【34話】七色と白
ルナの恨の訓練が始まって、数日が経っていた。
朝の基礎訓練を終え、午後にスクロールを起動し、アンクレットを外す。
──瞑想。
そしてアンクレットを戻し、通常の訓練に戻る。
その繰り返しだった。
ルナは毎日、丹田の奥にある紫黒の源を捉え、制御を試みていた。
少しずつではあるが、水晶の色が揺らぐ頻度は確実に増えていた。
────────
ある日の午後。
訓練を終えたルナがいつも通り外に出ていった後、ラークは柱から魔力結晶が入っている瓶を取り外した。
結晶は随分と小さくなっていた。
ラークはそれを手のひらで転がしながら、ティアラがいるところに向かう。
食堂でローバと共に話していた。
「ティアラ。」
ローバの隣に座っていたティアラが顔を上げた。
「何?」
「見せたいものがある。」
柱から取り出した、とても小さい結晶が入っている瓶を見せる。
「恨の訓練を続ければ、結晶の消耗も続く。」
ラークは瓶を指で弾いた。
「買い足すにも金がかかる。ブロンに頼むにも限度がある。」
「じゃあどうするの?」
「お前が作ってくれ。」
ティアラは瞬きした。
堂々と要求するラークに一瞬呆れる。
「光属性の魔力結晶だ。お前なら造作もないだろう。」
ティアラは胸を張った。
「任せなさい!」
────────
ティアラは、両手を前に出した。
光属性。
凝縮して、結晶にする。
意識を集中させる。
──パッ
掌の上に結晶が現れた。
八つ。
赤、青、緑、黄、黒、透明、そして白が二つ。
全ての属性の結晶が、一つずつボーナスで出てきた。
「......あれ?」
ティアラは自分の掌を見つめた。
光だけのつもりだったのに。
「待って!もう一回やってみるから!」
ティアラは頷き、再び集中する。
光。光だけ。
──パッ
一つ増えた。
赤が。
「...おかしいわ。ちゃんと意識してるのに。」
ラークは腕を組んだ。
「ティアラ。お前は今まで、魔力の属性を自分で選んだことがあるか?」
「当たり前よ。魔法なら、火を使いたい時は火を、水なら水を──」
「違う。」
ラークの声は静かだが、断定的だった。
「お前が言っているのは属性じゃない。魔法だ。」
ティアラの首が傾く。
ラークは続ける。
「魔法を発動する時、魔法陣が属性のフィルターになる。必要な属性だけを通し、それ以外を弾く。お前は混合した魔力をそのまま流し込んでいただけだ。」
「...」
「魔法陣が勝手に選別してくれていた。お前自身は、一度も属性を選んでいない。」
ティアラは目を見開いた。
ラークは結晶を指さす。
「魔力結晶にはフィルターがない。お前の魔力がそのまま固まる。これがお前の魔力の本当の姿だ。」
ティアラは並んだ結晶を見つめた。
七色。
確かに綺麗ではある。
だが、求められているのは純粋な白──光属性だけの結晶だ。
ふと思い出す。
ラークと初めて会った日のことを。
あの時、必死に放った魔力の塊。
あれも──確かに色が混じっていた。
自分では自在に選んでいるつもりだった。
ただ量で押していただけだったのだ。
ティアラの手がぎゅっと握られた。
「...全然コントロールできてなかったってこと?」
「そうだ。」
即答。
容赦がない。
「やり方を教えて。」
「知らん。」
ティアラが顔を上げる。
「俺は魔法使いじゃねえ。」
間をおいて、それでもアドバイスをするラーク。
「でも、そうだな……。自分の魔力の流れを感じてみろ。
七つの流れの中から、一つだけを掴め。
頭で選ぶんじゃない。流れを見てみろ。」
──なんか根性論みたいだったが、とりあえずティアラは再び両手を出した。
集中する。
流れを──感じる。
──パッ
六つ。
「...一つ減ったわ!」
「......」
────────
それから、ティアラの勇者としての訓練の中で、この魔力属性分離が加わった。
訓練場でやることになり、その訓練をラークが隣で見守る。
そして結晶の分離を何度も繰り返す。
六つ。
六つ。
五つ。
六つに戻る。
四つ。
五つ。
三つ。
ティアラの額には汗が滲んでいた。
普段の魔法では感じたことのない疲労だ。
魔力が足りないのではない。
使い方が違うのだ。
────────
ある日、ローバが静かに温かいお茶を差し出した。
「普通は高い装備がないと結晶は作れないの。素手でできるだけでも、十分すごいのよ。」
ティアラは一口飲み、深く息を吐く。
「...でも、今は選べないと意味ないわ。」
ローバは微笑んだ。
「だからこそ、今練習してるんでしょう?」
ティアラは頷き、コップを置いた。
再び両手を出す。
────────
また数日後、ティアラは同じ訓練に励む。
二つ。
二つ。
二つ。
白と──もう一つが、どうしても消えない。
ティアラは唇を噛んだ。
最後の一つが、しつこく残る。
無理に消そうとすると、逆に増える。
力を抜くと、三つに戻る。
「力を入れるな。流れに逆らうな。」
ラークの声。
ティアラは目を閉じた。
力を抜く。
感じる。
七つの流れが、確かにある。
その中の白い一本だけを。
掴むのではなく、残す。
他の六つを、静かに手放す。
──パッ
掌の上に。
一つだけ。
白い結晶。
ティアラはゆっくりと目を開けた。
「...あっ!」
純粋な光属性の魔力結晶。
不純物のない、澄んだ白。
「あれ?一つだけ?白よね?」
自分で作ってもなお、信じられないティアラ。
「よくやった。」
ラークは短く言った。
ティアラの顔がほころんだ。
「えへへ」
だが達成感に浸る間もなく、ラークが続ける。
「次は大きさだ。今のでは瓶に収まらない。もっと小さく。」
ティアラは頷いた。
属性は一つ。
感を掴んだ今、一つだけ出すことは容易かった。
あとは量を絞るだけ。
先ほどの要領で、流れをさらに細く。
──パッ
白い結晶。
小さい。
ラークが瓶に入れてみる。
だが入らない。
「もう少し。」
──パッ
もう少し小さく。
ラークはティアラから結晶を受け取り瓶にもう一度入れてみる。
──カラン!
ガラスの瓶に澄んだ音と共に結晶が収まった。
「...入った。」
ティアラは安堵のため息をついた。
「これで終わ──」
「じゃあ、あと50個くらい頼む。」
「......?」
「恨の訓練は毎日だ。結晶も毎日消耗する。それに、もう残り少ないんだ。」
ティアラはラークの顔を見た。
至って真面目だった。
「...50...?」
「そうだ。」
ティアラは訓練場の床にぺたりと座り込んだ。
「...全部ルナのせいだわ。」
────────
その頃。
ルナはローバの隣で夕食の支度を手伝っていた。
「何か手伝うことはありますか。」
「ありがとう、ルナちゃん。じゃあそのお野菜を洗ってくれる?」
「はい。」
ルナは言われた通りに野菜を洗う。
奥から、ティアラの叫び声が微かに聞こえた気がした。




