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第12話:Unresolved Matters

 翌日。

 昨日から様子がおかしい榊は今日もどこかよそよそしくて、近づきがたい雰囲気を放っていた。

 同時に、返事を延ばしてしまった安曇野さんともどこか気まずくて、目を合わせにくい。

 極めつけは朝からずっと降り続く雨で、空気も気分もじっとりだった。


「…………」

 しかしあの告白を断るなら早めに断ったほうがいい。

 ……と思いつつそのタイミングはいつだとか、どんな言葉で伝えればいいのかとか、悩みどころは絶えない。

 それをずっと考えていると

「なあ上代、もうお前準備したか?」

 不意にいっちゃんが後ろから話しかけてきた。

「え? なんの?」

「秋の合宿だよ! もう来週だぜ?」

 いっちゃんは呆れた顔でそう言った。

「あ……そっか。そうだった」

 するといっちゃんが腕を回してきて

「で、どうなんだ? 日出さんには告白できそうか?」

「!? い、今はそれどころじゃ……」

 まずはちゃんと断らないといけないんだ!


 …………ってちょっと待てよ、合宿で榊に告白するならその前には断っておかないと駄目ってことか?

 ってことはあと1週間しかないのか!?


「? どうした、上代」

 いっちゃんが怪訝な顔で尋ねてくる。

 かといってこんな悩み、いっっちゃんにだって相談できない。

「……ううん。なんでもない」

 俺はそう答えつつ、早急に何とかしようと決意した。




 * * *

 4限終了を知らせるチャイムが鳴り、食堂に走る者や席を移動したりする者で教室全体が慌しくなる。

 それに紛れて日出榊は教室の外に出た。ランチメイトの2人には、先に食べてもらうよう言ってある。

 というのも、今日、彼女は弁当を持ってきていないのだ。昨日からの食欲不振は今日にも至っていたのである。

(……仕方ない、適当に時間を潰そう)

 そうぼんやり考えて、人目につきそうにない廊下の曲がり角の隅に寄る。この場所からなら誰が1−8に出入りしているかなどの様子を窺えた。


 すると、まず教室から出てきたのは

「しーちゃん、どうしたの? そんなとこで」

 國生永輝だった。

「…………。貴方こそ何か? 昼食の時間でしょう」

 相変わらずのつっけんどんな返答だったが、永輝はひるまない。

「しーちゃんこそ食べてないでしょ? 人のこと言えないじゃん」

 そう言われて榊は少し眉をひそめて押し黙るが

「……それは、そうですが……。別に私がここでどうしていようと貴方には関係ないはずです」

 やはり刺々しく返した。それに永輝は苦笑する。

「相変わらず意地っ張りで可愛くないね」

「可愛くなくて結構です」

「でもそういうとこも好きなんだよね」

 そう言うと、永輝は両腕を壁に伸ばした。

「……!」

 榊は逃げ場を失った。

「ねえしーちゃん。もう1回訊くけど、魔界には帰らないの?」

 そう尋ねる彼の顔も声も、いつにも増して真剣だった。

「…………」

 彼女は答えられなかった。

 ここで答えると、何か全てを彼に話してしまいそうな気がしたのだ。

 しばらく沈黙が続く。

「……じゃあ、もう1回言うけど。俺じゃ駄目?」

 段々と懇願に近くなってきた彼の声に、榊は俯いた。

「……しーちゃん、目逸らさないで聞いてよ。俺がこっちに来たの、ほんとに君のためなんだから」

 1年前の時とは違う空気に、榊は困惑のまま顔を上げる。

「俺はしーちゃんのこと、分かってるつもりだよ。今までどんな風に過ごしてきたとか、ほんとはどう思ってたかとか。……それに俺、見たことあるんだ」

「…………?」

 更に困惑の色を浮かべる彼女を見て永輝は仕方なく呟く。

「……死の接吻。中学のとき、帰り道に」

 榊はさらに戸惑う。

「……あれ、は……」

「助けようとしたんでしょ? でもしーちゃん、あの後泣きそうな顔してた」

「…………」

 そこまで見られていたのかと思うと榊は自然と顔が熱くなってきたのを感じた。

 いや、むしろ今は、泣きたい気分に駆られているのかもしれない。

 ここのところ色々と分からないことが多すぎて、心が疲弊しているのだろうか。

 不安定な精神状態は至るところに影響を及ぼす。

 今の彼女はその点で、穴だらけだった。


「俺はしーちゃんのこと、ずっと好きでいられる。これだけは自信あるよ」

 そう言って、永輝は榊との間合いを詰めた。

「……!」

 その唇が、彼女のそれに近づいたその時。


 彼女には見えた。

 魂を狩る『死神の鎌』が、彼の首筋に掛かろうとする光景あくむが。


 ――――駄目!


