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6

 紫色に光る巨石の中から突き出た白い腕に、喉を掴み上げられる。


「消滅しろ。今度こそ」


 聞こえてきた声に、クレープはニヤリと笑んだ。


「何がおかしい」

「アンタの言葉とは思えないなってね。……トピア」


 喉元を締めつけられ、魔力を流し込まれて、全身をピクピクと痙攣させている。

 最早喋る事も辛いはずなのに、それでもクレープは笑っていた。


「アンタ自身を消すって言ってンのと同じ事なのに」

「…………」

「覚えてる? フロースを三つに分けた時のコト。アンタが自身を三つに分けた時、わざわざアタシ達に、自分とは違う別人格を与えた。――これ、どうにも疑問だったのよ。だって、あの頃からアンタには未来が視えてたはず。

 ……アンタ。自分がこうなる事、解っていたんじゃないの?」

「……我にも、見通せぬ事はある」

「ンなコト知ってるわよ。アンタ、アタシやグレープを含め、自身の事は視えないんデショ?

 ケドあの時、確かにアンタには視えていたはず。フロースの崩壊が。

 原因がはっきりしない事から推測したんじゃないの? フロースを壊すのは、他でもないアンタ自身だって。

 だからわざわざ別人格の自分を二つも創った。同等の魔力も持たせてね。……空間制御の為じゃない。他の誰でもない、アンタ自身を止める為によ」

「……………………覚えていないな」

「アンタが覚えていなくても、過去を司っていたアタシは記録してる。フロース――ゲンマの願いの結晶を大事に思っていた頃のアンタがアタシ達を生み出したのは必然だった。だからアンタを止めるのは、アンタ自身の願いでもあンのよ」

「……止める?」


 巨石から伸びる手が僅かに震える。


「一体どうやって我を止める気だ。おまえはここで消える。どうやらおまえはグレープに期待しているようだが……既にアレは我の手の内。どうとでもなる。最早、我に害をなす者は存在しない」

「かつてアタシ達の邪魔をした存在やつの事、忘れてるんじゃないの?」

「………………ククミスか」

「もうククミスはいない。代わりに奴の対となる存在がいる。フロースを消そうとした無の対――正反対の意思を持った、今じゃグレープの糧になってる大バカ野郎がね。アンタだってこないだ会ったデショ」

