表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忌子物語  作者: あむ
45/46

【33話】あの日、そして今日

──訓練場の外の階段


ローバが座っていた。

その横にお茶が入った瓶とコップがお膳に置いてある。


目の前の訓練場の扉から金色の光が扉の隙間から漏れている。

静かだ。

だが、ローバは知っていた。

今、訓練場の中では、ルナが頑張っていることを。


ティアラと二人で暮らしている時のことを思い出す。

ルナの気配に気付いたあの日を。


──

その日のローバは気分がよくなかった。

朝早く目覚めたのではあったが、体はだるくて重い。

体調を崩しているわけではないと思う。


空気も何だか湿っている気がする。

もしかして今、曇りか雨でも降っているのだろうか。

天然の洞窟で出来ているこの隠居地で、ローバの部屋ではそれを確認することはできない。

部屋で簡単なストレッチと朝の支度をして部屋の外に出た。

ティアラは朝弱い。

自分の部屋で爆睡しているのだろう。


今日がもし雨か曇りだというのなら、やる予定だった布団の洗濯はできないと、今日は何をやろうかと悩む。

そして廊下を通って外に出た。

ローバの予測は違っていて、外は快晴で雲一つも見えなかった。

まさに洗濯日和ってくらい。


ローバは気分がよくないものの、大したことないと思った。

自分の好きな家事に取り組んでいたら、気は晴れるだろうと思う。


外の様子を見た後、厨房に向かい、朝食を用意した。

朝食はいつも通り、簡単に果物やスープ、パンとジェムを用意する。

用意が終わったら、寝ているティアラを起こしに行く。

いつも通りの何の変哲もない一日の始まりだった。


朝のティアラは弱く、起こすのにも大変だ。

だが、ローバは忍耐強く、ティアラを気分よく起こそうと努力した。

結局、起きれないティアラに向けて、怒りながら起こす時も稀にはあったが、基本的には優しく起こす。


その日は少し違った。

ローバは、ティアラが被っていた布団をバッと取り上げる。

ティアラは温かい布団を取り上げられ、起こされた。


ローバは何故そうしたのかはわからなかった。

だが、イライラとした感情をうまく抑えることができない。

起きたティアラも寝ぼけながらも、今日はローバの機嫌が悪いなと思いつつ、気をつけようと思う。


ローバはティアラに何も言わず、そのままティアラの部屋から出ようとした。

その時、なぜだか本棚の向こうの穴が気になりはじめた。

だが、ちらっとそちらを見ただけで、そのままティアラの部屋から出た。


──ティアラと朝食を取るときも、ローバは一言も話してはいなかった。

ティアラが何か一生懸命話しているが、耳には入ってこない。

適当にあしらう。

これもまた、ローバらしくなかった。


朝食を終え、皿洗いをする時も、気を紛らわすために集中しようとするが、うまくいかない。

挙げ句には皿を一つ割ってしまい、その破片で指を切ってしまう。

普段は絶対にしないミスだ。

ローバは血が滲む指を見つつ、その場で座り込んでしまった。

イライラする。


そろそろ月の下り物だろうかと思ったが、それにしては周期が合わない。

まだ後の予定だ。


だが、気晴らしもできない、快晴なのにも関わらずジメジメとした感覚。

全てが説明できない、感情もうまくコントロールできない。


──そう、これがルナの気配に気付いた初日の事であった。


そして、日に増して気分が悪くなっていくローバ。

その原因を探そうにも、そう簡単に見つけることができない。


挙げ句にはあのお転婆なティアラもローバの機嫌を伺い、大人しくする日々。


そんな日々が過ぎ、ある日のことであった。

いつも通り、ティアラを起こしに行く。


ティアラの部屋に入った時だった。


──グワッ

いつも清潔に掃除して、アローマなどでいい香りがするティアラの部屋に微かな悪臭がした。

アローマの香りに混じって、その悪臭は異質感が増して感じられる。

ティアラを起こすことはせず、そのまま原因を探ろうした。