 反射にも似たその2文字が彼女の脳裏をよぎり、気が付けば彼を突き飛ばしていた。


「…………っ」

 彼女の鼓動は高鳴っている。だがそれは『ときめき』などという生ぬるいものからではなかった。

 死神としての本能を、人としての理性が抑える、ギリギリの線。

 それを感じた、焦りと脅威からである。


「……しーちゃん……」

 そんな、寂しげな少年の声が耳に入る。

「……今の、私では……加減が、出来ません。……貴方を、殺すところでした」

 榊は声を絞り出してそう言った。

「……そう……。……ごめんね」

 彼はそう呟いて、教室がある側ではなく生徒玄関の方へと歩いていった。彼がどんな顔で去っていったのか、彼女は窺うことが出来なかった。




 * * *

 行動を起こそうとした昼休み。

 俺はがつがつと弁当を胃に放り込んでから1番乗りで教室を出た。

 ――まず、廊下側の窓から呼び出して、それから、人通りの少ない階段のほうに行って……

 そんな風に頭の中で手順を整理していると。

「……?」

 國生の後姿が見えた。

 壁際に向かって何か呟いて、生徒玄関の方に去っていく。

 するとその壁の角から、榊の姿が見えた。


 ……何か、話してたのか?


 俺はどうしようもない焦燥感に駆られて、つい榊に声を掛ける。

「……榊!」

 すると榊は驚いたように――いや、怯えるようにこっちを見た。

 なんだかすごく、顔色が悪いように思う。

 心配になって彼女に駆け寄った。

「こんなとこでどうした? 國生と何かあったのか?……なんか顔色悪いし」

「……いえ、何も……」

 そう答える彼女の声には、力がない。

 『何もなさそうには見えない』と俺が言う前に

「……あ」

 彼女がそう短く声を漏らしたかと思うと、その身体ががくんと下がった。

「お、おい榊!」

 倒れそうになった彼女をとっさに支える。

「……す、みません……」

 彼女の顔は蒼白だった。

「具合悪いのか? 保健室行くか?」

「いえ、そこまでは……」

 しかし、俺を振りほどこうとするその手には全く力が篭っていない。

 ――駄目だな。

 俺はそう判断すると、半ば強引に榊を抱えた。

「……!?」

 意識が朦朧としていても、この事態には驚いたようで

「と、冬馬様! いいですから降ろしてください!」

 若干頬を赤らめて抗議してくる。

「やだ」

 なんだかいつぞやもこんなことがあったなあとデジャヴを感じながらも、俺は走り出した。

「冬馬様! 廊下は走らないようにと……」

 さすがは委員長というべきか。

 こんな時でも彼女は優等生発言を繰り出した。

 ……でも。

「大丈夫、俺走ってないよ」

「え?」

 そうしている間に、俺たちは保健室の前に立っていた。

 狐につままれたような顔をしている榊を降ろす。

「……冬馬様、『移動力』を使えるように……?」

 榊は心底驚いているようだった。

「うん、ついさっき」

 走り出したとき高揚感があったから、出来そうな気がしたんだよな。


 保健室の戸を開けると、先生の姿はなかった。時間が時間だから職員室でお昼を食べているのだろう。

 ベッドは3つあるようだが、今はどれもカーテンが開いている。先客はいないようだ。

「榊、ベッドで寝てろよ。俺、先生呼んでくるから」

「あの、いえ……本当に大したことではありませんので……」

 彼女はそう言うが、やっぱりまだ顔色は悪い。

「いいから寝てろ。放課後になったら今日は部活休んで迎えに来るからな」

「そんなお気遣いは……」

 慌てる榊をいいからいいから、と首を振ってベッドに押しやったところ。

「あ」

 榊がベッドの端につまずいて……

「う」

 倒れこむ音と共に、ベッドのスプリングが大きく軋んだ。


「「!」」

 気がつけば、俺は榊を押し倒したような形になっていた。


 倒れた際、とっさに避けた手に、花のように広がり散った彼女の髪が触れていた。その冷たさと柔らかさに、背筋がぞくりとする。

 こんな状況で、心臓をこの上なくばくばくさせながらも、俺はしっかりと彼女を眺めてしまっていた。


 いつもの凛としたものとはまた違う、戸惑い気味に揺れる彼女の深い瞳に、見つめているだけで吸い込まれそうになる。

 その小さな唇が、微かに動く。

「……冬、馬様?」


 困惑気味に名を呼ばれて、俺は我に返って急いで跳び退いた。

「ご、ごめ……!」

 い、今のは事故だ!!

