声変わりと思春期の鬱屈や人格変化
幼い頃は男の子でもキーキー声が出るのでピッチの抑揚と感情の起伏が連動していますが、声変わりでそれができなくなって、そのこと自体がものすごいストレスになるんですよね(個人差あるだろうけれど)。
それでもう、ひたすらデカい硬い声でしか怒りを表現できなくなって、それが人格に迄フィードバックしたり。つまり声で表現しきれなくなって、全身で表現を補完しようとする、それが暴力となってしまったり、です。
でも近年は過剰に暴力アレルギーが日本社会に蔓延っていますから、そうすると行き場をなくした余剰の怒りが、陰険な陰湿な方向で発散しようとして人格を卑劣な方へ捻じ曲げてしまったり。
特にその頃にはまた第二次性徴期でもあるので、精通とかマスターベーションとか女性への性的関心の強化とか欲望の濁りだとか色々ありますから、捻じ曲がりやすさが大きいので、猶更本来なら過度な抑圧はすべきじゃないでしょう。
先ほど「暴力アレルギー」と近年の社会傾向について批判的口吻をしたのはそういう意味です。
だからストレスが溜らないように声変わりの頃にはできるだけそれまでの高い声が出せる状態を維持しようと努力はするのですが、慣れない筋肉を酷使したら痛くなります、それが喉だと、風邪でもひきそうな感覚になってしまいます。だから次第に諦めてしまうのです。少なくとも私はそうでした。