手の話題は鬱陶しいので私は早く会話を終わらせたかった。

「……貴方は結局、何が言いたいのですか」

「へえ、言っちゃっていいんだ?」

 そんなふざけた態度がいちいち鼻につく。

 だから私は、彼のことが苦手だったのだ。

 それなのに、彼はこう言った。

「俺、しーちゃんのこと、好きだよ」




 木曜日。

 日出榊のこの日の目覚めは、最悪だった。

(……どうしてあんなときのことを……)


 國生永輝は1年前、彼女に告白している。

 そして彼女はきっぱりと断った。


 それで終わると思っていた、あの関係。

 会う度に何かしら他愛のないことを話しかけられて、それを淡々と流すだけの、そんな無意味な関係。


 けれど彼はその後も態度を変えなかった。まったく変わらなかった。

 そのうち中学を卒業して、彼女は魔王の命を受け、こちらへ来た。

 縁も切れる、ちょうどいい機会だったはずだ。

 だから、彼女にはどうして彼がわざわざこちらに来たのか理解できない。

 溜め息をつきつつ身支度をして、彼女は台所に立った。





 * * *

 その日もまだ、クラスでは転校生ブームが続いていた。

 今度は男子が彼の周りをうろうろしている。部活の勧誘も兼ねているようだった。

 ……陸上に入りませんように。

 俺は秘かに祈っていた。


 遠目から見る限り、彼はクラスに打ち解けているように見える。あの大胆な発言も、『面白い奴』ということで通ってしまっていた。

 結局、おちおち出来ないのは俺だけか……?




 * * *

 放課後、冬馬はいつもの通り榊と約束してから部活へ出かけた。

 その後、いつもなら図書館へ直行する榊だったが、今日は教室に居座っていた。

 ……無論、その目的は。

「あれ、しーちゃん。今日は逃げないで待っててくれたんだ?」

 比較的時間のかかるコンピューター室の掃除当番に当たっていた國生永輝と話すためである。

 教室には幸い、他に誰もいなかった。

「ですから、その呼び方はこちらでは意味が通じません。普通に呼べないのですか、貴方は」

 溜め息半分で榊は永輝を見据える。

 少し、背が伸びたのだろうか。

 前より視線が合わせにくいように感じられた。

「えー、だってもう慣れちゃってるし。誰も君の前の姓とか聞いてこないから大丈夫だよ」

 それは確かに正論だった。

 こちらで姓が変わるということは、親が離婚した、ということに直結すると言っても過言ではない。

 そこをあえて尋ねてくる者は高校生にもなるとまずいない。

「……では単刀直入に。どうして貴方はこの学校に編入してきたのですか? 昨日城の外交係に聞きました。貴方自らの志望だったと」

「やっぱやること早いなあ、しーちゃんは。だから昨日言ったじゃん、君のこと追いかけてきたって」

 悪びれることもなく彼はそう言った。

「! なぜそんな必要があるのですか、私は……」

「俺のこと、振ったじゃないかって? 1度や2度振られたからって諦める男じゃないよ、俺」

「……! いつまでいても無意味です!」

 彼のそんな言葉に思わず感情的になりそうになったのをこらえ、榊は彼を問いただす。

「それよりどうして私の居場所が分かったのですか? 私がここにいることは重要機密になっているはずですが」

 その言葉に一瞬ぽかんとする永輝。

「ああ、親父の書類を盗み見た。しーちゃん、今第3皇子の護衛やってるんでしょ?」

 彼の口から『第3皇子』の言葉が出た途端、榊の周りの空気が張り詰める。

「……貴方のしたことは罪にも問えます。今すぐ魔界へ帰りなさい」

「やだなあ、たまたま机の上に乗ってたの、見ちゃっただけなのに。大丈夫だよ、皇子様には何もしないし」

「……私の任務の邪魔をされても迷惑です」

「それは困ったなあ。じゃあ、しーちゃんの邪魔にならない程度に言い寄るから安心してよ」

「ですから! その貴方の存在自体が邪魔になるんです!」

 結局、最後には榊が怒鳴っていた。

「相変わらずだなあしーちゃんは。ついいじめたくなっちゃうっていうか?」

 へらへらと笑う永輝。

「…………!」

 榊は心の中で舌打ちをしたい気分に駆られた。

 これ以上話をしても無意味と悟った彼女が教室を出ようとすると

「ねえ、しーちゃん」

 本当に、無邪気な声で呼び止められた。

 懐かしさからなのか、彼女の足はその声に立ち止まる。

「……なんですか」

「しーちゃん、いつまでこっちにいるの?」

 彼が投げかけたのは、とてもシンプルな問いだった。

「いつまでって……」

 彼女はすぐにそれに答えようとしたが、ふと唇が止まってしまった。

(……いつまで?)


