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ここに、ゲンマという星があった。
リチウムが気づいた時。既にこの星は崩壊寸前にあった。
単純に星の寿命だった。
……いや。この星は寿命を当に過ぎていた。
この星の人間は魔力を持っていた。
しかし、その魔力は自身の命をもって初めて発動させることのできる、一生に一度の大魔法である。
人々は家族を、恋人を、友人を――それぞれの守るべき者を守る為、その魔力をもって、各地の山の噴火を鎮め、津波を鎮め、地震を鎮め……そうやって徐々に人口を減らしながら災害を未然に防いできた。
自分達の星に寿命が来ている事を悟った時には既に、僅かな数の人間しか残っていなかった。
人々は、他星への移住を考える。
だが、現存する少人数の魔力では、全員の転移を果たす事は不可能である事を悟っていた。
まず、転移する星を探し出す事からはじまったが、ゲンマの近隣に人の住める環境の星はなかった。
そこでゲンマの民は、何も無い空間にゲンマをコピーする形で星を生み出す事を考えた。これに多量の魔力が必要となり、さらに多くの人々が命をかけた。
こうして残った民に託された、若い星。
人々はフロースと名づけると、最も魔力の高い人物を選出し、彼女に全てを委ねることにした。
だが、人間は神にはなれなかった。
「……で。ここはマジホンの宇宙ってか」
リチウムは一人、星々の間を漂っていた。
何の気配も無い。
リタルやトランの姿もない。あの突風ではぐれてしまったようだ。
「…………結構長い事飛ばされたと思ったが、創世まできちまうなんざ……」
確かにクレープは言っていた。このまま遡っていけば、創世まで見る事が出来ると。
おかげで事情が飲み込めてきた。
両手を後頭部で組み、胡坐をかいた体勢で宙を漂うリチウムの眼下――ゲンマという星で、トピアと呼ばれた女が最も魔力の高い人物として選出された。
つまり、このフロースの神である石神トピアは、元は違う星の人間だったのだ。
「……で。当然のように俺様の隣を陣取っているおまえは、一体何やってんだ?」
(あ。気づいてた)
一体いつからそうしていたのか。リチウムの肩の上に、小さな半透明の少女が足を組んで座っていた。
トピアと同じ顔をした、長い金の髪の少女――クレープだ。
クレープは苦笑いしつつ片手をパタパタとふってみせた。
「しかもおまえ……。いきなり苦しみだしたと思ったらミニチュア化かよ……つくづく妙な奴……」
(違うわよ。アタシは『アタシ』の魔力の一部)
『……本人じゃないってのか?』
(そ。いきなりアンタが飛んできたから、コンタクトとってあげようと思って、わかり易いカタチとってあげたんじゃない)
『余計な世話だな』
(素直じゃないわね。マイゴのクセに)
『迷子て』
(状況わかってないの? アンタ仲間と逸れて創世――『アタシ』の一番古い記録まで来ちゃったのよ?)
