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4

「うわああああああああああああ!」


 刑事が叫び声を上げながら深夜の森を突っ切ってゆく。その後ろから巨大な鼠が刑事に手を伸ばそうとしていた。


「いーぞ阿呆刑事! そのまま湖まで突っ切れ!」


 シスターをネズ公の片耳に捕まらせて身軽になった俺様は、反対側の耳を掴んで場に立ち上がると眼下で逃げ惑う男に叫んだ。


「り、リチウム!? うわ! おまえそんなところに……っとと……居たのか! って事は、やっぱりおまえが……っ」


 ようやく気づいたのか、前方を走りながら度々繰り出されるネズ公の攻撃をかわしつつ、非難の声を上げる阿呆刑事。


「だーから違うっつってんだろ!? いいか、ここでネズ公を破壊したらそれこそ山火事になっちまうだろうが。湖の上でなら、最小限の被害でコイツをぶっ壊す事が出来ンだよ!」

「だったら最初からそう……っ」

「言っても聞かねぇだろうが! わかったか。わかったら湖に向かって突っ走れ!」

「人をいいように使いやがって……っ こうなったらヤケだ! ぬぁああああああ!」


 雄たけびと共に、刑事のスピードがぐんぐん上がる。ネズ公も密生する木々を押し倒しながら必死に追走した。

 さすがは運動神経だけがとりえの阿呆刑事。森の真ん中の大きな湖に辿り着くまで、そう時間はかからなかった。


「おい! 湖はすぐそこだぜ、どうするんだ?」

「おーしご苦労! そんまま湖ン中に入っちゃってくれりゃー万事オッケーだ! 阿呆刑事にしちゃよくやったなぁ」


 俺様の労いの言葉に、何故か目を引ん剥いた刑事がこちらを振り返った。


「湖の中に入れ、だぁ!? そんな事したらすぐに追いつかれて…………は! まさか最初から俺を仕留める気で……! 性根だけは真っ直ぐな奴だと思ってたのに!」

「何ゴチャゴチャぬかしてやがンだ! 俺様が道を造る! だから早くしやがれマジに追いつかれるぞ!」

「道って……!?」


 木々を抜けて、激しい揺れが治まった。

 刑事の言葉を完無視すると、捕まっていた耳を片足で踏んで背筋を伸ばし、意識を集中させる。

 黒い何かが全身を支配する事、一瞬。

 湖に左手を翳して叫ぶ。


「行くぞー阿呆刑事! 『死球』!!」


 名を発すると同時に俺様の掌から発動した黒い光が、刑事の頭上スレスレを通って湖に突っ込む。


「殺す気かー!」


 刑事がジタバタ抗議してる間に、先行した黒光は湖を縦断。音もなく水を掻き消していく。ネズ公の反対側の耳にしがみついてその光景を見ていたシスターから驚愕の声が漏れた。


「こ、ここを通ればいいんだな!?」


 迫るネズ公に気づいた刑事が慌てて黒球の後を追い、水の壁に挟まれた湖の底を真っ直ぐに駆け抜けた。

 勿論ネズ公も俺様達を乗せたまま刑事の後に続く。

 その巨体が、ようやく大きな湖の中心にさしかかったところで、


「今よリチウム!」


 後方を確認していたリタルの甲高い声が飛んだ。


「……恨むなよネズ公!」


 呟いて、すぐさま意識を集中し練り上げた黒球を、自身の足元――ネズ公の頭部に叩き込む!


