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第16話:答え

「……っ!」

 何とか3人は虎の突進を避けきるが

「……速い!」

 榊がそうこぼすほど、その虎の速さは尋常ではなかった。

「こうなったら3人で協力して仕留めるわよ!」

 海星が叫ぶ。榊は黙って頷いたが、永輝は不満げな顔をした。

「俺あんまりそういうの向いてないんだけどな」

「そんなことを言っている場合ではありません! あれには全力で臨むべきです!」

 榊はじろりと永輝を睨む。

 やれやれと彼は首を振って

「仕方ないなあ……」

 そうぼやきつつ、次の瞬間には彼の手に束ねられた黒い鞭が握られていた。

 確か彼の父である國生将軍の武器はオーソドックスに剣だったはず、と榊は思い返す。

「嗜虐的傾向のある貴方にはよくお似合いですね」

 別に皮肉のつもりはなかったが、いつもの彼へのノリで榊はついそう言った。すると永輝はにやりと笑って

「へえ、しーちゃんそういうプレイ知ってるんだ。意外だなあ」

 とささやかに反撃する。

「! いちいち上げ足を取らないでください!」

 榊は頬を赤らめて抗議した。

「そこの2人! こんなときに何をぼさっと喋っとるか! 私が撃ちまくって追い詰めるから、永輝は鞭で動きを止めて、榊ちゃんが仕留めなさい」

 海星は上官らしくそう指示すると、言った鼻から2丁の銃を虎に向けて発砲する。

 彼女の武装はこの2丁の銃なわけだが、この銃に『弾切れ』なんて面倒なものはない。彼女の豪快で、かつ面倒くさがりな一面から生まれた唯一無二の創作武器である。

 絶え間なく尽きることのない銃弾を浴びせられ、虎は木々の合間を逃げ惑う。そうしている間に虎は自然の土の塀の際まで追い詰められていた。

「永輝!」

 海星の合図と共に永輝が鞭を放つ。その長さは自由に調節可能なのか、虎の身体全体をぐるぐると覆うまでその鞭は伸びた。

 ぎりぎりと縛られて、虎が苦悶の声を上げる。

 その間に榊は先ほどの戦闘で負傷した腕の傷から、人差し指で血をすくい取る。

「しーちゃん!」

 全力で虎を締め上げつつ、永輝が叫ぶ。

 すくい取った血を鎌の刃に埋め込まれた紅玉に吸わせ、榊は巨大な虎に向かって大きく鎌を振る。

 途端、虎の周りは紅い炎に包まれた。

 それはまるで、煉獄の炎のように虎の巨体にまとわり付く。

 まがい物の虎の断末魔が灰となって天に舞った。


 炎が消え、虎の姿が消え失せたのを確認した海星は口笛を鳴らして

「ワオ、必殺技?」

 初めて間近で見た死神の鎌の魔力に感嘆する。

「小規模なものならこれぐらいの血でも起こせます」

 そう言いつつ榊は人差し指に残った血をハンカチで拭った。

「これでも小規模なんだ……」

 永輝は辺りの焼け焦げてしまった木々を見て、少々それらに同情した。




 * * *

 俺は混乱していた。


 ――母親って……もしかして……。

 後ろにいるあの女性は、俺の本当の母さん、ということなんだろうか。


 するとつじつまも合う。魔王おやじの泣き所が家族だったりするならば、妻と息子を餌にして、奴は魔王をおびき出そうとしているんだ。


 ――どいつもこいつも姑息な真似ばっかり……。

 6月のことを思い出してなんだか胃がむかむかしてきた。


「……ち、術式を破られたか。すぐに復元を……」

 男が突然そんなことを呟いて、またなにやら呪文を唱え始める。

 ――チャンスか……?

