【37話】変な日
ローバが戻って来るまであと三日くらい残っているのだろうか。
その朝、ルナは普段より早く目を覚ます。
何かが変だった。
普段よりも爽快に起き、体も軽い。
それが何故かは分からなかったが、いつもの風景が普段と比べたら変に感じられる。
ティアラは相変わらずの寝相で布団を蹴り飛ばし、おヘソ丸出しで寝ていた。
そっと布団をかけ直してやる。
そして部屋から出た。
軽く洗顔をして歯を磨く。
ラークもそろそろ起きる頃だろうか、と思いつつ、ローバがいなくなった日以降、ずっとラークが用意してくれていた朝食を代わりに用意する。
普段と変わりないメニュー。
一つだけ、スープだけは特別に作る。
トマトと卵、ビーンズが入ったスープだ。
トマトは丁寧にみじん切りにし、卵をよくとかして、じっくり煮込む。
それを用意していると、ラークが胡座をかきながら出てきた。
髪はボサボサ、ツンツンしてて、とにかくすごい寝癖だ。
──若干酒臭い。
「おはよう、随分と早起きしたな。」
テーブルの上に置いてある水瓶とグラスを取り、水を注いだ後一気飲みする。
若干二日酔いが残っているっぽく、苦しそうに顔をしかめている。
「おはようございます。そうですね、何だか早く目が覚めちゃいました。」
ルナは鼻がきく。
ラークの酒臭さを逃さない。
また、このことをある程度予測していた。
そんなラークのためのスープを作ったのだ。
「...また飲んだんですか?」
ジト目でラークを見るルナ。
随分と表現力が増えた。
「おう、俺はこれがなきゃ寝れねえんだよ。...でもさすがに飲みすぎたか。」
といいつつ、ルナが作っているものを探るラーク。
「おっ、トマトスープか!これはいい!」
と、顔色が明るくなり、勝手に味見する。
「くう~、これは良い!よし、俺の朝飯はこれだけで十分だ!」
素直に喜ぶラークに、気分が良くなるルナ。
ただ偶然に早起きしたが、それでも朝食を用意した甲斐があったと思う。
「よーし、今日は俺がティアラを起こすか!」
「あ、いえ、僕が起こしても──」
「いいっていいって、任せろ!」
慌てて引き止めようとするルナの言葉を遮り、出ていくラーク。
ルナは内心しまったと思ってしまう。
ラークは基本厳しい人だが、普段の生活ではかなりの意地悪で、崩れた一面もあった。
そしてそんなラークの起こし方も相当意地悪で乱暴だ。
基本は上にラークの巨躯の全体重を込めて乗っかり、身体が不自由になる。
そこから色んなスキル(?)に派生する。
こちょこちょ刑になったり、ヒゲジョリジョリ刑になったりする。
それ以外にも色んなスキルを駆使する。
そしてティアラは朝から不機嫌になる。
確率的ではなく確定的に。
ルナは止めることができず、ただ祈る。
信じる神はいないが、とにかく祈る。
今日も平和な一日になりますようにと。
そんな切実なルナの願いは虚しくも、部屋からはティアラの悲鳴が聞こえるのであった。
──
朝のゴタゴタが終わると、ルナはいつも通りの訓練をこなすために訓練場に向かう。
午前中の恨制御の訓練。
ルナは内側の柱の真ん中に体育座りをし、恨の源を優しく制御する。
今まではコツが掴めそうで、掴めず苦戦を強いられていた。
源の鼓動は少しずつ遅くなってはいた。
ここまでは普段通りだ。
そこで、もう一歩踏み出してみる。
いつも失敗している部分である。
鼓動の力を弱らせようと試みた。
どんどん鼓動が弱くなっていくのが感じられた。
何故かいつもより簡単に制御ができた。
そっと目を開けてみる。
何と外側の水晶の紫黒が透明になっていた。
正確にはほぼ透明だった。
紫は残っているが、近くで見ないと気づかないだろう。
内側の水晶も確実に真っ黒から紫に変わっていた。
それは鼓動に合わせて紫の色合いが波打っている。
驚いたルナはつい集中を解いてしまう。
一瞬で元通りになる水晶。
「あっ!」
つい嘆くルナ。
だが、これは大きな進歩だった。
──
昼食後、訓練を再開する。
ボール避けも急によくできた。
ルナははっきりと見えた。
感じている、が正しいかもしれない。
とにかく、ルナに見えているそれは、ラークが投げて来るボールの軌跡だった。
