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第11話:Lost Ego

 ――……ってなに感慨にふけってるんだ俺。


 即座に立ち上がって前を見る。そこには赤誓鎌を構えた榊、さらにその前方には赤い目をしたライオンがいた。

「榊、あれって……」

「恐らく魔界の術で創られた獣です」

 てことはやっぱり魔界の刺客か。


 気がつけば、先ほどまで賑わっていた祝日の街は廃墟のようにがらんとしていた。

 これなら多少暴れても大丈夫だろう……と思ってる間に榊が赤誓鎌でライオンに斬りかかる。

 が

「っ!」

 それは軽く跳んで斬撃をかわし、停められていた車の上に乗っかった。車のボディがかわいそうなくらいへしゃがる。

 やはり榊の大きな鎌は、すばしっこい相手には不向きのようだ。

 ――こうなったら……!


 精神を集中させる。

 脳から左肩に、腕を通ってその指先まで。

 熱いものが激流する。

「行けッ!!!」

 左手から飛び出したのは鎖。

 青い炎のような冷気を帯びている。

 鎖は蛇のようにライオンを捕らえ、巻きついた。

 鎖が放つ冷気によって、ライオンの身体に霜が積もりつつある。

「榊!」

 その声に目で頷いた彼女は、高く高く跳躍して、頭から大きく鎌を振り切った。

 瞬間、ライオンは粉々に砕け散った。

 破片が赤い光となって散っていく。

 よくよく見ると、その1つずつが何かの文字のような形をしていた。

「……これは……古代文字? 文字でモノを作る能力なんて……」

 榊が驚愕している。どうやら初めて見る術らしい。


 結局、その場にいたらまずいだろうということで、俺と榊はひとまずそこから退散した。




 * * *

「楓様、ご無事ですか」

 海星は抱えていた楓をようやく地に降ろした。

 無我夢中だったので詳しくは分からないが、どうやらここは住宅街の中の公園らしい。遊んでいた子供たちが突然現れた女性2人に驚いて、じっとこちらを見ている。

「え、ええ大丈夫よ。ありがとう」

 そう答えつつも、楓の顔色は悪い。

 それも無理はない。

 先ほど街を歩いていたら、突然ライオンが走っているとかいう騒ぎを聞いて、安全な場所へ逃げようとした最中、赤い目をした野犬数匹に追いかけられたのである。

 海星としては楓を守ることが第一の優先事項なので、派手な攻撃はせず彼女を抱えて数キロ『移動』したわけだが。

(あの犬、魔界の術で出来ていた……)

「私たちがここに来ていることが知れたのかしら?」

 楓が不安そうに言った。

「それはないと思うのですが……。魔王様も今回の件は本当にごく一部の者にしか伝えていないようですし、私とてこの任務のことは魔方陣で待機させている信頼ある部下にしか言っていません」

「……そう。でも私、あの犬をどこかで見たような気がするの……。どこかで……」

 そうこうしているうちにも公園の子供たちやその親の注目の的となっているので、海星は困惑した。

「とにかく一旦宿に帰りましょう。今後のことはそこで相談を」

「そうね……もう少し滞在期間を削らなくてはならないかもしれないわね……」

 楓は寂しげにそう言った。



 * * *

 ライオン騒ぎが起こった通りの暗い路地裏に、その男は佇んでいた。

「やられたか……」

 彼が放った刺客は全滅らしい。

 しかしその言葉に、悔しさなど篭っていない。

 もともと今日は様子見なのだ。

(皇子の付き人が1人、王妃の付き人も1人のはずだが……まだ他にもいたか)

 そのことだけを確認し、パトカーなどのサイレンが聞こえだしたのを機に彼は通りから遠ざかる。

 高い建物に囲まれた鬱陶しい通りを抜けると、秋空が眩しい光を放っていた。

 彼が目を細めると、その瞼の裏に記憶が蘇る。


 光溢れる庭。魔界の城の中心にある、王族と一定以上の位を持つ者しか入れない高貴な場所。

 そこで、決まっていつも戯れていたのは、美しくも無邪気な魔王の一人娘だった。ある時彼が能力を使って犬を創ってやると、彼女はとても喜び、日が暮れるまでじゃれていた。そんな美しい彼女を見る時間を、当時、彼は何よりも楽しみにしていた。

 しかしいつからだったのだろう。

 庭の入り口の柱の影に、あの男が現れるようになったのは。


 彼はすぐ視線を地に下ろし、歯噛みする。いくら幸せだった頃を思い出そうとしても、最後には必ず『あの男』が現れる。

(……見ていろ、お前は俺が……)

