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第3話:追いかけて

 その日は本当に、転校生の話題で持ちきりだった。

 休み時間のたびに誰かが彼のもとへ行き、なにかと色々訊いている。

 比較的長い昼休み、ミーハーな女子達が

「しーちゃんって誰のことだったの?」

 と、ついに訊いてしまった。

 すると、彼が口を開く前に榊が目にも留まらぬ速さで移動し(何らかの身体能力を使ったのかもしれない)

「國生君、これ、クラスの名簿です。連絡網も兼ねているのでなくさないように」

 と、割って入った。その名簿を手渡す際、彼女は自らの名簿の欄を指で示していた、というのは手渡される本人にしか分からなかっただろう。

 それを見た彼は

「……ああ、なるほど。苗字変えたんだ、しーちゃん」

 なんて言いやがった。

「〜〜〜〜」

 目に見えて榊は怒っていた。いや、他の人から見たらそうでもないかもしれないが。

 しかしそれだけで皆が『しーちゃん=日出榊いいんちょう』と理解するには十分だった。

「えー! 日出さんと國生君って知り合いだったの?」

「うっそーすっごーい! え? どういう知り合い?」

 ……俺にとって非常に面白くない展開が繰り広げられている。

「中学のときの知り合いだよ。ね?」

 飄々と転校生は答えている。

「え、日出さんって中学どこだっけ?」

「……県外ですので」

 彼女は怒りを殺したように答えていた。

「へー。でも高校でまた一緒になるってすごいねー」

 ……全然すごくない。すごくないぞ。

 俺が胸のうちでそう唱えていると、彼はこう言った。

「全然。だって俺、しーちゃんのこと追いかけてきたんだし」


 ……。

 …………。

 …………!?


 なんつった今ーーーー!?


