エピローグ
10月考査を終えたその日、テストから解放された教室には、昼食の約束、はたまた遊びの約束などが飛び交っていた。
「あ、日出さん、今から朝ちゃんとマック行こうって話が出てるんだけど、どう?」
高橋里香が榊に声を掛ける。榊は少しばかり苦笑して
「すみません、今から用事があって……」
それだけで里香は理解した。
「ごめんごめん、今からデート?」
「あの……その……」
赤くなる榊を見て野島朝子が笑う。
「いいなー。いやいや、私たちのことは気にせず楽しんでおいで。土産話を期待するよ」
「期待するよ」
里香も元気に反復する。
その様子にくすりと笑って、榊は席を立った。
「分かりました。この埋め合わせは、必ず」
そう言って、どこか慌しげに教室を出て行く彼女の後姿は、2人にとって微笑ましいものだった。
「やっぱりいいなあ……」
里香と朝子がそう漏らすと、
「いいねえ、彼氏持ち……」
「輝いてるね、日出さん」
いつの間にか2人の傍らに田畑幸子と安曇野志穂がいた。合宿で同じ班になったこともあり、彼女達は以前より話したりする機会が多くなっているのだ。
「でもほら、皆も『いいな』って言ってるだけじゃなくて良い人見つけていかなきゃ!」
いつも大人しい志穂がそんなことを言ったので他の3人は少しばかり唖然とした。
「な、なに? 私何かおかしなこと言った?」
「いや、志穂、超ポジティブだなって……。さすが、成長したね」
幸子は驚きつつも、笑みを浮かべて志穂の頭を撫でた。
幸子は志穂が上代冬馬に告白して、そして残念な結果に終わってしまったことも全て彼女から聞いて知っている。
けれどその報告のとき、彼女はこうも言っていた。
『初恋の人にちゃんと告白できてよかった』と。
普段の内気な彼女ならそこまでこぎつけることは難しかったのかもしれないが、今回はちゃんとやり遂げたのだ。
結果はどうあれ、親友としてそこは喜ぶべきところだし、積極的になった彼女を見ていると頼もしくもあった。
事情を詳しくは知らない里香と朝子だったが、そんな2人の温かいスキンシップをしばらく微笑ましく眺めていた。が
「あれ? そういえば橋爪さんは?」
そうは言ってもやはりいつも3人で動いているグループの、リーダー格がいないことを里香は指摘せずにはいられなかった。すると
「それがね……」
どこか苦笑混じりに志穂が語りだした。
* * *
俺が教室の外でいち早く待っていると、榊が出てきた。
このテスト明けは珍しく午後から部活が予定されていなかったので、せっかくだからこのまま遊びに行こうという約束をしていたのだ。
やはりテスト明けの日はどの店もうちの学生で賑わっている、ということで少しばかり電車に乗って遠出した。
そして、例の海浜公園へ来たわけだが。
「?」
流石にここでは見ないと思っていたうちの学校の制服を見ることとなった。
「少し意外ですね」
榊もそう言うほどだ。が
「……あれ?」
よく見るとあのセーラー服の後姿。
「橋爪さん、でしょうか?」
榊も気付いたようだ。段差を跨いだ先に、なぜかうちのクラスの橋爪さんが、1人海を眺めていた。こちらには気付いていない様子だ。
するとその右の方から、これまたうちの学校の制服を着た男子生徒が彼女に近づいた。手に2つ、クレープを持っているようだ。
「……あれ? いっちゃん……?」
さっぱりとした黒い短髪、大きなスポーツバッグを肩から提げている男子生徒。間違いなく、いっちゃんだった。
俺と榊は顔を見合わせて、身を隠すように手近にあった街灯の柱と植木の陰に寄る。
そのまま2人の様子を見ていると……
「ほい、これ」
そう言っていっちゃんは橋爪さんにクレープを1つ渡す。
「いくら?」
橋爪さんはポケットから小銭か何かを出そうとしたようだが
「驕りだ、有り難く食え」
いっちゃんが男らしいことを言っている。
……俺も見習おう……。
「気持ち悪いわね……まあいいわ。ほれ」
そう言いつつ橋爪さんはクレープにスプーンをさし、アイスらしきものをすくっていっちゃんの口まで持っていった。
「な、なんだ?」
「? こっちの味も食べたかったから2種類買ったんじゃないの?」
橋爪さんが問う。
いっちゃんは苦笑しつつ、いや、あれははにかんでいるのだろうか、ともかくも口を開いた。
「「……!!」」
俺と榊は同時に2人から視線を逸らすために体の向きを変える。
あんな甘甘なシーン、直視できない。知り合いなら尚更だ。
「あ、あのお2人はいつの間に……」
どこかぎこちなく榊が尋ねてくる。
「あ、ああ、前からなんとなく仲良さそうだったし……」
そう答えつつ、俺は榊のほうにちらりと視線を向けた。
いや、別にその、何を期待しているわけでもないんだが、あんな仲睦まじいところを見せ付けられると、
――あんな感じになれたらなあ……。
ついついそう思ってしまう。
が
「冬馬様? クレープをご所望なら購入してきますが」
榊は間違った意味にとったらしく、隠れ蓑から出ようとする。
「あー! ちょっと待った待った!!」
俺はとっさに彼女の手を掴んで引き戻す。
「見つかるって!」
俺は声を落としつつ榊の耳元で言う。
「? さっき上代の声が聞こえたような……」
いっちゃんが呟くのが聞こえる。
「えー? まさかー。ねえ、あそこ面白そうじゃない?」
と、見えないが橋爪さんはどこかに興味を移したようだ。
「行くか?」
「うん」
そして2人の話し声は聞こえてこなくなった。
それで俺は一息つく。
「ふー……なんとか……」
と言いかけたところ
「あの、冬馬様……」
榊が困惑気味に声を漏らす。
そして気付く。
「!!」
なんと、榊を後ろから抱きしめている形になってしまっているじゃないか!!
