4
ほの暗い世界で、クレープと対峙した一同は彼女が発した真実を呑み込んだ。
この四ヶ月間、それぞれの身に様々な出来事が起こった。それを踏まえてそれぞれで考え、辿り着いた結論は恐らく等しかった。しかしそれぞれが何も訊かなかったし、告げなかった。自分の考えと誰かの考えが一致する事で、それが真実に近いものであると、思い知る事が怖かった。知ってしまえば何かが終わってしまうような、漠然とした恐怖にも似た感覚をそれぞれが抱いていたからだ。
だから、己の考えを他者の音で耳にしたのは初めてで、ましてや当人の口から直に聞いた事で、それぞれの表情は複雑な心境を呈していた。
確実に、ナニカの終わりが近い事を感じていた。
「トピアって……あの紫の髪の女のことでしょ? あんたとグレープにそっくりな……」
「ソックリっていうか。アイツが本体……アタシとグレープの主体。だからアタシ達が、あいつにソックリに出来てるの」
彼らの様子に苦笑を浮かべるクレープ。
ふとトランを見ると、彼は俯いていた。何を考えているのか、読み取れない。
「巨石を身体に持つって……その身体自体が巨石なのか? グレープも?」
リチウムの声に意識を周囲に引き戻す。クレープは表情を曇らせ、苦々しく吐いた。
「今は違うわ」
「…………どういう事だ?」
「口で説明するとややこしい上に長くて面倒なんだけど。昔はそうでも今は違うのよ。
グレープは人界の時間で言うと、今から十七年前。アタシは……半年前から本来の身体ではないわね。アタシの今のこの身体も勿論、魔力で練り上げた造りモノよ。
半年前。トピアに身体を捕られたから、アタシは人界に――グレープのトコに来たの」
クレープの言葉に眉を顰める一同。
「確かにグレープから、アンタに会ったのは『半年前』だって聞いたけど……幽霊だったのは身体――巨石を捕られたから? 巨石を捕るって事は……」
思案顔で呟くリタルの言葉を遮って、トランが声を上げた。
「十七年前って……ひょっとしたらグレープちゃんが生まれた年なんじゃないか?」
「そうよ。トランちゃん」
「グレープちゃん、昔、孤児院に居たって言ってたぜ? 少なくても十七年前は子供だったって事だろ? グレープちゃんは……本当に人間じゃないのか? 石なら成長しないだろ?」
「……少なくとも、身体は人間ではない」
「少なくともって……」
「だから。あのコの精神は人間って事。
あのコには自分が巨石であった記憶は無い。……それに、アンタ達だって知ってるデショ。あのコが『人間』だって……」
一瞬、沈黙する一同。が、次の瞬間、一体おまえは何の心配をしているのかといった顔でクレープを見た。
「……ま、人間だろうがカミサマだろうが石だろうが。ンなのどうだっていいけどな」
「そりゃびっくりしたけどさ。でも、グレープちゃんに変わりはないんだし」
「実はカミサマでしたーなんて言われたって、いままで散々かけられた迷惑を帳消しになんてする訳ないでしょう。あのコにはこれからもホームでタダ働いてもらって、借りをきっちり返してもらわないと」
三者三様の物言いにクレープが目を丸くする。
……そうだった。
たった四ヶ月間ではあるが、グレープと一緒に暮らしてきた彼らは、破天荒で悪ノリ大好物な、常識をも打ち壊す連中だった。
だからこそ非常識な存在であるグレープは、十七年間人界で生きてきた中で、彼らとともに生きたこの四ヶ月を、一番幸せに過ごせたのだ。
クレープはそっと安堵の息を吐くと、脳裏に彼らと共に居た時にグレープがよく浮かべていた笑顔を思い出した。
……これなら。ま、だいじょぶデショ。
「……あのコ、今、混乱してる」
「混乱?」
「……記憶の混乱は、今に始まった事はないけどね。
多分、三週間前からじゃないかしら。
変だったデショ。あのコ」
言われてリタルはある早朝の出来事を思い出す。
これまで一度だって伸びなかった髪が一気に伸びてしまい、困惑したグレープが自分を訪ねて来た事があった。
リチウムもトランも、どこか不安そうなグレープの様子を見ている。
時々ボーっとして、虚空を見つめている彼女を。
「あのコの身体は、元々十七年前から、元の『人界の巨石』ではなかったけども。……三週間前に、また別の身体に掏り替えられたのよ」
「掏り替えられた?」
「なんでまた」
「……怪我をした、からか?」
トランは苦い表情で思い返す。
三週間前。犬頭魔族との戦いの際、グレープの体を借りたクレープが空中で自分を庇って大怪我を負った事があった。
その後リチウム達に救われ魔界から戻ってきたグレープは、怪我なんてまるで初めからしなかったように全快していたのだが……。
「いいえ。違うわトランちゃん。たとえ怪我が修復できるものだったとしても、トピアは身体を掏り替えたと思う。あのコがグレープを探してた目的はソレだったんだもの」
「……なんだよ。目的って」