 『死球』は、リタル曰く『頑丈な装甲』を、いとも容易く貫いた。

 頭頂部から喉にかけて大穴を穿たれたネズ公は、その機能を完全に停止させた。

 その体内で轟かせていた大きな機械音をぴたりと止めると、宙に浮いた状態で一瞬静止する。


「……とまった……?」


 呟いてシスターが、座り込んだまま恐る恐る辺りを伺う。と、後方を振り返った赤い瞳が大きく見開かれた。


「た、大変です……!」


 一体どういう構造をしているんだか。ネズ公は、穴を穿たれた頭部ではなく、尾っぽの方からガラガラと音を立てて崩れていく。


「まぁ、こっちとしちゃ好都合だけどな」


 瓦礫の落下音に混じって、ネズ公の体内から小爆発音。それから遥か下の湖からは……空いた箇所を塞ごうと滝のように流れ落ちる――まるで地響きのような激しい水音と、それに巻き込まれた憐れな刑事の叫び声がかすかに聞こえてきた。


「中の魔石、回収したかったけど……今は無理か。とっととズラかるわよリチウム……!」

「リタル! ちょい待て」


 言うと、リタルはネズ公の背中で上空に手を翳したまま訝しげにこちらを見る。

 俺様は無言で顎を動かした。先にはキョトンと目を見開いているシスターの姿。


「…………あ」

「おまえは自力で飛び降りろ。ぐずぐずしてんな爆発するぞ!」


 言ってるそばからリタルの足場が崩れていく。


「わ、わかったわよ! そっち任せたわよ!?」


 叫び返してリタルが飛び降りるのを見届けると、


「あのー……」


 背中にかかる鈴の音。

 耳に捕まって立ち上がったシスターが小首を傾げながら、場にそぐわないなんとも緩やかな声をあげた。


「あの、ここから飛び降りればいいんですよね?」

「は?」


 穏やかな微笑みに、思わず素っとん狂な声が漏れる。


「……いやえっと、今のはリタルに言った言葉で、あんたに要求した訳じゃ……」

「いえ。わたしも、自力で大丈夫です」

「え、いや、ちょっと! 高いんだけどここ!」

「だいじょうぶです。わたし、結構平気なんです、高い所。では……!」

「待てって! そういう問題じゃ……!」


 伸ばした手は、僅かにシスターに届かなかった。

 シスターは肩までの蒼髪を靡かせて、何の躊躇もなく場から飛び降りたのだ。

 地上までおよそ二十四、五メートル。決して低くない。おまけに下は冷たい湖だ。


「嘘だろ!?」


 考えるより先に、身体が動く。

 彼女の後を追い、俺様も飛び降りた。


「つかまれ!!」

「? リチウムさ……」


 問答無用。落ちゆく細腕を引き、抱きかかえる。

 満天の星空の下、瓦礫と共にフリーホール。

 しかし、我ながら阿呆な事に、落下点など考えずに飛び降りた。下は湖、身体をクッションに衝撃を殺すか――僅かな猶予に頭をフル回転させつつ前方を睨んでいると、


「……はい、お願いします!」


 ふと、鈴声が腕の中から聞こえて、ん……? ってなった。

 瞬間。視界に入れたシスターの身体が、金色に発光する!


