日常の終わり。物語の始まり。
声が聞こえる。
視界がはっきりしてくる。
あれ?僕は何をしてたんだっけ?
「ーーっと!聞いているの!」
「え!?あ、えっとなんだっけ?」
「全くしっかりしてよね、今度の結婚式の式場選びじゃない」
「え!?えええええええ?」
よく通っていたカフェ。机の上にはコーヒーと複数の雑誌。
そうだ、確か。。。えっと。。。あれ?
「大事な話しているのになんでぼーっとしてるのかな!?」
「え?あ、あはは。ごめん。。。」
「まぁいいわ、そう言うところもあなたらしいからね」
少し呆れながらでも、彼女は優しく微笑んだ。
「本当、2人で遊んでいたあの頃、確か秘密基地なんて作って、
魔王軍が攻めてきてもこの秘密基地で迎撃するんだ!!なんてはしゃいでたよね」
「あったねそんなこと。その頃だっけ剣の特訓をして、
まぁいつも僕がボコボコになってたけど。。。」
彼女はエヘヘと呟きながら少し照れていた。
「それはそうと、君は本当に運がいいんだからね!
なんといっても王国騎士団長の夫になるんだから!」
「本当に運がいいよ、まさかこんなことになるなんてね。」
幸せな時間が二人を包む。
周りには人もいるはずなのに、まるで自分たち二人しかいないみたいだった。
「でも、本当に君は僕でよかったのか、
君くらいになればもっといい人がいただろう?」
彼女がキョトンとした瞳で僕を見る。そして僕は続けた。
「僕なんか、君と違って力もないし、勇気もない。
家柄ももちろんない。貯蓄もないよ?そんな僕より。。。」
「うるさい!うるさいうるさい!」
彼女の声に息を呑む。
ため息を漏らして彼女は続けた。
「確かにあなたは私よりも弱いし、
意気地なしかもしれない。もちろん資産も家柄もない。」
う。。。自分で言ってたが言われると心に刺さるな。。。
「でも、私はあなたに救われた、あなたの一言本当に嬉しかった。
だから私は前に進めた。進めたおかげで、騎士団長になれた。
たくさんの人々を救えた。あなたは私の勇者だったんだよ!
勇者と結婚できるなんてこれ以上のことはないでしょ!」
満面の笑みで彼女は告げた。あまりにも恥ずかしくなって飲み物を飲みながら顔を背けた。
緊張からか、恥ずかしさからか、周りの音が聞こえなくなってくる。
「だから、これだけは言わせて」
真剣な声色に僕は目を向けた。
「私は誇りに思うの。最後にあなただけでも、私の勇者を救えたことを。」
「え?」
音が完全に消えた。
「君は何をいっているんだ?」
一瞬血の気が引く。
ふと周りを見る。誰もいない。白い空間に変わっていた。
机も雑誌もコーヒーもない。僕と君だけの空間。
彼女が眼を伏せる。
「ど、どうしたんだよ」
慌てて彼女の肩を持つ。
変な感触。思わず手のひらを見る。
血???
声が出ない。
思わず尻餅をつく。
彼女の足元に赤が広がっていく。
彼女が何かを言っている。でも聞こえない。
呼吸ができない。意識が追いつかない。
彼女が身につけていたリボンが血溜まりに落ちる。
その瞬間、強い吐き気を催す。
立ってられない。苦しい。痛い。なんで!?どうして!?
いつの間にか自分の体も傷だらけになっているのに気づく。
涙を流しながら、口に手を当て、声にならない声を出しながら君に手を伸ばす。
彼女が優しく手を握る。
さっきまでは聞き取れなかったがここだけははっきり聞こえた。
「私に任せて。絶対になんとかするから。」
咄嗟に息を呑む。
今となっては僕にとって呪いの言葉。
気がついたら血溜まりにリボンを残して彼女は消えていた。
そして僕の意識は途絶えた。
目を覚ます。何かが燃える匂い。建物が崩れる音。
体を起こそうと激痛が走る。
ここは秘密基地があった場所の近く?
そうだ、彼女とお祭りを回って、急に襲撃を受けて、いつもの秘密基地まで逃げて。
彼女が外から鍵を閉めて。僕を守って。火をつけられて。なんとか逃げ出して。それでそれで!!
無数の死体に立っている人かげ、そして血溜まりに残る君のリボン。
途端に冷静になる。
そうか、今日は、僕の日常が終わった日か。
ゆっくりと体を起こす。
足を引き摺りながら、自分の街に歩みを進める。
せっかくおめかしした服も見る影もない。
王都の空から雪が降り始めた。
人の声はほとんど聞こえない。
「ただいま。。。」
僕は家だったものなかに入る。
空いた酒瓶の山と、片付いていないテーブル。ここはいつものままだった。
親父はいた、
でも生きてはいなかった。
どうでもいいか。
天井裏の自分の部屋、飾っていたピンクの肩掛けを持って外に出る。
5年前に死んだ母の形見。これだけでも残っててよかった。
いつも通っていた通りを歩く。
自分が働いていた店。通ってた酒場。
「あれは夢だったか。」
さっきのカフェを横目に歩く。
意識が朦朧としてくる。もう、考えるのが面倒くさい。
そこには日常があった、幸せがあった、そして何より君がいた。
かろうじて歩く。目指すは、いつもの広場、彼女との待ち合わせの場所。
死ぬならあそこがいい。
「着いた。。。」
広場、あるのは瓦礫と死体。
それでもよく座っていたベンチは辛うじて形を保っていた。
そこに座る。もう歩けない。もう立てない。でも少し満足はしていた。
持っていた肩掛けを自分にかける。
すぐに強い風が吹き飛ばされた。かろうじて座れていた椅子も崩れた。
あぁ、全てがなくなった。
『私に任せて!絶対に私がなんとかするから』
これが君との最期の会話。
なんで一緒に戦わなかったのか、
なぜ彼女を止めることができなかったのか、
なぜ僕はこんなにも弱かったのか。
「黒い雪?」
いつの間にか、黒い雪が降っている。こんなのは初めて見た。
少し心が和らぐ。
雪のはずなのに冷たくない。むしろ温かさを感じる。
まるで、あの日の母さんみたいな。
「綺麗だな。。。」
彼女もそう言うだろうか。それとも怖がっていただろうか。
もういない君のことを思う。
虚しさより自分の怒りを感じる。
なんでいないんだ。僕が弱いから?
じゃあ僕のせいか?
どうして僕は弱いんだ?
僕に力があれば。僕に勇気があれば。
「力があれば、僕がもっとツヨク ナレ タ ラ。」
今願うにはあまりにも遅すぎた。
黒い雪が僕の体を包み込む。とうとう視界まで雪が積もる。
体から熱がなくなる。
瞼が重くなる。
鼓動が弱くなる。
意識が遠のく。
あぁ、ここで終わるのか。だが、不思議と怖くはない。
君の笑顔が闇に消えていく。
もし生まれ変わりがあるのなら。
その時は。。。君を守れるほど。。。誰よりも強く。。。
その黒い雪は、
終わりではなかった。
それが、すべての始まりだった。
『魔王が復活しました』




