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第15話:山中戦争

 一瞬何事かと目を疑う。

「な、んだ……!?」

 目の前にはこんな辺鄙な場所には似合わない綺麗な2人と、不気味な熊。

「か、上代君……! く、熊! 熊が!」

 安曇野さんが震える指で熊を指す。

 ――ど、どうすりゃいいんだ……!?

 俺がただただおろおろしていると、眼帯の女性は一瞬苦笑を浮かべた後

「そこのお嬢さん、今から全力疾走で宿に戻ること。熊が出たって先生に言いなさい」

 まっすぐ、安曇野さんに向かってそう言った。

 すると安曇野さんの目が暗示に掛けられたように一瞬虚ろになる。

 そのあと、彼女は言われたとおりに宿のほうへ走っていった。

「え……?」

 1人残されて妙な気分になる。が、考えている暇もなく

「皇子様、ちょっとよろしく」

 眼帯の女性が抱えていた女性を降ろし、こちらに押し付けた。

「え?」

 何を問う間もなく俺はその人を抱きとめた。

 どうやら魔界の関係者らしいがこの2人からは敵意は感じられない。

 むしろ、俺の腕の中で長い髪の女性は照れくさそうに

「ごめんなさいね」

 そうはにかんだ。

 その笑みがあまりに綺麗で思わず一瞬惚けていたら。

 気がつくと、なぜか周りの景色が変わっていた。


「な……!?」

 さっきも確かに林の中にいたつもりだが、今いるところは林なんてものじゃない。木が鬱葱うっそうと生い茂り、どちらかというと森に近い。どうやらもっと山奥に飛ばされたらしい。

「まずいな、空間転移の術? 厄介なもんを持ってるわね」

 俺たちをかばうように前に出た眼帯の女性がそうこぼした。

 しかしもっと厄介なのは、この物騒な気配の数だろう。

 敵は熊1頭だけじゃない。

 樹の上からも赤い眼光が多々光っている。


「マダム、戦闘許可をいただけますか?」

 眼帯の女性が厳かにそう尋ねた。

 すると俺の傍らにいる女性が凛と答える。

「3番隊に告ぐ。我が権限において人間界での戦闘を許可します」

 途端、眼帯の女性はまるでその言葉を渇望していたかのように大胆に笑んだ。

「了解!」

 彼女はそのまま左手首の時計らしきものに触れる。


「!!」

 すると一瞬、まばゆい白光が辺りを包む。

 次の瞬間、俺はまたも想像を絶する光景を見た。


 いつの間にやら俺たちの周りに、5人の武装した男達が控えていたのだ。

 さらには例の眼帯の女性の服が、どういう原理か軍服みたいなものに替わっていた。

 けれどその格好があまりに様になっているから、違和感すら覚えない。

 彼女はさながら、軍の指揮官だった。

「出番待たせたわね。目前の敵を排除する。私に続け!」

 彼女がそう高らかに叫ぶと、周りの兵士達も高らかに雄叫びを上げた。

 本当に、小さな戦争が始まってしまったのだ。




 * * *

 預けてあるブレスレットの効果もあり、冬馬の危険をすぐに榊は感知した。

 まだ肝試しの順番待ちの時点だったのだが、なぜか志穂だけが走って帰ってきて、担任に「熊が出た」と報告した。それを受けて生徒が騒ぎ出し、教員がとにかく宿の中へ入るよう指示を出したが、その前に榊は山林側へと移動していた。

 するといつの間にか永輝も彼女に続いていて。

「しーちゃん、上代君の居場所分かるの?」

「かなり奥です! 何かの術でしょうか」

「厄介だね」

 ちょうどその時、山の上のほうで白い光が放たれた。

「!?」

 榊は立ち止まって光源を目で追ったが、なぜか周りの景色が一瞬にして変わってしまった。

「な……?」

「しーちゃん、まずいよこれ」

 永輝が唸るように呟く。周りを見ると、赤い光が多数群がっていた。




 * * *

 その戦闘は、かなり過激なものだった。

「所詮は作り物ォ! 蜂の巣にしても文句は無いわね天然記念物ゥ!!」

 そんなことを叫びながら眼帯の女性はどこからともなく出してきた2丁の銃を乱射する。

 あんな無茶に撃ちまくっていたら誰かに流れ弾が当たるんじゃないかなんて俺ははらはらしていたが、周りにいる兵士たちは慣れているらしく、基本例の女性をアドリブで後援しているように見えて、配置が全く崩れていない。

