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第1話:彼女と迎える9月

 長いようで短かった夏休みが明けて、俺の身辺で変わったことといえば。

 これは夏休み前の話だが、俺は少し遅れて7月に陸上部に入部した。

 あと、榊がうちのマンションに越してきた。

 あと、榊がクラスの委員長になった。




 まだ暑さの残る9月の朝。1年8組の教室はいつも通り、和やかな空気で満たされていた。

「ね、ね、日出さん。ここの問題今日当たってるんだけど分からなかったの! 教えてくれないかなーっ」

「ちょっとなっちゃん! 私古文の訳訊こうと思ってたのにー」

 最近教室でこんな女子の声をよく聞くようになった。

 クラスのよき委員長、日出榊はそつなく対応する。

「これですか? ……グラフが足りません。ここでaの値の場合分けをすれば……」

「あ! なるほど! ありがとー」

「いえ。……訳はこれでいいと思います。ただ、ここの主語は館主ですよ」

「え? あ、そっかー。なんか前後が変だなーと思ってたんだー。ありがとう日出さん!」

「礼には及びません」


 …………なんて完璧な奴なんだ。


 そんなふうに彼女のほうをじっと見ていると、ばっちりと目が合ってしまった。

「?」

 どうかしましたか、と彼女の目が訴えている。

 なんでもない、とそっぽを向く俺。


 ――実際、なんでもなくはない。

 俺はひとつ、溜め息をついた。

 なんとも言えないこのやるせなさ。

 そもそも、どうしてこんなことになったのかというと、俺が原因だったりする。


 榊が魔界からこちらに戻ってきて、普通にこのままここで学校生活を送るっていうから

「じゃあその『人目を忍ぶ術』、もう外したほうがいいんじゃないか?」

 俺はそう提案した。

「いえ、それでは冬馬様の護衛活動に支障が……」

 と拒んだ榊だったが

「護衛役が近くにいるってことが逆に圧力になるって。それにお前、そのままじゃずっと……」

 1人で昼飯食って、クラスの誰にも気にも留められないような存在のままじゃないか、と。

「……貴方がそう仰るなら……」

 結局、榊はそう言ってしぶしぶ術を解いた。


 これは前から思っていたことで、榊もほんとは寂しいんじゃないかな、とか考えていたから、彼女にとっても良いことなんだと今でも思っている。


 本当に、そう思っているのだが。


 ……天性のカリスマ性というのだろうか、榊は容姿端麗、頭脳明晰……というよりどこか大成している感があって、術を解いたその日から男女問わず人気を集めてしまったのだ。

 で、2学期になって委員長に推薦され、現在に至る。


 ――嗚呼。

 なんか、俺だけの榊が皆の榊になってしまった感が、ちょっぴり……どころかかなり寂しいです、魔王おやじ


 そんな風に机で縮こまっていると

「なーにしょんぼりしてんだよ、朝から」

 突然後ろから小突かれた。振り返ると、親友のいっちゃんこと市橋拓也が意地悪げににやついていた。

「日出さんが人気ありすぎて妬いてんのかー? 女子にまで妬くとはお前、なかなかに心が狭いな」

「な!! そんなんじゃないって!」

 いっちゃんは時にとても鋭い。

「なーに言ってんだよ! 今日俺見たもんね。お前らが仲良く揃って学校来てるとこ!」

「!!」

 途端顔が熱くなる。

 朝は朝練でもさらに早めに家を出てるから誰にも見られてないと思ってたのに!

