【66話】完璧
「はあはあ...」
全力で隠居地まで走り辿り着く。
天然の洞窟で作られた隠居地の全貌が見える。
その前に大きな門があり、その向こう側に黒い煙が上がっている。
上がる息を整える間もなく隠居地にさらに向かった。
半分くらい開いている大門が見える。
そのまま入る。
──中庭
──ゴオオ
入る瞬間、玄関から激しい炎と共に黒煙がゴワゴワと上がっていた。
それのみが視野に入るルナ。
玄関の方に走る。
その瞬間。
──ブーン
──クガッ!
ルナの横から大斧の刃が頭上から振り下ろされる。
反射的に避けるルナ。
大斧は地面に深い爪痕を残しながら刺さる。
ルナは水が流れるように繊月を振るう。
標的は大斧が振るわれたその場所だ。
繊月の軌跡が鮮明な三日月を描く。
──プシュー
真っ赤な飛沫が上がる。
──キーン
「ゴカカッ...」
黒い服装の男が首を抑えながらルナの前に倒れた。
抑えているところからドクドクと真っ赤な液体を流している。
ほぼ同時にルナの側背後から別の何かが襲う。
ぐるんと回りながら避け、綺麗な満月の軌跡を描く繊月。
──ザスッ
──キーン
「クハッ...」
お腹を抑えながら跪く男。
手では抑えられない臓物が溢れ出ようとする。
ルナの手から一瞬、何かにより光が照らされる。
繊月が再び抜かれたのだろう。
──頭と胴体が分離する。
──キーン
──プシュー
もう一度鳴る納刀音。
同時に分離された胴体から血飛沫が上がる。
──ドサッ
力が抜けた胴体は地面に転がった。
ルナにとってはタイミングが悪かった。
いや、迂闊だった。
敵がいることは知っていた。
ならもっと慎重に動くべきであった。
だが、ルナは冷静にはいられなかった。
故に放火犯である者らとそのまま正面で出くわしてしまった。
だが、敵も油断していたのだろう。
それがルナを助けた。
──ルナの力量を超えた対応でもあったが。
納刀しながら、周りを見渡す。
数人の大人が見える。
そして──その中にラークがいた。
気を失ったようだ。
巨躯の者が担いでいる。
ルナの瞳孔が大きくなる。
「師匠!」
ルナは叫びながら彼らに突っ込む。
またもや冷静さを欠いてしまう。
そして進路の妨げとなるある者に向けて繊月を抜いて、それを斬ろうとした。
その瞬間──
──パガッ
──バチバチ
繊月が火花を起こしながら阻まれる。
目の前の者も、周りの誰も動いていない。
阻まれた繊月の刃を見る。
何か光っている壁のようなものがある。
反射的に目の前の防いだ者を見上げる。
「!」
──タッ!
──キーン
咄嗟に距離を取り、納刀する。
だが、再攻撃のためではない。
──紫に輝く無機質な目がルナを見下ろしていた。
それを見たルナの頭の中に瞬間的に警告音が鳴ったのだ。
ルナは視線を外さないまま軽く深呼吸をする。
「...師匠...ラークを離してください。」
激昂は抑えつつ、震えた声で言う。
「あなたたちが誰だろうが、構いません。
僕が狙いだったんですよね?
だったら師匠は離してください。」
すばやく状況をスキャンするルナ。
さっき見えなかったものが見える。
まず、ラークの状態。
頭から大量の血を浴びている。
故によく見えないが、とりあえず目に見える重い傷はない。
また、死んだのならあのように担いで行かないだろうと判断する。
つまり生きていると判断する。
それとまた別の者がヴォルグを持っていた。
ヴォルグの刃にも大量の血がついている。
死闘をしたということだろう。
視野が拡大する。
他の人たちが見える。
斬った者らを含めて総13人。
その中で一人を除いて、皆黒い服装に仮面をつけていた。
顔を隠している。
そんな中でもやはりこの者を視野から離せずにいた。
自分の攻撃を防いだ、唯一仮面をつけていない人だ。
臨戦態勢でもないのに最も危ない雰囲気を出している。
服装から違う。
真っ黒だが、十分に実践的な服装をしている他の者らと違って、スーツを着ている。
それも純白のスーツだ。
綺麗な紫のポイントが所々あり、高級感を生み出している。
あまりにも場違いすぎる服装。
だが、本質を言うと、この服装も飾りだ。
本体である彼自体が明らかに異質な雰囲気を出す。
世界に完璧な容姿を持つ者がいるとするのなら、こういう姿をしていただろう。
容姿について疎いルナだ。
そんなルナですら、一息を呑んで思わず見惚れる。
ラークくらいの背丈。
ラークよりは細いが、それでも十分に鍛えただろう。
真っ直ぐに伸ばした背筋がそれを主張している。
濃い青を帯びた黒髪。
長い手足。
完璧と思わせる顔や体の輪郭。
そう、まるで神が彫った彫刻像だ。
また圧倒的な異質感を漂わせるのが何よりも彼の目である。
紫の瞳孔。
だが、その目には何の意志も宿っていない。
目というのは重要な判断材料だ。
視線、動きなどで、意図や思考を推測させる。
だが、彼の目にはそういうものは全くない。
ただ自分を攻撃して、退いた者を見下ろしていた。
場の雰囲気も異質であった。
この者がこの場の長というのなら、周りの者たちは彼を守ろうとするべきだ。
だが、誰一人動かない。
彼の前に立とうと、守ろうとせず、徹底的に命令を待っていると、そう思える。
ルナの攻撃を防いだ者だ。
正面からであっても、瞬時の攻撃であった。
ルナの実力は今やそこら中の戦士や盗賊よりも素早い。
だが、何の動きもなく簡単に防ぐ。
つまり、絶対的な実力で成り立っている関係だろう。
ルナは退いたこの判断に納得していなかった。
だが、今は理由を頭の中でやっと理解する。
生存本能がそれを感じていたのだ。
故に素直に一旦退いた、と。
「あの──」
「貴様か。」
ルナが痺れを切らしたのだろう。
話そうとした瞬間、男が遮る。
──完璧な美声。
だが、その声にさえも、感情や意志は見られない。
無機質な響きに聞こえる。
「約定は守られた。」




