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第9話:観覧車×メランコリー

 ボートに乗る前に、一行はトイレ休憩をはさむこととなった。


 日出榊は女子トイレの入り口あたりで他の面々が出てくるのを待っていた。

 すると突然

「さーかきちゃん!」

 誰かがいきなり彼女の後ろから抱きついた。

「!?」

 榊は驚いて振り返る。

 そこには栗色の髪をした上品な顔立ちの女性が立っていた。

「お、奥方様!?」

 ここにいるはずのない――むしろ簡単にいてはならない人物がすぐそこにいることに、榊はこれでもかと言わんばかりに目を見開いた。一方で

「ふふふ、驚いた?」

 いたずらをした子供のように笑う魔界のトップレディ。

「どうしてこ……」

 と榊が尋ねる前に、その後ろの人影にも気が付いて呆気をとられる。

「やっほー、榊ちゃん。元気してた?」

 ベリーショートの髪が良く似合う、いかにも快活そうな女性。

 魔王直轄軍3番隊隊長が軽いノリで手を振っていた。


(これは……夢……?)

 榊は思わず眩暈すら覚えた。

 しかし2人は堂々としており、むしろ

「あの人に許可をもらって1ヵ月間だけこちらに来ているの。公には公表していないからお忍びよ」

 どこか楽しげに笑う楓。

「で、私は楓様の栄誉ある護衛ナイトというわけ」

 海星は胸を張り、得意げに言った。

 しかし榊はただただ目を見開く。

「な……護衛は海星さんだけですか?」

「ちょ、私だけじゃ不安?」

「い、いえそういう意味ではないのですが」

 あまりにも2人が軽いノリでここにいるので榊には実感が湧かないのである。

「お忍びだからあんまり大人数でも動けないしね。でもすぐ部下を呼び出せるようにはしてあるから安心して」

 海星は苦笑しながら榊に腕時計を見せた。


 魔界製の特殊な装置である。

 これを媒体として、通常魔界人の能力を駆使して次元を越えるよりも速く部下を召喚できる仕組みになっているのだ。

 海星は非常にさりげなく腕につけているが本来それはとても高価で貴重なもの――それこそ魔界の城でも数機しかないような代物だったりする。


「しかし一体何のためにここに……」

 そう言いかけて、榊はやめた。

 王妃が人間界に来る理由など、1つしかない。

「……冬馬様に会いに来られたのですね」

 そう言うと、楓は静かに頷いた。

「だってあの1件であの人だけ冬馬に会ったんでしょう? そんなの不公平だわって言ったらあの人、とっても困った顔をしてね。……いえ、困らせるつもりはなかったのだけど……」