「付き合ってるのか? コイツ、いつの間にー」

 いっちゃんが戯れて頭をぐりぐりしてくる。

「な! な! だから違うって! マンションが同じでさ! たまたまだよ!」

 たまたま、は嘘だけど。

「? そうなのか?」

「あ、ああ。ほら、日出さんも一人暮らしでさ、母さんが『気にかけてあげたら』って……何かとこう、交流があるんだよ!」

 この辺りは嘘くさいが嘘ではない。

 夏に榊がうちのマンションに越してきたことを、母さんが向かいのおばさんから電話で聞いたらしく、俺に電話でそう言ったのだ。


 ……まあ『気にかけられてるのはむしろこっち』ということは母さんには内緒だ。

 晩御飯のおすそ分けとか。ていうか作りに来るし。


「……ふうん。じゃあお前は片思い中か」

「な、なんでそうなるんだよ!!」

 とか他愛もないやり取りをしつつ、再び彼女のほうをちらりとのぞき見る。

 今度は男子生徒に何か教えているようだ。それを見て余計に気分が落ち込む。


 最近学校では、あまり榊とは話さない。

 人目を気にしすぎているせいもあるかもしれないが、彼女も彼女の友人に囲まれることが多くなったし、特段学校で喋らなければならない話題もないというのも事実だ。


 それに。

 そもそも別に榊は俺だけのものでもなんでもない。

 こんな、独占欲みたいな感情を抱くのは間違ってると思うし、それにやっぱりガキっぽい。


 ひとり自己嫌悪に陥る朝だった。




 朝のホームルーム。

 担任の体育会系男性教諭(もちろん体育の先生だ)がいつものようにハツラツとした動きで教室へ入ってきた。榊の号令で礼、着席はいつものこと。

「今日は先に配付物を配るぞ。放課後は先生、出張でいないからホームルームは無しな。掃除サボるなよ。委員長、お目付けよろしくー」

 滑らかにそう言いつつ先生がプリントを配り始める。するとクラスメイト達の喜々とした喋り声が波のように起こった。

「あー、秋の合宿のお知らせだな、ありゃ」

 いっちゃんが後ろから耳打ちする。


 秋の合宿、というのは近年うちの学校で始まった1年生対象の行事だ。2年生は冬に修学旅行があり、3年生は秋に受験勉強の息抜きで日帰り旅行みたいな行事があるのだが、1年生にこういった行事がないのはつまらない、ということで数年前の生徒会が学校側に訴えて出来た有り難い行事である。


 配付されたプリントを見る。

 日程は約1ヵ月後。行き先は郊外の山。どうやら山登りをするらしい。

 2泊3日の旅行だ。大義名分は『学年全体の親睦を深めること』。


 先生は簡単に説明した後、教室を出て行った。

 直後クラス内はその話で持ちきりになる。女子は班分けのことなどでわいわい言っているようだ。


「山登りかー。だりーな」

 いっちゃんが言う。……まあ確かにこの歳で山登りを楽しめる奴はまだ少ないかもしれない。

「でも旅行っていうのは久々でいいかも」

 俺がそうこぼすといっちゃんはまたにやにやしだして

「……なあ上代。こういう行事の前後って、妙にカップルが増えるという法則があるのを知ってるか?」

 なんて言い出した。

 そんな極端な法則あってたまるかという感じだが、確かに中学の修学旅行のときにそんな話題が出ていたか。

「俺には関係な……」

 そう言いかけた途端、わしっと肩に腕を回される。

「んなわけあるか! お前こんな機会めったにないぞ!」

「……は!?」

 俺にどうしろと!?

「告白しちまえよ、日出さんに」

 なんでいきなりそうなるんだよ!!




 放課後。

 やっと最近メニューについていけるようになって楽しくなりかけている部活へ行こうと教室を出る。

 すると、いつの間にやら扉の陰に榊がいた。

「と……ではありませんでした上代君、今日は正門でお待ちしています」

「あ、うん……」

 一応、まだ榊は俺の護衛で教育係でちょっと違うけど侍従らしいから、登下校は一緒だ。

 でも俺が部活に入ってから、行きも帰りも榊が俺に時間を合わせる形になってしまっている。

 それが実に申し訳ないので

「あのさ、榊。待ってもらうの悪いし、先帰っててもいいんだぞ?」

 なんて、ちょっと強がって言ってみたりする。すると榊は首を振って

「いえ、それでは私の役目が果たせませんから」

 と、きっぱり返してくれるのは嬉しいんだが。

 ……役目か……と、ちょっとほろ苦かったりする。

「ん、じゃあまたあとで」

「はい。冬馬様も楽しくなってきたからといってあまり無理をなさらないように」

 学校ではお互い苗字にさん付け、君付けにすることにしたけど、2人で会話するとやっぱりいつもの呼び方に戻ってしまう。今度からは周りに人がいないか確認しないと。

 特にいっちゃんあたり。




 で、いつもどおり部活終了後、1年担当の片づけをてきぱきこなしながら帰りゆく先輩に挨拶をし、他の奴らが部室でだべっているうちにささっと外へ出る。

 小走りで校門まで行くと、隠れるように隅っこのほうで榊が立っていた。

「ごめん、待った?」

 とかなんとかベタな台詞だなあと笑いそうになるのをこらえて彼女の前へ出る。

「いえ、図書館の窓から陸上部の練習を拝見して頃合を見て出てきましたから……」

 そう言いつつも何気に疲れ気味の彼女。榊のことだからちょっと早めに出てきたんだろうが……。

「何かあった?」

 それにしても機嫌が悪そうなので訊いてみる。

「え、いえあの……大したことではないのですが……」

「?」

「……どうもここで待機していると部活帰りの生徒にからかわれると言いますか……」

 あー……。だから隅っこのほうに立ってたのか。

「ナンパでもされたか?」

 冗談半分本気半分で尋ねてみる。榊のルックスなら考えなしの軽い男に声を掛けられても不思議ではないのだ。

 少しでも彼女のことを知っている男子、例えばうちのクラスの男子ならそんな馬鹿な真似はしないだろう。彼女は何もかも完璧にこなしすぎるせいか、一種の高嶺の花になりつつある。気安く男が近づけない空気というものがあるのだ。まあそれのおかげで俺はまだ少しばかり安心していられるのだが。

「なな! 軟派!? そ、そうではなくて! ですから……」

 榊は赤面しつつ言葉を濁す。こんな榊を見るのは久しぶりだったのでちょっと面白い。

「その……『彼氏こいびとを待っているのか』などの冷やかしが大変多く……! 少しばかり癇に障りました」

 ……こ、こいびと!?