問われて、一瞬、ルビーのように輝く瞳を伏せたクレープは、努めて淡々とした口調で答えた。
「グレープの今の身体は、アタシの元の身体。
つまり。『魔界の巨石』よ」
「……なんだって?」
「…………?」
「混乱させちゃって悪いけど、現実そうなの。
あのコは三週間前――魔界へ攫われた時にトピアの手で身体を掏り替えられた。
身体に刻まれた十七年間の記憶――記録が、身体ごと無くなっちゃった挙句、過去を司る『魔界の巨石』の記録が流れ込む事になるのだから、混乱するのが目に見えるデショ。
心は覚えているのに、体が記録していないから実感がまるでない。
……多分あのコ。人として生きてきた十七年分の記憶を、"夢"としてしか感じられなくなっていたでしょうね」
リチウムは、三日前――事が起こる前に見たグレープの様子を思い出した。
玄関の戸を開けずに、廊下でずっと突っ立っていたままでいたグレープ。
リビングでなんだか異様に明るく振舞っていたグレープ。
自分の手をとり、微笑んだグレープの表情――
「………………なんだそりゃ……」
歯を食いしばる。
「追い討ちをかけるように、三日前に『魔眼』が消失して、これまであのコを守るように覆っていた『魔眼』の魔力も消えてしまった。
あのコの中ではこれまで……人間として生活している間もずっと、人界中の魔力の循環が行われていたの。『魔眼』の魔力がその衝撃をあのコに感じさせなくしていただけで、人界にはあのコの――『人界の巨石』の魔力が満ちていた。この十七年間。本人も自覚していない間に、膨大な魔力があのコと人界との往復を繰り返していたのよ。
これで判ったデショ? あのコが魔石を暴走させていた訳が。上手く制御できないのは当然よ。その傍らで、世界を充たす程の魔力を循環させていたんだから。それも無自覚に。
……ま、理由は他にもあるんだケド」
「他にって……」
「十七年間ずっと、あのコが造りモノの身体を持っていたってトコね。でも……それは後にするわ。長くなりそうだから」
四ヶ月間、共に生活した少女の事が、ようやく理解できかけていた。
すっきりした部分と、どこか腹立たしい感情が一同に沸き起こっていた。
沈黙の後、リタルがおずおずと手を挙げる。
「……なんで、あのコに『魔眼』がかけられていたの?
しかもあたし、『魔眼』を扱ってたにも関わらず全然気づかなかったんだけど」
「ソフィアは巨石の関係者だから」
微妙なニュアンスにリチウムは眉を顰めた。
ソフィアはリタルの母親であると同時に、リチウムの師匠でもある。
「……魔族、じゃないのか?」
「ええ、そう。正確には、あのコは違うわ。魔族じゃない。別の生命よ」
言われて、衝撃が走った。
全員、死して『魔眼』となったソフィアが魔族であると認識していたからだ。
「…………なら、なんなの?」
不安げにリタルが問う。
「悪いケド。これも長くなるから、後で話す。けどソフィアは限りなく、アタシ達に近い存在よ。
そして、リタル。アンタがグレープの心魂を包んでいた『魔眼』の魔力に気づかなかったのは、ココと同じ原理ね。ソフィアの魔力『魔眼』は本来、空間や質量を把握し操作する魔力だもの。この空間と一緒。ソフィアはグレープの中を流れる魔力を限りなく透明にした。幾ら同じ魔力を持ってしたって不可視となる程に」
クレープの言葉に、再びリタルは後頭部を金槌で殴られたような衝撃を受ける。
空間の把握は、自分にだって出来た。『魔眼』を初めて使用した時、お母さんと同じ事が出来るようになったのだと勝手に思い込んでいた――
「……あたしは、使いこなせてなかったって事か」
かつて魔眼を装着していた、自身の右手に視線を落として苦笑する。……馬鹿だな。お母さんを目指して、お母さんに届いた気になってた。
お母さんはあたしよりももっともっと凄かったのだ。
あたしの手の届かない程に――
「アレはソフィアの魔力よ。そもそもアンタの魔力じゃないんだから、アレだけ自在に使えれば上等デショ。……知ってたケド、アンタって本当欲張りね」
いつもの皮肉屋なクレープの気遣いがこの時ばかりは理解できた。気恥ずかしくなって、リタルはそっぽを向く。
そりゃ、な。そうだろうな。お母さんに届く訳がない。
だってあたしまだ、こんな子供だし。
お母さんがこんなちんちくりんに負けるはずがないじゃない。
そうよ。だから、これからすごい大人になって、リチウムを見返してやるって。
あんたそう決めたばかりでしょう。
「…………わかってるわよ。大丈夫。ちょっと反省してただけ」
気を取り直すためか、深呼吸を繰り返すリタル。その様子に優しげな苦笑を浮かべた後、クレープはリチウム達に向き直った。
「グレープの話に戻るケド。
十七年前から、あのコは作り物の身体で無自覚に『人界の巨石』の魔力を発し、それを循環させていた。ここまでは理解したわね?
