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「あぁ……っ ~あぁぁああああああ!!」


 広い闇の間の中心。固い長方形の石座の上で、蒼い髪の少女が苦悶の声を上げ続けていた。

 台座の放つ仄かな光に照らされたその表情。額や首筋に張り付く蒼糸。全身を滴る汗の量が、どれほどの苦しみかを表している。

 その傍らで、苦しむ少女を冷静に見守る女がいた。


「………………」


 紫の髪を地まで垂らした少女は、その赤い瞳で、台座で悶える蒼髪の少女の姿を捉え続けている。


「……てくださ…………っ」


 紫髪の少女の白い手が、蒼髪の少女の胸元に突っ込まれていた。

 まるで水面に手をつけるかのように胸の中に溶け込んだ片手は今、蒼髪の少女の体内を弄っている。


「やめて……くださ…………、トピアさ……!」

「……グレープ。今おまえを苦しめている痛みの大半は、我が齎しているものではない」


 蒼髪の少女――グレープの鈴音が懸命に響く中、紫の髪の少女――トピアは、至極冷静にそれを制した。


「外部から、魔界の巨石(おまえ)の中を掻き乱す魔力が流れ込んでいる。故に苦しいのだ。我はおまえの苦しみを取り除こうとしているだけだ」

「……わたし……思い出したいんです……っ このまま耐えればきっと、もっと……!」


 グレープの虚ろな赤い瞳が、自身を見下ろす赤い瞳を懇願するように見上げていた。


「……苦しくても構わない、だから……っ」


 震える指先が、自身の内部を弄る腕に触れる。と。


「必要ない」


 構うことなくトピアの腕は、グレープの体を胸から腹まで縦断する。


「~あ……あぁあああああああああ!」


 声を張り上げ泣き叫ぶグレープの様子を横目に、作業を続けるトピア。表情の変化は皆無だったが、その瞳に徐々に、驚愕の色が混ざりはじめた。


「ダヴィの魔力がここまで……これほどの力が残っていたとは……」


 魔界の巨石であるグレープの体内には現在、魔界の巨石と人界の巨石の魔力が混在している。その内、魔界の巨石の魔力を、外部から齎された異魔力によって掻き回されていた。

 それこそが、グレープの苦痛の原因だ。

 トピアがこの闇の間に足を踏み入れた時、既にグレープはこんな様子だった。

 尤もその時は、今ほどの苦痛は感じてはいなかっただろうが。

 トピアは今、グレープの体――魔界の巨石に進入し、触れた異魔力全てをその場で焼き尽くしていた。

 魔力は操作する人物まで繋がっている。このまま残らず焼いてしまえば、異魔力元もただでは済まないだろう。恐らくグレープと同じように――いや、それ以上の苦痛を味わっているに違いない。


「しかし、ダヴィ……何を企んでいるかと思えば――」


 ダヴィは元々、魔界と過去を司っていた。

 魔界の巨石であった自身の体内に、フロースで起こった事全てを刻んでおり、その記録から取り出す事の出来る全ての物を具現化するという、自分が一番恐れていた魔力の持ち主である。

 てっきりダヴィはそれを用いて、直接自分に仕掛けてくるものかと思っていた。

 なのに。


「残った魔力をグレープに使うなどと……ダヴィの奴、何を考えているのか……」


 それほど、グレープに期待しているというのか。

 トピアは再び、苦しむグレープの様子を捉える。

 ……グレープなら、自分に対抗し得る力を持つとでも?


「……………………」


 無機質な瞳でグレープを見下ろしていたトピアは、ふいに、空いている方の手でグレープの前髪を掴んで上半身を引っ張り起こすと、今度は無防備な背中にその手を突っ込んだ。

 苦痛にあがる悲鳴。


「…………馬鹿馬鹿しい」


 確かに、今やグレープの魔力量は自分を凌いでいる。

 だが、量だけあっても意味がないのだ。

 グレープではその全ての魔力を制御できない。定着したとはいえ、彼女の体はあくまで借り物だからだ。

 仮にできたとしても、グレープでは自分を打つ事は不可能である。

 グレープ――人界の巨石は現在を司る。

 彼女に出来る事といえば、現存するあらゆる魔力を増幅させる事――それだけである。

 元となる魔力がなければ、脅威ではない。

 もしグレープが、ダヴィと協力していたなら――自分を打ち負かす事も出来たかもしれない。

 だからこそ、トピアは前もってダヴィの体を捕らえておいたのだ。

 精神を逃がしてしまったのは誤算だったが。

 しかし今、目にする未来は確かに変質している。より自分が望み、焦がれるカタチへと。

 天界の巨石たる自分には、未来を司る性質――その力がある。

 この目に視る事の出来ない、ダヴィの動向。それだけが脅威であった。

 ……数分前までは。

 トピアは静かに、グレープの体内から、紫に発光する自身の両手を抜いた。

 と、グレープの体から、力が抜ける。

 石座に仰向けに倒れ、荒い息を繰り返すグレープの体を、白い衣服の上からゆっくりと撫でるトピア。

 手が胸の下まで来たところで、その部分の衣服を破った。

 むき出しになったグレープの白い肌。そこに、何かに穿たれたかの様な丸い痣がある。


「邪魔はさせない」


 どす黒く変色したその部分に、トピアは再び左手を挿入した。

 再びあがる甲高い悲鳴。

 か弱い抵抗を無視して、トピアの腕がずぶずぶと中に進入していく。

 魔界の巨石の中を、奥へ。奥へ。

 そうして……トピアは『彼女』を掴んだ。


「消滅しろ。今度こそ」


 冷徹な声の後、トピアはありったけの魔力を『彼女』に向けて放つ。

 グレープの意識はそこで途切れた。

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