 罪悪感を覚えているのか王妃の声は段々と小さくなっていく。榊はそれを見て苦笑したが、けれどそんな彼女の気持ちも分からなくはなかった。

 手元で育てることを許されなかったひとり息子に1度でいいから直に会いたいと願うのは、親として当たり前のことなのだろう、と。


「しかしどうして直接お越しにならないのですか? 夜間なら冬馬様はお部屋にいらっしゃいますが……」

 今日ここに2人がいるのも、自分達の後をつけてきたからに違いないと榊は確信していた。

「え……それは……そのー……」

 急に楓は目線を泳がせる。

「?」

 榊はそんな様子に首をかしげた。

「恥ずかしがってらっしゃるんですよ、楓様は」

 海星がそう代弁した。


「あ……」

 それで榊は納得する。確かに十数年も会っていない息子だ。彼は母親の顔すら覚えていないだろう。

 そんな彼に、急に出ていって自分が本当の母親だ、なんてすぐに言えるはずがない。


「ええ……だからね、こっそり遠くから見ていようと思って……」

「しかしそれでは……」

 ここまで来たからには直接会って話をするべきでは、とも榊は思う。

「……まだ滞在期間はしばらくあるわ。それまでに勇気が出たら、会いにいくの」

 楓はそう言って、どこか儚げに笑った。

 それが、あまり踏み込むと壊れそうなほどのものだったので

「……そう、ですか。奥方様、私に何か出来ることがあればなんなりとお申し付けください」

 今の榊にはそう言うことしか出来なかった。

「ありがとう、榊ちゃん」

 そう言って楓は思い出したようにいつも通りの柔和な笑みを取り戻した。

「榊ちゃんのことも心配だったのよ? こっちの世界でどんな風に過ごしているのかって。でも、楽しそうでなによりだわ」

 その言葉に今度は榊が苦笑する。

 一体いつ頃から見られていたのかは分からないが、自分の生活ぶり――今日に関していえばお化け屋敷の失態を、2人に見られていたのかと思うと羞恥すら感じた。


 そうこうしていると香織達が表へ出てきた。

「日出さん、お待たせー……ってえっと、お知り合い?」

 香織達は目をぱちくりさせる。

 榊の前にいる2人は、こんな辺鄙な遊園地に似合わないような、そんな2人だったのだ。

「どうもこんにちは。楽しんでらしてね」

 そう軽く会釈――榊には目配せして、楓と海星は去っていく。

 その後姿を香織達は名残惜しそうに眺めた。

「ね、あの人達誰?」

 興味深々に香織が榊に尋ねる。

「すっごい綺麗な人達だったねー。宝塚の女役と男役みたいな組み合わせ!」

「そうだねー」

 幸子も志穂もほう、と2人が去っていった方向を眺めている。

「あの方々は……」

 榊がさてどう説明したものかと悩んでいると、

「おーい! 早く来いよ、今ちょうどボート空いてんだからさー」

 向こうから拓也の声が聞こえてきた。

「おっと、行こっか」

 香織が移動し始めたため、うまい具合に話が逸れてくれた。榊は内心ほっとしつつ香織に続く。

(……でもさっきの長い髪の人、どことなく上代君に似てたなー……)

 そう思ったのは、志穂くらいなものであった。




 * * *

 さて、ボートはというと俺は榊と2人で乗ることが出来たのだが。

「いやー、風情も何もあったもんじゃないな」

 俺はひたすらキコキコとペダルを漕ぐ。

 空いているボートがこの足漕ぎ式のアヒルさんしかなかったのだ。

「そうですか? これはこれで可愛らしいとは思いますが」

 そう言う榊は特段気にしていない、というよりむしろこのボートを気に入っているようだった。


 そんな彼女の横顔を眺めているととても満ち足りた気持ちになるのだが、次の観覧車のことを思うと自然と溜め息がこぼれた。

 榊は國生とペアなのだ。


「冬馬様? 替わりましょうか?」

 その溜め息をペダルを漕ぐのに疲れたようにとらえたのか、榊がそんなことを尋ねてきた。

「あ、いや疲れたわけじゃないから!」

 というより席を交替するのはこのスペースじゃ無理だ。

「そうですか? 何か気にかかることがあるのでしたら仰ってください」

 う。これって、言っちゃっていいんだろうか?

「気にかかるっていうか……その……次の観覧車のことで……」

「冬馬様は安曇野さんとでしたね」

 あ、いや俺のほうじゃなくてね!?