 言ってしまえば皇子の護衛の任務というのは彼女が勝手に延長したものだ。

 いつまで、という期限が特に定められているわけではない。

 しかし赤誓鎌の契約主が皇子である以上、魔界へ帰っても彼女は役立たずだ。

 けれど、いつまでもこちらにいるわけにもいくまい。


「…………」

 榊が沈黙していると

「……もしかして考えてなかった?」

 にやりと笑う永輝。

「……っ、いつまででも貴方には関係ないでしょう! 失礼します!」

 彼の言うように『いじめられた』ような気がして、榊は少々乱暴にそう言い放って教室を後にした。




 図書館からグラウンドを眺める。榊の勉強の手は昨日に増して動いていなかった。

 陸上部の面々は今、タイムを計っているようだ。

 目が特にいい彼女は当然、3階からでも冬馬の姿を確認することができる。

 途中休憩に入ったのか、彼はグラウンドの端で座り込んだ。

 すると。




「行っちゃえ志穂! いけいけー!」

 グラウンドの隅で、安曇野志穂の背中を押す橋爪香織と田畑幸子。

 今日こそは何かアクションを起こそうと彼女達は機会を窺っていたのだ。

 バレンタインも遠いこの時期、何か出来る機会はないかと熟考した結果、部活の休憩時が最も都合がいいのではないかということになった。

 タオルと水筒を持っていくのだ。

「う……うん……」

 頬を赤らめながらもグラウンドに入る志穂。後ろの2人も少し遅れて付いていく。

「か、上代君……!」

 突然意外な人物に声をかけられて、冬馬は目を丸くした。

「安曇野さん?」

 彼女とは朝教室に入るときに挨拶を交わすくらいの仲だった。

 だから余計に、不意打ちだったのだ。

「あの、これ、よかったらどうぞ!」

 志穂はタオルを差し出す。

「え。あ……使っちゃっていいの?」

 冬馬は戸惑いがちにそれを受け取った。

 すると彼の隣あたりに座っている陸上部のメンバーが『ひゅーひゅー』などと冷やかすので、志穂は顔を真っ赤にする。

「ご、ごめんね邪魔しちゃって! お茶もよければ……! 置いておくね!」

 彼女はそう言い残して逃げるように去っていった。

 それに慌てて追随する香織と幸子。

「…………?」

 そんな3人の背中を、首をかしげながら冬馬は見送った。




 榊はそんな光景を、図書館の窓からしかと目撃してしまった。

(あれは……安曇野さん、でしたか……)

 榊も彼女とはあまり話をしたことがない。ただ、印象だけで言うなら大人しい女子だと思っていた。

 だから一層、先ほどの彼女の行動が不可解といえば不可解だった。

 いや、不可解と表現することすらおかしい。ことは単純だ。

 上代冬馬と安曇野志穂の接点はほとんどなかったはずだ。つまり、先ほどの彼女の突飛な行動は彼に対するアプローチということになる。

 すなわち。

(……彼女は冬馬様に好意を抱いている……?)

 榊はそんな、極めて単純な結論に達した。




 * * *

 その日の帰路。なぜか空気が重かった。

「……」

「……」

「……あのさ、榊」

「なんですか?」

 歩き出してから5分くらい経ってから、やっと会話を見つける。

「あの転校生のこと、何か分かった?」

「はい……といいますか、いいえ、ですね。彼が正規のルートでこちらに渡ってきていることは確認が取れましたが、その彼の真意が未だに理解できません。……それに、私がこちらへ来ている理由も彼は知っていました」

「え……それって俺が皇子だってことを知ってるってことか?」

 俺がそう尋ねると、榊は珍しく『しまった』といった顔をして謝罪してきた。

「申し訳ありません、確かめるのを失念していました。……しかし仮に知らなかったとしても気付かれるのは時間の問題かと」

 まあ確かに、俺と榊が頻繁に一緒にいると、あいつも勘付くだろうな。

「どうしますか? 今後、私が隠れて護衛するという形も考慮に入れるべきかと考えますが……」

 榊はそんなことを言い出した。

「隠れてってことは……つまり?」

「今より距離を置くということになります」

 えーーーー!?

