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第2話:転校生

 その翌日の昼食時。

 俺は嬉しさ半分恥ずかしさ半分で榊が作ってくれた弁当の包みを紐解いていた。

「あれ上代、今日弁当? 珍しいな」

 いっちゃんは母親の手作り弁当を食べながら、やはり目ざとく指摘した。

「あ、ああ。うん」

 なんとなく歯切れの悪い返事をしつつも、隠しようもないのでそのまま弁当の蓋を開ける。

 ……おお。

「げ、すっげー豪華な弁当! 誰が作ったんだ? おふくろさん帰ってきてんのか?」

 いっちゃんがそうまくし立てるのも無理はない。


 冷凍食品では有り得ない大きなエビチリ、いかにもパリッとしていそうなキツネ色の春巻き。麻婆ソースに絡められた揚げ茄子と鶏の唐揚げ、優しい光を放つ美しい卵焼き。色彩豊かなサラダに、デザートは別タッパ。


 けれど何気に1番嬉しいのは、おにぎりだ。

 わざわざ握ってくれたのかと思うだけでも胸がいっぱいになるのに、具材が俺の1番好きなシャケなのだ。

 きっといつかこぼした言葉を覚えていてくれたに違いない。


 こんな弁当、嘘でも俺が作ったとは絶対言えない。


 とそのとき、俺たちが座っている席のずっと右よりの席のほうでも女子の歓声が上がっていた。

「えーこれ日出さんが作ったの!? すっごーい! ちょっとだけ! ちょっとだけそのだし巻き卵を味見させて〜」

「始まったよ里香の卵フェチ。ごめんね日出さんこの子無類の卵料理好きでさー」

「いえ、構いませんよ。どうぞ」

「ではいただきまする。ああ……この輝き……むぐ!」

 クラスでも賑やかな部類に入る高橋さんの声はよく通るのでここまで聞こえてくる。

「何? どうした里香」

 その親友らしい野島さんが、箸を咥えたまま固まってしまった高橋さんに声をかける。榊と席が近いのもあってか、彼女はその2人とお昼を食べるようになっていた。

「〜〜〜〜! こんな卵焼き初めて食べた! プロ? マスター? 実は日出さんってば炎の料理人!?」

 高橋さんがそんな調子でまくし立てるものだから、教室にいたほとんどがそれを聞いただろう。

 もちろん、いっちゃんも。


 いっちゃんは俺の弁当に入っている卵を見て、

「……お前、もしや……」

 なんとなく羨ましげに俺を見てくる。

「……いただきます」

 それを無視してくだんのだし巻き卵を口に入れる俺。

 ……うわあ、確かにこれは……。

 程よい焼き加減で卵のふんわり感、しかしボリューム感は損なわず、それでいてこのだしの味。まさに完璧。

「こんの幸せ者がーーーー! 天誅!!」

 そう叫びながらいっちゃんが残りの卵を横取りする。

 そんなこんなで幸せな昼休みは過ぎていった。





 * * *

 そして、放課後。

 その日日直だった榊は学級日誌を淡々と書いて職員室へ向かった。

 担任教師、九条正則が席にいることを確認して彼の元へと向かう。彼はバスケット部の顧問だから、放課後に職員室にいることは珍しかった。

「先生、学級日誌です」

 すると九条は「おお、ごくろうさん」とそれを受け取り、

「ちょうど良かった、委員長。ちと早いかもしれないんだが来週の火曜の6限に秋の合宿の班分けを決めようと思うんだ。心積もりよろしくな」

 彼女にそう告げた。

 その場を仕切れ、ということだろう。

「分かりました」

 榊はそう答え、会釈し踵を返そうと思ったのだが

「あ、あとな、明日転校生が来るんだわー」

 全く予想だにしない言葉が九条の口から発せられて、思わず目を見開いた。

「え……。こんな微妙な時期にですか?」

 2学期が始まって、もう1週間ほど経っている。

 編入してくるなら始業式の日に来るのが普通といえば普通だろう。

「そうそう、えらく急な話でこっちもびっくりしてるんだ。夏休み中もまったく聞かされてなかったからさー」

 そう苦笑する九条。だから今日はその準備のために部活を監督していないのかと榊は納得した。

「で、来週合宿の班分けとかあるからさ、ちょっとばかり気を配ってくれると助かる」

「分かりました。努力します」

 快く彼女は返事した。

「まあ、男子だしその辺は副委員長の安田に任せてもいいしな。ところでその転校生、かなりイケメンだぞ。明日の女子の反応が楽しみだなあ」

 フレンドリーに笑う九条。しかしその返答に困るのが真面目な榊の悩みどころである。

「はあ……」

 そんな彼女を見て悪かったと思ったのか九条は苦笑し

「はは、まあよろしく。気をつけて帰れよ。出来れば誰かと一緒にな」

 そう言って榊を解放する。

「はい。ひとりではないので大丈夫です」

 そう告げて去っていった彼女が心なしか笑顔に見えたのは九条の気のせいではないだろう。

(……もしかして日出の奴、彼氏いるのかな)

