【9話】疲労と空腹
死にたくはない。
でも疲れた。
足に感覚がない。
喉も乾いた。
水分のない気道は息もしづらい。
お腹も空いた。
しかし手持ちのクッキーも食べれない状態。
出られるのだろうか?
出口はあるのだろうか?
大分進んだのだ。
引き返すにはもう十分に遅かった。
引き返した所で道中で死んでしまうだろう。
そんな事よりも水が飲みたい。
その時だった。
近くで水の流れる音がはっきりと聞こえた。
普段ならせいぜい方向と距離を凡そ捉えるくらいだろう。
しかし空腹と渇きと視力の遮断、そして生への渇望は知らず知らずのうちに他の感覚を大いに鋭敏にさせていた。
特に聴覚は水が流れる場所まで的確に捉えるほどだった。
残った力を振り絞ってその場所まで這いつくばって行った。
壁の下の部分に穴が開いていた。
そこに手を伸ばしてみた。
タプン...
指や手の平に冷たい液体が感じられる。
その水を掬い口に運んでみた。
温い淡水だった。
少年はその水を片手で掬い必死に口に運んだ。
何度も何度も運んだ。
満足した時、仰向けになり十分に湿った気道で美味しい空気を吸った。
乾いた気道では呼吸もままならなかったのだ。
そのまましばらく休んだ後、座りクッキーを取り出した。
もう一つしか残ってなかった。
それを半分に割りまたその半分を割った。
大事に四等分した。
今までの経験を持って既に大分無くなった食料や水を大事にしようと思った。
どれくらい行けばいいのか分からなかったのだ。
そしてその一切れを味を感じるようにゆっくりと噛み砕いて食べた。
食べ終えた後、水袋に水を補う。
そしてもう一回、水で喉や口を潤し再び歩き出した。
後はすんなりと進めた。
鋭敏になった聴覚は流れる水の位置を的確に指してくれた。
クッキーの残りは心許なかったが、少年は空腹に慣れていて我慢強い。
そしてずっと歩き続けた。
洞窟に入ってどれくらいの日が過ぎたのかわからなかった。
足の裏はもうとっくに感覚がない。
それでも先に向かって歩き続けた。
そして食べた最後のクッキーからは微かに慣れたカビの臭いと味がした。
最後のクッキーを食べてどれくらい経ったのだろう。
そのまま水のみを頼りにひたすら歩き続けた。
そして洞窟のずっと向こうに微かに輝く光を発見した。
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随分と距離があった。
発見した後も随分と歩いた。
しかしそのおかげで長らく光を見なかった目を痛む事なく光に慣らす事ができた。
少年はやっと光る所の前に到着した。
目の前には何らかの格子のようなものに何かが積まれていた。
微かな隙間から中を覗き込む。
まだ光に完全に慣れてない目は眩しさで若干苦しみを訴えた。
驚いた。
外ではなかった。
そこは明らかに人為的に作られた正方形の部屋であった。
大きなベッドがあった。
ベールで覆われていて中は確認できなかった。
当然地下なのだから窓はないのだろう。
その窓の代わりに少年の視点から部屋の壁の二面は本でぎっしり埋まっていた。
覗き込む所の形を推測してみると少年もおそらくは本棚の裏だと思った。
何もない壁には別の場所に繋がるであろう扉がある。
そして次の物を見た少年は警戒心を一気に上げた。
少年の目に映ったのは部屋の真ん中あたりにあるテーブルの上の湯気が立っているティーポットとみずみずしい果物、そして新鮮なパンだった。
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ここには人がいる。
それだけで少年は緊張した。
まだ村から抜け出してないんだと焦る。
どうすればいいのか必死に思案する。
実は少年は元の村から大分離れた場所にいた。
洞窟に入って29日も経っていた。
歩いた距離だけでも約80キロにも及ぶ。
この距離は村の範囲から抜け出すには十分な距離であった。
少年は村以外の世界を全く知らない。
つまり人類は村の人が全部だと思ったのだ。
それ以外は果てしない森と魔物がいるのだと思った。
そんな中で人が暮らす場所に出た。
少年は当然、村から抜け出してないのだと勘違いをした。
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少年はまだ子供だった。
いくら大人が顔負けするくらい冷静な思考ができる彼でも、理性的な判断が的確には下せなかった。
しかも目にしているのは新鮮なパンがあり、少年は幾日も空腹だった。
忍耐力が底をついた少年は結局、緊張と警戒はそっちのけで格子の一番下の本を押すように部屋の中に入った。
酷い空腹は警戒する事も、探索をする事すらも忘れさせる。
そしてテーブルのパンを取りガムシャラに食べた。
時折、喉が詰まったのか持参している水袋から水をゴクゴクと飲む。
お腹が空いていたからなのか、
それともカビが生えたパンじゃないからなのはよくわからない。
香ばしい麦の香やふんわりとした食感は少年の食欲をさらに引き立てた。
とにかく美味しかった。
しかし果物とティーポットの中身には手を出さなかった。
初めて見る形の果物に、ティーポットからは嗅いだ事のない香りがしたからだ。
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