 いや、見惚れてたのは仕方がないんだ!

「じゃ、じゃあ行ってくるからな! いなくなるなよ!」

 俺は念を押して脱兎のごとく保健室を出た。



 結局榊はそのまま保健室で休ませることになった。先生に『彼女とマンションが一緒』と言ったら是非送ってやりなさいと太鼓判を押してもらったので、部活も休みやすくなった。

 そんなこんなで教室に戻る。

 昼休みの間に安曇野さんを誘い出す計画はつぶれてしまったが、今日はもういいかと思い直した。

 5限が始まると、委員長の号令がないことによって、誰もが彼女の不在を知った。

 先生が「日出はどうした?」と訊いたので俺が「保健室です」と言っておいた。




 * * *

 5限目の休み時間。

 榊といつも昼食を共にしている高橋里香と野島朝子が、6限の体育に行く前に保健室を訪れた。

「日出さん、大丈夫?」

 いつも元気な里香が心底心配そうに声を掛けてくるので、榊は少し笑ってしまいそうになった。

「はい。軽い貧血ですから」

 そう言って榊は立ち上がろうとしたが、藤田という養護教諭がそれを止めた。

「まだちょっと顔色よくないんじゃない? さっきあげたあんぱんも喉通らなかったみたいだし」

「そうだよ。次体育だし、せっかくだからしっかり休んどきなよ。放課後鞄持ってこようか?」

 と気を利かせた朝子が言うと

「あ……鞄は……」

「男の子が持ってくるって言ってたわよ」

 榊が答える前に、すかさずお茶目な藤田教諭が口を出した。

 それに驚いて2人は目を合わせる。

「ほらほら貴女たち、もうすぐチャイム鳴っちゃうわよ?」

 教諭が急かしたため、2人は真相を聞くことが出来なかった。




 この日、保健室の掃除当番に当たっていた安曇野志穂は、ベッドに腰掛ける榊とそこでばったりと顔を合わせることになった。

「あ、日出さん。具合大丈夫?」

「はい。単なる貧血ですから」

 こう答えるのは何度目かと彼女は内心苦笑した。

 赤誓鎌の特性のせいもあるが、もともと彼女は貧血を起こしやすい体質なのだろう。あまり食べないでいるだけでも貧血を起こすということを今日学んだのである。


 とその時。

「ごめん、先生今から出張だから、今日はもう掃除いいよ。あ、日出さん、帰るとき窓の戸締りだけお願い!」

 慌しく藤田教諭が出て行くと、やったーと歓声を上げた他の生徒達もそそくさとモップ等を片付けて出て行った。


 ぽつんと残されたのは志穂と榊の2人だけだ。

「…………」

 榊としてはこの状況は避けたいものだったが、冬馬をここで待たなければならないので出て行くことも出来ない。

「……あのね、日出さん」

 志穂がそう話しかける。

「なんですか?」

 榊はいつも通りの返し方をしたつもりだったが、どことなく声に緊張が伝わってしまっていた。

「この前私、日出さんに変なこと訊いちゃったでしょ?」

「……変、なこと?」

「ほら、遊園地で」

「あ……ああ、あれですか」

 そう言われて榊は思い出す。


『日出さんって、上代君とお付き合いしてるの?』

 のことだろう。


「そのことなんだけど……」

 そう言われて榊はさらに身構える。


 この話題だけは避けたかった。

 出来れば、今は。


「日出さんは上代君のこと、どう思ってる……の?」


 榊は内心うなだれた。

 また、この問いだ、と。


 國生永輝にも問われた。

 どうして皆その問いを掛けてくるのだろう。

 どう答えようと、きっと誰にも影響しないはずなのに。


「私は……ね、上代君のこと、好きなんだ……」

 しかし志穂はそう言った。

 榊にそう伝えることに、何か意味があるように。


 ――知っている。

 彼女は昨日の現場を見ていたのだから。

 知っているはずなのに何故かまた心に何かが突き刺さる。

 ぐるぐると、彼女の中で何かが巡る。


 これは何なのだろう、一体何?

