【17話】憂い
ローバは用もなくティアラを置いて町に行く事は絶対にない。
何カ月に一度と、いつも決まった日に外出をしていた。
しかし今回はそんな予定はなく大急ぎで洞窟を出た理由は一つだけだった。
ルナが洞窟の中で彷徨っている間、彼の不吉な気運がじりじりとティアラの住まいまで届いたからだ。
その恐怖と不快感の元を解決すべく、大急ぎで近くの町まで助っ人を求めに行ってきたのだ。
近くの町に向かった理由として、色んなことを考慮した。
まず、助けを求めるには王都は間に合わない。
いっそティアラが12歳になる前に王のいる首都へと先に向かう事も考えた。
だが、王宮のあの薄汚い文化はティアラに悪影響を与えるだけであって良い影響はないと判断した。
早かれ遅かれ王宮に行くことには変わりはないが、それでもなるべく後で行きたいと思う。
故に依頼の為に町に向かった。
到着してすぐ冒険者ギルドに向かう。
そしていつも物資を届けてくれる冒険者を探したが、生憎彼女は留守だった。
昼時も過ぎ、酒場と食事処を兼ねていたギルドは閑散としていた。
一人の男が巨剣を横に据えて、受付近くのバーで昼食にしてはやや遅めの食事を取りながら酒を飲んでいるだけ。
男は酒をグビグビと飲みながら、ローバと受付嬢の話を適当に聞いていた。
そして依頼内容を途中まで聞いた男は急にローバの護衛の依頼を自分がすると申し出た。
それを聞いた受付嬢はとても驚く。
ローバはティアラの事は伏せて話をしていた。
しかしそれを聞いた男は察した事を確信するように安全な何かを持っていると言った。
またローバは彼は信用することができないと、受付嬢に物資調達をしている冒険者が戻って来る頃を改めて伺う。
だが彼は受付嬢の答えも待たず、自分にしか解決できないことだと断言する。
驚いていた受付嬢はハッと正気に戻り、なおも疑うローバに彼の実力と身元を保証する。
確信に満ちた彼の様子を少し怪しみながらも、受付嬢の驚き様と何故か彼の言う事に妙な信頼が生まれ彼の雇用を受諾した。
そして大急ぎで洞窟に戻って来たのだ。
「こちらに...」
ローバはティアラに固い笑みを見せた後、ティアラを通り過ぎ、そのまま男を案内した。
男は何も言わずにローバに付いて行った。
向かう先はルナがいるティアラの部屋であった。
ティアラの部屋に近づくにつれドンドンと不快感が増す。
ローバの表情は更に険しくなり、挙句には震えだしていた。
ローバは無理をせず、男に言う。
「この部屋には本棚があるんですが、その本棚の裏に洞窟があります。おそらくはそこから成るものだと思われます。そして先日町に出て行った時よりも気配が遥かに強くなっています。もしかしたらすぐ近くにいるのかもしれません...申し訳ないのですが、私にはもう進めません。何卒よろしくお願いします。」
ティアラは困惑しながらローバと男に言う。
「な...何?私の部屋がどうかしたの?もしかしてルナの事?ねえ、ルナはいい子だよ?何でそんな険しい表情なの?」
ローバはとても驚きティアラの身を案ずる。
男は何も言わないが何か察する事はあるようだ。
「もしかしてルナに何かするつもりなの?何で?私と知り合っちゃったから?
ローバ、ごめんなさい。勝手に連れてきて本当にごめん。
だけどルナはいい子だから罰するのなら私だけにして!」
そう前に立ちはだかるティアラをローバは強く引き留めた。
ローバの顔はとても固く、ティアラが一度も見た事のない怖い表情をしていた。
その時、男がティアラの頭に手をポンと置く。
「大丈夫だ。」
短くそう言った男は黙ったまま進む。
目の前の不快な感じを直に受けているはずだが、武器を取り出そうともしない。
ただズカズカと進んだ。
男の雰囲気と言葉でティアラは唖然としながらただ見る事しかできなかった。
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男はティアラの部屋の前まで来た。
この最悪の雰囲気を漂わす相手はおそらくこの部屋にいる。
ティアラと呼ばれる少女には聞いていたが身を持って確信する。
男はドアを開け入る。
ルナはテーブルについている椅子に座っていた。
ルナは男が部屋に入って来るずっと前から気付いていた。
そして彼の表情を見てすばやく立ち上がる。
眼光は鋭くなり、男の意図を探っている。
静かに彼の行動を見る。
そのテーブルにはついさっきまでルナが読んでいたであろう絵本が置いてあった。
ティアラがとても幼い頃に読んでいた本だ。
男は素直に驚く。
「ほう、 俺の事に既に気づいていたのか。
そしてやはり『恨』か。しかも史上最強の勇者候補と知り合いやがった。何たる奇縁だ。」
ルナにとっては理解のできない事を言う。
ちなみにティアラの存在とそのティアラが勇者候補だという事は国家機密級だ。
一般人には徹底的に隠されている真実である。
ローバが町で助けを求めた際にもティアラの事は徹底的に伏せていた。
しかし男は何故かそれを知っている。
それだけではない。
ルナの何らかの正体についても一目で見抜いた。
そして男はルナの行動を見てさらに感嘆する。
『それにしても、まずは警戒か。喚いたりたじろいてもいない。
ただのガキならばただ驚いて何もできないか、俺みたいな物騒な大男を見たらギャーギャー喚くか泣き出すかの所だぞ?
しかもただ単に警戒だけではなく俺の事をじっくり観察からしはじめやがった。』
自分でも物騒な大男だという自覚はあるようだ。
少し間を置いた後、男は思案する。
『...一度試してみるか...?』
「ルナ...と言ったな。俺はラークと言う。」
「お前を殺しに来た。」
ズンと音がしたように雰囲気がガラッと変わる。
ラークが殺気を出したからだ。
一瞬にしてティアラの部屋から殺気が漂い、殺伐な風景を描いていく。
ルナは更に警戒の色を強め、さらにラークから目を背けずに睨み続ける。
錯乱したり怖気づいた気配はない。
『ほう、これにも耐えるのか。ならば──』
「死にたくないのならば、必死に足掻いて見せろ。」
ラークは背負っていた大剣に右手を添えながら、ルナに突撃をした。
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大剣を抜かずに突撃してくるラークが見える。
剣を抜くのか、抜かないのかもわからないが、とにかく最悪のケースは剣を抜く場合だろう。
確実に殺されるからだ。
何という殺気。
少しでも気を抜いたら気を失いそうだ。
以前の村での若者達が見せてくれた錯乱して乱れていた殺気とは大違いだった。
研ぎ澄まされた彼の殺気はとても洗練されていて、ある意味ではとても綺麗だった。
その殺意の目的ははっきりと自分に向けられている。
これは確実に殺される。
言葉では頭の中で整理はできない。
しかしルナはそう判断した。
『っ...!』
ルナはラークに向かって走った。
絶妙なタイミングで左に飛ぶ。
同時に鈍い音がする。
同時にルナの意識は吹き飛んだ。
そのルナのお腹にはラークの左拳が直撃していたのだ。
その場でルナは倒れる。
痩せ細ったその身が吹き飛ばなかったのはラークが力を抜いたからであろう。
そしてそれを見ているラークの表情は微妙だった。
気に食わない様にも見え、一方では驚いた様にも見えたからである。
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