「え、え、うそそれホント!?」

 周りを囲む女子達ですら慌てている。

 しかしもっとショックなのは。


「冗談はほどほどにしなさい國生君!!」

 そう叫んだ榊の顔が、赤くなっているということだった。


 それきり、榊は教室を出て行ったし、女子達は好奇心のままに奴に真相を聞きだそうとするし、男子は冷やかすように口笛吹いたりするし。

「…………」

 ここにもう居たくない気分だ。

 すると後ろからいっちゃんがまわってきて

「……上代、大丈夫か?」

 なんて訊くものだから

「……全然。大丈夫じゃない……」

 素で、そう答えていた。


 しかし、ふと思うと。榊の中学のときの知り合いっていうと、もしかして、もしかしなくても。

 國生永輝は魔界人ということだ。


「…………」

 それにひどく恐怖を感じた。

 また命を狙われるんじゃないかとか、そんなんじゃなく。

 ただ、俺が知らない榊を、あいつは知ってるんだろうなと思うと、胸がやけに苦しかった。




 放課後、落ち込んだ気分を立て直すために張り切って部活に行こうと廊下に出る。するといつもの通り、そこに榊がいて

「……冬馬様、今日も昨日の場所で構いませんか?」

 そう尋ねてくる彼女の声のトーンが、なんとなく低い。

「……ああ、いいよ。あのさ、榊……」

「彼のことは後で話します。今は……」

 周りに人がいるから、ということだろう。

「分かった。じゃあ、またあとで」

 話す、ということは後ろめたいことでもないのだろう。それに少し安心して、俺は部活へ向かった。




 * * *

 ところで、茶道部というのは火曜と金曜の、週に2回しかない部活動である。つまり、その日以外はほとんど帰宅部と同じであった。

「……駄目だ。結局何も出来なかった……」

 水曜の放課後である現在、8組の教室に残っているのは仲良し3人組だけだった。うなだれる志穂が窓から眺めるのは陸上部の練習風景。

「まあ最初から行動起こすっていうのも難しいよ。ぼちぼちいこう」

 慰めるように志穂の肩を叩く幸子。

「しかも今日はあの転校生の話題に空気が占領されてたからねー。てかほんと、何者だと思う? 國生君」

 香織は腕を組みつつそうぼやいた。

「日出さんを追いかけてきたっていうやつ? 冗談じゃないのー? 流石に。漫画じゃあるまいし」

 そんな漫画みたいな話に食いつく幸子。彼女はこういった話が大好物だったりする。

「でも冗談にするにも随分仲が良いってことだよね?」

 香織は志穂のほうを気にしながらそう言った。

「……そういえば、そうだね……」

 その志穂は心ここにあらずといった感じで答えたが

「ちょっと志穂! これってチャンスだよ!?」

 幸子が志穂の肩を激しく揺する。

「え? え?どういう意味?」

「だってさ、つまり國生君と日出さんは只ならぬ仲。今はその気がなくても國生君がアタックを続ければあのイケメンだよ? 日出さんもころっと落ちるかもしれないじゃん!」

「そ、そうかなあ……。日出さん、一筋縄じゃ行きそうにないよ? すごくしっかりしてるし……」

「ライバルのことを褒めてる場合か!」

「そうだそうだ!」

「そうだそうだー」

「……?」

「……?」

「……?」

 なんだか、ひとり多くないか、と。

 3人が後ろを振り返ると

 そこには件の転校生が立っていた。

「げーー! なんでここにいるの國生君!」

 思い切り『げー』などと失礼なことを叫びながら香織は彼を凝視する。

「き、聞かれてた!?」

 赤面して妙にあたふたとする志穂。

「いつからそこに!?」

 幸子はいつの間にか一歩退いていた。

 三者三様で驚きのリアクションをする彼女らに、國生永輝は無邪気な笑顔を向けた。

「んーちょっと校舎をぶらついてたんだけど、俺の名前が出てきてからかなあ? なにか噂でもされてるのかと心配になってつい。ごめんね邪魔しちゃって」

 その対応があまりに余裕を持ったものだったからだろうか、香織は少しひるんだが、これ幸いと真相を直接確かめることにした。

「ちょうど良かった國生君! 國生君って日出さんのこと好きなの?」

(ストレートに訊きすぎだって!)

 幸子は心の中で香織にそう突っ込んだ。

 しかし彼はひるまない。

「そうだよ」

 何の臆面もなくそう言った。


「「「!」」」

 その場にいる3人は息を呑む。

 ここまで簡単に認める男がいたのかと。

「う、わあ、じゃあ、頑張ってね。応援してるから」

 自分で尋ねておきながら顔が引きつってしまう香織。

「ありがとう」

 彼は最後の最後まで笑って、鞄を持って去っていった。


 しばらく呆然と立ちすくむ3人。

「あれはなかなかの曲者だわ……。ありゃあ日出さん、いつか落とされるかもしれないわね……」

 香織はそう考察する。

「頑張りなよ、志穂」

「う、うん……。でもあんなに大胆にはなれないなあ……」

 先ほどの彼の言動を思い出しながら、また顔を赤くする志穂だった。




 放課後の図書室は受験生が多く利用している静かな空間だった。それに紛れて榊はいつもグラウンドの見える窓際の席に座っている。

「……」

 いつもなら黙々と明日の予習やらをこなす彼女だったが、今日に限っては手があまり動かず、外を眺めることが多かった。

 その原因は勿論、あの転校生にある。

 まさか、彼がこちらにやってくるとは思ってもみなかったのだ。

(一体どういう目的で……?)

 自分を追いかけてきたなどというふざけた理由はありえない。

 魔界人がこちらの世界へ渡るには魔王の許可が要る。

 単なる『遊学』にしても、それなりに厳しい審査があるはずだ。

 それに、許可が下りたにしろどうして同じ学校で同じクラスにならなければならないのか。

 とにもかくにも

(……鬱陶しい……)

