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邂逅

森の奥は相変わらず湿った空気に満ちていた。

木々の隙間から差し込む光は細く、蓮の肩で羽を揺らすリィの虹粉がそこに溶け込んで静かに輝く。


フェルノクシスはその横で低い姿勢を取り、常に周囲を警戒している。

蓮は剣の柄をそっと撫で、二体と小さく頷き合うとまた森の奥へ足を進めた。


 


「……よし、もう一度いくぞ。フェルノクシス、影を撒け。リィは視界を奪え」


 


短い指示で二体が動く。


フェルノクシスが音もなく走り出すと、二重の影が瞬く間に周囲に広がり、まるで複数体いるかのような錯覚を与える。

そこへリィの虹粉が視界を覆うように舞い上がり、淡い色彩が敵の注意を完全に散らした。


蓮はその間を抜け、剣を閃かせる。

魔物の巨体に深々と刻まれた切り裂きは、その場で崩れ落ちるまでわずか一呼吸だった。


 


「……いい動きだ。二人とも」


 


肩のリィが「キュッ」と鳴き、フェルノクシスは尾を軽く打って地面を鳴らした。


蓮がふと小さく笑ったその時だった。


 


――ガアッ!!


 


木々の向こうから突如、別の魔物の悲鳴と重い衝撃音が響く。


リィが羽を高く掲げ、フェルノクシスが唸り声を上げて構える。

蓮も剣を持ち直し、音のした方へ視線を送った。


 


そこには――


斧を肩に担いだ一人のプレイヤーが立っていた。


 


黒を基調にした無骨な鎧に、両手で抱えるには余るほどの巨大な戦斧。

それが今まさに魔物の頭蓋を真横から砕き割ったところだった。


斧を引き抜くと、魔物は断末魔もあげられずその場に崩れ落ちる。

血飛沫が派手に飛んだはずなのに、彼の鎧には一滴も付着していない。


 


(……一撃、か)


 


蓮は無意識に喉を鳴らした。

リィもフェルノクシスも、その男を正面にしたままわずかに構え直す。


虹竜と夜狼神をここまで警戒させる相手は、これまでにほとんどいなかった。


 


男は魔物の亡骸を一瞥し、返り血の付いていない戦斧を軽く払うと、静かに蓮の方を向いた。


 


その瞳は驚くほど淡々としていて、SNSや掲示板で見てきたような下品な好奇心も、浮ついた称賛もない。


ただ蓮とリィ、フェルノクシスを見て――淡く目を細めた。


 


「……なるほど。お前が虹竜と夜狼神の主か」


 


低い声が静かに森に響く。

その一言だけで、どこか妙に血が騒いだ。


蓮はわずかに剣を下ろし、肩のリィを撫でながら答えた。


「それがどうした」


 


男は斧を肩に担いだまま、ゆっくりと歩み寄る。

フェルノクシスの尾がわずかに地面を叩き、リィの羽が小さく震えた。


 


「強い者は分かる。お前も――あの二体も、噂よりずっと化け物だ」


その声は決して威嚇でも賞賛でもない。

ただ純粋な評価で、それだけに妙な重みがあった。


 


蓮は小さく息を吐いた。


「……そっちも一撃で沈めてたな。斧使いか?」


「ああ。斬り潰すのが手っ取り早い性分でな」


 


淡々とした口調のまま、男は視線をフェルノクシスとリィに向ける。


「面白い……いつか、必要になったら肩を貸す。

お前となら、戦場で後悔はしない気がする」


 


蓮は短く笑った。


「そっちこそ後悔するなよ」


 


男は目を細め、わずかに口角を上げた。


それだけで一瞬だけ、冷たい殺意とは別のもの――戦う者同士の静かな共鳴がそこにあった。


 


「またどこかで会おう」


低い声と共に、男は再び戦斧を軽く肩に担ぎ、音も立てず森の奥へ消えていった。


 


リィが羽を緩め、フェルノクシスも尾を一度大きく振る。


蓮は肩のリィを撫で、フェルノクシスの頭に軽く触れた。


 


「……面白い奴だったな。お前ら、次はそいつと並んで戦うことになるかもしれないぞ」


 


虹と黒鉄はまるで言葉が分かるように、同時に小さく鳴き声をあげて応えた。


森はまだ静かだったが、その奥には確かに次の嵐の気配が潜んでいた。

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