「な、なんだ……!?」


 眩しさに思わず目を閉じた次の瞬間、ふわりと、身体が重力に逆らった。

 周りにあった瓦礫が次々に水へ沈んでいくその中で、俺様達だけはふいよふいよと宙に静止している。


「リ、リタルか……?」

「ンな訳ないデショ。アタシのチカラよ」


 腕の中から声が聞こえる。

 …………さっきまでの鈴声ではない。僅かに低くて――どこか色気を帯びている。

 ばっと彼女の顔を直視した。


「あんた……!」


 彼女は、先ほどまでのシスターではなかった。

 顔の造りは変わらないが、髪が伸び、緩やかな金髪へと変化している。


「おまえ……シスターか?」

「失礼ね。あんなドンくさいコと一緒にしないで」


 俺様を睨み返すどこか挑発的な赤い瞳。どうやら性格も違うようだ。


「なら、シスターは……?」

「あのコなら、アタシの中にいるわ」

「は?」

「っていうか、いつまでアタシに触ってンのよ?」

「……へ? げ、うわ!」


 ドンと突き飛ばされた。

 浮いていたのはどうやら彼女だけだったようで。俺様は湖にまっさかさまに叩き込まれる。

 盛大に上がる水しぶきに、びっくりしたリタルが駆けつけた。


「リチウム!? 大丈夫?」


 『転位』の石の光が包み、俺様の身体を地上――リタルの目前に上げる。

 またしてもどさっと尻餅をついてしまうが、痛みよりも苦しさの方が上だ。


「……あんたらしくない……ドジったの?」


 リタルが呆れたような面持ちで、咳き込んでいた俺様の背中を摩る。


「ゴホ……ゲホ……っ ……俺様はいい……それより、おまえのシスターって……二重人格なのか?」

「……はぁ?」


 仰向けに寝転がると、上空で足を組んで浮いている金髪の女を顎で差した。


「へぇ~……おもしろいじゃない」


 声に空を見上げたリタル。

 視線を受け、金髪女は優美に微笑んでみせた。


「こんな夜更けにイレギュラー君とチビガキのコンビ、見られるなんてさ」

「……イレギュラーって、どういう……」

「……アンタ。知能はあるクセにおぼえていないの? ふぅん……ますます変わってる」

「っていうか、あんた……誰よ…………?」


 俺様達のやり取りを目を丸くして見ていたリタル。俺様の胸に置いていた小さな右手で『魔眼』が黄緑色の光を帯びる。


「別に、ンなもん使わなくたって、こっちも種明かし位してあげるわよ」


 不敵に笑んだ金髪の女は、ふいよふいよと俺様達に近づくと、目の前の地に降り立った。


「さ。出ておいてグレープ!」


 声と同時に再び発光する女の身体。

 瞬く間に、金髪の髪は肩までの蒼髪へ。


「――だ、大丈夫ですか? リチウムさん」


 発光が止み、月光を受けて立っていたのは紛れもなく先ほどのシスターだった。


「あんた……やっぱ二重人格者……?」

「? はい?」

「……違うわリチウム」


 俺の問いにきょとんとしたシスターの代わりに答えたのは、黄緑の光を従えたリタルだ。


「シスターの後ろにさっきの金髪女がいる」

「は?」

「待ってて、今……」


 リタルの『魔眼』の光が俺様に注がれ――

 ――果たして。視界に同じ顔をした二人の女――目前のシスターと、その隣で浮いている金髪女が入った。

 ただし、金髪女の形状が先ほどとは異なっている。


「シスターとそっくりってか…………半透明? ……まさか幽霊!?」

「ええ? そうなんですか!?」

 

