真の王族
聖王国の夜会は、いつも通り華やかで傲慢な熱気に満ちていた。
「あら、ご機嫌よう。しがない子爵家のキャリー様」
扇で口元を隠し、高笑いをしたのは侯爵令嬢のセリアだ。
彼女の後ろには、取り巻きの貴族たちが冷笑を浮かべて控えている。
「今日もそんな地味なドレスで……。我がアルフォード侯爵家が納めた莫大な税のおかげで、あなたのような格下の貴族も安全に暮らせているのですよ? 少しは身の程をわきまえたらどうかしら」
この聖王国は、世界で唯一「城塞(壁)の外」にどこまでも広大な農地や美しい街、村を広げられる奇跡の国だった。
他国はみな、獰猛なモンスターに怯え、分厚い城塞の中に引きこもって窮屈に暮らしている。
この国だけは、何代も前の第一王子が魔王を討伐して以来、「大精霊の加護」によってモンスターが一切寄り付かないのだ。
国防費が他国の数分の一。税は驚くほど安く、貴族も平民も贅沢に暮らしていた。
セリアの度重なる嫌がらせに対し、キャリーはただ静かに頭を下げる。
「お言葉ですが、セリア様。我が家は好んでこの位に……」
「口答えする気!? たかが子爵家が! あなたのような汚らわしい格下が、王太子殿下の婚約者である私と同じ空気を吸っているだけでも不快なのよ!」
バシャッ、と激しい音が響いた。
セリアが給仕のトレイから奪った赤ワインを、キャリーの頭から容赦なく浴びせたのだ。
「あはは! お似合いよ、泥をすすって生きる下級貴族にはね!」
その瞬間、会場の空気が凍りついた。
夜会の扉が乱暴に開け放たれ、一人の男が歩みを進めてくる。凍てつくような銀髪に、底冷えする魔力をまとった美貌の青年。キャリーの兄であり、現子爵家当主のアレンだった。
「――そこまでにしてもらおうか、侯爵令嬢」
アレンの姿を見た瞬間、ひな壇にいた国王と王太子がガタガタと椅子を鳴らして立ち上がり、顔面を蒼白にした。
「ア、アレン殿! これはその、若い娘の悪ふざけで……!」
国王が必死に弁明するが、アレンの目は一切笑っていなかった。
彼は泣き出しそうな妹を優しく抱き寄せ、自身の外套で包み込む。
「陛下。我が家がかつて魔王を倒した第一王子の血を引きながら、ひっそりと子爵家を名乗っていることを……まさかお忘れではあるまいな?」
セリアは状況が理解できず、声を荒らげた。
「な、何を言っているの!? 子爵家の分際で国王陛下に無礼ですわ! お父様、この不敬者を捕らえて!」
「黙れ! 黙るんだセリアっ!」
宰相のアルフォード侯爵が、娘の肩を掴んでガクガクと震えながら叫んだ。
アレンは冷酷な笑みを浮かべ、懐から一枚の書状を取り出した。
「隣国より、王女殿下の婿養子として正式な招待状をいただいている。我が国への忠誠のため断り続けてきた……だがもう限界だ。国を守る義務を果たす我が家を『格下』と侮辱し、最愛の妹の尊厳すら守られないのなら、こちらから国を見限らせてもらう」
「待ってくれ! アレン殿。いやアレン陛下、行かないでくれ!!」
国王が王座から転げ落ち、床に這いつくばって懇願する。
「今宵は警告で済ませるつもりでいたが、……現場を見た以上、もう我慢ならぬ。――俺は妹を連れて、今宵、隣国へ亡命する」
アレンがキャリーの手を取り、踵を返し去って行った。
◇
――数日後。
「加護が……消えた……?」
王太子が絶望に目を見開いた。
そう、この国をモンスターから守っていた「大精霊の加護」は、王位ではなく、代々第一王子の血筋――すなわち、この「格下の子爵家」の長男が引き継いでいたのだ。
加護を維持する結界の心臓が、この国から完全に失われた。
「あ、ああ……壁の外の農地が! 我が領地の街が、魔獣に呑まれていく……!」
壁の外を見た貴族たちが狂ったように悲鳴を上げる。
城塞の外に無用心に広がっていた莫大な農地、数々の村やきらびやかな市街地は、魔獣が跋扈する危険地帯へと変貌していった。
「お前のせいだセリアァァァッ!!」
アルフォード侯爵が娘の髪を掴み、床に叩きつけた。
「お前がくだらない嫉妬でキャリー王女様――この国を裏から支配していた、真の王族の姫君に嫌がらせを続けたせいで、我が家は領地を半分も失った! 国が終わったんだぞ!!」
他国のように城塞の中に引きこもるしかなくなった聖王国は、一瞬にして国土の半分を失った。
外に住んでいた数百万の平民や貴族たちが、狭い城塞の中へと着の身着のまま雪崩れ込んでくる。
昨日まで贅沢三昧だった国は、一夜にして住居も食糧も足りない、飢えと恐怖に怯えるディストピアへと転落したのだ。
アルフォード侯爵家はすべての資産を没収されて破滅。セリアは婚約を破棄されただけでなく、「国を滅ぼした大戦犯」として、全国民から呪われながら、国外追放された。
◇
――数ヶ月後。
かつて他国と同じように狭い城塞に閉じこもっていた隣国は、国始まって以来の奇跡を迎えていた。
新たに王女の夫となり、次期国王となったアレンの「加護」により、隣国は歴史上初めて、城塞の外へと安全に領土を広げ始めたのだ。
「キャリー、こちらの生活には慣れたかい?」
「ええ、お兄様。みなさん、とても温かくて、毎日が本当に幸せです」
世界で最も安全で、豊かに拡大を続ける超大国の中心で。
未来の国王の最愛の妹となったキャリーは、防壁の外に広がる美しい青空と眼下に広がる新しい農地を眺めながら、心からの笑顔を咲かせていた。
(おしまい)