「キャシーったら、最近暴れ足りなかったのかしら」

 なんて、のほほんと俺の横にいる女性は柔和に笑った。


 ……けど、なんだろうこの感じ。

 この女性とは初めて会うのに、なぜか初めて会った気がしない。

 その栗色の長い髪が、どこか懐かしいというか。


「あのー……」

 俺がそれを問いかけようとしたとき、急に周りが静かになった。


「「え?」」

 意図せずとも女性と声がハモった。

 さっきまでうるさいくらいの銃声やら動物の鳴き声が聞こえていたはずなのだ。

 周りを見ると、今度は川の岸辺にいるようだった。

「また、飛ばされたのか……?」

「まずいわ。ここまでピンポイントで空間転移させられるなんて、かなりの手練……」

 流石におっとりしていそうな目の前の女性の声にも緊張が走る。


 すると、前方にゆらりと人影が現れた。

 闇に解けるように、漆黒の衣を纏っている。


「……貴方は……」

 傍らにいる女性が驚きの声でそう呟いた。

 暗くてよく分からないが、男は微かに笑ったような気がした。それもどこか不気味に。

「お久しぶりですね、楓様。私のことを覚えておいででしたか」

 懐かしむような、男らしい低い声で彼はそう言った。

「勿論ですわ、レイト。あの日以来顔を見ないと思ったら……こんな所で何を?」

 楓、と呼ばれた女性は顔を強張らせたままそう尋ねた。

「それは愚問でしょう。貴女は聡明なお方だ。尋ねずとも分かりましょう? この状況を見れば」

 そう嗤って、男は俺を見た。その冷たい眼光に、俺はたじろぐ。

 傍らの女性もこちらを不安そうな目で見てから、

「いいえ、分かりませんわ。貴方ほどの方が王族を隔離して一体何をするつもりですの?」

 何かを信じたくないような震える声で、彼女はそう尋ねた。

 男は呆れたように目を瞑って溜め息をつく。それから鬼のように目を見開いた。

「人は変わるのもです。私は……俺は、もう以前の俺ではない! お前たちを餌にしてあの男をおびき出し、あれが俺の前に跪く姿を見たい……!」

 狂ったように男がそう宣言すると、奴の周りに赤い文字が浮かんで回りだした。

「!!」

 文字は黒い縄のような形をとり、真っ直ぐこちらへと伸びる。


 刹那、俺の左目が熱くなった。

 次の瞬間には俺の右手に氷の剣が握られる。


「下がって!!」

 俺は女性を後ろに突き飛ばして、伸びてきた黒い縄を切断する。

 男はそれでも余裕の笑みを見せた。

「少しはやるようだな。だが」

 男の言葉に呼応するように、切断したはずの縄が切断面から幾重にも分かれてまた伸びてきた。

「冬馬!!」

 後ろで彼女がそう叫ぶ。

「っ!!」

 慌てて剣を振るうが、何も起きない。

 本来なら一瞬で縄を凍らせられるほどの冷気を放てるはずだが、俺はまだその力をうまく使いこなせないでいた。


 なす術もなく黒い縄に飲み込まれる。そのまま仰向けに、地面に押し付けられる形で転倒してしまった。と同時に後ろであの人の短い悲鳴も聞こえた。かろうじて首を回すと、やはり同じ状況に陥ってしまったらしい。


 男は冷ややかな、それでいて悦に入った笑みでこう言った。

「無力だな、第3皇子。母親も守れないとなるとあの男もさぞ悲しむだろうよ」


 ……え。

 はは、おや?

 それって…………




 * * *

 同じ頃、山の中腹部分でも派手な戦闘が繰り広げられれていた。

「っ!!」

 榊が赤誓鎌を一振りするごとに、周辺の木々を巻き込んで古代文字で創られた偽ものの生き物の残骸が飛び散る。

 その爪痕は永輝にとって少しばかり目に余るものがあり

「しーちゃん、ちょっとは周りに気を遣ってあげたら? 手加減するとかさ」

 彼はただ、彼女の後ろで傍観していた。

「手加減出来るほどの数ではありません! 貴方も少しは手伝ったらどうですか!?」

 そう言う榊は敵からのダメージこそいまだないが、場所が山中ということもあり、木の枝で腕や足に切り傷を多々作っている状況だった。

 けれどそんな痛みも感じないほど彼女は焦っていた。

(こんなところで足止めされている暇はないのに……!)