 俺はその隙を見計らって、精一杯、剣を握ったままの右腕を振り上げた。

 ブチブチと黒い縄が切れる音がする。

 剣が学んだのか俺が意図したのかは分からないが、今回は切った断面を凍らせて分裂を防ぐことが出来た。

「!?」

 男がこちらを凝視する。

 俺は逃げるように走りこんで、どうやら母さんらしい人にまとわり付いている縄も同じ要領で切る。

「冬馬……」

 抱き起こされた彼女は俺に何か言いかけたが、俺がそれに答える暇なんて相手は与えてくれない。

「小賢しい真似を」

 男がそう吐き捨てると、一瞬にして黒い犬が多数現れた。

「く……!」

 逃げ場などないと言わんばかりに、しっかりと囲まれてしまっている。

 少しでも動けば飛び掛かってきそうな、そんな緊張があった。

 が

「大丈夫、私に任せて」

 母さんがそう言って、手を前に掲げた。

 すると薄紅色の空間が防御壁のように俺達を包んだ。

「……王家の守りか」

 男はそれを見て一瞬顔をしかめたが、

「しかし普段鍛錬などしていない王妃様には少々こたえるのでは?」

 そう言って不敵に嗤った。見ると確かに、彼女の顔色は悪くなっている。額に汗も浮かんでいた。

「大丈夫よ、冬馬。貴方は私が守るわ」

 それでも彼女は、とても綺麗な、見る者に安心を与える柔和な笑みをたたえてそう言った。

「……母さん……」


 魔王と会ったときもそうだったが、俺は彼女をそう呼ぶことに抵抗を感じなかった。

 『どんな事情があろうと結局は捨てられたんだ』とか、そんなマイナスな思考は全く働かないくらい、今の彼女の目は母親のそれだった。


 犬が次々と壁に体当たりしてくる。時間が経つにつれ、やはり顔から血の気がなくなっていく彼女を見て俺は心配になったが、薄紅色の防御壁は全く動じなかった。

「……やはりなかなかやる。だがこれなら防げまい」

 男がそう言うと、周りに群がっていた犬が1つにまとまりだした。

「な……」

 犬は1匹の巨大な狼となる。

 ――これは、まずい。

 俺はかなり疲労の様子を見せている母さんの横顔を見てそう悟った。

 覚悟を決めて、剣を握り直したその時。

 連続的な轟音が辺りに響いた。


「!?」


 激しい銃弾の雨が狼を撃ち貫く。

「ち、来たか」

 男が舌打ちをして後退した。

 すると上から軍服姿の例の女性と

「冬馬様! 奥方様!」

 榊が叫びながら降りてきた。

 瞬間、薄紅色の防御壁は色を失い、母さんの身体が崩れそうになる。

「母さん!」

 俺はとっさにその身体を支える。すると彼女は力なく笑って

「どう? 母さんもなかなかやるでしょう?」

 そう言った。

 俺は心底ほっとして笑みを返す。

 同時に榊が馳せ参じた。

「奥方様、ご無事ですか? 冬馬様、お怪我は……」

 それはむしろ榊のほうに言ってやりたかった。大したことはなさそうだが、彼女は至るところ切り傷だらけなのだ。

「私は、大丈夫よ……ちょっと、疲れただけだから……」

 そう言いつつ母さんの身体から力が抜ける。

「母さん!?」

「冬馬様、大丈夫です。気を失っておられるだけかと」

 榊が冷静でいてくれたおかげで、俺はなんとか平静を保つことができた。


 そうこうしている間に軍服姿の女性が男に話しかける。

「貴方、もしかして……レイト・サーベリア?」

 驚き混じりの声である。

「ほう。見たところ若いが、俺を知っているのか?」

 男は妙に皮肉げに嗤った。

「軍人なら貴方のことを知らない奴のほうが少ないわ。20年前突然姿を消した魔界の英雄……随分と風貌は変わってるけど」

 男はそれを聞いて、妙に懐かしむように天を仰いだ。

「……あの頃はよかった。誰よりも武勲を上げた俺を、誰もが英雄扱いしてくれた。それなのに……」

 男は一転して血相を変える。

「あいつが! あの男が次期魔王を選定する武道会で俺を負かしてから! 俺の人生は変わってしまったんだ!」


 ……武道会。

 そういえば少しだけ、榊から聞いたことがある。

 前魔王には男の世継ぎがいなかったから、強さで次期魔王を選定しようと武道会を開いたのだと。

 身分に関係なく国を挙げて参加者を募ったから、その頂点に立った魔王おやじは紛れもなく魔界最強の男なのだと誇らしげに言っていた。


「俺は……全てを手に入れるつもりだったんだ。魔王の座も、楓も、権力も、名声も……!!」

 男の目が血走ったものになる。

「俺はあいつに復讐するためだけにこの20年間生きてきた! 今更邪魔をされてたまるか!!」

 男がそう叫ぶと、男の身体にあの赤い文字が浮かび上がった。

「な……! 古代文字の呪縛を自らに掛けることは禁じられているはず……!!」

 眼帯の女性がそう叫んだが、男はあざ笑うかのようにこう言った。

「掟など無意味だ! 俺はもう外れているんだよ、縛られているお前達と違ってな……!!」

 男は唸り声を上げ、その身体は膨張しだす。


 そして、赤い光が爆発した。

 その場にいた全員が、目を閉じたに違いない。


「……?」

 恐る恐る、目を開ける。

 すると目の前に、黒いものだけが見えた。

「なん、だ……?」

「危険です冬馬様! 下がってください!」

 榊がそう言っている間に黒い何かは腕のようなものを伸ばしてきた。

「うわあ!?」

 俺はとっさに母さんを抱えて跳びのく。

 本当にとっさだったので見事に着地に失敗した。

 まるでスライディングするような形で転倒する。

「冬馬様、大丈夫ですか!?」

