プロローグ
この作品は「サイオウマガトキ【改訂版】」の続編にあたります。
温かな日の差す白い回廊を、ひとりの女性が息を弾ませて駆けていく。
透き通るような栗色の髪の、美しい女性だ。
上品な顔立ちをしているが、今はその表情が非常に嬉々としていて、どこか幼い少女のようだ。
向かい側からやってきた中年の侍女がその様子を見て慌てて走り寄ってくる。
「まあまあ王妃様、そんなに急いでどうなされたのです? 何かあったのですか?」
魔界の王妃、楓は足を止めて、少し苦しげに、それでも声を弾ませ言う。
「エルダ、キャシーを呼んできて頂戴。私の部屋に。今すぐに!」
エルダと呼ばれた侍女はふと『キャシー』とは誰だったか、と考えた。
「あ、海星将軍のことよ」
そのことに気付いて楓は慌ててそう付け足した。
それでエルダは理解した、というより記憶した。
魔王直轄軍3番隊隊長のファーストネームはあまり知られていないのだ。
「わかりました。すぐにお呼びしますね」
そう言ってエルダは踵を返した。
楓はそこで一旦息をつく。
少しはしゃぎすぎたかと自身を省みるも、すぐに仕方あるまいと苦笑した。
(キャシーを呼んで話をしたら、すぐに準備をしなくっちゃ)
彼女はつい先ほど、生まれて初めて『外』に出る許可をもらったのだ。
初めての『自由』に、彼女は胸を躍らせていた。
* * *
彼は闇を歩いていた。
かつては人々の喝采のもとに晴れ晴れと輝いていたその顔も、今となっては随分と痩せこけ貧弱になっていた。
だがその男の眼光は、全盛期と寸分違わない鋭さを保っている。
けれどあの頃とは違い、今の彼の中にあるのは『執着』だけだ。
自分から全てを奪った男。
王位も、名誉も、さらには愛する女性まで。
他の者がどれだけ認めても、自分は決して許さない。
この身はとうに朽ちたも同然。
ならば。
何を背負うこともなく、墜ちることが出来る。
彼は常に、『自由』だった。