 などといらぬ詮索しつつ、独身教師はまた書類作りに専念しはじめた。




 彼氏、とは決して言えないが、彼女はとある男子生徒と下校するのが習慣になっている。

 今日は下駄箱の前の廊下で待ち合わせだ。テスト前でもないこの時期、放課後の校舎に残っているのは部室を持たないごく一部の文化部くらいなもので、外よりも断然に人通りが少ない。


 いつも通り、彼女は図書館で時間を潰し、グラウンドを眺めつつ頃合を見て下に降りた。

 予想通り、生徒の姿はほとんどない。

 しばらくすると、玄関から少年が駆けてきた。

「お待たせ」

 苦笑気味にそう言った彼の白い制服が、随分泥で汚れているのは薄暗くてもすぐ分かった。

「冬馬様、それは……どうなされたのですか?」

「ああ、さっきグラウンドで転んで……はは。この歳で転ぶとは思わなかった」

 彼は頭をかきつつそうはにかんだ。

(この方は……)

 半ば呆れつつ彼女が視線を彼の腕に遣ると、擦り傷から血が滲んでいるのが見えた。

「冬馬様、腕が……」

「ああ、全然平気。痛くないし」

 確かに見た感じではそこまで大した傷ではない。

 しかし榊は首を振り

「いえ、そういう問題ではありません。傷口を洗わないと。後で化膿すると厄介です」

 半ば強引に冬馬の手を引いて玄関内の小さな水道まで行き介抱する。

 半ば抵抗した冬馬だったが、結局最後には彼女のハンカチを腕に巻かれてしまった。

「ごめん。ありがとう……」

「いえ。では帰りましょう。そのシャツも早く洗わないと、汚れが落ちませんから」

 2人は校舎を後にした。




 彼らは知る由もなかったが、その静かな宵の生徒玄関を、息を潜めて見ていた生徒が3人いた。

「……ねえ、あの2人、付き合ってるの?」

 第1の声は田畑幸子。冬馬たちと同じクラスの女子だ。

 ショートカットに眼鏡と、外見は大人しそうな印象を与えるが、喋ると別だったりする。

「ええー、まっさかあ」

 第2の声は橋爪香織。同じく1−8の女子で、仲良し3人組のリーダー格だ。男女問わず誰とでも話せる気性の持ち主で、1学期には副委員長を務めていた。

「……でも、待ち合わせてたっぽいし、あんなに仲良さそうだったよ……?」

 最後の少女、安曇野あずみの志穂の声は半分泣きそうに消え入りかけていた。

 肩まである髪の一部をバレッタで留めていて、おっとりとした印象を与える。見た目どおり、性格も若干内気だ。

「だ、大丈夫だって志穂、まだ決まったわけじゃないって! だって日出さんと上代君だよ!? ありえないってあの組み合わせ!!」

「……かおちゃん、それなんか上代君のこと馬鹿にして聞こえるよ……?」

「え!? そうじゃなくって! だってほら、あの日出さんが男子と付き合うなんて考えられないっていうか!? ね、ねえ、さっちー?」

「ううん……。でも有り得ないカップルって意外にいるよねぅぐ!」

 最後の幸子の奇声は香織に口を塞がれたためである。

「……やっぱりそうなのかなあ……」

 うなだれる志穂。

 それも無理はない。彼女は入学して以来、秘かに上代冬馬に想いを寄せているのだ。

 ちなみにこの3人、全員茶道部という朝練もない部活なので、朝早く揃って登校しては始業のベルが鳴るまで喋り続けるというかなり強固な絆で結ばれた女子グループである。

 今はたまたま部活を終えて、下駄箱に行こうとした際に偶然冬馬と榊のやりとりを目撃してしまったというわけだ。


 すると玄関からまた誰かが入ってきた。

 冬馬の親友のいっちゃんこと市橋拓也だった。

「あれ、市橋じゃん」

 そう話しかけるのは橋爪香織。2人は小学校以来の腐れ縁で、苗字で呼び捨てする仲だった。

「お? 橋爪……と田畑さんに安曇野さん。何やってんの、そんなとこで?」

 隠れるようにして壁際に引っ付いている3人を見て拓也は首をかしげる。

「いや、特に意味はないんだけど……てかあんたこそ何してんのさ?」

「俺? 教室に弁当箱忘れたみたいでさ」

 それを取りに来たのだろう。

 じゃ、と教室に走って行こうとする拓也を

「市橋君!」

 そう呼び止めたのは、他でもない安曇野志穂だった。

「へ?」

 意外な人に呼び止められて、驚く拓也。

「市橋君、上代君と仲良いよね……?」

 志穂は小さな声でそう尋ねた。

「え……まあ、うん」

 なんとなく、もしかして、と、勘のいい拓也は彼女の次の言葉を予想していた。

「上代君て、日出さんと付き合ってたり……する、のかな……!?」

 そしてその予想は、ぴったりだった。

(ひーー! 志穂が大胆なこと聞いてるーーーー)