 男は再び誓って、また歩き出した。




 * * *

 榊と並んで家路につこうとしたとき、俺はふと思い出した。

「あ。安曇野さん……」

 さっきの騒ぎで離れ離れになったままだ。

「どうしよう、やっぱ心配してるよなあ……」

 すると榊は頷いた。

「……そうでしょうね。捜しに行かれますか?」

 榊まで引き返すことになるけど、やっぱりこのままだとまずいかなと思う。

 街中でライオンが大暴れ、なんてことは一般の常識からしたらかなりの大事だ。しかもあんな形で離れ離れになったんだから尚更だ。

「悪い、ちょっと戻るな」

 俺は現場に引き返した。


 もう1度先ほどの現場に行くと、パトカーやらレッカー車やら救急車までいて、本当に大きな騒ぎだった。

 さっきと違って人ごみもすごい。

 さっきまでいたカフェには遠く及ばないところで俺はちょんちょんとその場でジャンプしたりしていた。

 こんな状況じゃ安曇野さんを捜すことすら難しい。

 俺が少しばかり諦めかけていると。

「上代君!!」

 後ろから声がした。

 間違いなく彼女の声だった。

「あ、安曇野さ……」

 そう振り返る前に、後ろから抱きつかれた。


 ――……って、ええ!?


「良かった、良かったよー! あの後どうなっちゃったのかと思って心配してたんだからっ!」

 感極まった声のまま、安曇野さんは腕を離さない。

 もしかして泣いているんだろうか。

「えと、あの、ごめん……」

 困った。非常に困った。

 周りの人達が興味津々の様子でこっちを見てくるから

「あ、安曇野さん、とにかくちょっと移動しよう……」

 俺は慌ててくるりと身を翻して、彼女の背中を押すように移動した。


 騒々しい所から離れて、ちょっとした街角の広場に出る。いつもならここでダンスを踊っている若者が結構いるのだが、今日はあの騒ぎのせいか誰もいなかった。

 歩いている間に何とか安曇野さんは泣き止んだらしい。

「あ、ごめんね、ちょっとどうかしてた……」

 どうかしてた、というのは先ほどのことだろう。安曇野さんは顔を赤くしてそう言った。

「いや、俺のほうこそごめん。心配かけちゃって……。そっちこそ大丈夫だった?」

「うん。親切な人に手を引っ張られてそのまま走ってたんだけど、いつの間にか皆走るのやめて。そしたらライオンがいなくなったって話を聞いて……。でもどこに行ったんだろうね、あのライオン。捕まってないと怖いなあ……」

「あ、ああ……そうだね……」

 本当のことは言えないので俺はそう流すしかなかった。


「……今日は災難だったね……。ごめんね、私が今日映画なんかに誘ったから……」

「そんなことないよ。それは関係ないし。安曇野さんが気にすることじゃない」

「あ……うん……」

 そう言うと、彼女は少しばかり俯いた。

「……?」

「あ、あのね、上代君……さっき言いかけてたことなんだけど……」

 彼女は言いにくそうに切り出した。



 * * *

 その様子を、広場の日時計の陰から榊は見守っていた。

 すると

「しーちゃん、見てていいの?」

 いきなり後ろから声がする。

「!?」

 振り向くとやはり、國生永輝の姿があった。

「貴方、いつの間に……それにさきほどまでどこにいたのですか?」

「え、何? 俺のこと心配してくれてたの? 嬉しいなあ」

「勘違いしないでください。まさかとは思いますが先ほどの騒ぎ、貴方の仕業ではないでしょうね」

 そう言われて永輝は眉をひそめる。

「俺はそんなことしないよ。やるならもっと正々堂々とするね」

 彼のそんな発言に榊は呆れる。

「貴方の言う正々堂々とは一体どういう……」

「それよりいいの? しーちゃん。あのままだとあの子、告白しちゃうよ?」

 永輝の言葉に、榊は一瞬動きを止める。

「……それがどうかしましたか?」

 それでも、そう答える榊に永輝はやれやれと顔を背けた。

「……まったく……」



 * * *

 安曇野さんは俯いたまま、数秒――いやもっと長い時間だったかもしれない――そのままの状態だった。

 それでも、なんとなく頬が上気しているのが分かる。

 独特の緊張した空気。

 ――これって……

 そう勘付かざるを得なくなったとき、彼女は意を決したように顔を上げた。


「私っ……ずっと上代君のこと、好きでした!!!」



 * * *

『ずっと、好きでした』

 その言葉が、なぜか榊の胸に刺さった。


 ずっと好きだったと、彼女は言った。

 ずっと、というのはいつから?

 自分がここに来る前から?