 俺様の声に、何故かシスターが過剰反応して、半透明の女の隣で大きく仰け反った。


「って、なんであんた……じゃなくて、シスターが驚くんですか!」


 ジト目のリタルに、てへへと苦笑するシスター。半透明の金髪女はその様子を赤い瞳に入れると、明後日を向いて平然と答えた。


『ンな訳ないデショ。通りすがりのただのソックリさんよ』

『うそつけ!』


 総ツッコミが入ったその脇で、刑事が死に物狂いで岸へと上がって……果てた。


「あ、阿呆刑事」

「気づかれると厄介だな……こいつらは気になるが詮索はあとにして……ずらかるか」

「異議なし」

『あら。逃げる気?』


 俺様とリタルの会話に、にゅっと首を突っ込んできた幽霊。


「うわ!」

「ちょっといきなり近づかないでよ!」

『失礼ね、そんなに驚くことないデショ』


 むくれ面で僅かに俺様達から離れる金髪幽霊。と、


「幽霊でしたのなら仕方がないですよ」


 その背後でニコニコと同じ顔が微笑んでいる。


『幽霊じゃないってば』

「……なぁ。なんなんだこいつら。なんか変だぞ? とり憑かれたのか俺様達」

「あ、あたしに訊かないでよ。言ったでしょ? あたし学校あんまり出てないんだからシスターの事情なんて知ってるはずがないじゃない」

『「なんなんだこいつら」はこっちのセリフ』


 細い眉尻を上げて金髪幽霊がすごんだ。


『宿舎を全壊させといて、なんの謝罪もないってのはおかしーんじゃないの?』

「ぎく……!」

「バレてる!」

『おかげでアタシ達、今日寝るトコもないのよねーあぁ……困ったなあ』


 わざとらしく盛大に溜息を漏らす金髪幽霊。その後ろで、やっぱりニコニコと微笑んでいるシスターの間延びした声が聞こえてくる。


「違いますよ。宿舎はあの鼠さんが壊したのですからこの方たちのせいでは……」

『アンタは黙ってなさい』

「……はい」

『さて。一体どーしてくれんのかしら? フォルツェンド一味さん?』

「正体バレてる! なんで!?」

「はて? 俺様おまえに名乗ったか?」

『さてね。……なんならそこの刑事サン起こしてしょっ引いてもらって懸賞金貰ったほーが手っ取り早い……』

『待った』


 リタルと二人、幽霊女の目前まで掌を伸ばす。

 そうやって幽霊女の口を止めてから、リタルと顔を合わせた。

 リタルの訴えるような、どこか懇願するようなエメラルドの瞳を視界に入れて、数秒。

 ……それしかねぇよなぁ……。

 長い溜息を吐きながら項垂れる。


「……しゃーねぇ……。家でいいんなら来いよ。宿舎が建て直されるまでは居てもいい」


 顔に張り付く濡れた前髪を片手で掻き上げながら視点を上げると、


『あら。話がわかるじゃない』

「……って、ちょっとリチウム!? マジで言ってんの!?」


 機嫌良さそうに微笑む幽霊女とは対照的に、ぎょっとした顔でリタルが視界に割り込んでは非難の声を上げた。


「大マジ。破壊したのはこっちだし……っつうか。ムショ暮らしよりゃマシだろ。あの目はマジだぞ」

「だからってホームによそ者を上げるなんて……! こっちもちで宿借りればいいじゃない!」


 余程嫌なのか、鬼の形相で喚き散らすリタルにジト目を向ける。


「見てみろ。アレが普通の宿で納得するタマか? どーみたって高級ホテルだのスイートルームだの要求しそうな面じゃねぇか。ありゃ」


 言って顎を正面に向ける。先には俺様らの視線を受けて、ふふんと鼻を鳴らして宙で踏ん反り返ってみせる幽霊女。

 悔しげにうーっと唸ってから、再び俺様に視線を戻したリタル。既に涙目である。


「あ、あそこにはあたしの貴重な研究だってあるんだから……!」

『ガキのオモチャに興味ないわよ』

「――むっきぃぃいぃいい!」


 あっさりと……というか、むしろどこか小馬鹿にした風の幽霊女の態度に、堪らずリタルは地団駄を踏んだ。


「大体ね、あたしのねずっちゃんが暴走する事事態がおかしい事なんだから! あれは事故よ! 宿舎の全壊も全部事故なの! よってあたしたちが責任をとる事ないんだから! それに、どうせすぐに教会が臨時の宿舎を手配するでしょう! シスターならシスターらしく、それまでおとなしく待ってなさいよ!」

『事故を起こしたあの鼠の親は一体誰よ? 子供のしでかしたコトは親が責任負わないとデショ? それともアンタ。あの鼠を知らないって言うの? 親じゃないって?』

「う……っ」

『それに、宿主が決めた事デショ。ガキは大人に従ってなさいよ。ガキはガキらしく素直なヨイコちゃんでいなきゃ、可愛げないって誰かサンに愛想つかされてもしらないわヨ』

「きぃいいいい……! ガキガキ言うな~!」


 ……めずらしい。他人相手の口喧嘩でリタルが負けるたぁ。

 濡れた服を絞りながら繰り広げられる女の戦い(?)を眺めていると、すっと正面に影がかかった。


「あの……、リチウムさん……?」


 鈴声に見上げれば、月を背に、両手を胸に当てて立つシスターの姿があった。


「本当によろしいのですか? お世話になっても……」

「……よろしいもなにも、そうするしかないだろ……この状況じゃ」


 後頭部を掻きながら溜息混じりに声を返す。


「どうせ数週間の事だろうしな。……あぁ、嫌なら先にあの幽霊に言っとけよ。あんたの都合もあるだろ。素性知らない奴の家よりか、教会の用意する臨時の宿舎のがシスターにゃ住みやすいかも……」