ルナが避け、後ろに飛んでいくボールの軌跡も、視界の外の動かなくなったボールまで、全部よく見えている。
しんどい事には変わらないが、いつもよりボールがよく見え、よく反応できた。
最小限の動きのみで避ける。
しかしすぐさま、普段どおりに戻る。
正確には軌跡は見えるが避けられなくなった。
ラークがボールを投げる速度を上げたからだ。
ボールをほぼ同時に2個投げる。
打点を増やす。
だが、ラークも内心、ルナの成長に思わず唇が上がっていた。
ラークの組手の際にも、今までとは違う動きを見せるルナ。
いつもより、余裕を見せていたのだ。
普段は攻撃を凌ぐ事で精一杯だった。
しかし今日はその攻撃をちゃんと見ようとする。
それに実際、ある程度は見えていた。
ラークの攻撃を全く凌ぐ事はできなかったが、凌ごうとする。
今まで見えなかったラークの攻撃を今までより見据えている。
そのまましばらく組手を続けた。
ちなみにこの日、ルナは普段より多くの攻撃を受けた。
ティアラとの組手の際についにことを起こした。
ティアラとの組手を始めて約一週間の間、常に押されていたルナだ。
だが、今日のルナはティアラの動きに、ほぼ完璧に追いついていた。
一方、いつも通りの攻撃をしていたティアラ。
だが、その殆どが避けたり流されたり防がれる。
どんどん過激になっていく。
このことに組手をしている二人は気づかない。
ラークはわざと静観した。
時折フェイントや奇襲的な攻撃も仕掛けるティアラ。
だが何をしても、避けるか凌ぐルナ。
このことにティアラはしびれを切らしてしまう。
感情的になり、動きが大きくなる。
狙いはルナの頭。
大きく右足を上げた瞬間、
「──ふえっ?!」
ティアラは派手に転んで空を見ていた。
一瞬何が起きたか理解できないティアラ。
「そこまで!」
組手を中止したラークは満足げに笑う。
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ルナは普段、誰との組手でも、攻撃を凌ぐ事でいっぱいだった。
だが、今日のティアラとの組手の間、ルナは相手の動きがずっと見えていた。
ほとんど避ける事ができ、できないと判断される攻撃は防いだり、流したりしたのだ。
今日はティアラの表情すらも見えた。
いつもより厳しく、苛ついている。
ゆえにティアラの調子が悪いと、そうルナは単純に思った。
だが、ルナには今まで見たことのない二つが見えた。
一つはティアラの動きの点と線、それに連なる動きの軌跡だ。
ティアラの動き自体が、点からいくつもの線に派生し、軌跡を描いていた。
ルナの視界には、相手の手を上げる動作、ステップを踏む足場の到着点などが軌跡となって見えている。
攻撃に例えると、仕掛けてくる予備動作から、いくつもの軌跡が枝分かれしていた。
それによりルナは取捨選択をし、攻撃を凌いでいた。
二つ目はティアラの体の所々に不思議によく見える部分だ。
攻撃は禁じられているルナだが、ここは攻撃してもいいよと、まるで誘導しているみたいだった。
そしてティアラが動くたびにその場所も変わっていく。
『ティアラから何かが見えたら、手を出していいぞ。』
ふと、前にラークが言った言葉を思い出す。
だが、ルナにとって、ティアラは容易い相手ではない。
見えてはいるが、そこに飛び込む隙もなかった。
そんなルナにチャンスが訪れた。
ティアラは当たらない攻撃に結局しびれを切らしてしまったのだろう。
つい感情的になったティアラはムッとした表情で右足を高く上げようとする。
標的はルナの側頭部だ。
そして、ルナはその場所に手が届きそうだと思う。
手を出そうと決心する。
高い打点への蹴りのために、膝を思いっきり上げたティアラの左側に素早く回り込み、手を差し伸べて左肩に触れた。
力は少しも込めていない。
が、その割にティアラは大きく身を反転して盛大に転んだ。
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一皮剝けた。
今のルナの状況にこれほど合う言葉はないだろう。
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