それが三週間前、アタシの身体であった『魔界の巨石』の中に心魂を入れられてからは、人界の魔力は勿論のこと、魔界に満ちている『魔界の巨石』の魔力までも総て、あのコを媒体に循環をはじめたのよ。
『魔眼』は、その魔力の波動すらも透明にして……実感を伴わせないようにしていたんだケド。
三日前に『魔眼』が消失した時。グレープは初めて、自身を流れる膨大な魔力を自覚したの。……その衝撃は相当なものだったでしょうね。精神が壊れても可笑しくない位」
「精神が壊れるって……!」
トランがぎょっとなって叫んだ。
クレープは冷静な表情でそれを制する。
「安心なさい。あのコは無事よ。
身体を通して感じるもの。あのコの戸惑い――記憶が飛んだ事によるそりゃあ見事な混乱っぷりが」
「記憶が飛んだ……?」
「忘れてるわけか。グレープは。俺様達のことを」
「多分ね。忘れていても決しておかしくはないし、もしかしたらあのコの中でそれ以上の事も起きてるカモ」
「グレープちゃん……」
「何が目的なわけ? その、トピアって奴は」
トランの様子を横目で見ながら、リタルが口を開いた。
「そいつって『天界の巨石』――あんた等の親玉なんでしょう? この世界のカミサマな訳でしょう?
クレープの身体――『魔界の巨石』を奪って、今はグレープ……『人界の巨石』も手中に収めて。
何がしたいってのよ?」
「……それは、まだ推測の域を出ないから答えられないけど。
アタシが邪魔だって事ははっきりしてる」
「……身体を捕られたっつってたよな」
「ええ。半年前に、突然ね。グレープの身体として使われる前までは、天界で文字通り雁字搦めに縛られてたから、自分の器から魔力を引き出す事すら容易に出来なかった」
「……このあいだのナンデモアリ、な魔力が本来の力って訳か」
思い出したリチウムは呆れたような表情になる。
クレープは三日前、トピアやファーレンと対峙した際、魔石を持ってもいないのに、あらゆる魔力を使用してみせたのだ。
仕組みはまだ判らないが……あれは反則だ。自分が敵対していたら泣きたくなっただろう。
「そうよ。黙ってて悪かったケド。
ソレ話しちゃうと芋蔓式に話さなきゃならなくなるデショ」
「……ま、身近な奴が突然『自分が「魔界の巨石」だ』っつったって信じられねぇっつか……まず頭を疑うだろうな」
「デショ」
「しっかし。あんたやグレープが巨石ねぇ……」
リタルはマジマジとクレープの姿を眺めた。
確かに自分は数ヶ月前から彼女達を巨石ではないかと疑っていた。が、実際に本人の口から話を聞いたってどこか受け入れがたいものがある。特に彼女らは人間臭くて……自分が抱く巨石のイメージとはかけ離れている。
「……何が言いたいワケ?」
クレープは不機嫌な様子でリタルの視線を邪険に払った。
「それにカミサマっての、正確には間違いヨ。監視者って方が合ってる」
「監視者?」
「ソ。本来アタシ達は三つの空間を見守る為だけの存在だもの。アンタ達と接している時点ですでに間違ってるのよ」
「間違ってるって、そんな……」
反論しようとトランが口を挟むが、クレープは首を振った。
「真実よ。トランちゃん」
「その、監視者の言う『間違い』を生んだのもまた監視者って訳か。どうなってやがんだ? おまえら」
「……あのコは少なくとも、知ればアタシが全力で反抗するような事を実行したがってる。だから、アタシの身体を奪ったんだと思う」
クレープはトランを見た。
普段はあまり見せない真摯の表情を向けられ、トランは少し困惑した表情を返す。
その様子にふっと笑んで、クレープは瞳を閉じた。
「……ま、ここからはさっきも言った通り、ホントに推測でしかないから。今は当面の事を考えマショ。時間も余裕も無い事だし」
「異議なし。別に深く首突っ込みたい訳じゃなし。……って、なんか最後までつき合わされそうな予感はあるけど。あたし達には別に最重要目標がある」