 濡れた前髪を掻き上げながら愛用の赤いマント絞りを再開する……と、


「グレープ・コンセプトです」


 目の前にすっと差し出された白いハンカチ。


「よろしくです、リチウムさん」


 言って、蒼い髪の女はにっこりと俺様に微笑んだのだった。



 ……後日。

 宿舎は即座に建て直され、ネズ公が暴走したのがシスター――グレープの仕業だった事が判明するのだが、彼女達はそのままホームに居座り続け、さらに例の刑事――トラン・クイロまでホームに引き入れてくれたりする。面白半分で仕事ハントにまでついてきては、しっちゃかめっちゃかにリタルを怒らせて――

 ――とにかく。喧騒の日々が終わる事はなかった。




 懐かしい映像が途切れ、シャボン玉のような形状をした『過去』から抜け出す。

 真っ暗な――まるで、宇宙を思わせる空間の中、無数に浮かぶ大中小様々な色をしたシャボン玉の世界へリチウム達は再び戻ってきた。


『? どうしたのリチウム?』


 出てきたばかりのシャボン玉に向き直り、一人佇んでいたリチウムにリタルが振り返る。


『……いや。なんか。ついこないだの事みたいだなってさ。思って』

『そうね……四ヶ月も前のことなのよね……』


 出会いの記録は、淡い水色のシャボン玉だった。

 自分たちはその場に浮いているだけなのに、シャボン玉は景色と共に、ぐんぐん遠ざかっていく。

 それだけ、自分達が過去に潜っていってる……という事なのだろう。


『……グレープ。これで本当に思い出してくれるのかしら……』


 先ほど潜った記録を見送りながら、リタルがポツリともらした。

 その様子を横目に、後頭部を掻きながら、リチウムも改めて記録を視界に入れようとする。

 が、水色の記録は既に、無数の点の内の一つとなっていた。


『別に。忘れちまったんならそんでいいんじゃねぇの?』


 リチウムの言葉に火が着いたように怒り出すリタル。


『あんたね……何無責任な事ほざいて……!』

『また、やり直しゃいいだけの事だからさ』


 いつものように面倒臭げな――なんでもない事のように言うリチウムの横顔に、リタルは振り上げた拳を止め、瞬きを数回繰り返した。


『………………そっか』

『だよ』

『そう……よね。また、阿呆ほど作ればいい話なのよね』

『ああ』

『そっか。……そうだわ。だってあのこには最初っから、あんだけ迷惑かけられてきたんだもの。忘れてたって、延々と聞かせてやって、あのこのつるつるした脳みそに嫌っていう程刻み込んでやる』


 腕組みして、鼻息荒く意気込むリタルに苦笑するリチウム。


『……だな』

『おい、次のシャボン玉に入るみたいだぜ』


 トランの声に、既に目前に迫っていたシャボン玉に向き直る。


『これから見るのはすべて、あたしたちの知らない、グレープの過去……なのね』


 リタルの呟きに、トランがこくりと頷いた。


『……なんか、盗み見するみたいでさ。グレープちゃんに悪い気がするんだけど……』

『ったく。グレープを取り戻すって一番意気込んでた野郎が今さら何ぬかしてんだよ。方法が一つっきゃねぇんならやるまでだろーが。それが嫌ならおまえ、ここに一人残るか? 俺様達が出てくるまで』

『…………』


 予想外の無反応。

 トランの無言の視線を受け、リチウムはそちらを見返した。

 トランは神妙な面持ちでリチウムを見ていた。


『……おまえってさ』

『…………んだよ』

『さっきの記録見て、思ったんだ。おまえの方こそ……』


 トランが言いかけた所で、ぼよんとシャボン玉に突っ込んだ。

 語尾は聞き取れなかった。

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