 一方、香織と幸子は開いた口が塞がらない。普段の大人しい彼女をよく知っているからこその驚きでもあった。

「あー……どうだろ、なんかはっきりしねえんだよな、あいつら。仲良いのは確かだけど……」

 マンションが一緒だったり、弁当まで一緒だったり……というのは今は言うまいと拓也は判断した。

「でも、上代の様子見てるとちゃんと付き合ってるって感じでもなかった……ぞ?」

 真剣な眼をしてじっと見てくる志穂に気圧されて、拓也はそう言っておくことにした。

 それに恐らくそれは事実だと、彼自身も確信していたからだ。

「……そっか。ごめんね変なこと聞いちゃって! ありがとう」

 志穂はそう言って下駄箱へ逃げるように駆けていった。

 その後を追うように他の2人も拓也に背を向ける。


(……ひと波乱ありそうだな、こりゃ)

 ひとり廊下に取り残された拓也は、親友のこれからを思って苦笑した。




 帰路、いつもよりそそくさと歩く志穂に遅れをとりながら、香織と幸子は無言で歩いていた。

 別れるまでこのままなのだろうか、と2人が思いかけたそのとき、急に志穂が立ち止まった。

「かおちゃん! さっちゃん!」

 急に名前を呼ばれて「はい!?」と声が裏返る2人。

 振り返る志穂は、いつもの弱気な彼女ではなかった。

「私、明日からもっと頑張ることにする!」

 そう、彼女は高らかに宣言する。

 しばらく呆気にとられていた香織と幸子だが、いつも内気な彼女がここまで闘志を顕にしたことに対して微笑ましさを感じてきた。

「私たち応援するよ!」

「う……うん! 頑張る……!」





 * * *

 その日の晩、やっぱり榊はうちに来て、洗濯をし、夕飯を作り、シャツのアイロンがけまでこなして帰っていった。

 ……これじゃまるっきり家政婦さんじゃないか……。

 俺はぐったりとベッドに突っ伏した。


 このままではきっといけない……ような気がする。

 いっそいっちゃんが言っていた通り、秋の合宿で告白するのもいいかもしれない。そうすれば、このもやもやした気持ちもちょっとは晴れるかもしれない。

 そんなことを思いながら、俺は眠りについた。






 そして、翌日。

 朝登校して、朝練をこなし、朝のホームルームを迎えた。そこまではいつも通りの平和な日だった。

 けれど先生が教室に入ってくるなり、ドアの外に向かって手招きをしたのだ。

「今日は転校生を紹介するぞー」

 その一声で、教室中にざわめきが起こる。


 そして、彼は入ってきた。

 背が、高い。足が長い。

 顔立ちが端整。

 なんとなく、女子の黄色いひそひそ声が聞こえる。

 モテそうな奴だな、というのが最初の俺の感想だった。


 けれど気になったのは彼の眼。

 全てを見透かすような、そんな双眸。見ようによっては大人の雰囲気をかもし出す特徴なのだろうが、俺にはなんだか少し、嫌味に見えなくもない。

 そんな、涼しげな顔の少年だった。


國生永輝こくしょうえいき君だ」

 九条先生が紹介すると、彼は一礼した。

「よろしく」

 声までも、なんというか、格好良い。

「ありゃー男子を敵に回すぞ」

 冗談交じりのいっちゃんの声が聞こえた。


「ん、時間があんまりないんでな、詳しいプロフィールは休み時間にでも本人に聞いてやってくれ。えーと、席は……すまん、1番後ろしか空いてないな。目はいいか?」

「平気です」

 指定されたのは一学期、吉田が座っていた席だったりする。彼は急に転校したという話で落ち着いているのだ。


 悠々とその転校生は教室を横断する。まるで緊張していないようだ。

 と、ふと俺は榊のほうを見た。

 彼女は、その転校生を睨んでいる。

 あれは、内心すごく怒っているときの表情だった。

「……?」


 すると、転校生はその視線に気付いたのか、自分の席に着く少し前で立ち止まり、満面の笑みでこう言った。

「やっほー、しーちゃん」


 ……『しーちゃん……?』

 って、誰?

 と、クラスの誰もが思っただろう。


 しかし俺には分かった。

 あいつは榊をそう呼んだ。

 俺の知らない呼び方で、あいつは彼女をそう呼んだ。


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