「それは……嫌だなあ」

 何を考えるでもなくこぼれた本心。

 言った後から思わずはっとなった。

「……冬馬様、そういう問題では……」

 そう言いつつ照れているのか、頬が若干赤く染まっている榊。

 そんな彼女を見ているとこっちまで赤くなってしまう。

 けど。

「いいよ、別にばれたって」

 俺はそう言い切った。

「ですが……」

「いい」

 理由はあえて言わずに俺は断言した。


 別にあいつにばれたからって、どうってこともないだろう。

 むしろ変に隠したら、こそこそしてるみたいで余計に嫌なのだ。


「貴方がそう仰るなら従いますが……。ですが、冬馬様」

 榊は言いにくそうに声を落として、立ち止まった。

「私が今後貴方の傍にいて、邪魔になるときが来たら、はっきりとそう、仰ってくださいね」


「……え?」

 意外な言葉だった。

 何が意外というと、そのタイミングが意外だった。

 彼女が何かと謙虚なのは6月の経験からよく知っている。

 けれどなぜ今、そんなことを言うのだろう、と。


「そんな時なんか来るとは……思わないけど?」

 榊を邪魔に思うなんて、そんなこと、一生ないに決まってる。

「……そう、ですか。すみません、突然脈絡のないことを言ってしまって」

 彼女はごまかすように笑みを作って、またいつものように颯爽と歩き出した。




 その晩、俺は安曇野さんから手渡されたタオルを眺めて悩んでいた。

 勿論洗濯して返すつもりだが、返すとき、なんて言って返せばいいんだろう。

 ていうかなんで急にタオルと水筒?