小さく挙手したリタルの声に、リチウムが不敵に笑んだ。
「ま、ストーンハンターはおとなしく、ストーンハンターの仕事を真っ当しなきゃ、だよな」
「そーゆう事。今回の獲物は『人界の巨石』よ。トランもめでたく警察クビになっちゃったことだし」
「まぁ、クビかどうかはまだわかんないけど……取り戻そう! グレープちゃんを」
トランが決意の表情を見せた。
「……そうね。出来れば」
続くクレープの暗い声に三人、ガタガタと崩れ落ちる。
「……いつになく消極的だな」
「普段は他の誰よりもはっちゃけてるってのに……」
「何? 正体ばらしちゃったから真面目モード気取ってるっての?」
「ンな訳ないデショ。ならざるを得ない状況だって事。
あっちにはトピアやファーレン……アルコーン達もいる」
「アルコーンって……」
「言うなれば、トピアの配下ってトコ。アンタ達がこれまでにやっつけた、巨大蜘蛛も狼人ってのも、アルコーン。今は姿形も勿論のこと、主に魔界で暮らしているから魔族って分類されてるケド、純粋な魔族って訳じゃない。
他にもグレープが魔界で世話になったって言ってた鷹頭の――サバオートとかが居るけど……取り分け、ファーレンが一番の強敵デショ。とりあえず奴が一人居るだけでアンタ達には勝ち目なんて無いのよ。はっきり言って」
「……わかるけどよ。なにも俺様達がやる気になった瞬間に、奈落の底に突き落す事ないだろ。悪魔かおまえは」
顔を顰めてリチウムが文句を言う。それには取り合わずに顎に手を当てたクレープは呟くように言った。
「ま、ケド、こうしてイニシアチブを握り返す事が出来た事だし。
手始めに……グレープにいい加減、自覚してもらう事が先決ね」
「自覚?」
「あのコの記憶を取り戻すのよ。無理やりにでも。全部」
「……全部って」
「あのコが忘れている十七年分の記憶は勿論、ソレより以前の……無くした記憶もね。
そうすれば、あのコはきっとアタシと同じ行動に出ると思う。トピアを止める……アタシ以上の盾になると思う」
「無くした記憶だ……?」
「あのコ。とある事件があって。記憶を無くしたの。自分が人界の監視者だって事を」
「それで人間としての記憶しかないわけか」
「『監視者』ってさ。具体的には一体どんな事してんだ?」
「……まぁ、簡単に言えば、巨大駐車場に突っ立って車を誘導する人……ってトコ?」
「は?」
「世界の状況を見て、安全な方向に誘導するの」
「……そのおまえが反抗するような大事を、同じ監視者のはずのトピアって女は目論んでるって訳だろ?」
「でなきゃアタシを無力化した理由が解らなくなるから」
「……ちょい前から思ってたけどさ。なんつか。……話でけーよな……」
「今さら?」
「あんたこーゆー大事、大好物じゃない」
腕を組みぼやくリチウムを睨むリタルとトラン。
「いや、大事過ぎてうそ臭いっつうか……シンプルにいきたいっつうか。とにかく微妙に気にいらねぇんだよ」
「珍しい。あんたがそんなこというなんて……」
リチウムの横顔を眺め、呆けた表情でリタルが呟いた。
「その理由も自ずと判るわ」
憂いを帯びた声に、リチウム達はそちらを見遣る。
「グレープだって……あんな頼りなさげなコでも、アタシと同じ『世界の監視者』なんだから。そろそろしっかりしてもらわないとね」
クレープは体ごと巨石を振り返っていた。
紫の光を、祈るように見つめる。
「アタシ達は……いいえ、世界は、今となってはもうあのコ一人に身を委ねるしかないのよ」
「……おまえだっているじゃねぇか」
リチウムの投げた声に、背中を向けたまま頭を振るクレープ。
「アタシに頼られてもね。身体にはもう戻れないし、力はチョットしか使えないし。面倒だけど、放っておいても寝覚めが悪いわ胸糞悪いわ……だし。だからアタシはアタシの出来る事をやって、後はグレープに丸投げする予定だから」
「…………クレープ?」