『……あぁ。見りゃわかる』
ゲンマの星の全民が一箇所に集まり、中心にいるトピアに祈りを捧げていた。
彼等の魔力と、願い――ゲンマの全てが、今、一人の少女に託されようとしていた。
(彼らがトピアに託したのは、ゲンマの復活)
『復活だ?』
声に視線をクレープに戻す。
トピアを見下ろす端整な横顔が、どこか悲しげに映った。
(人間一人に自分たちの全てを託して、フロースにゲンマの民を創造してもらおうとしているの)
『ゲンマの民の創造だって?』
(ええ。フロースの創世の人間は全て、ゲンマの民のデータを元に創り出された生命。トピアの使命は、フロースをゲンマそのものにすること。ゲンマを、再生させるコト)
『…………なんだそりゃ。って事は俺様達はまんま、他の星のコピー品って訳かよ……』
(ま、人間だけはね)
『…………「だけは」って、何』
(見てればわかるわ)
数千万人の願いと祈りがトピアをフロースに転移させた。
肉体を転移させる事はかなわず、彼女はここで"人"を止め、精神のみの存在となった。肉体の代わりに、ゲンマの民の魔力の結晶――巨石の中に彼女は宿った。こうしてトピアという人間もまた、ゲンマの最後の民と共に消え、ここに新世界を導く監視者が誕生したのである。
たった一人たどり着いたフロースには生命は存在しなかったが、ゲンマそのものの環境が調っていた。
この世界はゲンマの最後の願い――希望が芽吹いた……花である。
託されたものの大きさ、使命感を胸に、巨石の中から世界を見渡していたトピアは、しかし、ある異変を発見する。
森林にある洞窟の最奥に、小さな穴が開いていた。
穴は少しずつ大きくなり、周囲を呑み込んでいく。ついには洞窟を出て、近隣の森林を呑み、徐々に拡大していった。
注意深く探ると、それはただの穴ではなく、無だった。
無は、触れたもの全てをも無に帰してしまう。
フロースが、魔力で編まれた偽の星……幻影であると言わんばかりに。
確かにフロースは、何も無い空間に人間が生み出した不自然――「本来有り得ない世界」である。故に必然的に、フロースを元の状態に戻そうと働く「無」という歪が出来たのではないかと推測したトピアは、これを「世界という名の神の意思」と呼んだ。
このままでは生命を創造する前に、希望の花が消失してしまう。
考えた末、トピアは無を逆に利用する事を思いつく。無に人の精神を植え付ける事によって、「世界という名の神の意思」に最も近い存在――「番人」を生み、赤子のような精神にフロースを守る使命を刷り込む事で自身を制御させ、無の拡大を防いだ。
無の進行が止まった事を見届け、トピアは残った魔力――ゲンマの民の命を用いてフロースにかつてのゲンマの民と同じ人間を創造してゆく。
しかし、ここでも予想外の現象が起こった。
神の生み出した生命――人間であったトピアが、「本来在り得ない生命」――フロースの民を創造した。その歪からか、トピアが創造した人間の数だけ、無が人外の生命を形成、出現させたのだ。
それは「番人」にも抑制できず、フロースに人外の存在――種族が誕生する事となった。
それが、天使であり、魔族である。
(結局、世界が生んだ人間は、如何に強大な魔力を所持しようと神にはなれないって事よ)
戸惑うトピアの様子を、クレープは冷静に――やはりどこか悲しげな表情で見つめる。
(だから、トピアが創造した生命には、必ず対となる存在がいる)
『対……』
(おそらく、トピアが生命を創造した際に使用した魔力が無に影響を与えたのね。無の魔力に焼きつくように形作られた生体――それが対)
『それってさ。人間と同じ数だけ、天使やら魔族やらがいるって事か?』
リチウムの視線に、首を振るクレープ。
(今じゃ圧倒的にヒトの方が多いデショ。ヒトは生殖器があって、子孫が増えるじゃない。天使や魔族はソレがない……っていうか、無から生まれたソレ等にはそもそも寿命自体、存在しないから。天使や魔族ってさ。死んでも魔力だけは結晶化して……現存してるデショ)
『んじゃオリジナルってのはあの女がマッパジメに創造した人間だけって事か……って、既に生きてなくね? オリジナル。歴史が正しけりゃ、フロースの人類誕生って創世から五千年は経ってるんだろ?』
(ええ。でもオリジナルの性質はそれぞれの生まれ変わりが引き継いでる。だから、オリジナルと対のセットってのは今でも存在してるわ。セットには必ず類似点があるからアタシとかトピアから見ればすぐに判るんだケド)
『類似点?』
(姿形が同じ場合もあれば、その在り方が同じ場合もある)
クレープの言葉に、リチウムの脳裏に自分によく似た……というか、瓜二つの、いけ好かない人物が浮かんだ。
『……そんじゃまさか、ファーレンってのは俺様の……』
(違うわ)
即答に眉をひそめるリチウム。
『…………違う? だって、あんだけ俺様に似てるんだぜ? 奴は』
(オリジナルと対の属性は必ず一致してンの。アンタとファーレンの属性は違うデショ。アンタ達の容姿が一緒なのは、他に理由がある)
『つうか属性っつっても。俺様「死球」しか使った事ねぇし。そもそも「死球」の属性なんて……』
(……今の話で気づかなかった?)