 しかし彼女は続けた。

「会話が見つからないとか?」

「え、あ、まあ、そうだな。俺ほんと、口下手だから」

 思わず流されたままそんなことを口走る俺。

「そんなことはありませんよ。まあ、中には無駄に口八丁な男もいますが」

 その口八丁とは勿論國生のことだろう。

 これを機に俺は切り出す。

「榊は次、あいつと一緒なんだろ? 大丈夫か?」

 そんな俺の言葉に榊は一瞬ぽかんとしたが

「心配には及びません。今回も彼とは口をきかないつもりです」

 そうすっぱりと言い切った。

「そっか」

 そこまで言い張るなら大丈夫かな……と思ったのだが

「そちらは、うまく会話が弾むといいですね」

 そう榊が言うのを聞いて、別のところで胃が重くなった。

「うん、まあ……」


 ……普通に応援されてるんだよな、これ。

 いや、確かに会話もなく気まずい雰囲気で安曇野さんと観覧車に乗るのも嫌なことは嫌だけど……でも、その……


「……俺が他の女の子と一緒にいたら、榊はどう思う?」

 思わず、そんな言葉が口をついて出てしまっていた。

「……え」

 榊は目を丸くしている。


 2人乗りの狭いアヒルさんボートに痛いほどの沈黙が流れる。

 榊はというと、困っている顔だ。

 変な質問で困らせちゃってるよ俺!!


 しばらくの沈黙の後

「……それは、その、少し答えにくい質問……ですね」

 榊はそう、目を伏せて呟いた。

「う……ん?」


 ……これってどう取ればいいんだろう。

『どうも思わない』って答えるのは躊躇われるってことなのか?

 それとも…………


 しかし、榊はじっと黙ったままだった。

 しかも、何かを逡巡するかのように神妙な面持ちで。


「あの……榊?」

 怖いくらいに黙り込んだ榊に思わず呼びかける。

「あ……」

 我に返ったように彼女はこちらを見た。

「ごめんな、変なこと訊いて。気にしないでくれ」

「……いえ……」

 そんなこんなでボート貸し出しの時間はあっという間に終わってしまった。




 * * *

『……俺が他の女の子と一緒にいたら、榊はどう思う?』


 冬馬が彼女に投げた問い。

 実際、その答えなら、彼女はとうに体感していた。


 部活の休憩時間、冬馬にタオルと水筒を手渡す志穂を見た。

 歓迎会の時、貸してもらったタオルを志穂に返しながら、照れくさそうに会話する2人を見た。

 向かい合わせの席で、楽しそうに談笑しあう2人を見た。

 見ているしかなかった。


(邪魔することはできない)

 彼女は皇子の護衛であり、教育係であり、侍従なのだから。

(それ以上のなにものでも…………いや、『邪魔する』?)

 頭の中でとはいえその単語が浮かんだことに、彼女自身が驚いていた。

(邪魔する必要がどこにあるのだろう)

 デジャヴを感じる。

 秋の合宿での班決めの際、安曇野志穂とどう接すればいいか分からなくて『どうしたものか』と彼女は自然に考えた。

 班決めは既に決定事項、どうすることもできないはずの項目だというのに、だ。

(いや、もしかすると私は、彼女が苦手なのかもしれない)

 しかしその結論に至るには、理由があまりにも曖昧だった。

(……なぜ? 彼女は別に私に害を及ぼしているわけではないのに……)

 何をどう考えても疑問符がつきまとうことに疲れ果てた榊は、人知れず重い溜め息をついた。

 彼女が長い逡巡にとりあえずの終止符を打った頃、一向は観覧車の前へと辿り着いていた。




 * * *

 さて、問題の観覧車である。

 そんなに大きな観覧車ではないが、1周回るのに5分くらいはかかるだろう。

 安曇野さんを先に乗せて、俺も箱に乗り込む。

 観覧車なんて久々なので、予想以上の揺れに少し驚いた。

 ちなみに榊と國生のやつは俺たちのひとつ前の箱に乗っているので、俺の位置からはなんとなく見えそうなものだったのだが

(……あーくそ、見えねえ……)

 現実はそう甘くなく、内心もどかしく思っていると

「上代君」

 と、突然安曇野さんが声を掛けてきた。

「ん?」

「今日は楽しかったね」

 安曇野さんは慎ましやかな笑顔を浮かべる。

「そうだね」

 ……まあ國生がいなけりゃもっと楽しめたような気もするが。

「お化け屋敷は本当にごめんね。腕、痛くなかった?」

 照れくさそうに俯きつつ、上目遣いをしてくる彼女は本当に、女の子らしいと俺は思った。

「ううん、全然大丈夫だよ」

 あの時は本当にそれどころじゃなかったんだが、今思うと両腕に女の子からしがみつかれる、なんてシチェーションは男冥利に尽きるというかなんというか、そうそうないよな、なんて思ったりもして、急に照れくさくなった。

