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静寂の森

 狩猟祭の朝。


 ログインした瞬間、街はすでに異様な熱気に包まれていた。


「狩猟祭、開始だあああ!!」


「今日だけは寝ない!討伐トップ獲る!」


「お前あのサモナー追跡配信見てる? どこにいるんだろw」


 人波の隙間を縫って歩くだけで、聞きたくないほど自分たちの話題が耳に飛び込んでくる。


(やれやれ……)


 俺はそっと息を吐いて、リィの頭を撫でた。


「なぁリィ、今日は派手に騒がれるのはちょっと勘弁な」


「キュッ」


 リィは小さく鳴いて、わかってるよと言うように俺の頬に頭を寄せてきた。


***


 だから俺たちはいつも以上に森の奥へと足を運んだ。


 街から遠ざかるにつれて、あの熱気がまるで嘘のように薄れていく。


 やがて鳥の声だけが響く深い森。

 枝葉が重なり合う中を進むと、ここが同じ狩猟祭のフィールドだなんて忘れそうになる。


(……いいな、こういうの)


 リィは周囲を見渡して、静かに尻尾を揺らした。


「ゆっくりやろうな」


「キュ」


***


 狩りは穏やかだった。


 時折茂みから顔を出す猪や狼を、リィが軽やかに制していく。


 進化したリィの動きは格段に鋭く、翠光の渦が舞えば複数の魔物が一度に地に伏した。


「……やっぱ強いな、お前」


 肩に戻ってきたリィを撫でると、少し得意げに翼を震わせる。


 俺も呼吸を整えて、護りの符を展開。

 共鳴の煌きを発動すると、身体にじんとした魔力が広がる。


(これなら、どれだけ続けても問題ない)


 森はただ静かで、俺とリィだけがそこにいるような錯覚さえした。


***


 だが、遠くで小さな声が響く。


「おい……あの追跡ログ、また途切れたぞ!」


「マジかよどこ行ったんだよ! 誰か見つけてこい!」


「この森広すぎんだよ……街の掲示板じゃ“北西奥”とか“南東に釣りしてた”とか全部バラバラじゃねーかw」


 俺は息を殺し、木の陰から小さくその様子を覗いた。


 森の中を右往左往するパーティが何組もいる。

 中には配信カメラ用のゴーレムを連れているチームもあった。


(……ご苦労さん)


 リィは俺の肩で静かに尻尾を揺らし、まるでそれを小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「……お前も嫌なんだろ、群がられるのは」


「キュ」


 リィは頷くように一つ鳴く。


***


 それからまた俺たちは森のさらに奥へと足を踏み入れた。


 川辺で釣り糸を垂れつつ、現れる魔物を淡々と狩る。


 翠光の渦とブレスが交互に森を薙ぎ、数で勝る敵も全く歯が立たなかった。


「リィ……今日はお前にほんと助けられっぱなしだな」


「キュ♪」


 リィは楽しそうに尾を巻いて俺の首に頭を擦り付けてくる。


 誰にも邪魔されない、ただ俺とリィだけの静かな時間。

 これが一番欲しかったものだった。


***


 夕方になり、討伐速報がホログラムで浮かび上がる。


【狩猟祭ランキング速報】

1位 葉山 蓮 & リィ(討伐数:620体)

2位 リナ(討伐数:340体)

3位 クロス(討伐数:295体)


「……おいおい、差が開きすぎじゃねぇか」


 思わず笑ってしまう。


 俺はまだ、森でゆっくり釣りをしたりしながら気ままに狩っているだけだ。


 街に戻ると「狩猟祭の主役だ」なんて囁かれる自分が、のんびり森を歩いてリィと話しているだけで、こうして数字を積み上げてしまっている。


(これ……他のやつらが必死に狩場を取り合ってるの、馬鹿みたいじゃねぇか……)