「うわっ、ごめ」
慌てて手を離そうとすると
「あいやー、昼間っからお熱いのがいるわと思ったら、榊ちゃんと皇子様じゃなーい」
そんな陽気な声と共に前方に現れたのは
「「ひ、海星さん!?」」
黒い眼帯に短髪がどこか目立つが格好自体は今風にカジュアルな、海星さんだった。
しかもその後ろには
「やあ……」
と、どこか浮かない顔の國生までいた。
「どうしてここに……まだ仕事が?」
榊が海星さんに尋ねる。
「ううん、今日で事後処理もおしまい。最後に部下達に土産でも買っていこうかと思って歩いてたらさ、永輝が1人で寂しそうにぶらついてたから付き合わせてるわけ」
海星さんはさも愉快そうに笑う。
「『寂しそうに』は余計ですよ、海星さん……まったく」
國生はなぜか海星さんには頭が上がらないのか、少し大人しめに抗議していた。
「おっと、邪魔して悪かったわね。きっとまた会いましょう! それじゃあごゆっくり〜」
そう自己完結して海星さんは國生を引きずりながら去っていった。
まあ、母さんが俺に言った通りまたこっちに来るつもりなら、きっと彼女にもまた会えるだろう。
「……あ」
結局まだこの体勢のままだったことに気付いて、俺は慌てて榊を離す。
榊は照れくさそうに視線を泳がせていた。
そんな彼女を見るのはもう何度目かだが、いつ見ても、とても可愛いと思う。
腕に残る彼女の感触が名残惜しくなって
「榊、もう1回、いい?」
なんてお願いをしていた。
こんなこと言えるのは、ちょっと前じゃ考えられなかったことだ。
「も、もう1度、ですか?」
榊は明らかにうろたえている。
「駄目?」
今の俺は自分でも驚くほど積極的だった。前にここに来た時とは違って、平日の今日は周りに人がいないからかもしれない。
「いえ、その……よろしければ、どうぞ……」
ちょっと妙な返事をしつつそんな風に許してくれた彼女を、俺はもう1度、今度は正面から抱き寄せる。
浜風と混じる彼女の匂い。
間近に彼女を感じることによって、どこか安堵を覚えた。
そして切に思う。
もう離したくない、と。
そして、彼女を真っ直ぐ見据える。
「なあ、榊。これからもずっと、俺の側にいてくれるか?」
俺がそう言うと、榊はいつもの調子で答えた。
「当然です。私は貴方の護衛であり、教育係であり、少し語弊が生じますが侍従ですし」
それを聞いて俺は内心がくっとうなだれる。
顔に出たのか、彼女は俺を見てどこか微笑みながら、続けた。
「それに、『恋人』……でよろしいのでしょうか?」
その言葉に胸が高鳴る。
それはずっと憧れていた言葉。
そして榊は俺の言葉を待っている。
俺は心からの笑顔で、答えるとしよう!
どうも、予定より遅くなりましたがなんとか改訂版も完結です。
……え? 改訂になってない?
基本セカンドの流れは全然変わってなくてほんと一部の加筆修正と視点切り替えの量を減らしただけというか(←これでも)・・・・・・。
まあ言い訳はまた後日どこかで。
最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました。
サイマガシリーズ本編はこれで完結ですが近日中に恒例のアフターエピソードを個人サイトのほうにアップする予定ですのでお暇がございましたら読みに来てください(以前完結させたときにアップしたものも携帯サイトでは一時隠していたのですが後で再アップしておきます)。
それではまた別の作品でお会いできることを祈りつつ(笑)。
8月27日追記
アフターエピソードを携帯、PC両個人サイトにアップしました。PCサイトのほうにはちょっとしたあとがきページもあります。