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誘惑と牙

鍛冶屋を後にした蓮は、街の大通りをゆっくりと歩いていた。


肩のリィは楽しげに羽を小さく揺らし、虹色の粉をふわりと宙に散らす。

フェルノクシスは蓮の隣を影のように滑り、その脚装甲から生まれる二重の残像が通りすがりのプレイヤーたちの視線を釘付けにした。


 


(……見られてるな)


蓮は軽く息を吐き、剣の柄をそっと指先で叩く。

こうして歩いているだけで、道端にいたプレイヤーが小さく息を呑む音が聞こえた。


 


「ねぇ今の見た? 残像……」「しかもあの虹の竜! 動画で見たやつだろ」


「やば、まじ本物だ……」


 


視線は容赦なく集まり、スマホのような撮影デバイスを掲げる者もあちこちに見えた。

リィはそんな周囲を気にする素振りも見せず、虹色の粉を楽しげに撒き散らし、フェルノクシスは赤い瞳を細めて悠然と歩く。


その様子は余裕と誇りに満ちていて、誰が見ても只者ではない存在感があった。


 


(派手だな……まあ、今さら地味に歩ける連中じゃないか)


 


蓮は小さく苦笑し、リィの頭を優しく撫でた。

リィは嬉しそうに羽を震わせ、「キュッ」と短く澄んだ声を上げる。


フェルノクシスも軽く尾を振り、その脚が石畳を打つたび二重の残像がきらりと揺れた。


 


 


やがて、賑わう中央通りを抜けようとしたその時だった。


「――ちょっといいか」


低く、しかしよく通る声が蓮の耳を打つ。


 


立ち止まって振り返ると、そこには黒と銀を基調にした重厚な装備に身を包む男が立っていた。

身長は蓮より頭ひとつ分大きく、腰には二振りの長剣。その背後には、無言で睨みを利かせる護衛のような仲間が三人。


 


(……見覚えはないが、只者じゃないな)


 


周囲のプレイヤーたちはその男を一目見るだけで自然と道を開け、まるで風が吹いたように一帯の空気が張り詰めた。


「お前が――虹竜と夜狼神を連れた噂のサモナーか」


 


蓮は剣の柄から手を離し、肩のリィをそっと撫でてから視線を向けた。


「……あんた、誰だ」


 


男は軽く口角を上げ、ゆっくりと顎をしゃくる。


「俺は《黒獅子》のギルドマスター、ジルハルトだ。

PvP主体のギルドで、ランキング上位にいる。まあ、知ってるとは思うがな」


 


蓮は僅かに眉を上げたが、すぐに肩を竦めた。


「悪いな。そういうギルドの事情は興味がないんでな」


 


その言葉に、ジルハルトの仲間たちが小さく肩を揺らす。

だがジルハルト自身は意外そうに目を細め、それから愉快そうに低く笑った。


 


「……なるほど。確かにお前の噂通りの奴だ。

だが噂ってのは大抵盛られるもんだ。実際に見て確信した――お前とそいつらは、本物だな」


 


ジルハルトは蓮の隣に立つフェルノクシスを一瞥し、その後リィの羽ばたきに目を奪われた。

虹色の残光が空気に数秒残るのを見て、ほんのわずかに息を呑んだように見えた。


 


「だから誘いに来た。お前とその二体がうちに加われば、フィールド戦でもギルド戦でも一気に勢力図が変わる。

どうだ、俺たちと一緒にやらないか?」


 


 


瞬間、周囲が騒然となる。


「黒獅子がスカウトしてる……」「やば、動画撮れ動画!」


スマホを構える者、友人を呼びに走る者まで現れ、一気に人垣ができた。


 


リィはその視線を少し不思議そうに受け止め、小さく「キュッ」と鳴く。

フェルノクシスは尾を静かに揺らし、その赤い瞳がジルハルトを真っ直ぐ射抜いていた。


 


蓮はリィの頭を軽くつつき、そしてフェルノクシスへ視線を送った。


(……違うな)


 


「悪いが――俺は俺でやるのが一番性に合ってる」


 


ジルハルトは目を細め、ほんの一瞬静まり返った。

だがすぐに口の端を持ち上げ、楽しそうに息を吐く。


「そうか。……いいだろう。だが近いうちに必ずまた会うぞ。

対抗戦イベントか、それとも新フィールドの占有戦か――正面から潰し合う日を楽しみにしてる」


 


「望むところだよ」


 


蓮の短い言葉に、ジルハルトは小さく笑って踵を返した。


その場に残ったプレイヤーたちは、一斉に蓮へと目を向け、小声が雪崩のように広がる。


「黒獅子のスカウト蹴った……」「あのジルハルトが誘ったのに!?」「動画上げろ早く!」


 


SNSは即座に盛り上がり、蓮の端末には通知が数秒おきに鳴り響いた。



【SNS】

▶ 「虹竜と夜狼神のサモナー、黒獅子の勧誘断ったwww」

▶ 「正面から潰すって言ってたの最高w」

▶ 「次のイベント絶対この人狙われるじゃん…」



蓮は肩を軽く竦め、肩のリィを撫でた。


「まったく……お前ら派手すぎるんだよ」


 


リィは誇らしげに羽を広げ、虹色の粉を宙にぱっと散らす。

フェルノクシスはそれを見て低く短く吠え、尾を鋭く振った。


 


(だが――これでいい。逃げる必要なんてどこにもない。次は正面から全てを叩き潰すだけだ)


 


 


──そんな騒動を少し離れた広場の噴水縁に腰掛けながら、赤い瞳の男が静かに眺めていた。


黒い外套に長い脚を組み、指先で小さく石を弾く。


クロスだった。


 


彼は薄い笑みを浮かべ、遠く蓮の背を見ながら低く吐き捨てる。


「調子に乗るなよ――蓮。

運営が次に何を仕掛けてくるか知らねぇが……

その時は、お前を面白ぇやり方で引きずり下ろしてやる」


 


水音に紛れ、その声は誰の耳にも届かずに消えていった。


だがその瞳には、確かに次の狩りの血色が宿っていた。

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