ベッドの下や、部屋中を探っても、この悪臭を漂わせる物は見当たらない。


棚の向こうの穴がふと目に入る。

近づいて匂いを嗅いでみた。

微かではあるが、悪臭はそこから流れ入る空気に混じっていた。


ローバは知識人だ。

そして論理的に答えを導き出そうと思う。


最近、ティアラが自分の顔を伺っていることも気付いていた。

自分の機嫌が悪いことも、日々が過ぎて自覚していった。

その理由はわからない。


理由もわからない自分のこの状態と悪臭を連ねる。

ふと創造属性群、その中で闇属性の魔力は、負の感情を引き起こすということを思い出す。


──魔物。


ティアレン森には精神に影響を与える魔物が存在するということを聞いたことがある。

この森で、悪臭を漂わせ、闇属性の何かといえば、今思える範囲の内では、それしか思い浮かばない。

──と結論にたどり着く。


ローバは確信する。

だが、ローバの理性ははっきりと戻っていたわけではなかった。

普段のローバならティアラを決して一人にして町になど行かないだろう。

もしくは他の対策を練ったのかもしれない。


その焦りは、ちゃんとした用意もなく、ローバをそのまま三日もかかる町に向かわせた。

ティアラを一人で留守番させて。


そしてラークを連れてきて、今の経緯に至る。


──


前日、そのラークは今日からルナは恨の訓練を始めると言っていた。

自分が恐れ不安がっていたその影響を何とかするために。


ラークに恨に関する訓練を始めると聞いた時、ローバは内心恐れた。

そして羞恥心を感じる。

恨は自分がどれほど醜い感情を持っていたか改めて感じさせた。


ティアラは影響を受けていない。

幼く、純粋だからだろう。

ラークもその感情をうまく押し殺した。

魔道具があってこそではあるものの、ローバはそれでも、と思う。

自分はそうできなかったのだ。

過去王宮で暮らしていて、それなりに自信があったポーカーフェイスが崩れた。


取り乱してしまった挙げ句、ティアラに暴言を吐き、傷をつけた。

ルナを恐れ、冒険者を隠居地に入れ、その原因を亡くそうとした。


ローバらしくない行動ではあったが、それが自分の本当の姿ではないだろうかと疑う。

ルナとの出会い頭の件は、ある種、ローバの大きなトラウマとなっていた。


実際に一緒に暮らしている中、ルナのことを少しずつわかるようになった。

というか、ルナほどわかりやすい子は初めてだった。

何事にも一生懸命励み、自分やラークを敬い、ティアラととても仲良くしてくれる。


ルナの過去を知って、意外なことにルナは感情を隠すことが案外不器用であった。

苦しいことや辛いことには基本無表情であったが、嬉しいことや楽しいことに顔色自体が変わる。

笑うことはないが、目をキラキラさせる。

怒られる時には──主にティアラがイタズラをして巻き込まれるだけであったが──シュンと落ち込むのもわかりやすい。

警戒心は高くても、好奇心は旺盛らしく、無闇に近づこうとはしないが、目でそれを追っていたり興味を見せた。

訓練がどれほど辛くても頑張る。

その辛い訓練を終えて、休んだりしても大丈夫なのに、その疲れた体で暇あらば家事を手伝おうとする。


そう、今となって思い返してみると、ルナはとてもいい子なのだ。


──ふと、身体がゾクリとする。

胸の奥に、ジメジメとした何か重たいものが沈み込むような感覚。

以前も感じたことがある、ある意味慣れた感覚だ。


「...恨、ね」


スクロールで防いでいるはずだが、

それでも微かに漏れ出る気配がある。

ラークが説明してくれた内容で、スクロールの時間切れに関することを思い出す。


実際、初めて感じた時は、本気で怖かった。

以前は、逃げ出した。


でも今は──

ローバは拳を握り締めた。


ルナがラークを信じて頑張っているように、

自分もルナを信じて、ここで待つ。

終わった時に、「お疲れ様」と、冷たいお茶を出す。


それが、自分にできる精一杯。


「だから、頑張って。ルナちゃん」


静かな廊下に、ローバの祈りが響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