 國生永輝もそうだが、安曇野志穂にしたって皆、どうしてそんなにも真っ直ぐに、自分の想いを伝えることが出来るのだろう。

 それによって、今までのことが大きく変わってしまうかもしれないのに。

 怖くは、ないのだろうか。


「私……は……」

 榊は言葉を発しようとするも、それが叶わない。


 今のままでいい。

 今のままで十分『幸せ』だ。

 友人も出来た。

 人に頼られているという実感すら今はある。

 ここなら自分の居場所がある。

 役目がある。

 見守っていきたい人がいる。


 しかし、國生永輝はこうも言った。

『楽しい時間なんていつかは終わるよ。……君が変わらない限り、ね』



「……日出さん? 大丈夫?」

 志穂が急に黙り込んだ榊に声をかける。

「え……あの……」

「ほんとごめんなさい! 具合悪いときに訊くような話じゃなかったよね! ごめんね!」

 そう1人で散々謝って、志穂は小走りに出て行った。

「……あ……」

 榊はそんな彼女の背中を見送りつつ、もどかしさを覚えた。

 上手く自分の気持ちを表現できなかった自分が、もどかしいのだ。




 * * *

 部活の顧問に連絡を入れてから、俺は自分の鞄と榊のそれを持って保健室に赴いた。

「榊、大丈夫か? ……ってあれ、先生は?」

 気さくな養護教諭の姿が見えない。

「藤田先生なら出張で出掛けられました」

 そう言って立ち上がる榊の顔色は昼休みよりも随分とましだったが、それでもやっぱり、あの凛とした覇気がない。……ここのところずっとそうな気もするが。

 実のところ、榊が昼休みに國生と何を話していたのかを訊いてみたかったりするのだが、とても訊けそうな雰囲気じゃない。

「じゃあ、帰るか」

 詮索は諦めて、榊に鞄を手渡した。



 夕方には、雨は上がっていた。

 けれど気温がぐっと下がっていて、少し肌寒さを覚えるほどだ。

「榊、寒くないか?」

「……はい、大丈夫です」

 そう答える彼女だったが、やっぱりなんとなく寒そうな顔をしている。

 ――貧血の時とかって身体冷やすのもあんまりよくないって聞くし……。

 俺は歩きながら鞄の外ポケットをあさりだした。

「?」

 榊は不思議そうに眺めている。

 ――お、あったあった。

 俺はミニサイズのカイロを取り出すと、外袋を破って軽く振った。

「冬馬様、それは?」

「カイロ。冬に入れといたやつがまだ残ってたみたいだ」

 そう言って榊の手にカイロを押し付ける。

「これ持ってたらちょっとくらいマシかも」

「いえ、ですがこれは冬馬様のものですから……」

 榊は遠慮して押し返そうとする。

「いいからいいから、榊の手のほうがやっぱ冷たいし」

「……ですが……」

 それでも彼女はまだ納得がいかないようで。

 ――ああもう、いつにも増して頑固だな、今日の榊は。

「じゃあこうするぞ!」

 俺は榊の手のひらにカイロを置いて、その上から自分の手を重ね、彼女の手を握った。

「!」

 彼女は少し驚いているようだが、今日のところはもういいだろう。

「これなら文句ないだろ?」

 そう自分で言いつつ結構強引かとも思ったが。

「……はい……」

 気圧されつつ、頬を赤らめてそう返事した彼女が、うっかり見惚れてしまうほど可愛かったので、よしとした。





 その日以来、榊はなんとか食事をとるようになったが、やっぱりどこか元気がなかったので

「なあ榊、明日買い物行かないか? 合宿の準備の」

 土曜日にそんな誘いを掛けてみた。外に出れば少しは気分転換になるかもしれないし、合宿は来週の水曜日からだから、ゆっくり準備をするならこの週末しかないのだ。

 ……加えて言えばこの週末までに安曇野さんに返事をしなければいけなかったというのに、榊の元気のなさが気になってそれどころでもなくなっていた。

 俺の誘いに榊は勿論2つ返事でOKしてくれたが、彼女のことだから俺の護衛のつもりで付いて来るのだろう。


 ――どうやったらデートっぽくなるのかな。

 俺はそんなことを考えながら、眠りについた。


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