「………………………………あの禍々しい存在に、おまえは期待しているというのか?」

「もちろんよ。ソフィアの意思だって未だ生きてる。それにアタシは――消えるんじゃない、グレープと同化するのよ」

「……………………」

「断言するわトピア。アイツらがいる限りは、アンタの思い通りになんてなんない」

「………………………………」

「……だからさ、これ以上」

「……………………」

「アンタの自爆行為に、アイツら(フロース)を巻き込むな!」


 全身全霊。出せるだけの大声で、クレープが叫ぶ。


「……………………」


 一寸の沈黙の後、


「…………………………言いたいことは、全て吐き出したか?」


 巨石の向こうから、先ほどまでと変わらぬ冷徹な声が響いた。


 ……ダメか。やっぱ。


 苦笑して、返事の代わりにクレープは目を閉じた。


 ――たった一つだけだケド、確信した事がある。 

 自爆行為と言われて、トピアは否定しなかった。

 ということは、彼女は分かってやっているのだ。

 過去アタシを、ちゃんと自覚している。

 だからきっと……グレープ。

 アンタのことばは、届くはず。


「……後は任せたわよ。グレープ」


 紫に発光する巨石から、もう一本、白い腕が突き出て――

 クレープの体を、大きく抉った。




 ……たった一つだけ。

 心残りと言えば心残りな点がある。

 トランちゃんだけは、巻き込みたくなかったってコト。


 アタシの計画では、事が起こってしまった後、魔界の巨石(ここ)には、リチウムとリタルだけを連れて来る予定だった。

 ケド――

 トランちゃんが居る手前、WSPの動向は『炎帝』の回収が目的だーなんて話をしたケド、その実、WSPは『炎帝』を扱うトランちゃん自身が目的だった。

 トランちゃんを拘束し、聴取という名でトラン・クイロという人体そのものを調査しようとしていたのだ。

 元より人間を遥かに凌ぐ魔力を持つ天使達に、人間から聴取するという観念はない。

 強大なその魔力をもって直接その身に訊いた方が、迅速且つ、より正確な情報を得る事が出来る為だ。

 トランちゃんを守りたかった。WSPの会議室前でトランちゃんを見つけた時。あの場ではトランちゃんを引き止めるしかなかった。そして……結局はトランちゃんに頼ってしまった――

 ――トランちゃん。結局巻き込んじゃってごめんね。

 過去を知った貴方はきっと、誰が止めたってこれからも頑なに、まっすぐに進んでいくんだろう。

 馬鹿正直な貴方は、手のひらから零れ落ちたモノをずっと視界に入れて――見えなくなっても入れ続けて、悔やみ続けてそんで、どっかの銅像みたいに背負って歩いてくんだろう。

 重さで潰れてしまいやしないだろうか。

 ……ああ。すごく。

 そんなの嫌。

 このアタシが、今になってこんなに後悔するなんてバカじゃないの。

 こんなことなら、アタシもトピアみたいに願えばよかったよ。

 ……………………せめて。

 ……最期にこれだけは、伝えたかった――




「………………プ!」


 自分を呼んでいる声が聞こえて、クレープは僅かに瞳を開けた。


「…………ープ!!」


 …………ああ。コレ。

 夢か。

 それとも……走馬灯ってヤツ?

 だって、ココにいる訳がない。

 来させない為に最期の魔力を振り絞って、グレープの体内に現存してた残りカスを総動員させたんだから。

 あのコ達が、アイツらをココに来させないハズ。

 アタシがちゃんと、消滅するまでは――


「…………レープ!」


 震える手を、その頬に伸ばす。

 だって。薄ぼんやりと視界に映る貴方が、泣いているように見えたから。

 頬に触れると、指先を、伝う涙が濡らした。

 ……すごいなコレ。走馬灯ってヤツ。

 ちゃんと感触まであるじゃないか。

 薄ぼんやりの男が、頬に伸ばした自分の手に触れる。

 幻影のはずのソレは、ちゃんと暖かいのだ。


「クレープ…………!」


 重なった手から、トランの温もりと震えが伝わる。


「……ランちゃん…………」


 クレープは微笑んだ。


「…………トランちゃん、てば、……走馬灯でも……情けないわね……。かわいい顔してんだから……最期くらい、ちゃんと笑えばいいのに…………」

「馬鹿野郎……! こんなんで、どうして笑えるんだよ……!」


 ボロボロ泣いて。男の子なのに。

 しょーがないトランちゃん。

 ……でも、そんなトランちゃんが、ずっと。

 好きだったよ。


「…………いすきだったよ……」


 瞬間。

 強く抱きすくめられて――その、あまりの居心地の良さに瞳を閉じた。

 深い深い眠りに落ちる……その前に。

 誰より貴方に、会えてよかった。


「……うか……、…………い……て……」




『……どうした、グレープ?』


 リチウムの腕の中、弾けるように顔を上げたグレープは、放心状態でその名を呼んだ。


『…………クレープ……さん……?』




「…………やはりな」


 闇の中。

 意識のないグレープの横で、トピアは先ほどクレープの胸から抉り取ったモノを見下ろしていた。

 手のひらで、未だ弱々しく発光し続ける金色の小石。

 それはクレープの――魔界の巨石の欠片だった。


「これで邪魔者は――」


 その手で握り潰す。

 欠片は粉々に砕けて地に落ち――




 ――同時にクレープの体……その意思も、トランの腕の中でシャボン玉のように弾けて消えた。

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