【11話】洗身(1)
「お話がしたいけど...あなた、随分と汚いわね...というか臭い。」
少年の向かい側の椅子に座った少女がむっとしながら言う。
「これはダメだわ。まずちゃんと洗ってきなさい。ほら、ついてきて。」
そのまま少年の返事も待たず、少女は歩き出す。
さっきから調子が狂いっぱなしの少年は少女の言う通りにしようとした。
しかしハッとした少年は胸元にある短剣に手をかけようとする。
「ダメ。それを抜いたらあなた死ぬよ?」
後ろに振り向かずに少女は言う。
見向きもせずに感づかれた少年は驚きながら短剣から手を離した。
「あなた、いい子ね。そう、私はあなたの敵ではないわ。正直に言うと味方でもないけど...そうね、お話次第では友達になれるかもよ?まあ、どっちにしても短い付き合いって事は変わらないけど。」
クルンと回り少年の方に振り向いた少女は少年の目を真っすぐに見ながら言った。
その顔は凛々しく、何故か少し寂しげに見えた。
しばらくは無言で歩く二人。
この人為的な洞窟は意外と広かった。
廊下を歩いて見える幾つもの部屋がそれを物語っていた。
そうしばらく歩いて、大風呂場の前に到着する。
洞窟であるからこその温泉が湧いていた天然風呂だった。
その前の脱衣兼洗面所に入った。
「ほら、ここで体を綺麗に洗って来るのよ。」
「...?」
少女が言う。
しかし少年は理解ができない。
少年は洗った事なんてなかった。
短い沈黙でそれを悟った少女はため息をつきながら言った。
「...脱ぎなさい。」
少年は背を向けて素直にもじもじと服を脱ぐ。
上着を脱ぐときに、露になった彼の背中には幾つもの酷い古傷が残っていて、それを見た少女の表情はやや堅い。
内心はとても驚いたのだ。
自分とあまり変わらない年の子がここまで古傷を負う場合ってどんなのだろうと。
「ほら、全部脱いだら中に入って!」
そう言いつつ、着ていたネグリジェを脱いだ。
「ここに座って。頭にお湯をかけるから驚かないでね。」
下着姿になった少女の言う通りに素直に腰を掛ける少年。
そしてお風呂のお湯をすくい丁寧に頭から濡らしていく。
一度も切った事のなかった髪はとても長くお湯をたっぷり染み込ませた。
そして一度も洗ってなかった髪から真っ黒になり流れていく。
「あんた、本当に汚いわね。誰も洗う事とか教えてくれなかったの?もしかして極北から来たの?」
極北地方に住むある一部の人族は水が貴重な事と寒さ故に洗わないらしい。
首を傾げる少年。
「ほら、髪の毛を石けんで洗うから目しっかり瞑ってなさい。」
その少年の反応を気にもせず、少女は髪の毛に石けんを当てた。
かなり痛んだ髪だった。
手では梳けないくらい酷く縺れた部分がたくさんあった。
お湯で縺れた部分を丁寧にふやかしながら風呂に置かれてあった櫛を使い丁寧に梳かしていく。
梳く度に少女の真っ白な手に黒く汚い水が流れ落ちた。
ふと、首元の傷に気付く。
先の若者のクワで負った傷だ。
今はほとんど治ってはいたけど、適切な治療が施されてなく荒い痕になっていた。
間もない痕だと気付いた少女は驚きながらも憐れんだ。
その荒い痕を指先でそっと触れてみた。
「何て事...これ...痛い?」
少年は首を横に振った。
髪を洗うだけで随分と時間を費やした。
全部梳かした黒髪は少年のお尻を越え、太もものところまで達していた。
それを少女は髪留めで器用に纏める。
そしてタオルを手にして露になった背中をゴシゴシと流した。
古傷の部分は遠慮しながら力をあまり入れない。
「うーん、髪と後ろは終わりね。今度は前に向いて。」
背中から丁寧にお尻まで流した少女が言った。
そして少女は叫ぶ。
キャアア──!
────────
キャアア──!
少女が慌てふためきながら両手で目を覆った。
「な、何?あんた男だったの?」
少女は本でしか男を見た事がない。
しかしその本の内容は少女の年齢で読むには少々早い刺激の強い内容であった。
その本の内容もあり、少年の体の真ん中よりやや下にある物は今は十分に破廉恥だと理解していた。
そして本の内容を思い出して、少女は顔が真っ赤になっていた。
少女が少年を女だと勘違いしても全くおかしくなかった。
少年は虐げられて食べ物も碌に与えられなかった。
つまり、すごく痩せ細った体である。
それに長い黒髪である。
幼い故に十分に女の子だと勘違いするほどだった。
そんな少女をマジマジと見る少年。
少女は下着姿だった。
「あんたも私を見るんじゃない!」
怒鳴られた少年はそっぽを向いた。
ポツン...
あまりにも不思議な光景だった。
少女と少年が風呂場にいた。
少女は両手で目を隠しながら座っていて、
少年はその前で堂々と立ったままそっぽを向いている。
お互い向かいあっていた。
そして沈黙が続いていた。
ポツン...
もう一度、洗面台に置いてあった桶に水の雫が垂れ落ちた。
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