「……なあリィ、お前が強すぎんだよ」


「キュッ?」


 リィはきょとんと首を傾げ、尻尾をふわっと巻いて俺に寄り添った。


***


 また森を進む。


 少し広い開けた場所に差し掛かると、リィがふいに翼を大きく広げた。


 その瞬間、木陰から二頭の猪が突進してくる。


「共鳴の煌き!」


 俺の声にリィの身体が薄く光を帯びる。


 次の瞬間、翠光の渦が弾け、猪たちは衝撃波に飲まれてあっという間に倒れ込んだ。


「……これじゃもう誰も追いつけねぇな」


 護りの符を展開しなおしながら、肩のリィを撫でる。


「ありがとな、リィ」


「キュ!」


 リィは嬉しそうに声を上げ、俺の頬に頭を擦り付けてきた。


 狩猟祭はまだ続いている。

 でももう――勝負はついているのかもしれなかった。


 森の奥で、俺とリィは相変わらず淡々と狩りを続けていた。


 木々の間を静かに歩きながら、時折現れる猪や狼に狙いを定める。


「リィ、右」


「キュッ!」


 リィは軽やかに舞い上がり、翠光の渦を発動した。

 魔力が弾けるように広がり、数匹の狼が一瞬で地に伏した。


 討伐ログがまた連なり、画面の端には数字がどんどん積み上がっていく。


***


 少し歩を止め、肩に戻ってきたリィの頭を撫でる。


「お前……ほんとに強くなったな」


 リィは目を細めて小さく尾を巻きつけるようにして俺の首に触れた。


 その体温が心地よくて、思わず息をつく。


(……でもこれだけやれば、もう誰に何を言われても胸を張っていられるな)


 のんびりしたくて、素材集めと釣りがしたくてサモナーを選んだ俺。


 それが結果的に、こうして討伐数で誰よりも頭一つ抜ける存在になっている。


 昔の俺なら気後れして、こんな状況は居心地が悪かったはずだ。


 でも今は違う。


 リィと一緒にここまで来た。そのこと自体が何より誇らしかった。


「……ありがとな、リィ」


「キュッ!」


 リィは小さく鳴き、誇らしげに翼を広げて見せた。


***


 その時、画面の端にまたホログラムが浮かぶ。



【狩猟祭ランキング速報】

1位 葉山 蓮 & リィ(討伐数:1180体)

2位 リナ(討伐数:1155体)

3位 クロス(討伐数:740体)


 つい数時間前まで大きく引き離していたはずのリナが、わずか30体差まで迫ってきていた。


「……やっぱりレイドか」


 討伐数を一気に伸ばせる野良レイドボス。

 運営が用意した盛り上げ役みたいなものだ。


 街の近くでそのレイドを倒したリナは、一気に追い上げてきたらしい。


 俺はリィをそっと抱き寄せる。


「でも大丈夫だな。お前がいれば、俺たちはまだまだいける」


「キュッ!」


 リィは自信に満ちた声で鳴き、翼を小さく畳んだ。


***


 森をさらに奥へ。

 もう誰も来ないような場所で、俺とリィは変わらず狩りを続けた。


 共鳴の煌きを発動し、魔力が二人の間を流れる感覚がある。


「護りの符」


 自分の周囲に簡易的な結界を張ると、視界がより冴える気がした。


「リィ、任せた」


「キュ!」


 また翠光の渦が巻き起こり、森が一瞬息を潜める。


 ログには次々と討伐記録が流れ、討伐数はみるみる積み上がっていく。


(これなら――もう誰に何を言われても恥ずかしくないよな)


 街で「のんびりサモナー」なんて笑われてもいい。


 俺はリィと一緒にここまで来た。

 それが何よりも嬉しかった。


***


 そしてまたランキング速報が表示された。



【狩猟祭ランキング速報】

1位 葉山 蓮 & リィ(討伐数:1880体)

2位 リナ(討伐数:1320体)

3位 クロス(討伐数:890体)


「……よし」


 気がつけば、また500体以上の差がついていた。


 少し胸を張ってリィの方を見る。


「お前となら、これからもずっとやっていけるな」


「キュッ!」


 リィは嬉しそうに翼を広げ、俺の頬に頭を擦り付けてきた。


 静かな森。

 討伐数やランキングなんて、本当はどうでもいい。


 でも――こうして胸を張れる理由をくれたのは、他でもないリィだった。

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