 彼女は大きく溜め息をついた。



 * * *

 待ちに待った帰り道。

 今日はいつもより緊張した雰囲気の中、俺は榊と並んでマンションに向かう。

「あのさ。今日の転校生のことなんだけど……あいつ、榊の知り合い……?」

 単刀直入に彼女に尋ねる。

「知り合い、といえばそうなります。魔界での中学時代、クラスメイトでした」

 ……やっぱりそうなんだ。

「てことはあいつ魔界人だよな?」

「そうです。しかし冬馬様に危害を加えることはまずないと思うのですが……」

 ……言い切れるんだ……。

「彼の父親は魔王様直属の軍隊のいち隊長で、特に信頼のある方ですから。……彼もそのあたりのことはわきまえて行動するはずです」

 ……その言い振りだとやっぱり結構親しいのかな。

「ていうかさ。なんであいつ、榊のこと『しーちゃん』って呼ぶんだ?」

 後から考えるとおかしな呼び方である。

 ヒイデサカキという名前に「し」の字は一文字もないのだ。

 というかその呼び方、なんか気に入らない。

「私の本当の姓は『死神しがみ』ですから。向こうではそう名乗っていました。こちらに来る際、あまりにも露骨だったので恐れ多くも魔王様の旧姓を賜ったのです」

「へえ……」

 そう、だったのか。

 ……やっぱり彼女についても知らないことがまだまだ多い。

「それで、しーちゃんか……」

「冬馬様、まさかとは思いますがその名で私を呼ぶのはやめてくださいね」

 なんとなく殺気立つ榊。

「よ、呼ばないって……」

 呼んだら呼ぶたびに睨まれるだろうし、あいつと一緒の呼び方をするなんて鳥肌が立つ。

 ――と思った時点でふと気づく。

 まだ1度も言葉を交わしていない相手を、自分はどうしてここまで毛嫌いしているのか。


『だって俺、しーちゃんのこと追いかけてきたんだし』


 あれだ。あの一言のせいだ。

 真偽を確かめなければ。

「榊! あいつ、お前のこと追いかけてきたって……言ってたけど……」

 そう切り出すと、榊の表情に困惑の色が見えた。

「……その真意は、私にも分かりません」

 え、と、じゃあ……。

「あいつ、向こうにいたときからあんなこと言うやつだったのか?」

「思い返せばそうだった……ような気もしますが……」

 そう言ってから、榊は何かを考えこむように、しばらく黙りこくってしまった。

「……榊?」

 俺がそう呼びかけると、榊は我に返ったように

「すみません。とにかく、冬馬様が気になさることはありません。今夜魔界に連絡を入れてみますから」

 そう付け加えた。

「あ、ああ……」


 と言われても、気になるのが俺の性分だ。

 こうなったら本当に奴にちょっかいを出される前に、榊に告白してしまったほうがいいんじゃないんだろうか。

 いやでも、失敗したらその後はどうなるんだ? 

 やっぱり気まずくなって終わるのか? 

 でもでも、やっぱり他の男が彼女に言い寄ってるのをただ見てるだけっていうのも……。

 ああもう!!




 * * *

 その晩、榊は自室のクローゼットから箱状の機械を取り出していた。

 これこそ魔界と交信できる携帯電話、というには大きすぎるが、そういうものである。

 もともとチャンネルは魔界の中央にそびえる城に固定されてある。通信ボタンを押すだけで、交信は始まった。

「はい、こちら通信室。現在チャンネル解析中……そちらは死神榊様ですね」

「はい。少々尋ねたいことがあるので、外交係の柊さんに繋いでいただけませんか」

「了解しました。現在接続中です……」

 しばらくした後

「もしもし、柊ですが」

 通信機越しに、のっそりした男の声が聞こえてきた。

「お久しぶりです柊さん」

『柊さん』とは、魔界の城で外交を司る部の係長的な存在で、以前榊が外交関係の資料整理を手伝った際に親しくなった人物だ。

「おや、榊殿。いやほんと、お久しぶりですなあ。何か御用ですか?」

「単刀直入で申し訳ありません。今日うちの学校に國生隊長の御子息が転校してきたのですが、その件に関して柊さんは何かご存知ですか?」

「ああ、その件ですか。遊学の目的で渡られたと聞いていますよ」

 お喋り好きな彼はつらつらと語りだした。

「小耳に挟んだところによりますとそれは國生隊長の意向ではなく永輝君自身が決められたことだとか。相当もめたらしくって大変だったみたいですよ? 魔王様も許可を出すべきか悩んでらっしゃったみたいですが、他でもない本人がどうしてもと言うので通されたみたいで。こちらではちょっとした噂の種でしたよ、ははは」

「そう、でしたか。ですがなぜうちの学校に?」

「本人が指定したそうですが?」

(本人が?)


 偶然ではないだろう。

 だが彼女が皇子の護衛を務めているという件は公にはされていない。

 王の側近である彼の父親ならそれを知っているだろうが、彼の父は榊の目から見ても非常に厳格な人物だ。

 重要な機密は例え実の息子でも話したりはしないはずだった。


「ありがとうございました。ところで、滞在期間はいつ頃までなどの情報は分かりますか?」

「えーとちょっと待ってね……。一応3年ってことになってるよ」

(……3、年……!?)

 榊は思わず眩暈を起こしそうになった。

 しかしそんな感情は声色に出さず、彼女は情報を提供してくれた柊に礼を言う。

「ありがとうございました。ではまた。息災をお祈りしています」

「榊殿も体に気をつけてね。また顔を出しに来るといい」


 そうして通信は途切れた。

 通信機を眺めつつ、彼女はふと思い返す。

 帰路、皇子に問われた問い。

『あいつ、向こうにいたときからあんなこと言うやつだったのか?』

 その問いに、曖昧に答えてしまった自分を省みた。


 そうだった気もする、というのは嘘だ。

 本当はしっかりと覚えている。

 魔界で彼女に声をかけるクラスメイトなど、限られていた。それは『死神』という一族が、こちらでも同じように、むしろあちらでのほうがさらに、忌み嫌われているせいでもあった。

 だから中学時代、彼女にちょっかいを掛けてくるのは彼くらいのものだったのだ。


 皇子に無意識のうちとはいえ嘘をついたという事実が、彼女を少しだけ困惑させた。

(私は何を、後ろめたかったのだろう……?)


1人称と3人称の移り変わりが激しくてすみません(汗)。

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