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忌子物語  作者: あむ
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【5話】安泰の副作用

とても深い森に位置するこの村は元々、少なくとも年に数回は強い魔物に襲われるような場所だった。

魔物にとって人間個人はとても弱い存在であり、食べ物にしてはうってつけであった。

しかし集団になると話は違った。

集団の人間はとても賢く、そして強い。

故に人の村を襲う魔物はそう多くはなかった。

しかし他の獲物の狩りに失敗し続けた魔物は、空腹に耐えられず危険を冒して村を襲った。

その時の勝敗と被害はそれぞれだったが、最低でも一人以上は大けがをしたり、死んだりもしたものだった。


しかしここ数年間、 幸いな事にも魔物に襲われた事が一度もなかった。

数年間、安泰に暮らせて、また豊かな森の恵みもあり成人になったばかりの若者達は平和しか知らなかった。

彼らにとって魔物の襲撃は昔話であり 、死人は古の知らないおとぎ話の主人公だった。

そして彼らが知る死人は本日死んだ忌子の両親を除いては、みな老人か病者であって命の果てを予告された者達だった。


そんな彼らの前で同じ年くらいの縁のある人が死んだ。

いや、殺された。


若者達の停まっていた思考がやっと少しずつ動いた。

しかし人の死を、殺人を初めて見た彼らはとても混乱していた。

年長の者が一人でもいたのならばこの場を素早く繕う事ができたかもしれない。

いや、その前に殺人なんか起きなかったのかもしれない。


しかし人の死を初めて目の当たりにした経験のないこの若者達には混乱を収拾する能力はなかった。


ここ数年間、安泰だった村の恩恵のおかげだった。


────────

そんな中、若者の一人が混乱した頭の中を必死に整理しようとする。

『くそっ!どういう事だ!何が起きた?てか、何であいつは転がっているんだ?起きろよ!

あ?もう死んでるんだっけ?なら起きれる訳ないじゃんか!じゃあ、殺したのは誰だ?

あ、忌子だっけ?あの血だらけのクワを持っているのは誰だ?あ?忌子...忌子?』

混乱している思考の整理のために必死に、周りの視覚情報を集めようとしたその若者は死体とその近くに見える血まみれになったクワの刃先が目に入った。

そしては忌子の存在を忘れていた事に気づきながらも、血まみれのクワの刃先から柄の方に視線が移る。

その柄を辿り、持ち手を見る。

そして若者は再び固まってしまう。


村の若者達はみんな状況判断が出来ずに思考もままならなかった。


忌子への畏怖で未だに錯乱している者、

初めて目の当たりにした死でショックを受けた者、

死体の血しぶきと引きちぎれた首で衝撃を受けた者、

おふざけのつもりが過ぎた事になった事で衝撃を受けた者、

さっきまで対話していた相手の死を受け入れられない者など...


少なくとも彼らの住んでいた世界とは全く違い、現実味がなかった。

故に若者達全員はこの現実を拒絶し回避しようとしていた。

そして、各々色んな事を思いながらただただ遺体を無防備に眺める事しかできなかった。


そしてそんな若者達を忌子は見つめていた。

少年の目には混乱、錯乱など狂気は宿っていなかった。


とても冷たい目で彼らを見ていた。

いや、観察していた。


そう、若者が固まった故は少年のその目を見たからだった。


────────

「う、うわあああっ!」

少年を見て固まった若者はハッと気づいて大声を上げた。

普段はみんなを率いる、それなりに勇気のある若者だったのだろう。


「わ、悪かった!俺達が悪い!俺が悪い!だから助け…オエエッ!ゴフッ、た、助けてくれ!」

とっさに跪き、膝で地面をずるずると引きずり歩きながら少年の足にすがり付く。

彼のズボンと手と膝は先の死体が流した血で真っ赤に染まった。

ムワッと生臭い血の臭いがした。

少年の体とその後ろにあった藁からは悪臭も酷い。

つい、血の臭いと悪臭、そして恐怖などの感情が混じって反吐が出る。

しかし今はそんな事はどうでもよかった。


「も、もう二度とお前を痛めつけない。

こ、今夜こうしてお前の所に来たのも本当に悪いと思っている。

ほらな?こうして後悔しているんだ!土下座だってしている!

なあ?石を投げたり虐げたのも謝るから!

本当にごめ──ガハッ」


ヌチャッ...プシュー...


────────


再び静かになった倉。

そしてもう一度血しぶきが上がる。

その血は少年に思いっきりかかり、少年の体を真っ赤に染めていた。

下には媚び謝り損ねた若者が即死を許されずピクピクと痙攣をしている。

声を上げる事もない。


その背中から少年はクワの刃を抜いていた。

倉の外の残った若者たちを見ながら。


────────


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