【28話】狩人____と____
──ティアレン森の奥。
朝露に濡れた草を無心にむしる兎の耳が、ピクリと動いた。
次の瞬間──
──シュッ!
「ピエッ!」
高速の矢が的中する。
見事に頭を貫いていて即死したのだろう。
まもなく大きな猿が電光石火のごとく現れ、両手で横暴に首の骨を折る。
そして牙を使い、頸動脈あたりを的確に噛みちぎって血を抜いた。
肉や毛皮のダメージを最小限にした、見事な手際だ。
そしてそこに一人の若い女が弓を持って現れた。
男と並んで見劣りしないほど、背丈はかなり高い。
だが、しなやかな曲線と細身のラインが、確かに女性であることを示していた。
灰色の短髪は実用性を重視して切り揃えられており、
日焼けされた褐色の肌は彼女が活発的に森で活躍していることを物語っていた。
装備として目に見えるのは、まず彼女が持っている弓だ。
弓は長年使っていた物らしく、使い込んだ痕跡がたくさんあるが、丁寧に手入れされている。
サイズは若干小さめであり、素早い照準と、数多の障害物がある森での取り回しに最適化されている。
腰に装着されている矢筒には数多の矢が刺さっていて、その矢の一つ一つが丁寧に作られている。
きっと市販のものではないだろう。
接近戦もしくは獲物の捌き用と推測される短剣を二つ装備していて、一つは右太ももに、予備らしき若干小さめの短剣は左足首にそれぞれ位置している。
彼女は大猿から兎を受け取り、太ももの短剣で腹を割き内臓を引き抜き地面に埋める。
そして毛皮を剥いて、小さな樽に入れ、大猿が開拓する道を追っていく。
森の奥深くまで踏み込み、獲物を迅速かつ的確に捌く。
それは彼女の実力を物語っていた。
また注目すべきことは珍しい相棒を連れていることである。
狩人が己の仕事のサポートのために使役する獣を飼っていることはよくある話だ。
特に犬は狩人の相棒と言っても良いほど良い相性を見せてくれるため、猟犬という用語があるほど犬が最も多い。
余談として、一部地域の狩人、もしくは貴族達の趣味として鷹も使役されるが、一般的ではない。
だが、彼女の周りに犬は見当たらない。
その代わりに大猿を連れていて、しかも犬ができる役よりも器用な仕事もこなしている。
この大猿は明るい褐色の毛で覆われた体で、彼女より二回りは大きい。
そして自分の倍以上はある大きい荷物を背負いながらも、余裕の足取りで先頭を歩き、道を開いていく。
この狩人の名は「ブロン」、大猿は「ヨヨ」である。
ブロンはティアレン森の付近で最も大きい町の冒険者ギルドで幼い頃から活躍している冒険者だ。
狩人だが、猟犬を使役しないタイプであり、弓の腕だけで森を渡り歩く実力者だった。
とある経緯により運命的に大猿と出会い、ヨヨと名付け使役する。
元々、狩人としての実力と人望のみでも町の冒険者の間では有名だったブロンだ。
今となっては、その実力と使役する大猿を生かした独自の冒険スタイルにより、彼女の名声は更に高まった。
珍しい大猿を連れているということもあり、ティアレン森周辺で暮らす人々の中で、彼女を知らない者はほぼいない。
そんな彼女らが向かう場所はティアレン森深くに位置している、とある隠居地。
当然、その隠居地はティアラらが暮らす住処だ。
ブロンの任務は定期的にこの隠居地に物資を調達することであった。
普段は好きな依頼をこなしつつ、定期的にここに訪れる。
そんな彼女が半日ほど歩くと、遠くに、洞窟と人為的に作られた木造の大門が見えた。
ここまで来たのなら一応安全だ。
理由は不明だが、この辺りに魔物は滅多に近寄らない。
しばらく歩き、目的の大門まで着いた。
「おーい!ローバ、来たぞ!」
ドンドンと門を叩きながら、身分を明かすブロン。
しばらくしてギイイという音と共に門が開く。
「いらっしゃい!お久しぶりね!ブロン!」
数年の仲で、親しく挨拶するローバ。
「そうだな!つっても相変わらずだけど!元気してたか?ティアは?」
大きく口を開けて笑うブロン。
「ヨヨーーーっ!!」
弾けるような声。
駆け出してきたティアラが飛び込んだのは、ブロンではなく、ヨヨの胸だった。
「久しぶり!会いたかったよ!」
ヨヨは大きな腕でティアラを優しく受け止め、
まるで「自分も会いたかったぞ!」とでも言いたげに、
ゆっくりと抱き上げ、笑うようにくしゃっと表情を崩す。
その光景を見て、ブロンは思わず笑みを零す。
「こら、ティアラ、ブロンにも挨拶はちゃんとしなさい!」
行儀が悪いと叱るローバではあったが、厳しくはない。
彼女も久しぶりの知り合いとの出会いで少し浮かれているのだろう。
「いいっていいって。ヨヨも久しぶりにティアと会って嬉しそうだしな。
それよりも先に仕事の方をぱぱっと片付けちゃおうぜ。」
物資リストが書き込まれた紙を取り出し、木炭で作られたペンを取り出す。
ヨヨもそれを見て、背負っていた荷物を下ろして、荷物を解いていく。
ちなみにティアラはヨヨにくっつきっぱなしである。
再会の喜びよりも仕事を優先する。
ローバが彼女を信頼する理由の一つだ。
リストを見て、ローバと相互にチェックしていく。
集中して作業を続けていた、その時──
「──何か、手伝うことはありますか?」
誰かの声がした。
声がする方向に反射的にブロンが矢を番え弓を構える。




