【7話】脱兎と墓石
沈黙が続いた。
血を噴き出していた二つ目の死体ももう血は吹き出さず、
前に作られた血だまりに新たな血を流し続けていた。
しばらくして、
一人が大声で叫ぶ。
「うわあああ!」
そして手に持っていた武器を捨て後方に全速力で逃げ出した。
それを見た他の若者達も喚きながら後を継ぐ。
騒ぎがあった少年の倉と庭は静寂のみが漂っていた。
少年は手にしていたクワを落とした。
ガラン...
地面とクワがぶつかる音が響いた。
「はあ...」
少年は深く息を吐いた。
初めて向けられた殺意、
初めて向けた殺意、
初めての殺人...
初めて持ったクワはとても重かった。
初めて奪った命は人であり、それは儚いものだった。
とにかく、どう凌いだのかすら今は考えられなかった。
全身が重い。
怠い。
初めての殺し合いは想像以上に体力を消耗した。
倦怠感と疲労感だけがひどく感じられ、
このまま藁の横で寝てしまいたかった。
先程、殺した死体がすぐ横に転がっていても知った事ではなかった。
しかし少年はそうしなかった。
本能的にこの場から、この村から離れなきゃいけないと思ったからだ。
しかし無闇に休んだり逃げなりしない所が他の同年代の子達とは明らかに違うところだろう。
一回り息を整えた後、倉の中を見る。
物はあまりなかった。
寝床だった藁や死体が二つ、そして壁には小さな棚が置いてあり、そこには
父がくれていた薬の使い余りを入れて置いた瓶と少し水が入っている水袋があった。
地面には落としたクワと二番目の若者が持ってきたショートソードと二つの死体くらいだった。
まず少年は最初に殺した若者の死体を漁る。
比較的に損傷が少なかった最初の死体は使えそうなベルトを装備していた。
ベルトには3つくらいの脱着式のポケットが三つもついていた。
ポケットの中にはほぼ満タンの薬瓶が二つ、丁寧に包まれた少し大きめのクッキーが七つ、半分くらいマッチが入っているマッチ箱が入っていた。
そのベルトを引き抜く。
腰に巻こうとしたけど、大きすぎて垂れた。
だからウェストポーチのようにポケットを前にして片肩から巻いた。
壁の棚にある自分の薬瓶もポーチの中に入れた。
そして自分の寝ていた藁を空のポケットの中にできるだけいっぱい詰め入れた。
そして二人目の死体を漁る。
まず見えたのは彼の近くに落とされてあったショートソードだった。
ショートソードと言っても九歳の少年が片手で持つにはやや大きかった。
そして彼のベルトにはショートソードを納める鞘と、
革の鞘に納まったとても小さな斧に似た短剣が二つあった。
本来なら狩りなどに用いる投擲用なんだろう。
しかしそれが少年の手にはちょうど合った。
短剣はベルトから鞘ごと外し、ウェストポーチに装着した。
ズボンのポケットにはマッチ箱があったのでそれもポーチのポケットにしまった。
羅針盤や小銭が少々あったけど、少年にはそれらが何なのか全然分からなかったのでそのまま放っておいた。
クワを手に取った。
やはり少年が持つには大きく重かった。
置いて行く事にした。
何の意味もなかったが少年は地面にそのクワを刺す。
一通り準備を終えた少年は水袋もポーチに入れ倉を後にした。
倉の外に火が消えた松明が何個か転がっていた。
それを一つ手に取った。
そして何の未練もなさそうに振り向きもせず、
そのすぐ後ろにある森の中に姿を消した。
誰もいなくなった倉の中の二つの死体の前にはクワがやや斜めに刺さっていた。
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深夜の森は満月の明かりをも奪う程とても暗かった。
拾った松明に火はつけていない。
松明の光を村人が発見して追って来るかもしれないと思った。
少年は微かな月光を頼り、村の反対側にゆっくりと進む。
しかしその目に不安はあっても恐怖は一切宿らなかった。
道中で魔物と遭遇するかもしれない。
命を落とすような何らかの大自然の罠があるかもしれない。
しかし少年はそんな事は気にもせずに進んだ。
実は少年は森の恐ろしさを全く知らなかった。
そういう知識すらない。
村の中で見様見真似で学んだ知識は多くある。
ショートソードやクワの用途、マッチの使い方など...
しかし誰かから聞いて学ぶ知識は全くと言ってもいい程なかったのだ。
そう歩いて数時間が経った。
道中の小川で水袋に水を入れた。
いつの間にか夜が明け遠くから少しずつ明るくなっていく。
そして少年の目の前に小さな穴が見えた。
大人一人が屈んでやっと入るくらいの大きさだった。
木の根や蔓で絶妙に隠されていて、よく見ないと分からなかった。
少年はとても疲れていた。
まる一日間、ほぼ休めずに体力を使い続けたのだ。
それに今となれば数時間も重い荷を持ちながら休まずに歩いた。
だから少年はその穴に入った。
中は思ったよりもずっと広くて奥にはまだまだ続くらしい。
少年は疲労のために奥の探索は一先ず保留した。
奥なんかどうでもよかった。
入り口よりやや入った所に場所を取り、そのままぐっすりと眠りに落ちた。
少年のとても長かった一日がやっと終わった。
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これで虐待編は終了となります。
読んでくださって、ありがとうございます!
来週(25.12.7)から洞窟編をアップロードいたしますので、その際にまたよろしくお願いします!




