【35話】晩酌
恨の制御の訓練を始めて約1ヶ月が過ぎた。
ルナは四苦八苦していたが、コツを少しずつ掴む。
まず、源を感じる事はもう容易くできていた。
いつでも常に源を感じる事が出来た。
心臓に合わせて鼓動する源を少しずつ制御していく。
集中すれば、鼓動はドンドンと小さくなっていった。
しかし、集中しないと元通りになる。
まだまだ訓練が必要だった。
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──深い夜、ラークの部屋。
ラークは一人で酒を手酌しながら、何かを考え込んでいた。
テーブルにはウィスキーと氷、ジャーキーが置かれている。
ルナの訓練について次の段階を練っていた。
部屋の隙間から漏れる灯りに気づいたローバがノックをする。
「まだ起きていらっしゃるんですか?」
ローバは薄く真っ白いネグリジェを着ていて、普段シニヨンに丁寧に纏めた髪は今は下ろしている。
洗ったばかりらしく、髪の毛はやや湿っていた。
入ってきたローバを、ちらっと見たラークは素っ気なく答える。
「ルナの次の訓練を考えていた。」
「でも、こんな遅い時間ですわよ。ラーク様の体調でも崩してしまったら大変です。」
「この程度で崩れたりはしない。そんなことより、そっちこそこんな時間まで何やってたんだ?」
「いつか言おうと思ったのですけど、そっちとか、お前とかやめてもらえません?私にはローバって名前があるんです。ちゃんとローバって呼んでください。」
むすっとなり、いつか言おうと思ったことをいうローバ。
普段のメイドらしい口調が崩れている。
「ティアラとルナちゃんを寝かしつけて、ゆっくりと温泉に浸かっていたらもうこんな時間になりました。」
続けて遅くなった理由を話す。
またルナを着せ替え人形として遊んでいたんだろう。
ラークはその事は知らない。
「...すまない。女性の名前呼ぶのって恥ずかしいんだよ。そんなことよりも早く寝ろ。明日も早いんだろう?」
意外な一面を見せるラーク。
そして話題を逸らそうとする。
それを聞いたローバは意外だと思い、クスッと笑った。
そのまま、自然にラークの前の椅子にちょこんと座る。
「良ければ、私も一杯ください。」
伏せてあったグラスを手に持ち、ラークに差し出す。
ラークもまた、ローバのこの一面に意外と思いつつも、ローバの差し出したグラスを自分の手にとり、氷を入れ、酒を少し注いだ。
ローバに渡す。
両手で取ったローバは一口飲んだ。
「ルナちゃんの訓練を考えてたと言ってましたよね?じゃなくてもルナちゃんは今も大変そうなのに、もっと苦しくなるんですか?」
ルナは普段精一杯頑張っている。
ラークとの訓練を直接見た事はないが、いつも満身創痍で訓練場から戻ってきた。
温泉の回復効果もあり、身体の傷はほとんど消えるが、毎度の訓練がきつい事は変わらないだろう。
「今しんどくないと、あいつは死ぬ。
...俺はあいつに死んでほしくない。だから、今厳しく鍛える。」
「なぜそこまで?」
ルナは幼いといえど、赤の他人だ。
しかも一度殺そうとまでした。
ローバはそこまでルナを気に掛けるラークが気になった。
「──俺には無理な境地までたどり着く才能がある。」
「あら?ラーク様もかなり強いのでは?」
「そんなことない。剣術...いや、武だけでは俺より強いやつはごまんといる。むしろ奴らの中では俺は弱い方だ。」
「...つまり、ルナちゃんには少なくともラーク様を超えれる強さがあると?」
「そうだ。おま...いや、ロー...バ...には理解し難いかもしれないが、あいつは才能がある。そしてそれを証明した。」
「ふふっ、ちゃんとローバって呼んでくれるんだ。嬉しい。ありがとうございます。」
自分を『お前』と呼ばず、すぐ訂正して『ローバ』と恥ずかしながら言うラーク。
それがつい可愛らしくなり、感謝をするローバ。
「...うっせえ。」
照れているラーク。
「ふふっ...でも、そんなに才能があるのでは、死ぬなんて、ありえなくないですか?」
「いや、その才能を開花しないと意味はない。
あいつは『恨持ち』だ。今はいくら抑えようと訓練はしているが...