 情けないが榊が本気で心配している。

 幸い、若干あごとひじを擦りむいただけで、大事には至らない。依然気を失ったままの母さんは、しりもちはついただろうが無傷のようだ。

 俺は苦笑しつつ立ち上がって、その黒いものを見上げた。

 そこには、さっきの男の姿など微塵も感じさせない、巨大な化け物が立っていた。


「な……」

 呆気にとられるしかない。

 その黒いものの姿をあえて形容するならば、二足歩行をする狼、だろうか。

 そう、まるでホラー映画に出てくる狼男。けれど大きさがそれどころではない。成長しきった象くらいの高さは優にあった。

「……ち、禁呪まで使って……。あれじゃもう戻れないでしょうよ」

 脂汗を浮かべながら眼帯の女性が舌打ちした。

 そんな間にもまた狼男は迫ってくる。

「ここは危険です! とにかく避難を!」

 榊が叫ぶ。

 今度は軍服の女性が母さんを抱えて華麗に退避してくれた。

 俺もそれを見て下がろうとすると、

「榊!?」

 俺の制止を無視して榊はひとり果敢に黒い狼男に立ち向かっていく。

 鎌を大きく振るが、黒い狼男は大きさの割に動きが素早く、

「っ!!」

 彼女の斬撃を軽くかわすとその凶悪な手で榊を払いのけた。

「く……!」

 何とかうまく着地した彼女だったが、腕に奴の爪が引っかかったらしい。袖が裂けて、痛々しく血がこぼれていた。

 しかし間髪いれず狼男は榊に攻撃を仕掛けようとする。

「榊!!」

 俺は何も考えずに飛び出す。

「このォ!!」

 氷の剣を狼男の背中に振るう。が

「な」

 『切った』という手ごたえなど微塵も感じないまま、俺ははね飛ばされていた。

「……ぅっ!」

 水飛沫が散る音と共に背後にあった川に落ちる。浅い川なので、水の冷たさよりも川底にぶち当たった痛みのほうが勝った。

「冬馬様!」

 榊が瞬時にこちらへ跳んでくる。

 それを見計らって軍服の女性が狼男に向かって発砲した。

 しかし

「何なのよ!?」

 弾は全て当たったにも関わらずどれも貫通せず、体表にめり込んだだけ。奴は痛みも感じていない様子だった。

「まるで岩の体ですね……」

 俺を立ち上がらせつつ榊がそう言った。

「じゃあどうすればいいんだ? 物理攻撃は効かないってことか?」

「そうですね……。私の『斬鬼残主ざんきざんしゅ』なら、あるいは……」

 榊がそう呟いた。

「でもお前……」


 榊の言う『残鬼残主』は赤誓鎌の最終奥義の名だ。

 最大の魔力を以って最凶の煉獄の炎を噴くというものだが、使い手が致命傷を負い、大量の血を鎌に吸わせた時にだけ発動するという曰くつきの技。

 6月にうちのマンションの屋上でそれらしきものを見たことがあるが、あれでもまだ『斬鬼残主』の完成には至っていなかったという。


 今の榊は確かにぼろぼろだが、致命傷とまではいかないはずだ。

 ……となると。

「今から必ずその状況を作ってみせます」

 さらりとそう言って、彼女は飛び出していこうとする。

「ってちょっと待て!!」

 俺は慌ててその腕を掴んだ。

「冬馬様!? 止めないでください!」

 榊は焦りを隠せない、切羽詰った眼で俺を見た。

 けど俺だって引き下がれない。

「馬鹿言うな! 自分から進んで致命傷を受けに行く奴がいるかよ!!」

「しかしこれしか方法が! それに貴方も知っているでしょう、例え傷を負ったとしても鎌の能力で治癒します!」

「駄目だ! もし治らなかったらどうするんだよ!」

「そんなことは……」

 言い争っているうちに、めり込んだ弾を払いのけて狼男がこちらへ跳躍してきた。

 案の定、彼女はわざと避けようとしない。

「くそッ!」

 俺は彼女を抱えて『移動』した。

「冬馬様!!」

 榊は怒り半分の声でそう叫んだ。

 あまり意識せずに『移動』したのでどこに降り立ったのかと思いきや、下方に先ほどまでいた川原が見えた。 

 どうやら少し上の岸壁まで登ったらしい。

「私が信じられないのですか!? 今の契約主は貴方です。貴方を守る為に傷ついたとしても、それは……」

 榊は必死に説得してくる。


 わかってる。

 彼女のことは信じてる。

 きっと赤誓鎌は彼女の傷を治すだろう。

 だけどそれじゃあ、何かおかしいんだ。


 俺は……

 いや、俺が


「俺が! 榊を守りたいんだ!!」

 俺はただ、そう叫んでいた。

「え……」

 榊は呆気にとられたように俺を見る。

「と、冬馬様、そのお気持ちは嬉しいのですが……その、今の状況では……」

「我が儘なのは分かってる、けどもう決めた。これ以上お前に血は流させない。『斬鬼残主』は絶対使うな」

 命令として、主として、俺は彼女にそう告げた。


 榊もそれを感じ取ったのか、困惑の表情で視線を流した。

 『手は他にないはず』と、どこかその瞳が訴えている。


 確かに手なんて考えてない。

 だけど。


「……どうして貴方はいつも、そこまで私の身を案じて下さるのですか……?」

 榊はそう尋ねた、というより呟いた。

 いつもこちらを真っ直ぐに射てくる瞳は、今は揺れている。

 それを見て、俺は内心苦笑した。


 どうやら今までも、随分と彼女を困らせていたようだ。


『どうして』かって?

 そんなの、答えは1つしかない。

 決まってるじゃないか。


 俺は――……


「榊のことが、好きだからだよ」


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