「……冬馬様?」

 ひとりでに赤くなりだした頬を必死に押さえ込もうとする。が、そんな努力は叶うわけがない。

 〜〜ったくどこの部活の奴らだ!


「そ、それは悪かったな……。ほんと、帰りは先帰ってていいんだぞ?」

「いえ! 先にも申しましたが、私の役目は全うさせていただきます。それに……貴方が最初に襲われたのは帰途ではありませんか」

 と、榊が懐かしいことを言った。

「……ああ」

 そういえば、そうだったか。


 今でもしっかり覚えている。

 夕暮れの空、流れる長い髪、黄巾はためく赤い大鎌。

 それは、彼女との時間の始まりであり、彼女に魅せられた瞬間でもあった。

 ……で、それから数ヶ月経った今でも俺は彼女に想いを告げられない弱虫チキンってわけだが。


「じゃあ場所変えるか? うーん……部室前だとさらに冷やかされるだろうしなあ……」

「いえ、冷やかし程度に屈する私ではありません。どうかご安心を」

 うん? なんかズレた応答になってる気がしないでもないけど……。

「……まあ、帰るか」

 そう言って歩き出す。


 学校まで徒歩20分のマンション。

 榊が俺のマンションに越してきたのは夏休みの真っ只中だった。

 上の階に1室空きができたことを知った彼女は即断で部屋を押さえたらしい。そもそも本当は最初からこのマンションに居を構えたかったらしいのだが生憎空きがなく、ずっと狙っていたようだ。

 越してきた時はほんと、突然だったので呆気にとられたのが本音。前の1件で俺の階の住人に広がってしまった『榊=俺の彼女』説はいよいよ信憑性を帯びた。

 ……勿論、噂の中でだけだ。


 ――にしてもわざわざマンション替えなくても……。

 登下校が一緒に出来たりと、嬉しいといえば嬉しいのだがやっぱりちょっと困ったりする。

 あれ以来榊は結構頻繁に俺の部屋に来るから近所のおばさんの好奇心に満ちた目がかなり痛い。

 ……それさえなければ、良いこと尽くしなんだが。


「冬馬様、今日の夕食のご予定は?」

 不意に彼女がそう尋ねてきた。

「え。あー……、カレーのつもり、だけど」

 ……レトルトの。

 彼女は俺の反応を見て軽く溜め息をついた。

「そのご様子ですとまた即席のものですね……。部活で疲れているからといって食事の手を抜くのはあまりよろしくありません。ああいったものは確かに便利ですが冬馬様は……」

「育ち盛りだから? あーうん、わかってるわかってる。前も聞いたよそれ」

 ていうか何度も。

 既に榊は半分俺の母親状態だった。

「でもそれを言ったら榊だって同い年……だよな? 昼飯コンビニばっかでいいのか?」

「私の成長はほぼ止まっています。現に身長はここ数年伸びていません。冬馬様のご指摘はごもっともですがコンビニ買いは昼食だけです。朝晩はちゃんと……」

 と言いつつ何やら考え込み始めた彼女。

「……いえ。己を棚に上げていた私も私でした。昼食はお弁当を作ることにします。宜しければ冬馬様の分もご用意しますが」

 え!? 弁当!? そ、それはとてもあれなんだがでもそれはっ!

「冬馬様? ……やはり必要ないですか?」

 そ、その不安げな顔はとても卑怯だぞ榊!

「ううん! 全然! 作ってもらえるなら嬉しいけど! でもそれじゃあまた榊に手間かけさせるし!」

「いえ、作るなら多人数分のほうが効率が良いですし。それに貴方のために出来ることが増えれば、私としても嬉しいです」

 ……そしてその笑顔はもっと最強だぞ、榊……。


 エレベーターで彼女と別れる。

 1人になって、ほうと一息、複雑な息を吐く。

 まったく、毎日こんな風に浮き沈みが激しいと身が持たない。



 それでも俺は後に知る。

 こんなふうに1人であたふたしてる暇があるうちは、まだマシだったんだっていうことを。


どうもこんにちはあべかわです。

GWのありがたさを噛み締めつつ、結構間髪いれずに2のほうの改訂版アップを開始してしまいました。直すだけ直すだけと思ってたんですが意外と時間がかかりそう・・・・・・ですが気長に読んでいただけたらと思います。

1話見ていただけると分かるように多分結構コミカルです。あまり考えすぎず、このベタさ加減を笑って・・・・・・じゃなかった、楽しんでいただけると幸いです。

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