そこでリチウムは、自分を見るクレープの視線の鋭さに気づいた。
先ほどまではなかった光だ。
(初めて目にしたはずの創世の記録に、初めてじゃない――アンタにとっちゃお馴染みのモノ……なんてのがあったんじゃない?)
眼下で展開する創世の映像と、クレープの言葉とを反芻してみる。
『…………無、か?』
トピアが「世界という名の神の意思」と名づけた、無という孔。
トピアに――フロースに脅威を齎したそれを、自分はとても身近に感じた。
リチウムの言葉に、強い視線のまま頷いてみせるクレープ。
(アンタの属性……っていうか、アンタの魔力は「無」そのものよ)
クレープの言葉が上手く入ってこない。
頭が働かない。
ストーンハンターである自分が、知らない属性。
というか、ソレは、「属性」ではない。
(アンタは、フロースに最初に誕生した自我を持つ存在である「番人」。その対よ)
ククミス。
その名は知らない。
しかし、いつか誰かが口にしたのを聞いたことがある。
――ソレは決して操れる類のものではない。維持するだけでも相当な魔力が要る。万一、開き、中身を引きずり出し……現界においてソレを支配する事が可能な者が居るとすれば、それは我等のかの主のみ――
『…………人間じゃないってのか? 俺様は』
(………………誤解があるようだから言っとくケド。トピアが創造した生体が何なのかが重要なのよ。
トピアが創造した生命が人間だった場合は、対として天使や魔族が。創造したのが人外だったら、対は人間として存在する。必ずしも人間だからオリジナルって訳でもない。ソフィアがいい例ね)
『師匠が?』
(ソフィアは魔族だけど、子供がいるデショ。
彼女は厳密に言えば他の魔族とは異なる。ソフィアは、無が生み出した魔族ではなく番人同様、トピアが創造した人外の生命――アイオーンと呼ばれる存在よ)
『アイオーン……』
(無から生まれ『世界という名の神の意思』を汲み、「本来有り得ない命の消去」が常に意識に在る生体。それが対。
対が天使や魔族の場合、生殖器の無い彼らが増える事はないケド。人間の場合は何度でも生まれ変わる。寿命はないケド、人間の場合、極端にひ弱だからね。
ソフィアの対も、今じゃ何代目かの生まれ変わりになるんだケド、対である事に変わりない。ケド……人間だから、対としての意識はやっぱり低い……っていうか、ほとんどゼロに近いわね。せいぜい普通の人間より魔力に適性があるくらいじゃないかしら。
逆に、特に無の影響が強い魔界に住む魔族は殺戮衝動が働くように出来ている。頭の回転が速い天使は自分達がどういう存在かを識っているから、対応策として人間を支配するカタチで落ち着いた。
互いが互いを滅ぼしかねない状況を制御するのがアタシ達石神の役目。
以上。これが、フロースの実態よ)
クレープの言葉が一気に脳に叩き込まれる。
上手く呑みこめない。
それでも異様に引っかかったことといえば、師匠の対という人間が存在しているという事実だ。
師匠と属性が同じ。魔力に適性がある人物といえば――リチウムには心当たりがありすぎた。
髪を魔力に染め上げられてもまだ、魔人化しない一人の少女の顔が浮かぶ。
『……誰なんだ? 師匠の対ってのは』
(アンタもよく知ってる人物よ。ソフィアの対は…………)