それがいつイレギュラーとなって仇になるかわからん。
それと、あいつは俺が思うには、絶対冒険者になる、と思う。
いや、将来的には何になっても構わないがな。でも結局は育て親が冒険者だ。
それ以外にもできることはたくさんあると思うが...
やっぱり冒険者になる可能性が高いだろう。
もし、冒険者になったら、どこまでいけるか気になる。」
育て親とまで言うラーク。
しれっと自分を継いで冒険者になってほしいと間接的に言っているその内容は、本当に父親そのものだ。
「あと...あれだ。ティアラは勇者候補だろ?いや、その前に、今更だが、出処は探らないでくれ。俺もティアラの事を口外するつもりはねえ。
とにかく、あのお転婆のことだ。
あいつは少し強いからって自分の身も案じず、自惚れる、悪い癖がある。
そこをきちんと正す。
俺が思うには最強の剣になれるルナと、ティアラはすでに知っている者らからは最強の魔法使いと言われているんだろう?
なんだか運命ってのも感じられてなあ。
あの二人はこれから親友だろうが恋人だろうが、姉弟だろうが、とにかく末永く仲良くなってほしい。
ルナもルナだが、ティアラも一人だと何だか危なっかしい気がするんだ。
いくら勇者候補って言っても、女の子ってのもあるし、何よりも優しいし可愛いからな。
将来勝手に変な男とか連れてきたら...」
急に殺気を出すラーク。
「っ!とにかく...心配なんだよ。」
落ち着いて、普段通りぶっきらぼうに戻るラーク。
勇者候補だと割り切ろうとしているが、結局扱いは娘だ。
ラークは照れるらしく、酒をちょびっと飲んだ。
何の利得もないのに、子供たちを案じるそんなラークにローバはつい見とれてしまう。
「へえ、本当に父親みたい...。じゃあ、母親は私かしら?」
と、ボソっと話すローバ。
「あっ、えっ!そういう意味じゃなくて!そう、あの二人に役割的にですよ?!役割的に!」
口に出した内容を自覚し慌てるローバ。
酒のせいだろうか、顔が真っ赤だ。
「ククッ、何をそんなに慌てているんだよ?おまっ、いや、ローバの言う通りだろ。俺が父親で、君が母親。二人ともそう思っているだろうよ。いや、ティアラは俺のことをどう思っているか、わからんがな。」
慌てるローバに自分のグラスを差し出し、乾杯を促す。
真っ赤になったローバはおずおずとグラスを当てた。
──カチンッ!
グラスがぶつかる音が聞こえ、一口ずつ飲む。
その後、二人はしばらくルナとティアラについて話した。
──
「ていうか、こんなところに篭っててもいいんですか?町とか外で恋人とかいたりするんじゃないですか?そんな人に失礼ですよ!あー、もしかして物資のためとかいいながら恋人に会いに行くとか?」
随分とお酒が入ったのだろう。
若干酔いが回ったローバ。
つい、変な事を聞き出す。
「...いねえよ、そんなもん。」
ぶっきらぼうに答えるラーク。
その返事にローバは何故か内心安堵した。
「...ん?」
何故安堵したのかわからないローバ。
「──...もう、な...。」
ラークが間をおいて、最後にボソっと付け加える。
そして、グラスに残ったお酒を一気飲みする。
ラークの言葉、その後の仕草を見たローバは安堵した心とは裏腹にチクっと機嫌が悪くなった。
自覚はなかった。
だが、聞き返すこともできず、佇んでしまった。
「ローバはどうよ?まだ若いのに子育てのために、数年も一人身だろ?男が恋しいんじゃないか?ククッ。」
と、下ネタを言うラーク。
酔っているんだろう。
冗談だとわかっている。
王宮で、貴族たちにさんざん言われたセクハラまがいのことだ。
──だが、嫌ではないと思ってしまうローバ。
「いーえ、私は今まで誰かとお付き合いしたことありませんから、全然そういうの知らないですよーですっ!」
といいながら、ラークの空いたグラスにウィスキーを注ぐローバ。
ついグラスいっぱいに注いでしまい、少し零れた。
──この日、ローバは生まれて初めて、自らの意思で男に酌をした。
──その理由もわからずに。
こうして、大人二人の夜は深まっていった。