 ……俺、そんなにへばってるように見えたんだろうか。





 翌日。

 金曜日というのは翌日が休みだから、心が少し軽かったりする。……いつもなら。

「はいはーい、皆聞いてー」

 昼休み、突然橋爪さんが教壇に立って声を張り上げた。

「明日の3時から駅前のファミレスで國生君の歓迎会をやりたいと思いまーす。用事のない人は絶対来てねー」

 ……なんて企画をやるんだ橋爪さん……。

「まーたあいつはお節介なことやってんなあ……」

 いっちゃんがパンをかじりながらそうこぼす。

 けど周りの反応を見ていると、結構皆は乗り気のようだった。

「いっちゃんはどうする?」

「俺? ……まあ部活も午前中で終わるしなあ。どうせ暇だしちょっくら顔出してくるかな。お前は?」

「うーん……」

 正直あんまり気が進まない。

 でも部活は俺も昼までだし、午後から特に用事があるわけでもない。

 クラス会とかってやっぱり参加したほうがいいのかなあとか社交辞令的なことを考えていると、いつの間にやら当の橋爪さんが俺の前に立っていて。

「用事がないなら是非来てね」

 なんて満面の笑顔でそう言うものだから

「え……あ、うん」

 うっかりそう返事をしてしまった。




 その日の帰り道。

「冬馬様は明日の歓迎会とやらに参加されるおつもりですか?」

 榊がそう訊いてきた。

「……うん。あんまり気乗りしなかったんだけど、なんか返事しちゃって……」

「そうですか。では私も参りましょう」

 そう言いつつも、榊の表情はやっぱりぱっとしなかった。

「……気が進まないなら別にいいんだぞ?」

「いえ、いつ何時何があるか分かりませんから。それに一応、委員長としての面目もありますし……」

 ああ、そうか。委員長も大変だな……。




 で、その土曜日。

 昼までの部活を終え、俺は一旦家に帰った。

 土曜は榊と一緒に昼食をとって、その後少しだけ魔界人の能力に関する講義を受けるのが習慣となっていた。


 俺は魔界人として覚醒したはいいがまだまだ半人前で、今現在自分の力だけで呼び起こせるのは本来持っている力の半分くらいらしい。

 訓練不足というのもあるが、能力に関する知識不足もその一因ではないかという榊の見解により、毎週こんな時間を設けるようになったのだ。


「では、今日は『移動力』について詳しく説明します」

「うん、よろしく。『移動力』って、吉田のやつが使ってたやつだろ?」


 3ヶ月前のことを思い出す。クラスメイトの吉田が実は魔界人で、俺の力を奪って魔王の座を取ろうと考えていたのだ。

 そのとき奴がやけに行使していた能力が『移動力』だったと記憶している。


「その通りです。『移動力』は身体能力とはまた別ランクにある能力です」

「……てことは派生して生じる能力ってわけじゃないんだ?」


 例えば榊を例に挙げると、彼女の第1能力『人目を忍ぶこと』から『跳躍力』『重力変換』などの様々な身体能力が派生する。

『移動力』はそれとはまた別ものだということだろう。


「元を正せば身体能力にあたるのでしょうが、次元が変わってくるのです。『移動力』はいわば身体能力の1つである『走力』の進化系、といったところでしょうか」

「能力って進化するんだ?」

 それは初耳だ。

「ええ。例えば私の『跳躍力』は、進化すれば『飛翔力』になります」

「え、それって空を飛べるってことか?」

「はい。ですが以前にも言った通り、魔界人とて翼のない限り空を飛ぶことは出来ません。ですから私の『跳躍力』は、私に翼が生えない限り進化することは有り得ません。派生した身体能力の更に上をいくランクの能力を扱うには、それなりの練磨と適性がいるのです」

 ほーう。

「えーと、じゃあ俺の『走力』は進化すると思う?」


 実際俺の抽象的な力――第1能力自体まだはっきりと理解できていないのだが、以前戦闘に巻き込まれたとき確認できた唯一の派生身体能力が『走力』だったのだ。


「そうですね……『移動力』はかなりの人が適性を持ち合わせる能力です。ですから冬馬様の場合、適性はあると言ってほぼ間違いはありません」

 どこか誇らしげに榊が言った。

「へえ……」

「ですが相当な練磨が必要なのも『移動力』です。まずは『走力』を極めることが必要ですね。あ、ですが吉田実の場合は魔界人が本来持っているはずの第2能力が備わっていなかった反動であれほどの『移動力』を有していたものと思われます。あれは極めて異例でした」


 第2能力とは、武器を操る力と言っていい。

 榊の場合は『赤誓鎌を操る力』、俺の場合は『凍馬の剣を操る力』だ。


「通常『移動力』とは『走力』の替わりに行使する、高速移動手段のためのものです。ですが彼の場合……」

「魔界の秘境からドラゴンを『移動』させてきたもんなあ……」

 あれじゃほとんど『召喚』に近い。

 けど今じゃあんなこと、本当だったのか疑わしいくらいだ。



 話がひと段落したところでふと時計に目をやると、結構いい時間になっていた。

「榊、そろそろ出かけるか?」

 そう言いつつ席を立つ。

 が、ふと自分の格好を見て気付いた。

「……着替えたほうがいいか……」

 俺たちはまだ制服のままだった。

 俺は部活から帰ったそのままの姿なのだが、榊はというと休日の部活にまでついてきて、図書館で勉強して待つというのが習慣になっているから彼女も同じく制服姿なのである。

「では着替えてきましょう。……出かける際は時間をずらすべきですか?」

 一緒に集合場所に訪れるとまずいかということだろう。

「いや、マンションが一緒で偶然出掛けが一緒になったって言ったら誰も変に思わないだろ。一緒に行こう」

「分かりました。ではしばらくしたらまた参ります」

 そう言って榊は去っていった。


 ……今思えば、榊の私服姿ってあんまり見る機会がなかったなあ、なんて、他愛のないことを俺は思っていた。


お気に入り登録等々、いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。

マイペースに改稿を進めつつ現在新作準備のほうも進めております。

今ガッツリ創作な気分なのでこの調子でノッていきたいと思います。

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