狩猟祭、前夜の静けさ
狩猟祭を明日に控え、街は昼からお祭りのような賑わいを見せていた。
「やべー、狩猟祭って言ってもただの討伐イベントでしょ? なのに街中こんな飾りつけとかw」
「ギルドごとに応援看板出してるとこもあるぞ。どんだけ気合い入ってんだよ」
「そりゃ今回一日限定だからな。勝負は明日24時間で決まる。マジでお祭りだよ」
確かに、広場の周辺には特設の露店やイベントボードが並び、応援チームと称して旗を振るNPCまで登場している。
俺は人混みを避けて裏通りを歩きながら、リィにそっと話しかけた。
「なぁ……これ、正直逃げ場ないな」
「キュ?」
リィはきょとんとした顔で首をかしげ、翼を小さく開いた。
この子には街中の騒ぎが全部自分たちを見ているとは分からないだろう。
けれど俺は――街で向けられる視線にもう慣れてしまっていた。
目を逸らされる視線じゃない。
純粋な好奇心と期待。それが分かるからこそ、逃げるのはカッコ悪い気がした。
***
広場の掲示板を通りがかると、また俺とリィの話題が並んでいた。
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【狩猟祭前夜総合】
「ついに明日かー!準備はいいかお前らw」
「動画のサモナー、明日は何万討伐いくんだろww」
「フェアリードラゴンの火力もう運営バランス崩壊レベルだしな」
「むしろ見たいから調整しないでほしい派w」
「明日街で見かけたら記念撮影いいですかw」
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ログを閉じて、そっとため息をつく。
「……リィ、もう周りの期待がすごいことになってるな」
リィは俺の声に反応して「キュッ!」と嬉しそうに鳴いた。
まったく、この子にプレッシャーなんて概念はないらしい。
***
夕方、俺はまた森へ足を運んだ。
最後の調整と、リィの状態を確かめるためだ。
森に入ると空気はひんやりと澄み、昼間の街の喧騒が嘘のように遠くなった。
「やっぱここが一番落ち着くな」
リィは肩の上で静かに周囲を見回し、ときおり小さく翼を揺らした。
川辺まで行き、いつものように釣り糸を垂れる。
もうすぐこの場所も、狩猟祭の会場になる。
狙ってそうしたわけじゃないが、明日も結局この森に来ることになるんだろう。
***
「リィ」
声をかけると、リィは俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「明日は……俺たちの勝手な散歩が、みんなの注目になる」
リィは首を傾げて、それからくるんと尾を巻いて俺の頬に頭を擦り付けてきた。
「……心配はしてないんだな」
「キュ!」
小さな声が森に響き、それだけで少しだけ不安が軽くなる。
「お前がそうなら……俺も信じるか」
リィは満足げに尻尾を立てて、また水辺に視線を移した。
***
その夜。
ログアウト後も、スマホに届く通知は止まらなかった。
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【公式SNS】
「狩猟祭は明日!全ワールド対象ランキング開催」
「討伐数トップを狙え!」
【配信スケジュール】
「話題のサモナー追跡配信は明日AM6時から24時間張り付きますw」
「リィちゃんのファンはぜひwww」
【掲示板深夜スレ】
「明日、伝説になるかもな」
「俺リアル有休取ったわw見届けるしかねぇw」
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笑ってしまった。
(……伝説ってなんだよ。大げさな……)
でもその言葉を、心の奥で少しだけ期待している自分がいるのも確かだった。
「なぁリィ……」
布団の上、ログアウト後も心だけがまだゲームの森にいる気がする。
「明日……お前と一緒に歩いてるだけで、俺たちのこときっと世界中のやつが見てるんだろうな」
思わず小さく笑う。
(……みっともない真似はできないな)
そんな決意と少しの高揚感を胸に抱いて、俺は眠りに落ちていった。