いつもと変わらぬ口調で喋る、その細い肩が震えているような気がした。
トランが手をかけようとした刹那、
「そんな訳で。あのコにはいち早く記憶を取り戻してもらわなければならない。
それには、アンタ達の協力が必要なの」
くるりと、クレープは普段の意地悪な笑顔で一同を振り返った。
「……何すればいいんだ?」
僅かに滲む彼女の異変には触れずに、リチウムが応じる。
「簡単に言うと、過去を目指してどんどん飛んでいってもらうわ」
「過去だ?」
それぞれが浮かべた疑問符に、クレープは得意げに笑んでみせた。
「アタシは、巨石の力の性質の一部――『過去』を司っているの。
アタシの身体――『魔界の巨石』は、フロースで起こった総ての出来事を記録している。
アタシの力は『魔界の巨石』の記録を引き出す事。魔力だろうが、人の形だろうが。なんでもよ」
さらに困惑顔のトランの横で、合点がいったように瞳を見開くリタル。
「なら、蜘蛛魔族やらあたしの魔力やらを出してみせたのも……」
「そ。あれは全部、『魔界の巨石』の中から取り出した記録よ」
「……その身体も?」
「ゴ名答。
幾ら巨石だからって、なんでもアリなデタラメ魔力じゃないって事がようやく理解できた?」
「ンな、ガキに話すみたいに言わなくてもさ……」
後頭部を掻くリチウムの横で、苦笑するトラン。むっとした顔でじたんじたんと地団駄を踏むリタル。変わらぬいつもの様子にほんの一瞬微笑を浮かべてから、クレープは真顔になる。
「グレープが『魔界の巨石』を身体としている状態なら、アタシからあのコに干渉する事が出来る。
あのコの失った記憶を、記録として見せてあげる事が出来る。
ただ、それには媒体が必要なの。……目印というか」
「目印?」
「今のアタシにはもう、僅かな力しか持ってない。だから過去全部は見せてあげられない。
一部を見せるにしたって、どの辺の過去をあのコに見せてあげればいいのか、わかんない」
「…………」
「だからアンタ達に潜ってもらって、あのコの過去を探してもらうわ。
アンタ達が目にしたソレを、アタシがそのままあのコに送りつける。……どんなに嫌がってもね。
それにアンタ達……特にリチウムやトランちゃんは、あのコの過去を知らなきゃいけない。その必要性がある」
「…………必要性?」
「トランはともかく……リチウムにも?」
「ええ、そう。意味も理由も、過去に潜れば各々解るはず」
困惑顔の一同を見回しながら、クレープは腰に手を当て踏ん反りがえった。
「言ったデショ。百聞は一見にしかず。
それにアンタ達ならむしろ喜ぶかと思ってたケド。
単純に、こんな体験、二度とないデショ」
クレープの挑発するような声に顔を見合わせた三人は、それぞれの表情で声をあげた。
「当然!」
話を終えた一同は、クレープの指示の元、巨石を囲むようにして腰を下ろした。
一人、その場に立ったクレープが瞼を閉じる。
両手を広げると、長い髪がゆれ、体の発光が増した。
巨石も呼応するように、さらに光を帯びる。
「人には強大すぎると思う。
見たいと念じるだけで、どの過去にも飛べる。けど……中には知らなくてもいい過去がある。
だから、むやみに念じたりしない事。
過去が、アンタ達を引きこむこともあるから。常に気を張っていて。
それにもし……アタシの意識が途切れるような事があったら……生還する術はリタルの『転位』しか無い。だから、リタルとははぐれないようにして」
「わかった」
眼を瞑ったままトランが答えた。
「じゃあ。今からアンタ達の心魂を『魔眼の巨石』の中に送り込むわ。準備はいい?」
「いつでもどうぞ」
「やっちゃってくれ」
リタルとリチウムの声。
「…………いくわよ」
クレープが意識を集中すると、光が膨張して――
包まれたリチウム、トラン、リタルの視界が暗転する。
瞬間、次々に倒れる身体。
それを……クレープが青ざめた顔で見下ろしていた。
「……頼んだわよ。アンタ達」