 無遠慮に鎌を使った甲斐もあり敵の数は随分と減った。が

「でもしーちゃん、どんなにここで頑張っても……」

 永輝がそう言いかけると、また、周辺の景色が変わった。

「!!」

 周りにはまたしてもおびただしい数の赤い眼光。

「ね。すぐまた別の場所に飛ばされちゃうから意味ないよ」

 永輝はけろりとそう言った。

 榊の怒りは頂点に達する。

「だったらどうすればいいのですか!? このままでは冬馬様が……!」

 そう、切に叫びながらも身の丈以上もある大きな鎌を振り続ける彼女の姿を見つめながら

「……しーちゃん、そんなに皇子様のこと好き?」

 永輝はそう尋ねた。

「な……! こんな時に何ですか!?」

 榊は苛立ち半分戸惑い半分といったところで問い返す。

「今度はちゃんと答えて。どうなの?」

 彼の顔は榊からは見えなかったが、どうやら真剣な様子だ。

「……私は……」



 保健室で彼女に問われたとき、答えられなかった問い。

 今なら答えられるかもしれない。


 あの海の見える公園で、彼に抱きしめられて分かったことがある。

 本当はあの時、彼女とて人目など気にしたくないほど、ずっとあのままでいたかった。

 いつもどこか頼りなさげだった少年の、予想以上に力強くて、温かい腕の中に少しでも長く包まれていたかった。


「苦しい」と言ったのは、実は嘘で。

 本当は、高鳴る胸の鼓動を抑えることが出来なくて、恥ずかしかっただけ。

 あんなに距離が近いと、その鼓動が彼に伝わってしまうから。


 あれだけ胸が高鳴って、こんな気持ちを抱かせるのは、きっと。

 きっと、彼に恋をしているからに違いない。



「その問いには頷きましょう」

 彼女は、はっきりとそう言った。

 永輝は寂しげに、けれどどこか満足げに笑う。

「そう。また振られちゃったな、俺」

 そう言いつつ、彼は周りを仰ぎ見る。

「しーちゃん。この山に、空間転移の術式が何個か隠されてる。それを1つでも壊せば、もう飛ばされることはないよ」

 彼の『把握力』を行使したらしい。

「それを早く言ってください! どこにあるのか分かりますか?」

「えっとね……」

 永輝が更に神経を集中させようとすると、突然彼の目の前に軍服姿の女性が現れた。

「うわ!」

 慌てて彼女――海星は構えていた銃を下ろす。

「あれ!? 榊ちゃんと國生将軍とこのボン!?」

「ボンって……相変わらず賑やかですね、海星将軍」

 永輝は引きつった笑いを見せる。余談だが、幼い頃によく父親に付いて城に来ていた彼は、当時まだ國生将軍の部下だった海星に色々と可愛がられた(からかわれた)せいもあり、彼女のことが苦手だったりする。

「海星さん、奥方様は!?」

 海星が1人で動いているのを見て、榊はすかさず問う。

「それが皇子様と一緒に転移させられちゃったみたいで……今探してるとこなんだけど」

 海星は苦い顔で答える。

「冬馬様も一緒……?」

 安心すべきなのかそうでないのか分からないまま榊がそう漏らしたとき、永輝が言う。

「術式の場所分かったよ。ここから西に150歩あたりの大きな岩!」

 すかさず榊は西へ向かう。

「え!? 何!?」

 分からないまま海星が続く。

「置いてかないでよ、もう」

 それに永輝も続いた。


 永輝の言ったとおり、そこに岩はあった。表面には赤い文字が光っており、術式はこれでまず間違いはなさそうだったが

「……なんかあるわね」

 海星がそう言って岩に向かい発砲すると、岩は途端に形を変えた。

「何あれ」

 形を変えて現れたものは、3人の中で1番身長が高い海星の3倍はありそうな大きさの、虎だった。

 無論、目は赤く光っている。

「こんなにでかい猫は初めて見たわ」

 海星が冗談めかしてそう言っている間に、虎は3人のほうへ駆けてきた。


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