 余計な詮索がぐるぐると頭の中を漂う。


 それでも榊は目を伏せることなく2人の様子を見ていた。

 視線は外せなかった。

 目を離すことなく皇子の護衛を務めるというのが、彼女のポリシーの1つだからだ。

 けれど。

 日時計で支えている手が、震えていた。

 その震えの理由ですら、彼女には分からない。


「……しーちゃん。見たくないなら、逃げればいいんだよ」

 後ろで、永輝がそう言った。

「……それはっ」

 主義に反するとでも言いたかったのだろうか。

 それなのに声まで震えていた。

 まるで泣きたいような声。

 その事実に彼女は自身で愕然とする。


(―――いっそ、消えてしまいたい)


 刹那、永輝の前から榊の姿は消えていた。



 * * *

 俺は返事に困っていた。

 勿論断らなければと思っているのだが、なんて言って断ればいいのかわからない。

「……え……と……」

 しかし言葉らしい言葉を発する前に

「ご、ごめんね!! 返事はいつでもいいから!!」

 そう言って安曇野さんは駆けていってしまった。

「あ…………」

 1人残されて、呆然と立ち尽くす。

「……お、俺の馬鹿……」

 ……って。

 もしかしてさっきの、榊に見られてたんじゃ、と思ってあたりを見回す。

 けれど彼女の姿は見えなかった。

 その代わりと言ってはなんだが

「……しーちゃんなら、消えちゃったよ」

 日時計の前に、國生が立っていた。

「……消えた?」

「うん。どこかに行っちゃったんだろうけど、俺には分からないや」

 國生はそう言って、背を向けた。が

「しーちゃんのこと、あんまりいじめちゃ駄目だよ、上代君。あの子ほんと、弱いんだから」

 去り際にあいつはそう言った。





 結局、その日は1人で帰宅した。

 一応榊の部屋を訪ねてみたけど、誰もいないようで、仕方なく自分の部屋に戻った。


 夕食の支度も1人で簡単に済ます。

 今日は祝日だから土日のノリで夕飯は一緒に、という約束を榊としていたのだが、一向に彼女は現れない。


 ……もしかして、急に魔界に帰っちゃったとかそんなことないよな?


 ――ないない、と思いつつ俺は不安を隠せなかった。

「……ああもう!」

 いてもたってもいられなくてエプロンを脱ぎ捨てる。

 彼女を捜しに行こうとそのまま勢い勇んで玄関の戸を開けた、ら。

「あ……」

 当の榊が、目の前にいた。

「……冬馬様? 今からどこかへお出かけですか?」

 目を丸くして尋ねてくる彼女は、いつも通りの彼女だった。

「い、いや! 榊を捜しに行こうと思ってたんだけど……」

 そう言うと彼女は少しだけ目を伏せた。

「すみませんでした。急に用事を思い出しまして」

 ――用事?

 不審に思ったが、ここは流すことにした。

「ま、まあいいや。上がれよ、夕飯もう準備出来てるから」

「あの、いえ、すみません……今日は……」

 榊はさらに申し訳なさそうに俯いた。

 都合が悪いのだろうか。

「……なら、いいけど……」

「申し訳ありません。おやすみなさい」

 そう言って、彼女は逃げるように去っていった。


 明らかに様子がおかしい彼女にかける言葉が見つからず、俺はその背中を見送ることしか出来なかった。

 その晩は仕方なく、1人で旨くない飯を胃に詰め込んだ。




 * * *

 時計の音だけがコチコチと響く、真っ暗な部屋。

 結局その日、彼女は昼も夜も何も食べないで終わった。

 にも関わらず空腹も感じぬまま、まだ9時前だというのに彼女は既に寝巻きに着替えてベッドに横たわっていた。

(……どうかしている)

 自分でもそう思うほど、今日の彼女はおかしかった。

 いや、最近の彼女は、と言い換えたほうが正しいのかもしれない。

 つい先ほども、別に用事があったわけではなく、意味もなく外をぶらついていただけだった。皇子との夕飯の約束があるというのに、だ。

 普段の彼女からすると考えられない任務放棄である。


(……私は一体何がしたいんだろう……)

 今日現れた敵のことを考えなくてはならないのに、なぜか彼女の脳裏に浮かぶのは、あの場面。


『私っ……ずっと上代君のこと、好きでした!!!』


(……そういえば、あの後、どうなったんだろう)

 いつもなら出来事の始終を全て見ているから、こんなことが気になることはなかったのである。

(……冬馬様は、どうお答えに……?)

 先ほど会ったときに、尋ねればよかったのだが。

 また、彼女は『逃げて』きた。

(…………答えを、知りたくないから?)

 どうして、どうして。

 このところ、『どうして』ばかりが続いている。

 全く、本当に、分からなかった。

「……自分のことが、分からない、なんて……」

 榊は枕に顔を埋めた。


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