「でも日出さんも怖がってたの、ちょっと意外だったな」

 安曇野さんがふとそう言う。

「はは、そうかも。普段の様子からじゃ想像出来なかったもんな」

 俺は思わず笑みをこぼして頷いた。

 すると

「……そう、だね」

 一瞬だが、安曇野さんの表情が落ち込んだように見えた。

「どうかした?」

「え!? ううん! なんでもないよ!」

 彼女は慌てたように頭を振る。

「……そう?」

 ぶんぶんと頷く彼女にこれ以上詮索できなくて、俺は何か別の話題を頭の片隅で探し始めた。




 * * *

 一方、榊と永輝の乗る箱内は、まさしく険悪ムードそのものだった。

「しーちゃん、ずっとそうしてるの疲れない?」

 永輝は椅子にゆったりともたれながら尋ねた。

「……」

 榊は姿勢を正して座ったきり、一言も口にしていない。

「まったく、せっかくこんな密室で2人きりになれたのになー。このままだと俺、ストレス溜まってしーちゃんのこと襲っちゃうかも」

「!?」

 ざっと身を引く榊。

 そんな様子を見て永輝は笑う。

「ははっ、やっぱ可愛いなー。心配しなくてもこんなとこじゃ襲わないよ、もっとムードのあるとこじゃないと。……そうだなー、合宿中、夜這いしに行ってもいい?」

「下品な戯言をぬけぬけと口に出さないでください!」

 榊は顔を赤くして叫んでいた。

「あ、やっと喋った。やったね」

 にっこり笑う永輝に、榊はある種の脱力感を覚える。

 してやられた、といった感じだ。

「貴方と話すことは私にはもうありません」

「んー。なら俺の質問には答えてくれるんだ?」

「どうしてそうなるのですか」

「じゃあ質問そのいち」

「話を勝手に進めないでください」

 けれど永輝は構わず続ける。

「しーちゃん、皇子様のこと好きなの?」

「!?」

 彼女にとって、それは想像だにしないような質問だった。

「な、どうしてそんな話になるのですか!?」

「いや、どうもさー。しーちゃんってばまだまだ魔界に帰る気ないんでしょ? それってずっと皇子様の側にいたいってことなのかなって」

 榊は言葉に詰まる。

「そ、それは…………」

(まだまだ彼には教えるべきことがあるから、で……)

 困惑の表情を浮かべる彼女を見て、永輝は愉しそうに口元をゆがめる。


「こっちのほうが、しーちゃんは居心地いいのかな?」

「……!」

 その言葉に、彼女は思わず身を縮めた。

「向こうじゃ嫌われてるもんね、死神って」

 淡々とそう告げる永輝。その淡白さがむしろ残酷でもあった。

「―――それ、は……こちらでも同じことでは……」

 どこか震えすら伝わってしまっている声で、榊は必死に言葉を紡ごうとするが、永輝の言葉に阻まれる。

「でもこっちじゃ、本当の君を誰も知らない」


 いつの間にか、彼は榊のほうに近づいていた。

 彼の、どこか彼女の内心を見透かしたような笑みは絶えない。

 それを見て

「……貴方、私のことが好きだというのは嘘でしょう」

 榊はそう言った。

 永輝は一瞬ぽかんとして、不思議そうに首をかしげる。

「? そんなことないよ?」

 そんな彼を真っ直ぐ見据えて彼女は言う。

「私が苦しむのを見て愉しんでいるようにしか見えないのですが」

 その言葉に、永輝はさも意外そうに目を丸くする。

 しかしまた次の瞬間には笑って

「……やっぱり分かる?」

 その手で、榊の顎を引き上げた。

「俺、君のその、脆いのに必死に強がってるカオ、大好きなんだ」


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